学位論文要旨



No 213370
著者(漢字) 大岡,龍三
著者(英字)
著者(カナ) オオオカ,リョウゾウ
標題(和) 応力方程式モデルによる都市・建築空間の熱・空気流動の数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 213370
報告番号 乙13370
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13370号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 建築都市環境工学分野において、室内や屋外、果ては都市広域環境にいたるまでの空気流動やそれに伴う熱や物質の輸送をCFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)の手法を用いて解析する例が多く見られる。CFDの手法には大きく分けて乱流モデルを施さずNavier-Stokes方程式を直接解くDNS(Direct Numerical Simulation:直接シミュレーション)とNavier-Stokes方程式にアンサンブル平均やフィルタリングなどの平均化操作を施し乱流モデル(Turbulence Model)を用いたシミュレーショシがある。後者の内アンサンブル平均(レイノルズ平均)を利用した乱流モデルは一般にRANS(Reynolds Averaged Navier-Stokes)モデルと呼ばれている。代表的な例にk-型乱流モデルがある。またフィルタリング(粗視化)操作を施す乱流モデルをSGS(Subgrid Scale)モデル、より一般的にはLES(Large Eddy Simulation)と呼んでいる。

 本研究ではRANSモデルのうち最も精度の高いと言われている応力方程式モデル(Differential Stress Model、以降DSM)を建築都市環境工学分野に現れる様々な流れ場・温度場・拡散場に適用し、その有効性の確認を行い、今後の利用可能性・発展性について検討を行う。応力方程式モデルは、Navier-Stokes方程式や温度の輸送方程式にアンサンブル平均を施した時に現れるレイノルズ応力(<ui’uj’>)や温度フラックス(-<ui’>)等の2次モーメントをk-型乱流モデルのように勾配拡散近似を用いて表すのではなく、その輸送方程式を直接解くことにより求めるものである。

 現在までの数値流体力学の研究分野においては、多くの流れ場において数値精度の点ではLESが最も精度の高い乱流モデルであるということが一般常識となりつつある。しかしながら、以下の点でDSMの研究を続けることに意義があると考える。

 LESの計算負荷・データ取得のハンドリングの煩雑性を考えれば、はるかにRANSモデルが有利であり、今後もその傾向は続くものと考えられる。また実際の建築物等の設計において常時大規模計算を行うわけではなく、通常何らかの簡易式や簡易化された設計指標を用いる。これらの簡易式や設計手法の導出には物理現象に対する深い洞察が必要となるが、DSMの研究では2次モーメントの輸送方程式まで立ち返り、その物理的構造を詳細に考察する必要があるため、その研究成果により物理構造に基づいた簡易式の導出も可能となる、等である。

 本論文は以下の9章からなり、主としてDSMの理論的解説である第二章〜第四章の基礎編と、実際の建築都市空間への適用例である第五章〜第八章の応用編に分けられる。

 第一章では、まず序論として本研究の目的と概要が述べられる。

 第二章では、RANSモデルの発展の歴史とレイノルズ平均の考え方を簡単に解説し、標準型DSMにおいてレイノルズストレス(<ui’uj’>)及び乱流熱フラックス(<ui’>)の各輸送方程式をクローズするためのモデル化について説明した。

 第三章では、DSMを中心としたRANSモデルのモデリングに利用されるテンソル解析の基礎について解説を行い、それを利用した圧力歪み相関項や粘性消散項等DSMの高次モデルの紹介を行った。それ以外にも最新型のDSMの紹介、更には低レイノルズ数型DSMの解説も行った。

 第四章では、レイノルズストレス(<ui’uj’>)輸送方程式を解くための、具体的な数値計算法について説明した。先ず最も簡単な移流・拡散方程式において安定な数値解を得るためには拡散項の働きが非常に重要であることを示し、代表的な数値安定化スキーム(一次風上差分、QUICKスキーム、一次精度後退差分)においてその安定度が数値拡散(粘性)と言う形で評価できることを示した。またその利用の是非についても述べた。次にDSMにおいて運動方程式を解く場合に、レイノルズストレス(<ui’uj’>)を含む項が拡散項となるが、ここでPSEUDO VISCOSITYの概念を利用して<ui’uj’>を拡散型に変形することにより計算安定性を確保する手法について解説を行った。更に<ui’uj’>の輸送方程式中のGGDHによる拡散項において負拡散が生ずる可能性を示唆し、それを回避する手法について解説を行った。

