学位論文要旨



No 213367
著者(漢字) 小野田,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) オノダ,トシヒコ
標題(和) 有糸分裂阻害剤Curacin Aの合成研究
標題(洋)
報告番号 213367
報告番号 乙13367
学位授与日 1997.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13367号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 笹井,宏明
内容要旨

 Curacin A(1)は1994年Gerwickらによりカリブ海の藍藻Lyngbya majusculaより単離された毒素で、大腸癌・腎臓癌・乳癌由来の細胞に対し顕著な細胞毒性を示す。Curacin Aの細胞毒性発現のメカニズムが、作用標的蛋白質チューブリンのコルヒチン部位結合による重合阻害でありながら、コルヒチン部位結合の他の阻害剤と構造的に大きく異なることから、新規な骨格を持つ有糸分裂阻害剤として注目されている。私はCuracin Aとチューブリンとの相互作用機構を詳細に解明する為には、Curacin A及びその新規類縁体を高立体選択的に合成する方法論を確立する必要があると考え、その合成研究を行った。その結果1)Curacin Aの部分構造2の合成と絶対配置の解明、2)メチルシクロプロピル部分のパーツとなるカルボン酸7の効率的不斉合成法の開発、3)不斉全合成に成功し、さらに4)その阻害活性発現に幾つかの知見を得た。また5)水酸基の保護基であるp-methoxybenzyl(PMB)基の新規・選択的脱保護法を開発したので、以下順に説明する。

 

1)Curacin Aの部分構造2の合成及びCuracin Aの絶対配置の推定

 チューブリン重合阻害活性の最小必須構造として、チアゾリン環骨格を有する部分構造2を設定したが、立体配置が不明であった為、可能な4つの立体異性体をすべて合成した。L-システインから3工程で誘導したアミド3のLiAlH4還元、Wittig反応により高Z選択的にチアゾリジン5を得た。5のN,S-アセタールを水飽和した希薄CH2Cl2中、TFAにて官能基選択的に脱保護し、ラセミのカルボン酸(±)-7と縮合後、得られたチオールエステル8をFukuyamaの方法に従い環化させ、目的のチアゾリン2をジアステレオマーの混合物として得た(Scheme1)。D-システインからも同様に合成し各々HPLC精製後、2を4つの立体異性体として得た。それらの絶対配置は、Bergmanの方法によりキニン塩として光学分割した立体既知のカルボン酸(+)-7と6を用いて(+)-2aを合成し、各異性体のNMR、比旋光度データを比較することにより決定した。また、得られた2と報告されているCuracin Aのスペクトルデータの比較から、Curacin Aのチアゾリン環部分の3つの不斉炭素の相対位置を2bと決定、絶対配置を(+)-2bと推定した。私が独自に提出した構造は、時を同じくしてWhiteらにより報告されたものと一致していた。

Scheme 1)
2)効率的なcis-2-メチルシクロプロパンカルボン酸7の不斉合成

 安価で容易に入手可能なL-酒石酸の2つのカルボキシル基を同時変換し、Curacin Aの不斉全合成に必要な光学活性カルボン酸(-)-7を、効率的かつその立体化学を完全に制御(>99%ee)し合成した。L-酒石酸ジエチルエステルから2工程で誘導したジエステル9のDIB AL-H還元、ジブロム化、LiAlH4還元により鍵反応の基質となるジエン11を得た。11のダブル不斉Simmons-Smith反応はEt2Zn系或いはZn-Cu系、いずれの反応試薬でも高ジアステレオ選択的(>99%de)に進行し、目的のジシクロプロパン12を単一物として与えた。12の脱保護後、2段階の酸化反応(NaIO4酸化及びKMnO4酸化)を経て、目的の立体のカルボン酸(-)-7を得ることに成功した(Scheme2)。

