学位論文要旨



No 213361
著者(漢字) 小西,芳信
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ヨシノブ
標題(和) キンメダイ目魚類幼期の形態発育史とヒウチダイ亜目の類縁関係
標題(洋) Developmental and Comparative Morphology of Beryciform Larvae(Teleostei : Acanthomorpha),with Comments on Trachichthyoid Relationships
報告番号 213361
報告番号 乙13361
学位授与日 1997.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13361号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 川口,弘一
 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 助教授 渡邊,良朗
 東京大学 助教授(国立科学博物館室長) 松浦,啓一
内容要旨

 魚類幼期の形態発育は,環境に対する適応形質と考えられる側面も見られるものの,系統・類縁を反映する形質も保有している.このような観点から,幼期の形態形質に基づいて,魚類の系統・類縁関係を論ずる研究がこれまでなされてきている.

 キンメダイ目Beryciformesの魚類幼期は,一般的に,顕著に発達する黒色素胞,早生性の腹鰭,頭部諸骨の棘要素などの形態的特徴を有することが知られている.しかし,本目幼期の形態的知見は,一部の種類を除いてきわめて貧弱である.これまでの報告の多くは,ごく限られた標本に基づいて記述されており,したがって,幼期の形態的特徴の記載は,本目の類縁関係を言及できるほどに蓄積されていない.さらに,幼期の知見が欠落した種類もある.そこで,本研究では,キンメダイ目を構成する7科のうち,イットウダイ科Holocentridaeを除く6科をとりあげ,種分化が顕著な西部太平洋から得た9属9種の幼期の形態を記載した.また,これらの形態的特徴と成魚のそれから26の派生的形質を選び,これらの形質に基づいて,ヒウチダイ上科Trachichthyoideiとその周辺グループの類縁関係を検討した.なお,幼期の形態記載には,キンメダイ目に位置づけられたことがあり,幼期の知見のないギンメダイ目Polimixiiformesギンメダイ科Polymixiidaeの1種も含めた.

材料と方法

 研究に供した幼期の標本は以下のとおり.キンメダイ科Berycidaeキンメダイ属の1種Beryx sp.6個体(5.4-11.1mm SL),オニキンメ科AnoplogastridaeオニキンメAnoplogaster cornuta5個体(3.9-15.7mm SL),ナカムラギンメ科DiretmidaeチゴナカムラギンメDiretmoides pauciradiatus2個体(4.3mm,7.6mm SL),ナカムラギンメDiretmichthys parini4個体(3.2-8.8mm SL),ヒカリキンメダイ科AnomalopidaeヒカリキンメダイAnomalops katoptron3個体(4.1-5.8mm SL),マツカサウオ科MonocentridaeマツカサウオMonocentris japonicus2個体(5.7mm,8.5mmSL),ヒウチダイ科Trachichthyidaeハリダシエビス属の1種Aulotrachichthys sp.6個体(4.6-10.9mm SL),ヒウチダイ属の1種Hoplostethus sp.3個体(5.4-10.7mm SL),ハシキンメ属の1種Gephyroberyx sp.1個体(3.4mm SL),ハシキンメG.japonicus3個体(4.5-11.0mm SL),ギンメダイ科ギンメダイ属の1種Polymixia sp.3個体(3.9-10.0mm SL),の計38個体.これらの形態は,実体顕微鏡下で観察した.また,一部の標本は,軟・硬骨二重染色法及び走査型電子顕微鏡によって,頭部諸骨の棘要素を詳細に観察した.

