学位論文要旨



No 213365
著者(漢字) 石井,克幸
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,カツユキ
標題(和) キラルな環状ウレア誘導体を用いる不斉アルキル化反応
標題(洋)
報告番号 213365
報告番号 乙13365
学位授与日 1997.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13365号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 環状ウレア誘導体の1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(1)、1,3-ジメチル-3,4,5,6-テトラヒドロ-2(1H)-ピリミジノン(2)は、双極子非プロトン性溶媒として知られている。1982年Seebach等により2は、発ガン性物質の可能性が指摘されるヘキサメチルリン酸トリアミド(3)の代替品として推奨された。以来とりわけ有機金属化学の分野においては、添加剤として、あるいは混合溶媒として用いられている。

 

 一方カルボニル化合物をLDA等の塩基で処理して生成されるリチウムエノラートとアルキル化剤との反応は、炭素-炭素結合形成反応の中で、重要かつ基本的な反応の一つである。このリチウムエノラートとアルキル化剤の反応を、2が加速することもSeebach等により報告されている。よってキラルな環状ウレア誘導体をこの反応系に添加すれば、反応を加速すると共に、エナンチオ選択的な不斉反応が進行する可能性があると考え本研究に着手した。

 そこでキラルな環状ウレア誘導体をデザイン・合成し検討した結果、1-テトラロン(4)の不斉アルキル化反応に有効な環状ウレア誘導体を見出すことができた。

(1)キラルウレア誘導体を用いた1-テトラロン(4)の不斉アルキル化反応

 ウレア誘導体(1,2)によるリチウムエノラートのアルキル化反応の加速は、ウレア誘導体のカルボニル酸素がリチウムエノラートのリチウムに配位することによって起こると考えられるため、この酸素の近傍に不斉空間を構築するためのデザインを行った。合成したLigand6は、X線結晶構造解析によりデザインの段階で予想されたとおりの立体配座を有していることが確認された。これらC2対称性キラルウレアLigandを用い、1-テトラロン(4)の不斉メチル化反応に対する効果を検討した結果をTable1に示した。

 窒素の側鎖にネオペンチル基を有するLigand6を用いると、収率13%・不斉収率45%eeでS体を与えた(run4)。側鎖に立体的に嵩高い置換基を導入すると、収率が低下し反応の加速性が減少する傾向が見られた。五員環上窒素の側鎖に不斉炭素を有するLigand10の場合には、収率30%とLigandを用いない場合よりも約3倍向上した(run11)。

Table 1

 Ligand6を用いて、反応溶媒・アルキル化剤・基質等の反応条件について検討したが、収率・不斉収率の改善は認められなかった。

 種々Ligandを検討した結果から、反応の加速効果が低い原因は、反応の加速および不斉誘起のために有効なリチウムエノラートとLigandの錯体の形成阻害あるいは反応点の遮蔽等にあると考えられ、この要因は、側鎖の立体的に嵩高い置換基によるという可能性が示唆された。

(2)非C2対称性キラルウレア誘導体を用いた不斉メチル化反応

 上記環状ウレア誘導体の窒素上にある二つの側鎖のうち一つをメチル基に変換すれば、不斉誘起に悪影響を及ぼすことなく、反応の加速性が向上すると考えLigand11,12,13のデザインを行った。合成した非C2対称性を有するキラルウレア誘導体の、1-テトラロン(4)の不斉メチル化反応に対する効果を検討した結果をTable2に示した。

Table 2

 五員環上窒素の側鎖の一方がメチル基に変換されたLigandを用いた場合、検討した全てにおいてC2対称性キラルウレア誘導体を用いた場合よりも収率は向上した。不斉収率に関しては、Ligand11を用いると52%eeと一番高い値を示した。

 非C2対称性キラルウレアLigandを用いた場合では、側鎖の置換基が立体的に嵩高くなればなる程、不斉収率が向上する傾向が見られたが、逆に収率は低下する傾向が見られた。よって収率・不斉収率どちらにも有効なLigandに変換するためには、この非C2対称性キラルウレアLigandの側鎖の置換基を変換するだけでは限界があると予想された。

(3)側鎖に酸素置換基を有するキラルウレア誘導体を用いた不斉アルキル化反応

 上記のLigand10は、窒素上の置換基がいずれも-phenethyl基、すなわち位が分岐した置換基を持つ環状ウレア誘導体である。Table1に示したように、この10の添加によって、メチル化反応は加速され、かつ不斉も誘起されている。またその他の結果から、五員環窒素上のアルキル側鎖への酸素置換基の導入は、反応加速性の向上が確認されたため、容易に入手可能なキラルアミノアルコール類を不斉源としたキラルウレアLigandを種々合成した。これらのLigandの中で14は、反応の加速性および不斉収率に最も効果を示した。

Table 3

 Ligand14を用いて、反応溶媒・アルキル化剤・塩基・中間点添加剤等の反応条件について検討した結果、溶媒にTolueneを、塩基としてLHMDSを用いた場合、-45℃では最も良い50%eeで不斉メチル化反応が進行した。また添加剤としてTMEDAを加えると、用いた全てのアルキル化剤について興味深い生成物の絶対配置の逆転現象が認められた。またこの生成物の逆転現象は、塩基としてLDAおよびLTMPを用いた場合にも見ることができた。

