学位論文要旨



No 213356
著者(漢字) 近藤,洋子
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ヨウコ
標題(和) わが国における小児の健康と養育環境要因との関連について
標題(洋)
報告番号 213356
報告番号 乙13356
学位授与日 1997.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13356号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川田,智恵子
 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 高井,克治
 東京大学 助教授 柏崎,浩
 東京大学 助教授 川久保,清
内容要旨 1.研究目的

 わが国の小児の健康水準は、世界的にも最も恵まれた状況にあるといえる。しかし、一方では小児を取りまく社会環境の急激な変化により、核家族化・少子化・都市化・情報化・高学歴化等の現象が進行し、必ずしも子どもの健やかな成長にふさわしい環境とは言い難い現状である。さらに、近年の女性の社会進出の増加に伴い、母親の就労率も上昇してきており、このことが家庭や子どもに及ぼす影響も大きいと考えられる。

 また、保護者の育児意識やしつけの方針を反映する養育態度は、幼児期からの望ましい生活習慣や生活リズムの獲得につながり、将来の健康との関連も深く、生涯発達の観点からも養育態度の果たす役割は重要であるといえる。

 そこで、本研究では、保護者の養育態度も含めた、子どもを取りまく養育環境が発達や健康に及ぼす影響について全国レベルでの検討を行うことを目的に、平成2年に実施された全国調査である幼児健康度調査の調査結果の分析を行った。

2.対象と方法

 調査は厚生省が実施した乳幼児身体発育調査と同時に平成2年9月に全国で行った。対象も乳幼児身体発育調査と同じ対象とし、2歳未満は全国の国勢調査地区の中から3.000地区を、2歳以上はさらにその地区の中から750地区を抽出した。方法は、身体発育の計測会場においてアンケート調査を保護者に配布し記入してもらった。本研究では、1.6歳:1,907人、3歳:1,003人、5-6歳:1,629人、合計4,539人についての集計・分析を行った。なお、幼児健康度調査の最初の調査は昭和55年度に実施されており、今回の調査方法は初回と同様とし、調査内容も初回の調査内容を基盤として、さらに今日的な子どもの養育環境や健康を把握するための設問項目を加えたものとした。

 分析の方法は、養育環境を、保護者の養育態度と児および保護者を取りまく環境要因に分け、発達および健康状態との関連の検討をクロス表分析を基本として行った。さらに、発達に関する設問について主成分分析を行い、これにより得られた主成分得点を発達指標として用い、養育態度別の平均値の比較を行うとともに、数量化I類分析により環境要因の影響を解析した。養育態度については、養育態度相互の関連と他の環境要因との関連も検討した。

図1.間食の与え方別主成分得点(3歳)
3.結果および考察(1)養育態度と発達や健康状態との関連

 養育態度に関する指標として、間食の与え方、就寝時間、テレビ(ビデオ)視聴時間、母親が子どもとゆっくりすごす余裕があるかどうかについての4つの設問を選び、発達に関する設問との間でクロス集計を行った結果、望ましい間食の与え方の場合、就寝時間が9時台以前の場合、テレビ視聴時間が3時間未満の場合、母親の余裕がありの場合に発達項目の通過率が高い傾向が認められた。さらに、対象児の発達の状況を総合的に把握するため、発達に関する設問について主成分分析を行い、主成分の抽出を行った。発達全般を示す第1成分について主成分得点の比較を行った結果、良好な養育態度の場合に得点が高かった。一方、3歳および5-6歳の粗大運動発達を示す指標(第2成分)については、良好な養育態度の場合に得点が低かった(図1)。

 健康面に関して、問題行動や習癖および事故や疾患の既往に関する設問と養育態度との間でクロス集計を行った結果、良好な養育態度の場合は、問題行動や習癖の有訴率が低く、入院や事故および疾患の既往が少ないことが明らかになった。

