半導体ヘテロ接合から始まった人工構造による半導体物性制御の試みは、薄膜成長技術の進展に伴い1次元量子閉じ込め構造である量子薄膜を実現し、電子系の低次元性に伴う興味深い物性が発見されると同時に様々なデバイスへの応用も行われた。その後、この人工的量子閉じ込め構造の閉じ込めの次元をさらに2次元(量子細線)、3次元(量子箱)へと上げることにより、更に顕著な量子効果とデバイスの飛躍的な高性能化が期待できることが指摘され、また時を同じくして電子ビームリソグラフィに代表される微細加工技術がそのような構造を現実に作製する可能性を持つまでに進展したために、世界中の多くの研究機関により多次元量子閉じ込め構造の研究が開始され、現在に至るまで活発に行われている。しかしその作製技術はまだ量子薄膜における薄膜成長技術に比較すると未熟であり、そのため現実に作製した試料において多次元量子閉じ込め効果を定量的に観測することは難しく、また期待されているデバイスの高性能化もまだ実現していない。 本研究では以上の背景の下に、実際に2次元量子閉じ込め効果が観測可能な半導体量子細線構造を作製し、そこでの閉じ込め効果を様々な側面から定量的に調べることを第1の目的とした。また、特にデバイス応用の際に何が問題となり、どのような解決法があり得るか、という点について検討することをもう一つの目的においた。本研究の前半部分は、第1の目的に沿って行われたものであり、そこでの大きな特徴は採用した作製法にある。この作製法では、量子効果が観測可能なサイズ領域で閉じ込めサイズを他のパラメータと独立に変えることが可能であり、その結果様々な物性を閉じ込めサイズの関数として評価することが可能となった。この特長を利用し、PL測定、磁気PL測定により作製された量子細線の2次元量子閉じ込め効果を定量的に測定評価した。また、その結果を踏まえて、同じ作製法で格子不整合量子細線を作製し、量子効果と歪効果の共存する複雑な状況になる同試料における物性を、両者を分離して評価することに成功した。論文の後半部分は第2の目的の元に行われた。そこでは、作製された量子細線についてデバイス応用上問題となる点に関して特にサイズ揺らぎに注目し定量的評価を行った。その結果得られた作製方法に関する要請に従って、新たな作製方法を提案し、実際の作製を行った。 (1)図1に示すような電子線露光と逆メサエッチングを組み合わせた量子細線作製法を提案した。ここで提案した作製法は以下のような特長を持つ。1)逆メサエッチングにより、リソグラフィパターンを低ダメージで縮小転写し、10nmスケールの量子細線が作製可能。2)顕著な量子効果が観測可能なサイズ領域で、横方向閉じ込めサイズを他の構造、組成パラメータと独立に変えることができる。3)エッチングの過程でリソグラフィによるサイズ揺らぎが低減される。 図1 本論文で提案した量子細線作製方法 (2)発光スペクトル測定により量子細線のエネルギー準位と光学異方性の閉じ込めサイズ依存性を評価した。 PL測定により量子細線の基底準位と励起準位の光学遷移エネルギーの細線幅依存性を調べ、閉じ込めサイズに依存した明確な高エネルギー側へのシフト(ブルーシフト)を観測した。このブルーシフトが2次元量子効果によるものであることを調べるために、量子細線の伝導帯、価電子帯エネルギー準位及び励起子効果に関して、実験との比較が可能な理論計算手法を確立し、各要素の影響を見積もった。その結果図2に示すように測定されたブルーシフトが2次元量子閉じ込め効果として極めてよく説明できることが分かった。 また、2つの独立な方向(細線に平行方向と垂直方向)に関して発光における光学異方性を測定し、その閉じ込めサイズ依存性を評価した。その結果、異方性が顕著なサイズ依存性を示すことが観測された。量子細線の光学遷移異方性の理論計算との比較から、測定された偏光特性は2次元量子閉じ込め効果としてほぼ説明できることが示された。 図2 作製した量子細線における基底準位及び第1励起準位の発光エネルギーの細線幅依存性。実験値(○●)及び理論計算値(実線、破線)。 (3)超強磁場(最大28T)を用いて量子細線の磁気PL測定を行い、磁場閉じ込めと量子閉じ込めのクロスオーバーを調べた。