 第五章では、DSMを実際の室内の等温・非等温気流に適用した例を示した。特に工学上広く用いられているk-モデルやDSMを簡略化したASMとの比較を詳細に行った。DSMとASMはレイノルズストレス(<ui’uj’>)や乱流熱フラックス(<ui’>)の生産項を正しく評価しているため2次モーメントの予測精度に関してはk-に比べて、格段に改善することが示された。更に、DSMは<ui’uj’>や<ui’>の移流・拡散項をASMに比べて正しく評価しているので、噴流域等移流の活発な領域においてASMの結果を改善することが示された。

 第六章では、屋外建物周辺流れ場を想定して、立方体周辺3次元流れ場の解析にDSMを適用し、ASM、LESとの比較により、その有効性をレイノルズストレス(<ui’uj’>)の輸送方程式の各項のモデル毎に検討した。また従来より、DSMにおいて問題となっていたImpingingを含む流れ場におけるWall reflection項の取り扱いについて、Craft-Launderのモデルが従来のGibson-Launderのモデルを大きく改善する結果を示すことが確認された。またDSMは立方体風上コーナー部でASMによるレイノルズストレスの異常な非等方分布の予測を改善するものの、屋上面逆流並びに立方体後方循環流の大きさを過大に評価する。この傾向は現在提案されている様々なDSMの高次モデルを適用したが変化がなかった。これはijの高次モデルが、単純剪断乱流や平板乱流など比較的単純な流れ場を対象にモデル化・係数チューニングされたためであると考えられる。

 第七章では、屋外建物周辺等温流れ場のうち、境界層流中におかれた2次元建物モデルにDSMを適用し、k-モデルや実験との比較により、その有効性を検討した。2次元建物周辺気流においても立方体周辺気流と同様、DSMでは特に本章では、屋上面逆流並びに後方循環流の大きさを過大に評価する傾向が見られた。前章の考察を受け、圧力歪み相関項の役割に着目し、そのモデリングが、乱流エネルギーの生産構造に及ぼす影響について考察した。圧力歪み相関項の物理的意味並びに、そのモデル係数を試行的に変化させた計算結果がある程度妥当な結果をもたらすことを鑑みて、この圧力歪み相関項のモデルの改善が、DSMを建物周辺等の複雑流れ場に適用可能するキーポイントであると考えられる。

 第八章では、不安定都市境界層にDSMを適用し、k-モデルと比較を行った。DSMは乱流熱フラックス(<ui’>)の浮力生産項を正しく評価するために、温度分布の実験との対応が非常によい。一方単純な勾配拡散近似に基づくk-モデルは、浮力生産項を考慮していないため<ui’>による熱の拡散が抑制され、温度分布の実験との対応は非常に悪い。本章ではこのk-モデルの構造的欠陥を考慮し、従来の単純な勾配拡散近似に浮力効果を組み込んだ新しいk-モデルを提案した。この新しいk-モデルを同じ不安定都市境界層に適用したところ、DSMには及ばないものの従来のk-モデルをある程度改善する結果を示した。以上の考察より、不安定都市境界層においてRANSモデルの様々な階層のうち、DSMは最もすぐれたモデルであるということができる。

 第九章では、全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨

 本研究はRANS(Reynolds Averaged Navier-Stokes)モデルのうち最も予測精度の高いと言われている応力方程式モデル(Differential Stress Model、以降DSM)を、建築・都市環境工学分野の問題に現れる様々な流れ場、温度場、拡散場に適用し、同モデルの有効性の確認を行い、今後の利用可能性・発展性について検討を行ったものである。

 建築・都市環境工学分野の研究において、室内や屋外、或いは広域都市環境の空気流動やそれに伴う熱や物質の輸送を乱流モデルを用いたCFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)の手法により解析する事例が多く見られるようになった。

 応力方程式モデルはRANSモデルと総称される乱流モデルの一つで、Navier-Stokesの運動方程式や温度の輸送方程式にアンサンブル平均を施した時に現れる新しい未知数であるレイノルズ応力や乱流熱フラックス等の2次モーメントを、k-型2方程式モデルのように勾配拡散近似を用いてモデル化するのではなく、その輸送方程式を直接解くことにより求めるものである。

 本論文の構成は第一章の序章、主としてDSMの理論的解説である第二章〜第四章の基礎編と、実際の建築・都市空間の問題への適用例である第五章〜第八章の応用編、第九章のまとめと、全九章よりなる。

