学位論文要旨



No 213372
著者(漢字) 高橋,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヒデオ
標題(和) 非定常噴射圧力履歴をもつ高圧噴霧の生成と自発点火
標題(洋)
報告番号 213372
報告番号 乙13372
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13372号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
内容要旨

 本論文は、ディーゼル機関や層状吸気火花点火機関など、間欠燃焼を行う熱機関の基本的な性能にかかわる間欠噴霧の生成過程を基礎的な立場から明らかにし、さらに、そこで得られた知見をもとに、間欠噴霧の生成過程が、混合気形成、自発点火とどのような関連を示すかについて、実験的に明らかにすることを目的とする。そのため、間欠噴霧固有の現象が数多く含まれると考えられ、しかも、自発点火の現象を支配すると予想される、噴射開始から2.0ms程度までの噴射初期の噴霧生成過程を研究の対象とした。

 噴霧生成のエネルギ源は噴射圧力であるから、噴射圧力を精度よく制御した上で噴霧生成過程の考察を行うことが重要である。本研究では、実際に近いという意味から、ほとんどのディーゼル機関に用いられているボッシュ式噴射系を用いたが、従来、このような噴射系においては困難であった噴射圧力履歴の定量的取り扱いを可能とした。すなわち、本研究では、噴射期間前半の噴射圧力が、時間に対して直線的に増加する噴射系とした。このような噴射系においては、開弁圧力と噴射管内圧力上昇率の二つのパラメータにより噴射圧力履歴を定量的に取り扱うことができる。また、この噴射系からは最大160MPaに達する噴射圧力が得られ、すすの排出低減に効果が認められているいわゆる超高圧の噴射圧力から、実用されている機関の噴射圧力の範囲を含め、広範囲の噴射圧力における噴霧生成過程を観察することができる。ノズルは、噴口径0.31mm、噴口の長さ、直径比(L/D)が3.2の単口ホール形を用い、開弁圧力も5〜70MPaの広範囲に設定した。

 さらに、噴霧生成過程に直接影響をおよぼすノズルサック室圧力が、噴射のごく初期には、従来噴射圧力として用いられている噴射管内圧力と大きく異なることを指摘し、サック室圧力変化を測定するとともに、その結果に基づき、噴射のごく初期の噴霧生成機構を考察した。

 このように、噴露生成に最も大きな影響を持つ噴射圧力を、実際の機関において使用される圧力範囲を含めて広範囲に設定したこと、さらに、時間に対して噴射圧力が変化する非定常噴射圧力を定量的に詳細に取扱い、噴射圧力の変化と噴霧生成機構を対応づけて考察したことが本研究の特徴の一つである。

 第一章では、本研究の目的、この分野における従来の研究、および、本研究の特徴について述べた。

 第二章では、本研究における主な実験装置の一つである自作した急速圧縮機について、その構造、開発過程、および基本性能について述べた。

 第三章では、定常噴流の場合も含めて、噴射圧力履歴の概念を示し、定常、準定常、非定常の噴射圧力履歴という用語を定義して本研究の立場を明確化した。また、本研究で採用した噴射系について説明するとともに、この噴射系による非定常噴射圧力履歴が、噴射管内圧力上昇率と開弁圧力によって定量的に決定されることを示した。さらに、噴霧生成に直接影響をおよぼすサック室圧力を、5〜70MPaという広範囲な開弁圧力に対してマイクロストレインゲージを用いて測定することに成功した。そして、噴射のごく初期には、従来噴射圧力として用いられている噴射管内圧力とサック室圧力は大きく異なることを示し、噴射のごく初期の噴霧生成過程には、針弁の過渡運動に伴うサック室圧力変化を考慮する必要があることを明らかにした。

 すなわち、サック室圧力はいずれの開弁圧力においても、針弁の過渡運動期間の2/3程度で噴射管内圧力と等しくなる。一方、噴射開始時のサック室圧力は雰囲気圧力に等しいため、この過渡期間におけるサック室圧力は、噴射管内圧力と大きく異なり、さらに、非常に大きな圧力上昇率をもつことが特徴である。このような噴射のごく初期の、いわゆる圧力の立ち上がり期間における噴射圧力変化の測定により、準定常噴霧も含め、間欠噴霧の生成機構を考える上で考慮すべき一つの重要な要因が見いだされた。

