学位論文要旨



No 213375
著者(漢字) 渡邉,則之
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ノリユキ
標題(和) 有機金属化学気相成長法による炭素ドーピング技術およびヘテロ接合バイポーラトランジスタヘの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213375
報告番号 乙13375
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13375号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
内容要旨

 AlGaAs/GaAsヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT)はその電流駆動能力の高さから、超高速の高出力デバイスとして期待されている。AlGaAs/GaAsHBTの実用化には、長時間動作させてもデバイス特性が劣化しないような高い信頼性を持たせる必要がある。Beをベースドーパントとする従来のHBTの通電による劣化はBeの異常拡散に起因していた。そこで、拡散定数の小さい炭素がベースドーパントとして注目されるようになった。こうした背景の下に、本研究は、MOCVD法によるGaAsへの炭素ドーピング技術の確立とそれによるAlGaAs/GaAsHBTの長寿命化を目的として行った。

 以下では、本研究で得られた結果を要約する。

 まず、有機金属原料に含まれるアルキル基中の炭素を炭素源とする手法のうち、特にAs原料にTMAsを用いた手法について検討を行い、以下の結果を得た。

 450〜600℃の範囲で正孔濃度の成長温度依存性を調べ、依存性の異なる3つの領域が存在することをはじめて明らかにした(図1)。炭素がTMGa、TMAsのいずれから混入したものであるかという議論は従来成長温度依存性から推定されてきた。それによれば、図1の結果からは、550℃以上ではTMGa、500〜550℃ではTMAs、500℃以下ではTMGaがそれぞれ主な炭素源ということになる。しかし、炭素同位体13CでラベリングしたTMAsを用いて炭素ドープGaAsを成長し、炭素源の同定を実験的に試みた結果、いずれの成長条件においても12C、13Cの両者が混入していることがわかった(図2)。この結果は、TMGa、TMAsいずれの有機金属中のメチル基も炭素源として振舞うことを示しているとともに、成長温度依存性が炭素源を反映しているとする従来の仮説を実験的に否定するものである。炭素混入は成長表面のAs被覆率と成長モードによって支配されていると考えることによりこれらの結果はすべて矛盾なく説明できる。すなわち、成長温度が高く、成長モードがTMGaの供給律速で、かつ、As被覆率が飽和している状況ではTMGaの分解過程が炭素混入を律速し、成長モードがTMGaの供給律速であるものの、成長温度が下がってAs被覆率が飽和していない状況では、TMAsの分解過程が律速過程となる。さらに成長温度が低下し、成長モードがTMGaの分解律速になると、再びTMGaのTMGaの分解過程が炭素混入を律速するようになる。

図1 TMGa-TMAs系で成長した炭素ドープGaAs中の正孔濃度と成長温度の関係図2 12C-TMGaと13C-TMAsで成長した炭素ドープGaAs中の炭素濃度と成長温度の関係

 次に、ハロメタンと総称される物質による炭素ドーピング手法について、四塩化炭素と四臭化炭素を用いて検討を行い、以下の結果を得た。

 正孔濃度は、ハロメタン供給量の増加、成長温度の低下、V/III比の低下、により増加し、また、成長速度には依存しない傾向を得た。こうしたドーピング特性は、ハロメタン分解反応種とAsH3分解反応種とが成長表面において同一サイトを競合して吸着する過程が炭素混入を支配しているとするモデルにより説明できる。基板回転数および成長圧力に対する正孔濃度の依存性から、境界層厚が炭素混入に与える影響も調べた。本研究で用いたMOCVD装置では、境界層厚は基板回転数・成長圧力のいずれに対しても1/2乗の依存性を示すにも関わらず、正孔濃度は、基板回転数に対しては増加するのに対し、成長圧力に対しては減少する傾向が得られた(図3、4)。この結果から、有限の滞在時間における原料分子の分解というkinematicalな効果は炭素混入にはほとんど影響を与えていないことを明らかにした。また、この結果は、炭素混入に対して、原料分子の境界層内の拡散というdynamicalな過程が支配的であることも示唆している。正孔濃度は、成長条件によらずある一定の飽和濃度に漸近する(表1)。飽和濃度の値はおよそ1.5×1020cm-3であった。このように、成長条件によらない飽和濃度が存在するということは、炭素ドーピングがある種の固溶度に規定されていることを示唆している。

図3 CBr4を用いて成長した炭素ドープGaAs中の正孔濃度・成長速度と基板回転数の関係図4 CBr4を用いて成長した炭素ドープGaAs中の正孔濃度・成長速度と成長圧力の関係表1 CBr4を用いて成長した炭素ドープGaAsの各成長条件における正孔濃度飽和濃度(フィッティングの結果)

 以上の検討で得られた炭素ドーピング技術を実際にAlGaAs/GaAsHBTに適用するためには、通電による欠陥生成を抑制する必要がある。そのためにIn共添加による歪制御技術を検討し、それを適用したAlGaAs/GaAsHBTの信頼性試験を行い、以下の結果を得た。

 炭素ドープGaAsにInを共添加することで格子歪を制御できる。特に、炭素濃度のおよそ2倍の濃度のInを共添加することにより、炭素ドープGaAsの格子歪を完全に緩和させることができる(図5)。In共添加による結晶品質の変化はない。In共添加の効果を調べるために、炭素ドープベースおよびIn共添加炭素ドープベース両方のAlGaAs/GaAsHBTについて高温通電試験を行った。その結果、炭素ドープベースHBTでは、すべての試験水準で1,000時間以内に特性劣化してしまったのに対し、In共添加炭素ドープベースHBTでは10,000時間まで特性劣化しなかった(図6)。In共添加することにより、AlGaAs/GaAsHBTの信頼性を飛躍的に向上させることが可能である。