表1.養育態度と環境要因の関連
(2)養育態度と環境要因の関連

 環境要因として、母年齢、母親の就労、母親の健康状態、父親の職業、父親の育児参加、住居形態、家族形態、きょうだい関係、昼間の保育者、託児の状況、同年齢の友達の有無、居住地域の12項目を選び、養育態度との関連の検討を行った(表1)。間食の与え方や母親の気持ちの余裕には、家族形態や昼間の保育者との関連がみられ、3世代家族や昼間の保育者が祖母の場合、すなわち祖母の育児への関与がある場合に、間食の与え方が望ましくないものや母親の余裕がない割合が高かった。就寝時間や母親の気持ちの余裕には、母親自身の健康状態との関連が認められ、母親が心身健康な場合に、就寝時間が早く、気持ちに余裕がみられた。生活リズムに関連する養育態度(就寝時間とテレビ視聴時間)においては、児年齢によって影響の仕方が異なる要因が認められた。例えば、夜10時以降に就寝するものの割合が有意に高かったのは、1.6歳では昼間の保育者が母親の場合や託児なしの場合であるのに対して、3歳以上では、昼間の保育者がその他の場合、保育所に通所している場合であった。すなわち、3歳以前では、子どもの生活リズムのあり方が、施設保育の場合に良好であり、3歳以降では家庭保育の方が良好であることが示唆された。

図2.主成分得点と環境要因(3歳・発達全般)
(3)発達と環境要因の関連

 子どもを取りまく環境要因と発達や健康状態との関連についての検討を行った。各設問間の関連をクロス集計で検討するとともに、先に用いた主成分得点を外的基準とし、環境要因12項目を説明変数として、数量化I類による分析を行った。

 3歳と5-6歳の発達全般(第1成分)に関する主成分得点において、重相関係数が0.5以上の分析結果が得られた(図2)。3歳および5-6歳の分析結果において、最も影響力が大きかったのは母親の健康状態であり、次いで友達の有無であった。母親の健康状態が心身健康の場合と同年齢の友達がありの場合が、得点の上昇に寄与していた。

 託児の状況は、年齢による関与の仕方の違いがあるものの、発達への影響力が比較的大きく、3歳までは保育所や幼稚園における施設保育が子どもの発達や生活習慣の自立にとって促進的であることがわかった。反対に、5-6歳では、保育所での保育や、母親の就労はネガティブな影響を与えていた。

(4)健康と環境要因の関連

 健康面に対して影響を及ぼしていると考えられる環境要因は、母親の年齢、きょうだい関係、母親の健康状態、母親の就労などであった。母親の年齢が20代以下の場合には、問題行動や習癖の有訴率や事故および疾患の既往率が30、40代に比べて高く、若い母親の場合に子どもの健康管理が未熟であることを伺わせる結果であった。きょうだい関係では、食事の心配や入眠時の癖の有訴率はひとりっ子や長子で高く、末子や中間子(上下にきょうだいがいるもの)の場合に感染症の罹患率が高い傾向が認められた。母親の健康状態が心身健康の場合に、習癖等の有訴率や入院・事故の経験率が少ない傾向が認められた。また、母親が有職の場合、昼間の保育者がその他の場合および託児先が保育所の場合に、感染症の既往率が有意に高く、入院や事故および誤飲の経験率やう歯罹患率も高い傾向が認められた。すなわち、家庭保育に比べて施設保育の場合には、身体的な健康状態が損なわれやすいことが示唆された。

図3.主成分得点と養育環境要因の関連(3歳)養育態度と環境要因の関連は、P<0.05の有意差の認められたものを*で示した
4.まとめ

 小児の心身の健康の中で、発達全般の状況と養育環境要因との関連について検討した結果を図示すると図3のようになる。本研究では、まず、養育態度と発達や健康との関連が明らかになり、良好な養育態度は、児の発達全般や健康状態に促進的に働くことがわかった。この養育態度に影響を与えている要因としては、昼間の保育者や家族形態、母親の健康状態、託児の状況などであった。特に、託児の状況は年齢によって影響の仕方が異なっており、3歳以前で保育所の場合はポジティブな養育態度のものの割合が多く、3歳以降は逆の影響が認められた。