幼期の形態記載

 今回調べた各種幼期の体型は,脊索上屈前の仔魚期ではやや細長いが,その後体高を増し,脊索上屈後のものでは丸くなる.以下に,種別にその形態的特徴を要約する.キンメダイ属の1種では,臀鰭基部長は長く,背鰭及び早生性の腹鰭の第1軟条は顕著に伸長する.黒色素胞は,孵化直後の仔魚では体全体に発達するが,後期仔魚期では貧弱である.頭部諸骨に棘要素が見られ,特に額骨,涙骨,鰓蓋骨のそれらは形状において特異的である.オニキンメでは,体はやや肥厚する.鰭条はすべて軟条からなり,背鰭及び臀鰭の原基は鰭膜中に出現する.腹鰭は非早生性で,脊索上屈後仔魚の胸鰭は垂直近くに伸長する.背鰭,臀鰭,尾鰭,腹鰭の鰭条に小棘が出現する.鱗は腹鰭前方の体腹面に偏在して見られ,個々の鱗は棘性鱗で垂直に立つ1小棘を有する.黒色素胞は,躯幹部及び尾部の外縁を除く体のほぼ全域を覆う.頭部の棘要素のうち,ろ頂骨,前鰓蓋骨,眼上骨の伸長棘が特徴的である.チゴナカムラギンメでは,鰭条のすべては軟条からなり,腹鰭は非早生性で,胸鰭は後上方に伸長する.鰭条の小棘は背鰭と臀鰭に見られる.棘性鱗と稜鱗が腹部前方の腹正中線上とその周辺に出現する.黒色素胞の発達は緩慢で,尾柄部後方の黒色素斑は本科幼期に特異的に出現する.ろ頂骨,前鰓蓋骨,眼上骨上の伸長棘が特徴的である.ナカムラギンメの形態の発達過程とその特徴は,上述のチゴナカムラギンメのそれとほぼ同様であるが,黒色素胞はより発達する.また,背鰭及び臀鰭の原基が膜鰭中に出現する特徴を有する(チゴナカムラギンメの幼期もこの形質を保有することが予想される).ヒカリキンメダイでは,早生性の腹鰭は伸長し,背鰭,臀鰭,尾鰭とともに,これらの鰭条に小棘が見られる.鰓条骨にも小棘が出現する.鱗は棘性鱗で,頭部を除く体全体を覆う.腹部の腹正中線上に稜鱗が並ぶ.眼下に1つの大きな発光器がある.黒色素胞は頭部から尾部の体の背方で帯状に見られるほか,吻端,下顎下面,腹鰭にも出現し,尾鰭条のそれは,キンメダイ目幼期のなかでは特異的である.頭部諸骨は小棘か鋸歯状の低い隆起脉で覆われ,伸長棘や大きな棘は見られない.マツカサウオでは,臀鰭条はすべて軟条で,早生性の腹鰭の条数(I,3)は本目のなかでは特異的である.下顎先端下面に黒色を呈した発光器がある。ピラミッド形をした特異な形態の鱗が体を覆い,躯幹部腹正中線上に稜鱗が見られる.黒色素胞は腹鰭,背鰭前方部を含め体全体に出現する.頭部の棘要素のなかでは,額骨,ろ頂骨上の側方に張り出す柄状突起が特徴的である.ハリダシエビス属の1種では,腹鰭は早生性で,他の鰭も含め鰭条に小棘がある.鰓条骨にも小棘が見られる.鱗は直立する1-2本の小棘を持ち,腹部腹正中線上に稜鱗がある.胸鰭基部下方及び喉部から臀鰭後端の体腹縁に縞状発光器がある.肛門は腹鰭基部の間に位置する.黒色素胞は体全体を覆い,特に腹鰭は黒い.頭部の棘要素はすべての露出骨でよく発達し,特に後側頭骨と前鯉蓋骨隅角部の棘は特徴的である.ヒウチダイ属の1種では,腹鰭は非早生性で,他の鰭と同様に鰭条に小棘をともなう.鰓条骨にも小棘が見られる.鱗は1-2本の直立棘を持つ.黒色素胞は体全体に散在すると思われる.頭部の棘要素の発達程度は,ヒウチダイ科の他の2種に比べやや緩慢である.ハシキンメでは,背鰭・臀鰭の原基は膜鰭中に出現する.腹鰭は非早生性で,他の鰭も含む鰭条と鰓条骨に小棘が見られる.鱗は棘性鱗で,腹部腹正中線上に稜鱗が並ぶ.黒色素胞は体全体を覆う.頭部の棘要素は発達し,特にろ頂骨と前鰓蓋骨隅角部の各1棘はやや伸長する.ギンメダイ属の1種では,体は丸くやや肥厚する.腹鰭は比較的小さな個体で見られる.鱗には直立する小棘がない.頤に1組の髭が出現する.体は全体が黒色素胞で濃密に覆われる.頭部の棘要素はやや発達し,特に背方のそれは形状においてキンメダイと似る.

ヒウチダイ上科の類縁関係

 26の派生的形質として,肛門位置,発光器の有無,背鰭の数,背・臀鰭条の無棘化,腹鰭条の少数化,腹鰭の早生性,尾鰭の鰭条と基部上の黒色素胞の存在,体各部における棘要素の有無(ろ頂骨と前鰓蓋骨並びに眼上骨の伸長棘,棘性鱗,稜鱗,主上顎骨,下鰓蓋骨,間鰓蓋骨の棘,各鰭の鰭条及び鰓条骨上の小棘)を選んだ.これらの形質に基づいて,分岐分類的解析を行った結果,オニキンメ科,ナカムラギンメ科,ヒカリキンメダイ科,マツカサウオ科,ヒウチダイ科が単系統群である,オニキンメ科とナカムラギンメ科が姉妹群である,ヒカリキンメ科,マツカサウオ科,ヒウチダイ科が単系統であるとする説を支持する.そして,新たに,ヒカリキンメダイ科とマツカサウオ科が姉妹群で,ヒウチダイ科は偽系統的であることが示唆された.これら2つの結果は,マツカサウオ科とヒウチダイ科は姉妹群である,及びヒウチダイ科は単系統である,とする成魚の比較形態に基づく説と異なる.