Scheme 2

 次に、Curacin Aのメチルシクロプロピル部分の類縁体合成及び本合成法の汎用性を広げる為に、L-酒石酸ジエチルエステルからカルボン酸7の両鏡像体合成を行った。ビスアリルアルコール10のTBDPS化により得られたジシリル14を基質として、同様にダブル不斉Simmons-Smith反応を行いジシクロプロパン15を単一物として得た(>99%de)。脱シリル化後、生成したジオール16の両端水酸基をジメシル化、続けてLiAlH4還元し既知化合物のジシクロプロパン12を得た。以降は既知のルートに従いカルボン酸(-)-7へ誘導した(Scheme3)。

Scheme 3

 次に鏡像体(+)-7の合成を行った(Scheme4)。ジシクロプロパン15のアセタールを脱保護後、NaIO4酸化、NaBH4還元しアルコール18を得、同様に水酸基をメシル化後、LiAlH4還元によりメチル基に変換した。得られたシクロプロパン19を脱シリル化し、続けてRuCl3触媒下、NaIO4酸化によりカルボン酸(+)-7を得た。以上のように私はカルボン酸7の両鏡像体をダブル不斉Simmons-Smith反応を鍵反応に用い、効率的かつ高立体選択的(>99%ee)に合成する方法を開発した。

Scheme 4
3)Curacin Aの不斉全合成

 Curacin Aの4つの不斉点のうち、L-システイン由来以外の3つの不斉点を、完全に立体制御(>99%ee)し全合成を達成した(Scheme5)。アルキル側鎖のジエン部分構築にゲラニオールから4工程で誘導したホスホネート20と、1,4-ブタンジオールから2工程で誘導したアルデヒド21のWittig-Homer反応を用い、高E選択的にジエン22を得た。側鎖部分の不斉点導入にはDuthalerらのキラルなアリルチタン試薬を利用した。すなわち22の脱保護後、NaIO4酸化により生成したアルデヒド23と24を用いた不斉アリル化では、高エナンチオ選択的(>99%ee)に反応が進行し、目的の立体を持つアリルアルコール25を高収率で得た。25はメチルエーテル化後、Me2S存在下MgBr2・OEt2にて脱PMB化し、続けて既知のルートに従って目的のホスホニウム塩26へ誘導した。26とアルデヒド4のWittig反応により高Z選択的にチアゾリジン27を得、1)の部分構造合成の手法及び2)で調製した光学活性なカルボン酸(-)-7を用い、27からの収率10%で最終目的物のCuracin Aを得ることに成功した。得られたCuracin Aのスペクトルデータは文献値と完全に一致しその構造を確認した。

Scheme 5
4)Curacin A及び合成関連化合物のチューブリン重合阻害活性について

 合成したCuracin A及び合成関連化合物について、ブタ脳より精製したチューブリンを用いて濁度法により、そのチューブリン重合阻害活性を測定した。我々のアッセイ系ではCuracin AのIC50は2.5Mであったが、チアゾリン環を有する部分構造2のいずれの異性体にも阻害活性が見られなかった。さらにホスホニウム塩26とアセトアルデヒドのWittig反応により得られたテトラエン28、及び幾つかの側鎖由来の部分構造に阻害活性が見られなかったことから、その活性発現にはヘテロ環部分と脂溶性側鎖の組み合わせが重要であることをデータにより初めて明らかにした。

5)p-Methoxybenzyl(PMB)基の新規・選択的脱保護法を開発

 水酸基の保護基であるPMB基の穏和な脱保護剤として、ハード酸・ソフト求核剤組み合わせ系のMgBr2・OEt2-Me2S反応剤をデザイン、開発した。本反応剤をCuracin Aの側鎖合成時に実用するとともに、各種官能基を有する基質に用い、その有用性・使用限界を調べた(Table1)。その結果、(1)本反応剤がPMB基の一般的な脱保護条件であるDDQ酸化に代わり、1,3-ジエン化合物の脱PMB化に極めて有効なこと、(2)その際、他のルイス酸、プロトン酸では顕著に起こるオレフィンの異性化を抑えること、さらに(3)他の官能基、例えばt-ブチルジメチルシリル(TBDMS)、ベンゾイル(Bz)、ベンジル(Bn)基或いはアセトナイドの存在下、選択的にPMB基のみ脱保護可能であることを明らかにした。