 12の環境要因の中では、発達や生活習慣の自立面に対して、母親の健康状態や友達の有無の影響力が大きいことが示唆された。託児の状況も年齢による関与の仕方の違いがあるものの、比較的影響力が強く、3歳までは幼稚園や保育所における施設保育が子どもの発達や自立にとって促進的であることがわかった。反対に、5-6歳では、保育所での保育や、母親の就労はネガティブな影響を与えていた。健康面に対して影響を及ぼしていると考えられる環境要因は、母親の年齢、きょうだい関係、母親の健康状態、母親の就労などであり、母親の年齢が20代以下の場合や母親が健康でない場合に子どもの健康状態が良好でない傾向が認められた。きょうだい関係は、ひとりっ子や長子の場合に習癖等の有訴率が高く、中間子や末子では感染症の罹患率が高かった。母親が就労している場合は、感染症やう歯の罹患率や入院・事故の既往率が高かった。

審査要旨

 本研究は、保護者の養育態度も含めた、子どもを取りまく養育環境が発達や健康に及ぼす影響について全国レベルでの検討を行うことを目的に、平成2年に実施された全国調査である幼児健康度調査の調査結果の分析を行ったものである。その結果、下記の結果を得ている。

 1.保護者の養育態度と発達との関連をみるため、養育態度と個々の発達項目の分析、および主成分得点を用いて比較を行った結果、良好な養育態度は児の発達全般に促進的に働くことがわかった。一方、3歳および5-6歳の粗大運動発達を示す指標(第2主成分)については、良好な養育態度と負の関連が認められた。

 2.養育態度の健康面への影響では、良好な養育態度の場合は、問題行動や習癖の有訴率が低く、入院や事故および疾患の既往が少ないことが明らかになった。

 3.養育態度はそれぞれ相互によく関連していた。

 4.養育態度に影響を与えている要因としては、昼間の保育者や家族形態、母親の健康状態、母親の就労および託児の状況などであり、全般に昼間の保育者が母親の場合、核家族の場合、母親が心身健康な場合、母親が無職の場合に良好な養育態度である割合が高かった。託児の状況は年齢によって養育態度への影響の仕方が異なっており、3歳以下の場合は保育所で託児されている場合にポジティブな養育態度のものの割合が多いのに対し、3歳以降は逆の影響が認められた。

 5.環境要因と発達との関連を検討した結果、12の環境要因の中では、母親の健康状態と友達の有無の発達への影響力が大きく、母親が心身健康な場合および一緒に遊ぶ友達がいる場合に発達が良好であることが示唆された。託児の状況は、年齢による関与の仕方の違いがあるものの、発達への影響力が比較的大きく、3歳までは保育所や幼稚園における施設保育が子どもの発達や生活習慣の自立にとって促進的であることがわかった。反対に、5-6歳では、保育所での保育や、母親の就労はネガティブな影響を与えていた。

 6.健康面に対して影響を及ぼしていると考えられる環境要因は、母親の年齢、きょうだい関係、母親の健康状態、母親の就労などであり、母親が20代以の場合、母親が健康でない場合、母親が有職の場合に、健康状態が良好ではないものの割合が高かった。きょうだい関係では、習癖等の有訴率はひとりっ子や長子において高く、感染症の既往率は末子や中間子で高かった。

 以上、本論文は保護者の養育態度を含めた養育環境の小児の発達や健康に及ぼす影響および養育態度に関連する諸背景要因を全国規模で調査した結果であり、得られた知見は、現在の変動的社会情勢に対応した母子保健のあり方を検討する上で重要な示唆を提供している。

 本論文の意義については、審査員全員が高く評価しており、学位授与に値するものと判断した。

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