学位論文要旨



No 213366
著者(漢字) 小谷,孝行
著者(英字)
著者(カナ) コタニ,タカユキ
標題(和) メソ体の不斉認識に基づくプロスタグランジン類の合成
標題(洋)
報告番号 213366
報告番号 乙13366
学位授与日 1997.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13366号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 笹井,宏明
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 プロスタグランジン(PG)類は,血小板凝集抑制,血圧上昇・降下,筋肉収縮あるいは弛緩,子宮収縮などの特徴ある生理活性を示す一連の化合物群である.これらの化合物は分子内に3個から5個の不斉点を持つため,これまでに様々な立体選択的合成法が開発されてきた.本研究では,PG類の一般的な合成法として,メソ体の不斉認識に基づく合成方法の開発を行なった.

 多くの場合,重要PG関連化合物はCoreyラクトンを鍵中間体とする方法や,野依らの3成分連結法で合成されている.しかしこれらの方法は,最終化合物に到達するの多工程を必要とし,工程途中でジアステレオマーの分離を必要とするか,あるいは-鎖銅試薬をヒドロキシシクロペンテノンにMichael付加させ,続いて,-鎖を導入するため,1工程で基本骨格の構築ができるものの,5員環及び-鎖双方とも,光学活性体を用いなければならず,反応操作も大変複雑であるなどの問題点を含んでいる.

 そこで,効率的なPG類縁体の合成法の開発を目的として,メソのオレフィン面とオレフィンの等価な炭素を区別しながら,ジアステレオ選択的に-鎖ユニットの導入を行い,ただ1つの光学活性源で新たに2つの炭素原子上で不斉を誘起させることを試みた結果,効率良く立体制御できることがわかった.さらに連続的な炭素-炭素結合生成反応を行うことにより,ただ1つの光学活性源で潜在不斉点の顕在化と新たに2つの炭素原子上で不斉点を誘起させることに成功した.

 メソ体は複数個の不斉炭素を有しているが,分子内に鏡面が存在するため光学活性体ではない.メソ体の等価な官能基のいずれかを変換するとエナンチオマーが生じ,すべての潜在不斉が顕在化する.一方オレフィンに光学活性体を付加させた場合,ジアステレオマーが生じ,2つの不斉中心が誘起される.この2つの不斉誘導法を複合化させ,メソオレフィンに対し不斉付加を行なえば,面対称の要素がなくなりメソオレフィンの潜在不斉を顕在化させると同時に,新しい不斉中心を誘起した1つのジアステレオマーのみが合成できる.すなわち,二種類の不斉誘起を1工程で行なう多点同時不斉制御が可能となる.メソ体の識別反応は最近数多く報告されているが,これまで報告された反応は対掌体の識別のみであり,このようにメソ体の識別反応を行ないながら,かつ炭素-炭素結合を形成し,別途に新しい不斉中心を誘起させる試みは例を見ない.

 パラジウム触媒存在下,シス-ビニルヨーダイド2を用いると,2の不斉点(C-15)のみでメソ体の等価な反応点を識別し,ジアステレオ選択的に側鎖を導入できることを明らかにした(Scheme 1).すなわち,メソ体としてシクロペンテンジオール(1)を用いた場合には,1つの潜在不斉点の顕在化と同時にシクロペンタノン骨格上に新たな不斉点を誘起でき,結果的に2つの炭素原子上で不斉を誘起させることができた.特に,シス-ビニルヨーダイド2の水酸基の保護基としてメトキシイソプロピリデン基を用いると,高いジアステレオ選択性(99:1)で-鎖を導入することができた.これはメソジオール1の2つの水酸基の協同効果であり,メソ体のジアステレオ選択的反応とエナンチオグループ識別反応を含む反応であるためと考えられる.

 得られたHeck反応生成物3に対し,2モル当量のLDAを作用させることにより,位置選択的にエノレートを生成させ,位置および立体選択的に-鎖ユニットを導入することができた(Scheme 2).すなわち,ジアステレオ選択的に-鎖,続いて位置およびジアステレオ選択的に-鎖ユニットを導入することにより,PGE誘導体の全ての不斉点を-鎖部分の光学活性源のみで制御できたことになる.なお,5は既知の方法でPGE誘導体に変換可能である.