磁場を閉じ込め方向と垂直方向に加えることにより、細線幅によって磁場によるシフトが異なること、また(2)で観測した励起準位が磁場を強めることにより連続的にランダウサブバンドに移行することを観測した(図3(左))。また図3(右)のように(2)で観測したブルーシフトが強磁場によりクエンチすることを見い出しだ。この結果は(2)の結果が確かに横方向量子閉じ込め効果によって生じていることを直接証明している。 図3 各種サイズ量子細線における基底準位及び励起準位の磁場異依存性(左)。15nm幅及び20nm幅細線におけるブルーシフトの磁場依存性(右)。 また、量子細線の伝導帯及び価電子帯準位の磁場依存性の理論計算を行い、光学遷移エネルギーに磁場と量子閉じ込めのクロスオーバーがどのように現れるかを明らかにした。その中で、遷移エネルギーのブルーシフトは、閉じ込めポテンシャルのみで決まるユニバーサルなクロスオーバーに還元できることが示された。この理論計算を用い、実験との比較を行い、測定された磁場依存性が、二つの閉込めのクロスオーバーとして定量的に説明できることを明らかにした。 (4)格子不整合量子細線を作製し、これに(2)(3)の量子閉じ込め効果評価方法を適用し、歪効果と量子閉じ込め効果の評価を行った。格子不整合量子細線では格子整合量子細線に比べて、ブルーシフトが大きく増大することを見出した。また磁気PL測定により、歪細線のブルーシフトは量子閉じ込め効果だけでは説明できず、それ以外の効果が含まれていることが分かった。 有限要素法による歪分布の計算により、格子不整合量子細線では系の1次元性を反映して歪が大きな閉じ込めサイズ依存性を持つことを明らかにした。この歪の特性により、歪細線の歪エネルギーは細線幅依存性を持ち、その結果ブルーシフトの増大を導くことが分かった。実験で観測されたブルーシフトが、歪エネルギーの細線幅依存性を考慮した理論計算で説明できることを明らかにした(図4)。 図4 歪細線と無歪細線におけるブルーシフトの細線幅依存性の実験値及び理論計算値。 (5)量子細線のデバイス応用に関する問題点を検討するために、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、量子細線のサイズ揺らぎを直接測定した。その結果図5に示すように(1)の作製方法で作製した細線では、マスクパターンに存在してた揺らぎがエッチングの過程で減少していることが定量的に明らかになった。また、デバイス応用に当たっては細線間揺らぎが問題となることを見出した。 PLスペクトルへの不均一ブロードニングの原因について、サイズ揺らぎ、キャリア濃度などの影響を調べた。その結果ブロードニングは主にエッチング界面のキャリア堆積により生じていることを明らかにした。 SCH型レーザ構造を作製しその特性を評価した。幅の広い細線では発振が観測されたが、幅の狭い細線では発振には至らなかった。主な原因は活性領域体積が不十分であるためであることが示唆され、デバイス応用のためにはより細線を高密度多層化できる作製方法の開発が必要であることが示された。 図5 AFMにより測定した各露光条件における細線幅及び細線幅揺らぎ。 (6)超格子劈開断面上選択成長による量子細線の作製法の提案を行い、作製を行った。(5)で示されたデバイス化の際の問題点を解決するために、細線の高密度多層化が可能な作製方法として、AlGaAs/GaAs超格子の劈開断面上のAlGaAsの選択酸化により有機金属気相成長による選択成長を行い、その上に多層細線を形成する方法を提案した(図6)。提案した方法により、超格子劈開断面のAlGaAs上の自然酸化膜が選択成長マスクとして働くことを見出した。またこの選択成長によって形成されたパターンを種パターンとして用い、この上に細線構造を作製することを試みた。その結果(110)面のパターン構造上成長の特異性を反映して、(001)面とは異なる成長モードが現われ、その性質を利用して多層細線が作製可能であることを明らかにし、実際に多層のGaAs/AlGaAs細線構造を作製した。 図6 本論文で提案した超格子劈開断面上選択成長による多層量子細線作製法。 |