 第四章では、サック室圧力が噴射管内圧力と大きく異なる噴射開始直後における噴霧の微粒化過程を、超高速度写真によって詳細に観察し、サック室圧力と噴霧形状の変化を対応づけて、噴射のごく初期の微粒化機構を考察した。

 噴霧写真の観察によると、開弁圧力を問わず、噴射開始時には低いサック室圧力による微粒化が不完全な噴霧が生成される。噴射開始時には噴口径と等しい液柱が噴出し、時間の経過につれて噴口出口部に噴霧角が形成されるとともに、液柱の表面は波打って、定常噴流における波状流から噴霧流の形態へ遷移するという間欠噴霧の初期微粒化過程を明瞭に観察した。このような噴霧形態の遷移時期は開弁圧力の増加とともに早くなるが、この時のサック室圧力は定常噴流における波状流から噴霧流への遷移圧力に一致し、よって、間欠噴霧のごく初期の微粒化機構は定常噴流の微粒化機構から説明できるとが示された。

 第五章では、噴射のごく初期を含む噴霧の発達過程をより能率的に求めるため、新たに開発したレーザシート光とフォトダイオードアレイを用いた噴霧到達距離の高分解能測定装置について述べた。この装置によりノズル先端から30mm程度までの到達距離を詳しく測定した結果、噴射初期には、到達距離が雰囲気密度の影響を受けにくい領域のあることを見いだした。

 第六章では、噴霧到達距離が雰囲気密度の影響を受けにくいのはどのような機構に基づくのかを明らかにした。噴射開始時期の高精度検出により、撮影時刻を正確に制御して噴霧の拡大写真観察を行い、撮影された写真をもとに、噴霧内における渦の生成によると思われる噴霧形状の変化を、噴霧の軸対称性に着目して定量的に表し、到達距離との関係を調べた。その結果、高圧雰囲気下において、噴霧は噴射初期の層流的発達過程から、しだいに噴霧内に大規模な渦状の流れが出現した乱流的発達過程に遷移することが明らかになった。また、このような噴霧内流れ場の乱流遷移により、先端速度の減衰が大きくなり、大気雰囲気下の噴霧と到達距離の差が顕著になること、高圧雰囲気下におけるこのような噴霧内流れ場の変化は、開弁圧力の増加とともに早く現れることなどが明らかになった。大規模渦の生成により、混合の大幅な促進が十分期待されることから、このような現象は、自発点火の空間的発生位置や点火遅れ期間と深く関係することが予想された。

 第七章では、噴射圧力が主に噴射管内圧力上昇率(dPL/dt)によって支配される領域の噴霧の発達過程について明らかにした。すなわち、dPL/dtが、10,70MPa/msという二つの噴射管内圧力履歴を持つ噴霧の発達過程を、常温高圧雰囲気、および、高温高圧雰囲気において、噴射開始後2.0ms程度まで高速度写真撮影し、噴霧到達距離、噴霧角、全体的な噴霧形状等について調べた。

 その結果、dPL/dtの違いによる噴射圧力の差は、時間の経過につれて非常に大きくなるにもかかわらず、噴霧到達距離の顕著な差となって現れにくいことが明らかになった。しかし、噴射率は噴射圧力の増大に対応して大きくなっていると考えられる。dPL/dtの違いによって噴霧角も大きくは変化しないことから、噴霧体積の変化もまた大きくなく、結果としてdPL/dtの大きな噴霧は噴霧の平均濃度が高いことが予想されるが、このことは、高温高圧雰囲気下における蒸発の影響を観察することによって裏付けられた。これらのことから、dPL/dtの増加による噴射圧力の高圧化は、噴霧体積内の燃料濃度を高めることが明らかになった。

 さらに、第六章の考察とあわせて、従来指摘されていた到達距離のばらつきが、噴霧先端に生成された渦の挙動によることを明らかにした。

 第八章では、急速圧縮機を用いて生成された高温高圧雰囲気下に燃料を噴射し、第七章までの非定常噴霧の生成過程に関する知見をもとに、燃料の蒸発によるシリンダ内圧力降下や、自発点火遅れ等について考察した。その結果、噴霧の蒸発遅れ期間が開弁圧力の増加とともに短くなることを見いだした。また、この期間は、同じく開弁圧力の増加につれて短くなる噴霧内流れ場の遷移期間にほぼ対応していることなどから、噴霧の蒸発遅れの現象は、第六章において明らかになった噴霧内流れ場の遷移に基づくことを示した。