Table 1

 以上、私は有糸分裂阻害剤Curacin Aの合成研究として、部分構造合成及びCuracin Aの不斉全合成を行い、その新規類縁体を高立体選択的に合成する方法論を確立した。さらに2)に示した効率的なカルボン酸の合成法はcis-2-アルキルシクロプロパンカルボン酸の不斉合成法として有用かつ一般性の高いものであり、また5)に示したMgBr2・OEt2-Me2S反応剤は、PMB基の新規・選択的脱保護剤として、有用かつ実用性の高いものと考えられ、今後複雑な天然物合成への応用が期待される。

審査要旨

 本論文は有糸分裂阻害剤Curacin Aの全合成を主軸として展開した合成研究を記述したものである。

 有糸分裂阻害剤は近年、癌の分子標的としても注目されてきたチュブリン蛋白に結合してその重合・解重合を阻害することによって有糸分裂を阻害する化合物群である。有糸分裂阻害剤のチュブリンへの結合部位は、コルヒチン部位とビンブラスチン部位の2つがあり、特に前者を作用点とする有糸分裂阻害剤はそのほとんどが互いに共通の構造的特徴を有する。こうした状況下で近年見いだされた天然物であるCuracin Aは、強力な活性を持ちながら、その構造が従来のコルヒチン部位結合性有糸分裂阻害剤とは全く異なるユニークな化合物として注目されている。よって、Curacin Aならびにその類縁化合物の合成・合成法の確立は、チュブリンを中心に据えた有糸分裂阻害剤の研究領域に大きな寄与を果たす。

 本論文に記された研究により、(1)当時未決定であったCuracin Aのチアゾリン骨格部分の絶対構造の推定、(2)効率的なcis-2-メチルシクロプロパン環の不斉合成法の確立、(3)Curacin Aの不斉全合成の達成、(4)p-メトキシベンジルの選択的脱保護法の開発、が成された。加えて本論文には、得られた様々な誘導体のチュブリン重合阻害活性を評価することによる、活性発現のためのにCuracin Aの炭化水素鎖-複素環両部分の必要性、という、従来の予想を覆す発見が記述されている。

 第1項に関しては、チアゾリン環部分の考えられるすべての立体異性体をすべて合成し、それらの光学的データを天然Curacin Aのそれと比較することにより達成した。正しくCuracin Aの絶対構造を推定することに成功した。

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 第2項に関しては、L-酒石酸ジエチルを出発原料とし、新たに開発した不斉ダブルSimmons-Smithシクロプロパン化によって、一分子の簡単な原料からその炭素すべてを利用して2分子の目的物を得るという、効率的な合成法を確立した。

 第3項に関しては、L-システイン由来以外の3つの不斉点を完全に立体制御して全合成を達成している。現時点では、本論文以外に5グループからCuracin Aの全合成が報告されているが、その中でも本論文記載の方法は特長ある優れたものと評価できる。

 第4項に関しては、ハード酸・ソフト求核剤組み合わせ系のMgBr2OEt2-Me2S反応剤をデザイン・開発している。本方法はいまだ改良の余地ありとはいえ、選択的かつ一般性ある方法であると評価できる。

 論文記載の考察の部では、チュブリンを標的とする有糸分裂阻害剤に関する基礎研究・応用研究、さらには、その医薬開発研究に関しての方向性・提案が述べられている。

 以上、本論文内容は、研究素材の設定、問題の設定とその解決、得られた結果、いずれにおいても優秀であり、合成化学、天然物化学の発展に寄与するところ大であり博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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