 第一章では、まず序論として本研究の目的と概要が述べられる。

 第二章では、RANSモデルの発展の歴史とレイノルズ平均の考え方を簡単に解説し、標準型DSMにおいてレイノルズ応力及び乱流熱フラックスの各輸送方程式をクローズするためのモデル化の方法について説明している。

 第三章では、DSMを中心としたRANSモデルにおいて、テンソル等のモデリングに利用される数学的基礎について解説を行い、それを利用してモデル化した圧力歪み相関項や粘性消散項等DSMにおける高次モデルの紹介を行っている。これに加えて最新型のDSMの紹介も行っている。

 第四章では、レイノルズ応力輸送方程式を解くための、具体的な数値計算法について説明している。DSMにおいて運動方程式を解く場合に、擬似粘性(Pseudo Viscosity)の概念を利用して計算安定性を確保する手法について解説を行っている。更にレイノルズ応力の輸送方程式中の一般化勾配拡散近似の仮定(GGDH)に基づく拡散項において負拡散が生ずる可能性を示唆し、それを回避する手法についても説明している。

 第五章では、DSMを実際の室内の等温・非等温の流れ場に適用した結果を示している。特に工学上広く用いられているk-モデルやDSMを簡略化した代数応力方程式モデル(Algebraic Stress Model、以降ASM)との比較を詳細に行っている。DSMとASMはレイノルズ応力や乱流熱フラックスの生産項を正しく評価しているため、そのレイノルズ応力や乱流熱フラックス等の2次モーメントの予測精度はk-モデルに比べて格段に改善することが明らかにされている。更に、DSMではレイノルズ応力や乱流熱フラックスの移流・拡散項をASMに比べて正しく評価しているので、噴流域等移流の活発な領域においてASMの結果を改善することを示している。

 第六章では、建物周辺流れ場を想定して、立方体周辺気流の解析にDSMを適用し、ASM、LES(Large Eddy Simulation)との比較により、その予測精度をレイノルズ応力の輸送方程式の各項のモデル毎に検討している。また従来より、DSMにおいて問題となっていた衝突を含む流れ場における壁面反射効果の項の取り扱いについて、CraftとLaunderによるモデルが従来のGibsonとLaunderによるモデルを大きく改善する結果を与えることを確認している。但しDSMは、立方体屋上の逆流域や後方循環流の大きさを過大に評価する。これは現在提案されている圧力歪み相関項のモデルが、単純剪断乱流や平板乱流など比較的単純な流れ場を対象に最適化されたためであると推察している。

 第七章では、境界層流中におかれた2次元建物モデルにDSMを適用し、k-モデルや実験との比較によりその有効性を検討している。2次元建物周辺気流においても立方体周辺気流と同様、DSMでは屋上面逆流域並びに後方循環流の大きさを過大に評価する傾向が確認されている。特に本章では、前章の考察を受け、圧力歪み相関項の役割に着目して考察している。圧力歪み相関項の物理的意味並びに、そのモデル係数を試行的に変化させた計算の結果、ある値の時妥当な結果を得ることに鑑みて、この圧力歪み相関項のモデルの改善がDSMを建物周辺流れ等の複雑流れ場に適用可能とするキーポイントであると結論づけている。

 第八章では、不安定な都市境界層にDSMを適用し、k-モデルと比較を行っている。DSMは乱流熱フラックスの浮力生産項を正しく評価するために、温度分布の予測において実験とよく一致する。一方単純な勾配拡散近似に基づくk-モデルは、浮力生産項を正しく考慮していないため、温度分布の実験との対応は非常に悪い。本章ではこのk-モデルの構造的欠陥を考慮し、従来の単純な勾配拡散近似に浮力効果を組み込んだ新しいk-モデルを提案している。この新しいk-モデルを同じ不安定都市境界層に適用し、従来のk-モデルの予測結果をある程度改善することに成功している。

 第九章では全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

 以上を要約するに、本論文では、DSMを建築・都市空間に現れる様々な流れ場に適用し、DSMのモデルの構造を調べ、その有効性を系統的かつ定性的、定量的に検討している。これにより、DSMの優れた性質やその問題点、また今後の改良の方向性・発展性が明らかにされている。本研究成果は、建築・都市環境工学における物理環境予測手法を大いに発展させるものであると考える。更に本研究成果は、各種乱流モデルの構造の解明と今後の改良にも資するものであり、機械工学、物理学、気象学等の他の理工学分野への波及効果も極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51046