本論文は、「有機金属化学気相成長法による炭素ドーピング技術およびヘテロ接合バイポーラトランジスタへの応用に関する研究」と題し、超高速・高周波回路用のキーデバイスのひとつであるヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT)の高信頼化のために必要な炭素ドーピング技術について調べた研究をまとめたものである。 エピタキシャル成長において炭素は除去されるべき不純物とされてきた。特に、有機金属化学気相成長法(MOCVD)は、原料として有機金属を用いていることから本質的に成長室内に炭素が存在しており、その結晶への混入を低減することに精力が注がれてきた。そのため、炭素ドーピング技術についての検討は十分ではなく、また、炭素混入機構についても明らかになっていないことも多い。また、実用に供することのできる信頼性の十分高いHBTもまだ実現されていない。 本論文の目的は、上記を背景として、MOCVDによる炭素ドーピング特性を実験的に詳しく調べ、炭素混入機構を理解し炭素ドーピング技術を確立するとともに、信頼性の高いHBTを実現させることである。 論文は、7章から成っている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。 第2章は「MOCVD装置構成と評価法」であり、本研究で用いたMOCVD装置の概要と基板・原料、評価法および本装置での成長の基本特性を述べている。 第3章は「有機V族原料TMAsを用いた炭素ドープGaAsの成長」と題し、母材原料中のアルキル基を炭素源とする炭素ドーピングについて調べた結果を述べている。正孔濃度の成長温度依存性が3つの異なる領域に分けられること、この3つの領域においてV/III比依存性が異なることを発見している。また、TMAs中の炭素を同位体に置換した原料を用いることにより、TMGa,TMAsのいずれからも炭素が混入することを実験的にはじめて明らかにし、炭素濃度の成長温度依存性が炭素源を反映しているとする従来の仮説が誤っていることを明らかにしている。さらに、炭素混入が成長表面のAs被覆率に依存するというモデルを提唱し、実験結果を矛盾なく説明できることを見いだしている。 第4章は「ハロメタンを用いた炭素ドープGaAsの成長」と題し、炭素源としてハロメタンを用いた炭素ドーピングについて調べた結果を述べている。ハロメタンを用いて炭素ドーピングを行う場合、成長速度が低減するとともに、表面に円錐状の欠陥が生成するという問題点を明らかにしている。この問題点は成長条件を最適化することで回避できることも明らかにしている。ドーピングについては、基本的なドーピング特性が成長表面におけるAs反応種とC反応種の競合吸着によって支配されているとするモデルで説明できることを示している。また、炭素混入に対する境界層厚の影響を調べることにより、境界層内の原料分子の拡散というdynamicalな過程が支配的であることを明らかにしている。さらに、成長条件によらない飽和濃度の存在を発見している。 第5章は、「In共添加による格子歪制御とAlGaAs/GaAsヘテロ接合バイポーラトランジスタへの応用」と題し、第3章・第4章で確立された炭素ドーピング技術をHBTへ応用して信頼性の高いHBTを実現できることを述べている。まず、炭素のみをドーピングしたベース層を有するHBTでは十分な信頼性が得られないという結果の考察から、Inを共添加することによりベース層中に存在する格子歪を緩和することの必要性を明らかにし、In共添加技術により実際に格子歪みを制御することが可能であることを示している。In共添加が結晶の電気的・光学的品質になんら悪影響を与えないことも示している。また、In共添加ベース層を有するHBTの素子寿命が従来のInを共添加していないHBTに比較して2桁以上向上できることを示し、In共添加技術がHBTの高信頼化に有効であることを明らかにしている。 第6章は、「電子サイクロトロン共鳴水素プラズマを用いた炭素ドープGaAs表面のクリーニング」と題し、HBTの高性能化に関連して、外部ベース領域を再成長により形成する際の表面クリーニング技術について、電子サイクロトロン共鳴(ECR)水素プラズマを用いた表面クリーニングについて検討した結果を述べている。ECR水素プラズマ照射の表面酸化膜除去に対する有効性を明らかにしている。また、水素プラズマ照射によって炭素ドープGaAsの正孔濃度が低減する現象を見いだし、それが水素による炭素アクセプタの不活性化によるものであることを明らかにしている。この不活性化はクリーニング条件の最適化により回避できることを示し、本手法の有効性を明らかにしている。 第7章では、本論文全体の結果を総括している。 以上を要約すると、本研究は有機金属化学気相成長法による炭素ドーピング技術について実験的に詳しく調べるとともに、ヘテロ接合バイポーラトランジスタの高信頼化を実現するために必要なIn共添加による格子歪制御技術について検討し、従来素子に比べ飛躍的に信頼性の高いヘテロ接合バイポーラトランジスタを実現している。本研究で得られた炭素ドーピング技術およびIn共添加による格子歪制御技術は、ヘテロ接合バイポーラトランジスタの高信頼化に重要な指針を与えるものであり、物理工学、半導体工学への貢献が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |