学位論文要旨



No 213371
著者(漢字) 岡,宏一
著者(英字)
著者(カナ) オカ,コウイチ
標題(和) 永久磁石の運動制御による磁気浮上機構
標題(洋)
報告番号 213371
報告番号 乙13371
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13371号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 磁気浮上機構には様々な種類があるが,能動形磁気吸引浮上方式とは,浮上体の運動を検出しその信号に基づいて磁気吸引力を制御し,浮上体を非接触支持するものである.主な特徴として,浮上体の支持剛性や浮上位置を任意に設定できること,受動的な磁気浮上方式に比べて一般的に高剛性にできることがあげられる.この形式の磁気浮上機構では吸引力を制御することが必要であり,吸引力は浮上体との空隙を通る磁束によって考察可能である.現作用いられている吸引力の制御方法は,電磁石を用いてそのコイルに流れる電流を調節するものであるが,これは起磁力を調節して磁束を変化させることに相当する.起磁力を調節する方法以外に,磁気回路内の磁気抵抗を調節し,磁束を変化させる方法がある.しかし,現在のところ,この磁気抵抗を調節する形式の磁気浮上機構は提案されていない.

 本論文では,能動形磁気吸引浮上機構を構成するために磁気回路内の磁気抵抗を調節することを提案し,その可能性について検討する.磁気回路内の磁気抵抗を調節する方法として,新たに磁気抵抗調節機構を回路内に設ける方法も考えられるが,ここでは,磁気浮上機構に必ず存在する浮上体との空隙部の磁気抵抗に着目し,この磁気抵抗を調節することによる浮上機構について考察する.具体的には,図1に示すような浮上機構を提案する.この浮上機構は,浮上体である強磁性体を上から永久磁石で釣り下げる形式で,浮上の自由度は上下方向である.永久磁石の吸引力と浮上体に働く重力とが釣り合う点が平衡位置であり,永久磁石は上下方向の運動が可能なように支持されており,アクチュエータによって駆動される.浮上体が平衡位置より近づけば上向きの力を,遠ざかれば下向きの力をアクチュエータが磁石に対して発生することにより,空隙の距離を変化させ,吸引力を調整し,浮上体を非接触支持することが可能であると考えられる.この浮上機構の特徴は,機械的な制御によって浮上を実現させていること,電磁石を用いず永久磁石を用いること,磁気力以外にも静電力,分子間力,原子間力などを利用した浮上機構を構成できることである.これらの特徴を有効に活用することにより,浮上機構の構成において,浮上範囲が広くとれることや,制御点と浮上点が離れていても損失がないことが可能となり,また非常に微小な浮上機構の可能性が考えられる.

図1永久磁石の運動制御による磁気浮上機構

 提案した浮上機構の可能性を確認するため,理論解析と数値シミュレーションを行いこれを確認した.さらに,浮上機構の基本的な構成法について,吸引力制御機構と運動検出のためのセンサの配置法について考察し,一定の条件のときには安定な浮上を実現できない可能性があることを示し,その回避策に付いて言及した.また,浮上体の運動を直接検出することなく,吸引力制御機構内の信号に基づいて制御することにより,浮上体の位置を推定し,安定な浮上が可能であることを理論的に示した.

 実際に浮上を確認するために,浮上体の運動の自由度を拘束し,アクチュエータとして圧電素子を利用した1自由度の浮上機構を試作し,浮上実験に成功した.しかし,この装置は,運動の自由度を拘束するために機械的なベアリングを用いているため,完全な非接触浮上機構とは言えない.完全な非接触浮上機構を構成する目的で,アクチュエータとしてボイスコイルモータ,浮上体として鉄球を用いて,図2に示す浮上装置を試作した.この装置は,浮上体の運動をその下に取り付けた非接触変位計で検出し,その信号に基づいてボイスコイルモータの電圧を制御するものである.能動的に制御するのは鉛直方向の1自由度であり,他の運動の自由度は受動的に安定化される.この装置において,ステップ応答の実験を行った結果を図3に示す.永久磁石は,最初目標位置と反対方向に動き,その後,浮上体の動きよりも大きい動きで目標位置に収束させている.この結果,提案した磁気浮上機構が実際に浮上可能であることが確認できた.

図21自由度磁気浮上試作装置図3ステップ応答実験結果

 能動的に制御する運動の自由度を増やして,平板を浮上させる装置の試作を行った.この装置は,3つの浮上機構を用いることにより,浮上体である円盤において,鉛直方向の位置および水平面内の2つの軸周りの回転,の3自由度の運動を制御するものである.この試作装置において,分散制御と集中制御による制御方法の違いによる浮上性能を比較し,浮上体の姿勢を制御するために,姿勢を評価関数とした集中制御を行うことが有効であることを確認した.

 提案した浮上機構の特徴を有効に利用する機構の応用例として,図4に示す非接触搬送装置(マニピュレータ)を試作した.手先に永久磁石を取り付け鉄球を浮上させる装置であり,ロボットマニピュレータの手先位置決め機能を有効に活用した非接触搬送機構である.円形のターンテーブルが回転することにより浮上体の水平面内の移動を行い,手先のボイスコイルモータによって浮上の安定化と上下方向の位置決めを行う.搬送作業では,1)手先を浮上体に近づけ,2)拾い上げ,3)運搬し,4)衝撃の無いように目標位置に置くという動作を全て非接触で行う.この各動作に対する制御手法を提案し,それに従って非接触搬送実験を行い,非接触搬送に成功した.特に,4)の動作時では,安定化のためのフィードバックゲインの特性を有効に利用する方法を考案し,これを確認した.1)の作業のときの手先の速度について,作業時間を短くするという基準での最適速度は,浮上体と永久磁石が衝突を起こさない最大速度ではなく,それより小さい値に最適値があることが数値シミュレーションと実験の両者から示され,フィードバックゲインの値を考慮して下降速度を決定する必要があることを確認した.4)の動作時については,衝撃が無いように置くことを目標とした結果,図5に示すようにまったく衝撃なく,滑らかに浮上体を置くことが可能であることを確認した.このことは,同様の動作を行うために複雑な手法が必要である通常のロボットマニピュレータのハンドの制御法と比較すると,提案した方式の有効性を示している.作業時間の短縮を考慮した場合には,下降させる速度をあげることが必要であるが,衝撃の無いことを条件にすると最適な速度が存在することがわかった.

図4非接触搬送実験装置図5非接触搬送装置による浮上体を衝撃なく置くときの実験結果
審査要旨

 本論文は「永久磁石の運動制御による磁気浮上機構」と題し,アクチュエータを用いて永久磁石を駆動し,浮上体との空隙を変化させることによって吸引力を能動的に制御するという全く新しい形式の磁気浮上機構を提案し,理論的な解析と実験の両方の見地から実現性を明らかにし,その浮上機構の特長を生かした応用分野の探索し,その可能性を基礎的な実験によって検証したものである.

 論文は,序論,結論と,第I部(第2章から第4章),第II部(第5章から第10章)から構成されている.第I部では新しい磁気浮上方式に関する理論的考察が主に述べられ,第II部では試作装置による実験に基づく検討が述べられている.

 第1章「序論」では,磁気浮上技術の現状を概説し,本研究以前に研究開発された種々の磁気浮上・磁気軸受の方式を方法によって分類している.そして,本論文で提案し,研究の対象とする新しい浮上方式を着想するに至った背景と経緯が述べられ,提案した浮上方式の実現性の確認とその応用分野の探索を本論文の目的とすることを記している.

 第2章「磁気浮上機構における吸引力の制御」では,磁気浮上における磁気回路の基本的な説明を行い,電磁石と永久磁石の磁気回路モデルと吸引力の関係を考察している.そして,永久磁石を起磁力とする磁気回路内に磁気抵抗を変化させる機構を付加することにより吸引力の制御が行ることを導いている.

 第3章「永久磁石と運動機構を用いた磁気浮上機構の基本的な検討と応用」では,本論文で提案している磁気浮上方式の具体的な浮上機構の構成例を示し,通常の電磁石による浮上機構と対比し,その特徴を述べている.浮上機構を構成する最も簡便で具体的な方法として,永久磁石をアクチュエータによって駆動し空隙を調節することにより磁気力を制御することを提案している.またこの方法による浮上機構の特徴として,機械的な運動を利用しており,アクチュエータの可動範囲の任意位置に浮上対象を位置決めできること,浮上対象の近傍に発熱体が存在しないことをあげている.浮上機構のモデルに対してその浮上システムの実現可能性について,線形制御理論による解析と数値シミュレーションを行うことにより浮上システムが実現可能であることを証明している.また,この浮上機構の特長を生かした応用例として,マイクロ磁気浮上機構,ロボットマニピュレータによる非接触浮上搬送機構や,非接触把持用ハンドを提案している.