Scheme 1Scheme 2

 シクロペンテンジオール(1)を用いた場合は反応途中で-脱離が起こるために,期待される潜在不斉の一方しか顕在化させることができない.そこでノルボルネン(6)への連続的な側鎖導人を試みた.メソ体としてノルボルネン(6)を用い,シス-ビニルヨーダイド2,アセチレン誘導体7とのタンデムアセンブリ反応により,PGH誘導体のジアステレオ選択的な連続的側鎖の導入法を開発した.この場合には1工程で2つの側鎖を立体選択的に導入し,2つの潜在不斉の顕在化と共に,新しい不斉炭素を2つ加えることができる.特に,プロパルギル位がヘテロ原子のアセチレン誘導体では高収率でノルボルナン誘導体8を得ることができる.ノルボルネンへの三成分連結反応は,シス-ビニルヨーダイド2を用いているにもかかわらず,得られた化合物8はトランス体であることから,PGH類縁体合成法として有用であると考えられる(Scheme 3).

Scheme 3

 アセチレン誘導体のかわりに,シアン化ナトリウムを用いても5のC-15位の不斉点により,ノルボルナン上に新しく2つの不斉点を誘導し,2つの不斉点を顕在化させながら1工程で4つの不斉点の立体化学をジアステレオ選択的に制御し,シアノ体9を得ることができた.シアノ体9はルテニウム触媒を用いてアミド体10に変換できる.アミド体10からはさらなる官能基変換が期待できるため,シアノ体9はPGH類縁体合成の際の前駆体として有用であると考えられる(Scheme 4).また,このジアステレオ選択的な側鎖の導入では,ジアステレオトピックな面や炭素原子の識別だけでなく,メソ化合物に内在している不斉点を顕在化させており,1つの不斉点から複数個の不斉点を制御できる立体選択的合成方法として効率の良い手法であることを明らかにした.

Scheme 4

 以上のように,側鎖ユニットのただ1つの不斉点により,シクロペンテンジオール(1)の1つの潜在不斉を顕在化させると同時に,新たに1つの不斉点を導入することができた.さらに2モル等量のLDAを用いて位置および立体選択的に-鎖ユニットを導入することに成功した.またノルボルネン(6)の2つの潜在不斉を顕在化させると同時に,新たに2つの不斉点を導入することに成功した.すなわち,側鎖ユニットのただ1つの不斉点により,メソ体の面対称の要素をなくすことによってメソオレフィンの潜在不斉を顕在化させると同時に,新しい不斉中心を誘起できる多点同時不斉制御が可能であることを明らかにした.これらの方法はパラジウムを触媒量用い,出発物質を混ぜるだけの極めて簡便な操作で反応を行うことができ,種々の生理活性物質の立体選択的合成への応用が期待できる.

審査要旨

 本研究はプロスタグランジン類縁体の効率的な立体選択的合成法の開発を目的としている。メソのオレフィン面の等価な炭素を区別しながら,ジアステレオ選択的に-鎖ユニットの導入を行い,ただ1つの光学活性源を用いることにより新たに2つの炭素原子上に不斉を誘起させ,引き続き,位置および立体選択的な-鎖ユニットの導入を行ないプロスタグランジン類の有効な合成法を確立した。

 メソ体の等価な官能基のいずれかを変換するとエナンチオマーが生じ,すべての潜在不斉が顕在化する。一方,オレフィンに光学活性体を付加させた場合,ジアステレオマーが生じ,2つの不斉中心が誘起される。この2つの不斉誘導法を複合化させ,メソオレフィンに対し不斉付加を行なえば,面対称の要素がなくなりメソオレフィンの潜在不斉を顕在化させると同時に,新しい不斉中心を誘起した1つのジアステレオマーのみが合成できる。すなわち,二種類の不斉誘起を1工程で行なう多点同時不斉制御が可能となる。

 メソ-ジオール1を用いた場合には,側鎖ユニット2のただ1つの不斉点により,1の1つの潜在不斉を顕在化させると同時に,新たに1つの不斉点を導入することができた(1式)。またノルボルネン(4)を用いた場合には,連続的な側鎖の導入を行うことにより,4の2つの潜在不斉を顕在化させると同時に,新たに2つの不斉点を導入することに成功した(2式)。すなわち,側鎖ユニットのただ1つの不斉点により,メソ体の面対称の要素をなくすことによってメソオレフィンの潜在不斉を顕在化させると同時に,新しい不斉中心を誘起できる多点同時不斉制御が可能であることを実例にて示した。これらの方法はパラジウムを触媒量用いるHeck型反応によって極めて簡便な操作で反応を行うことができ,種々の生理活性物質の立体選択的合成への応用が期待できる。

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 このようにして合成できる鍵中間体からPGE2の合成を達成した。また,この立体選択的合成法を応用して関連する新規誘導体の合成されることを示した。

 小谷の方法は天然物プロスタグランジン種類の化合物の光学活性体を得るための有効な方法となるばかりでなく,この過程でえられた立体化学の知見は有機合成化学,医薬化学の発展に寄与するところ多く,博士(薬学)の学位に値すると判断する。

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