 一方、点火遅れ期間は開弁圧力の影響をほとんど受けないことが明らかになった。これは、噴霧内の流れによる全体的な混合気形成過程が、点火遅れに影響しないことを意味する。このことは、噴霧内の局所的な現象が自由噴霧の点火遅れを支配していることを示唆するものと考えられる。

 以上のように、本論文では、従来系統的にほとんど明らかになっていない非定常噴霧の生成過程を基礎的な立場から研究し、非定常噴霧の生成機構や、間欠噴霧燃焼における混合気形成、点火遅れ等との関係の解明を試みたものであるが、これらの現象に対していくつかの重要な知見が得られたと考えられる。

審査要旨

 工学士高橋秀夫提出の論文は、「非定常噴射圧力履歴をもつ高圧噴霧の生成と自発点火」と題し、9章からなっている。

 ディーゼル機関や層状吸気火花点火機関など、間欠燃焼を行う熱機関の基本的な性能にかかわる間欠噴霧の生成過程が、これらの機関の性能や排気エミッションに強い影響をおよぼすことは広く認識されている。しかしながら、噴霧の生成過程の初期については高速で微細な現象なのでこれまでほとんど知見が得られていない。

 本論文は、噴霧生成に最も大きな影響を持つ噴射圧力を、実際の機関において使用される圧力範囲を含めて広範囲に設定し、さらに、時間に対して噴射圧力が変化する非定常圧力噴射を用いて、初期の噴霧生成機構を解明することを目的としている。

 第一章では、本研究の目的、この分野における従来の研究、および本研究の特徴について述べている。

 第二章では、本研究における主な実験装置の一つである製作した急速圧縮機について、その構造、開発経過、および基本性能について述べている。

 第三章では、定常噴流の場合も含めて、噴射圧力履歴の概念を示し、定常、準定常、非定常の噴射圧力履歴という用語を定義して本研究の立場を明確にしている。また、本研究で採用した噴射系について説明するとともに、この噴射系による非定常噴射圧力履歴が、噴射管内圧力上昇率と開弁圧力によって定量的に決定されることを示している。さらに、噴射のごく初期には、従来、噴射圧力として用いられている噴射管内圧力とサック室圧力は大きく異なることを示し、そのときの噴霧生成過程には、針弁の過渡運動に伴うサック室圧力変化を考慮する必要があることを明らかにしている。

 第四章では、サック室圧力が噴射管内圧力と大きく異なる噴射開始直後における噴霧の微粒化過程を、超高速度写真によって詳細に観察している。その結果、噴射開始時には低いサック室圧力による微粒化の不完全な噴霧が生成され、その後、波状流から噴霧流の形態へ遷移するという初期微粒化過程を明らかにしている。

 第五章では、噴射のごく初期を含む噴霧の発達過程を時間的・空間的に高分解能で求めるため、新たに開発したレーザシート光とフォトダイオードアレイを用い、噴霧到達距離の測定を行っている。その結果、噴射初期には、到達距離が雰囲気密度の影響を受けにくくくなる領域があることを見いだしている。

 第六章では、噴射開始時刻の高精度検出により、撮影時刻を正確に制御して噴霧の拡大写真観察を行っている。その結果、噴射初期に到達距離が雰囲気密度の影響を受けにくいのは、噴霧内に大規模な渦状の流れが出現し、乱流的発達過程に遷移するためであることを明らかにしている。

 第七章では、噴射圧力が主に噴射管内圧力上昇率によって支配される領域の噴霧の発達過程について調べている。その結果、噴射管内圧力上昇率の増加による噴射圧力の高圧化は、噴霧体積内の燃料濃度を高めることを明らかにしている。さらに、第六章の考察とあわせて、従来指摘されていた到達距離の変動が、噴霧先端に生成された渦の挙動によるものであることを明らかにしている。

 第八章では、急速圧縮機を用いて生成された高温高圧雰囲気下に燃料を噴射し、第七章までの非定常噴霧の生成過程に関する知見をもとに、燃料の蒸発によるシリンダ内圧力降下や、自発点火遅れ等について考察している。その結果、噴霧の蒸発遅れの現象は、第六章において明らかになった噴霧内流れ場の遷移に基づくことを示している。

 第九章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文は、従来、系統的にほとんど明らかになっていない非定常噴霧の生成過程を基礎的な立場から研究し、非定常噴霧の生成機構や、間欠噴霧燃焼における混合気形成、点火遅れ等との関係の解明を行ったものであり、内燃機関工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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