 第4章「磁気浮上機構の構成法と種々の浮上方式」では,浮上システムを構成する際の実際の機構と制御の方法についての考察を行っている.浮上機構の機構のための吸引力調整機構やセンサの配置について検討し,吸引力調整機構が浮上体側にある場合と設置側にある場合,センサによって検出される信号が空隙であるときと浮上体の動きであるとき,などについて線形制御理論に基づく考察を行っている.また,制御方法における提案として,浮上体の運動を検出するセンサを省いたセルフセンシング方式の磁気浮上機構が理論上では可能であることを確認している.

 第5章「圧電素子を用いた1自由度浮上実験装置」では,浮上の自由度以外の運動を拘束し,圧電素子を用いて永久磁石を駆動する浮上装置を試作し,安定な浮上に成功している.制御則としては,PD制御を用いており,ステップ応答,および位置フィードバックゲインに対する剛性の変化を調べ,制御によって能動的浮上が実現されていることを確認している.

 第6章「ボイスコイルモータ(VCM)を用いた実験装置」では,永久磁石の1自由度の運動をVCMによって制御することにより,浮上体を完全に非接触浮上させる装置を試作し,浮上に成功している.装置は永久磁石の磁極の向きを上下方向とし,浮上体として鉄球を使うことによって,1自由度の制御による非接触浮上を実現している.ステップ応答や安定なゲインの範囲などが,数値的な計算による結果と実験結果がほぼ一致することを確かめている.

 第7章「3自由度非接触平板浮上実験装置」では,提案している浮上機構を3個用いた3自由度の平板浮上システムを試作し,浮上に成功している.アクチュエータとしてVCMを,浮上体として鉄の円盤を用い,制御システムには,DSPを用いている.制御方法として集中制御による制御方法と分散制御による制御方法について実験を行っており,集中制御の方が,傾きなどをより効果的に制御できることを明らかにしている.

 第8章「ロボットマニピュレータによる非接触搬送」では,浮上機構の特徴を生かした応用例として,永久磁石とロボットマニピュレータを用いた非接触搬送機構を提案し,装置の解析,制御方法の提案,シミュレーション,および実験を行い,非接触搬送が可能なこと,提案した制御手法が有効なことなどを確認している.この非接触搬送機構の特徴は,マニピュレータの手先に磁石を取り付けるだけでよいこと,永久磁石を用いるため発熱の問題や,電流供給コードがないである.非接触搬送作業を5つの手順に分け,それぞれに対する制御方法を提案している.特に搬送物を目的の点に置くときには,本浮上方式のフィードバックゲインの与えかたを工夫したものになっている.この5つの手順の数値シミュレーションを行い,提案した方法によって非接触搬送が行えることを確認している.提案した搬送手順に従って非接触搬送実験を行い,これに成功している.搬送物を拾い上げるときの下降速度について実験し,シミュレーションと同様の結果を得ている.また,搬送物を置くときに,衝撃のほとんどない置きかたを可能としている.

 第9章「ぶら下がり形非接触浮上装置」では,天井に施設した鉄板に永久磁石の吸引力によってぶら下りながら浮上する形式の磁気浮上機構を提案し,試作装置による浮上実験に成功している.これは,天井にレールを施設するだけで非接触搬送機構を構成できることをめざしたものであり,アクチュエータとして軽量かつ高出力のものとして変位拡大機構付き圧電アクチュエータを用いている.

 第10章「静電気力を用いた浮上機構」では,磁気浮上に用いた浮上原理を展開し,アクチュエータを用いた静電浮上機構について述べている.1自由度実験装置では,浮上に成功しているが,薄い円盤の3自由度浮上では,電極と浮上体が広い面積,狭い空隙で対向するために,空気の存在を考慮しなければならないことを明らかにしている.

 第11章「結論」では,本研究を総括し,まとめを行っている.

 このように本論文では,アクチュエータを用いて磁気抵抗を変化させることによって,吸引力を制御するという全く新しい形式の磁気浮上方式を提案し,実験的にその有効性を確認している.磁気浮上技術の体系化において,この方式は,電磁石を利用する磁気浮上機構と対をなすものであると言え,磁気技術の発展に大きく貢献するものである.また,この浮上方式の応用例として提案した非接触搬送装置や,マイクロ浮上機構などは,通常の電磁石による浮上では実現が難しいものであり,産業界においても将来の応用が期待できる新技術であると言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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