審査要旨

 魚類幼期の形態発育には、環境に対する適応形質と考えられる側面が見られるものの、その特徴は系統性を強く反映するとの立場から、幼期の形態形質に基づいて魚類の系統類縁関係を論ずる研究が注目されている。しかし、いまだ幼期の知見が少なく、系統分類学的な検討の対象になっていない分類群も多く残されている。本研究は真骨魚類の分類体系の低位分類群と高位分類群の中間に位置すると推定されながら、いまだ系統類縁関係についての定説が得られていないキンメダイ目魚類について、個体発生の特徴と適応的性状を明らかにするとともに、幼期形態に基づく系統学的検討を行ったものである。

 はじめに、キンメダイ目魚類の分類体系の変遷が詳細にレビューされ、本目の単系統性に関する問題点が指摘されている。また、これまでに本目魚類の幼期とされたものは、顕著に発達する黒色素胞、早生性の腹鰭、頭部諸骨の棘要素などに特徴が認められるものの、これらは非常に限られた種類についての知見に基づいており、幼期の形態的特徴に関する既往の知見が著しく不完全であることが述べられている。

 次いで、本研究では、キンメダイ目を構成する7科のうち、系統的に問題のあるイットウダイ科を除く6科を研究対象とし、種分化が顕著な西太平洋から得られた9属9種と近縁のギンメダイ目の1属1種の幼期について標本の出所と記載を行った経緯が説明されている。また、特にヒウチダイ亜目とその周辺グループについての分岐分類による系統解析の概要も述べられている。

 次に、本研究の主要な課題である幼期の形態記載が詳細に行われている。先ず、各種の同定の根拠が述べられた後に、一般形態、鰭の性状と計数形質、色素形成、頭部棘の分化に区分して形態の特徴が記載されている。これには幼期発育シリーズの側面図と、軟・硬骨二重染色標本に基づく頭部骨上の棘要素の分布図とが添付されている。また、一部の頭部棘要素については走査型電子顕微鏡による写真も掲載されており、形質の微細形態的特徴を補足している。以下に、今回明らかにされた種別の特徴を要約する。キンメダイ属の1種では、背鰭と早生性の腹鰭の第1軟条は顕著に伸長する。黒色素の発達は貧弱で、一部の頭部骨上の棘要素に特異な性状が認められる。オニキンメでは、背鰭・尻鰭の原基が鰭膜中に発現する。腹鰭は非早生性である。黒色素の発達は顕著で、頭部棘要素の一部が著しく伸長する。ナカムラギンメとチゴナカムラギンメでは、腹鰭は非早生性で、棘性鱗と稜鱗とが腹部前方に発現する。尾鰭部後方に特異的な黒色素斑があるが、両者は色素形成に相違がある。ヒカリキンメダイでは、腹鰭は早生性で伸長する。鱗は棘性で頭部を除く体全体を覆うが、頭部諸骨には伸長した棘は認められない。眼下に1個の大きな発光器がある。マツカサウオでは、早生性の腹鰭条I,3は特異的である。下顎先端の下面に発光器がある。ピラミッド形の鱗が体全体を覆い、頭部棘要素の一部が柄状である。ハリダシエビス属の1種では、腹面に縞状発光器があり、肛門は腹鰭基部の間に位置する。頭部棘要素はすべての露出骨でよく発達する。ヒウチダイ属の1種では、腹鰭は非早生性で、他の鰭と同様に鰭条に小棘を伴う。ハシキンメでは、背鰭・尻鰭の原基は膜鰭中に発現する。腹鰭は非早生性である。黒色素胞は体全体を覆う。ギンメダイ属の1種では、体は丸くやや肥厚し、全体が黒色素胞で濃密に覆われる。顎に1対の髭が発達する。頭部棘要素の発達はキンメダイに類似する。

 最後に、ヒウチダイ亜目を対象に幼期形質を主体に26の派生形質を選び、これらに基づき分岐分類学的解析を行っている。その結果、オニキンメ科、ナカムラギンメ科、ヒカリキンメダイ科、マツカサウオ科、ヒウチダイ科が単系統群であること、オニキンメ科とナカムラギンメ科が姉妹群であること、ヒカリキンメダイ科、マツカサウオ科、ヒウチダイ科が単系統であることなどが示唆された。これらはマツカサウオ科とヒウチダイ科が姉妹群であり、ヒウチダイ科が単系統であるとした成魚形質に基づく従来の仮説の一部を支持しないことになり、幼期形質からの系統解析による独自の仮説を提示したものである。

 以上、要するに、本研究はこれまで知見の少なかったキンメダイ目魚類幼期の分類学を集大成するとともに、解析手法を含め幼期形態の立場からの系統類縁解析についての新たな可能性を示したものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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