 Ligand14を用いた1-テトラロン(4)の不斉メチル化反応の反応条件の検討において、塩基にLHMDSを用い-78℃で反応時間について検討した。この結果、不斉収率は反応時間の延長に伴い低下する傾向がみられた。これは、反応進行に伴って、系内に生成されるLilによる影響が考えられたため、これをトラップすることとした。このLilのトラップが、既に系内に存在するアミンで可能ならば、不斉収率には悪影響を及ぼさないと考えた。そこで過剰にアミンを添加し反応を行ったところ、時間の延長に伴う低下を抑え90%eeを越える選択性を示した。この結果は、アミンによるLilのトラップの可能性を示唆するものである。またLDAを用いた場合過剰のアミンの影響はほとんどなく、反応時間に関係なく一定の値(-78℃で73%ee前後)を示した。このことは、リチウムエノラートとLigandにジイソプロピルアミンを加えた不斉空間は、生成されるLilによる影響を受けることなく、一定の値の不斉収率を与えるものと推察している。

(4)まとめ

 不斉Ligandを用いるエナンチオ選択的不斉アルキル化反応の検討を行い、不斉Ligandとしてのキラルな環状ウレア誘導体14を見い出した。さらに、この14を用いた1-テトラロン(4)の不斉メチル化反応において、穏やかな反応の加速と高い不斉誘起(92%ee)とを同時に達成した。

 

 また、同じ14を用いる反応において、アキラルなアミン等を選択して共存させることによって、逆の絶対配置の生成物が得られる例を見出した。

 これらの反応機構・不斉誘起のメカニズム等は未だ解明されてはいないが、本研究は、リチウムエノラートに対するウレア横造を有する不斉Ligandの、アルキル化反応における有用性を示した最初の例である。

審査要旨

 カルボニル化合物をLDA等の塩基で脱プロトン化して得られるリチウムエノラートとアルキル化剤との反応による-アルキルカルボニル化合物の合成は、有機合成化学における代表的な炭素-炭素結合形成反応である。このアルキル化反応は一般に遅い反応であるが、環状ウレア誘導体(DMEU(1)、DMPU(2)等)はこの反応を加速することが報告されている。本論文は、キラルな環状ウレア誘導体を用いることによって、反応を加速するとともに、反応にエナンチオ選択性を付与する可能性を検討し、キラルな環状ウレア誘導体(3)を見出すに至った経緯を記したものである。

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 1-テトラロン(4)をトルエン中1.1当量のLDAで脱プロトン化し、次いで10当量のヨウ化メチルと-45℃で48時間反応させると、2-メチル-1-テトラロン(5)が10%の化学収率でえられる。この反応条件の下に、リガンドとして1.1当量の1を添加すると、5が45%の化学収率で得られ、1の添加による反応の加速が認められた。そこで、様々な構造のキラルな環状ウレア誘導体をキラルなリガンドとして添加したときの5の化学収率、不斉収率を調べた。

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 環状ウレア誘導体によるアルキル化反応の加速の原因は、そのイミドカルボニル基の酸素がリチウムエノラートのリチウムに配位することによって、リチウムエノラートの脱会合に寄与するためであると考えられる。その状態でそこに不斉空間を構築するために、C2対称のキラルなDMEU誘導体(6〜10)をまず選択してその反応を検討した。

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 6には1と同程度の反応加速効果能がみとめられたが、不斉誘起能は認められなかった。そこで、イミドカルボニル基により近いところに不斉空間を構築する目的で、7〜9を設計した。これらの化合物は環上に存在するかさ高いフェニル基との立体障害のために、窒素上の置換基は11に示すコンホメーションをとると予測したためであるが、8のX線結晶構造解析の結果は、この予測を裏付けるものであった。検討の結果、7および8には反応加速能は殆ど認められなかったものの、ある程度の不斉誘起能は認められ、(S)-5がそれぞれ19%eeおよび45%eeで得られた。9を用いると、反応は進行しなかった。これらの事実は、環状ウレア誘導体の二つの窒素上にあまり大きな置換基を導入すると、反応加速能は失われる傾向にあることを示している。しかし、10を用いると(R)-5が30%、11%eeで得られ、二つの窒素上に二級アルキル基を導入しても、反応加速能は残存することが明らかになった。

 そこで、窒素上の置換基の一つをメチル基に固定した非C2対称なキラル環状ウレア誘導体(12〜14)について検討を行った。これらの化合物はいずれも反応加速性と不斉誘起能をを示したが、置換基(R)がかさ高くなるにしたがって、反応加速能の低下が認められた。類似化合物も含めた検討の結果、化学収率、不斉収率のいずれにも有効な配位子をこの基本構造で達成するには限界があると判断した。

 これを打開する方策として、窒素上の置換基にさらにリチウムにたいする配位子となりうるヘテロ原子を有する化合物を各種検索し、3を用いるとき(S)-5が38%、41%eeで得られることを見出した。さらに、1.1当量の3を用いる反応条件を詳細に検討した結果、この反応に用いる塩基としてLDAの代わりにLHDMSを用いると、(S)-5が34%、82%eeで得られること、これに4当量のHMDSを共存させると、(S)-5が49%、92%eeで得られることが判明した。反応時間を延長すれば、殆ど光学純度を低下させることなく、化学収率を向上させることができる。

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 本研究は、未だ反応の加速が不充分であり、反応機構、不斉誘起のメカニズムも解明されていないが、アキラルリチウムエノラートのエナンチオ選択的なアルキル化反応に、キラルな環状ウレア誘導体を用い得ることを示した最初の例であり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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