図5 In共添加炭素ドープGaAs層の格子歪のIn濃度依存性図6 AlGaAs/GaAsHBTの電流利得と通電時間の関係
審査要旨

 本論文は、「有機金属化学気相成長法による炭素ドーピング技術およびヘテロ接合バイポーラトランジスタへの応用に関する研究」と題し、超高速・高周波回路用のキーデバイスのひとつであるヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT)の高信頼化のために必要な炭素ドーピング技術について調べた研究をまとめたものである。

 エピタキシャル成長において炭素は除去されるべき不純物とされてきた。特に、有機金属化学気相成長法(MOCVD)は、原料として有機金属を用いていることから本質的に成長室内に炭素が存在しており、その結晶への混入を低減することに精力が注がれてきた。そのため、炭素ドーピング技術についての検討は十分ではなく、また、炭素混入機構についても明らかになっていないことも多い。また、実用に供することのできる信頼性の十分高いHBTもまだ実現されていない。

 本論文の目的は、上記を背景として、MOCVDによる炭素ドーピング特性を実験的に詳しく調べ、炭素混入機構を理解し炭素ドーピング技術を確立するとともに、信頼性の高いHBTを実現させることである。

 論文は、7章から成っている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章は「MOCVD装置構成と評価法」であり、本研究で用いたMOCVD装置の概要と基板・原料、評価法および本装置での成長の基本特性を述べている。

 第3章は「有機V族原料TMAsを用いた炭素ドープGaAsの成長」と題し、母材原料中のアルキル基を炭素源とする炭素ドーピングについて調べた結果を述べている。正孔濃度の成長温度依存性が3つの異なる領域に分けられること、この3つの領域においてV/III比依存性が異なることを発見している。また、TMAs中の炭素を同位体に置換した原料を用いることにより、TMGa,TMAsのいずれからも炭素が混入することを実験的にはじめて明らかにし、炭素濃度の成長温度依存性が炭素源を反映しているとする従来の仮説が誤っていることを明らかにしている。さらに、炭素混入が成長表面のAs被覆率に依存するというモデルを提唱し、実験結果を矛盾なく説明できることを見いだしている。

 第4章は「ハロメタンを用いた炭素ドープGaAsの成長」と題し、炭素源としてハロメタンを用いた炭素ドーピングについて調べた結果を述べている。ハロメタンを用いて炭素ドーピングを行う場合、成長速度が低減するとともに、表面に円錐状の欠陥が生成するという問題点を明らかにしている。この問題点は成長条件を最適化することで回避できることも明らかにしている。ドーピングについては、基本的なドーピング特性が成長表面におけるAs反応種とC反応種の競合吸着によって支配されているとするモデルで説明できることを示している。また、炭素混入に対する境界層厚の影響を調べることにより、境界層内の原料分子の拡散というdynamicalな過程が支配的であることを明らかにしている。さらに、成長条件によらない飽和濃度の存在を発見している。

 第5章は、「In共添加による格子歪制御とAlGaAs/GaAsヘテロ接合バイポーラトランジスタへの応用」と題し、第3章・第4章で確立された炭素ドーピング技術をHBTへ応用して信頼性の高いHBTを実現できることを述べている。まず、炭素のみをドーピングしたベース層を有するHBTでは十分な信頼性が得られないという結果の考察から、Inを共添加することによりベース層中に存在する格子歪を緩和することの必要性を明らかにし、In共添加技術により実際に格子歪みを制御することが可能であることを示している。In共添加が結晶の電気的・光学的品質になんら悪影響を与えないことも示している。また、In共添加ベース層を有するHBTの素子寿命が従来のInを共添加していないHBTに比較して2桁以上向上できることを示し、In共添加技術がHBTの高信頼化に有効であることを明らかにしている。

 第6章は、「電子サイクロトロン共鳴水素プラズマを用いた炭素ドープGaAs表面のクリーニング」と題し、HBTの高性能化に関連して、外部ベース領域を再成長により形成する際の表面クリーニング技術について、電子サイクロトロン共鳴(ECR)水素プラズマを用いた表面クリーニングについて検討した結果を述べている。ECR水素プラズマ照射の表面酸化膜除去に対する有効性を明らかにしている。また、水素プラズマ照射によって炭素ドープGaAsの正孔濃度が低減する現象を見いだし、それが水素による炭素アクセプタの不活性化によるものであることを明らかにしている。この不活性化はクリーニング条件の最適化により回避できることを示し、本手法の有効性を明らかにしている。

 第7章では、本論文全体の結果を総括している。

 以上を要約すると、本研究は有機金属化学気相成長法による炭素ドーピング技術について実験的に詳しく調べるとともに、ヘテロ接合バイポーラトランジスタの高信頼化を実現するために必要なIn共添加による格子歪制御技術について検討し、従来素子に比べ飛躍的に信頼性の高いヘテロ接合バイポーラトランジスタを実現している。本研究で得られた炭素ドーピング技術およびIn共添加による格子歪制御技術は、ヘテロ接合バイポーラトランジスタの高信頼化に重要な指針を与えるものであり、物理工学、半導体工学への貢献が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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