学位論文要旨



No 213377
著者(漢字) 梅,武
著者(英字)
著者(カナ) メイ,ウ
標題(和) Tb-Dy-Fe超磁歪合金の結晶成長及び磁歪特性に関する研究
標題(洋) Crystal Growth and Magnetostriction of Tb-Dy-Fe Alloy
報告番号 213377
報告番号 乙13377
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13377号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 山本,良一
内容要旨

 1960年以来,希土類金属(RE)と遷移金属(T)とからなる金属間化合物から様々な優れた機能材料が開発されている.その成果のひとつとしてターフェノールDと呼ばれているREFe2ラーベス型金属間化合物を主相とするTb0.27-0.30Dy0.73-0.70Fe1.9-2.0超磁歪合金がある.磁歪とは消磁された強磁体が磁化されると外形が変形する現象である.Tb-Dy-Fe超磁歪合金はこれまでの磁歪材料と比べて格段の磁歪特性を持つため,様々な応用が注目を集めている.近年,関連技術の進歩と相俟って,実用化が本格化するようになった.現在は音響素子と振動素子及び固定アクチュエーターの駆動素子等,特にSONARの振動子に実用されている.

 Tb-Dy-Fe合金が1973年に発見されて以来,様々な研究が行われているが,結晶成長や磁歪挙動等についてまだ不明な点は多い.例えば,Tb-Dy-Fe合金は,磁歪の結晶異方性が大きい為,<111>軸に配向する単結晶が好ましいが,現在製造出来る最も品質の高いものは<112>軸に配向する双晶ロッドである.<112>軸が<111>軸と約19.5°の角度をなしているほか,双晶界面が磁化に悪影響をおよぼす為,このような<112>双晶ロッドにおいてはTb-Dy-Fe合金の潜在的な優れた磁歪特性は実現出来ていない.

 本研究はアーク溶解と結晶成長法及び粉末焼結法によりTb-Dy-Fe合金を作製し,合金組織及び磁歪特性を考察し,凝固・結晶成長挙動と磁歪挙動を検討し,最適な合金組成・組織と磁歪特性を得ることを目的としている.そのために,第一章に磁歪理論と磁歪材料及びTb-Dy-Fe合金の研究の歴史と現状を示し,現状の克服すべき課題を示した.次に,第二章にTb-Dy-Fe状態図とTb-Dy-Fe合金の組織形成を考察した.それに基づき,第三章において帯溶融結晶成長法により,この論文の重点としてTb-Dy-Fe合金の組織制御と結晶成長を考察した.第四章で,成長した様々なTb-Dy-Fe結晶の磁歪特性を評価して,磁歪挙動と磁化過程を調べた.第五章において,合金粉末の磁場中配向並びに粉末液相焼結法により配向性Tb-Dy-Fe焼結体の作製と磁歪特性を検討した.第六章は本論文の総括である.

 本研究で得られた成果は以下の通りである.

 1.Tb0.3Dy0.7-Fe擬二元系とTb-Dy-Fe三元系の結晶成長にかかわる状態図を作製した.ラーベス相の生成組成域がRE側に傾斜することと相の固溶範囲を明らかにした.これにより,Tb-Dy-Fe合金の組織形成が解明できるようになった.ラーベス相の量比に近い組成(TbDy)-Fe1.90-1.95においてREFe3相がなく二相組織(REFe2+RE)が得られる理由はREFe2相の擬コングルアント晶出であることが分かった.相選択理論に基づき,低い凝固速度でREFe2相の擬コングルアント晶出を行えることが予測できた.Tb-Dy-Fe合金の元素分布測定により合金内部のTb/Dy原子比率の偏析が初めて発見され,偏析の形成要因が三元系において凝固中Tb,Dyの分配挙動の相違によるミクロ偏析であることも理論的に明らかにした.Tb/Dy偏析が磁歪特性に与える影響を検討した結果,高いTb/Dy原子比率を持つ合金組成を選択することが指摘された.

 2.帯溶融結晶成長法により,Tb-Dy-Fe合金の結晶成長を考察して,結晶組織,結晶配向や元素分布がRE濃度(C)及び成長条件(成長速度Rと温度勾配G)との相関関係を解明した.相の間隔(a)に対する合金組成と成長条件の依存性は式a=47000R-0.1G-1.6(C-CLa)-0.17m,(単位:R,mm/hr;G,cm/℃;C,RE at%;CLaはラーベス相の化学量論比RE at%濃度)となることを明らかにした.<112>に配向する優先成長は高成長速度で起こることが確認されたが,低成長速度では<110>に配向する優先成長が起こることが発見された.さらに,二つ優先成長方向と成長界面の安定性との関係が明らかとなった.そして,異方性成長モデルを構築し,成長条件によって優先成長方向が異なることが説明できた.その優先成長によって,<112>や<110>に配向する双晶結晶が得られた.双晶の抑制について超低成長速度が有効であることも判明した.得られた双晶ロッドから,適当な<111>軸に配向する種結晶を採取して,適当な成長条件で,優先成長と双晶成長を抑制し,世界で初めて<111>軸に配向するTb-Dy-Fe単結晶が育成された.実験結果を踏まえて,Tb-Dy-Fe合金の結晶成長機構と<111>単結晶の成長条件及び双晶の抑制機構等を明らかにした.

 3.Tb-Dy-Fe合金の磁歪特性の圧力効果及び結晶組織と結晶配向との相関関係を考察し,結晶粒度とRE相及び双晶が磁歪特性に与える影響を解明した.ほぼラーベス単相を持つ<110>と<112>の双晶結晶,<111>単結晶には低印加磁場における磁歪ジャンプが観察された.<110>双晶結晶が<112>双晶結晶より良好な低磁場における磁歪特性を持つことが初めて示された.<111>に配向する単結晶ロッドには,予加圧力で軸方向の飽和磁歪が2000ppmを越え,飽和磁場が0.5kOeまで減少する極めて良好な磁歪特性が得られた.様々な磁気測定に基づき,Tb-Dy-Fe結晶の対称性と磁気弾性作用を考慮し,上記の三種類の結晶の磁区構造と磁化過程及び磁歪挙動に理解が深まるようになった.これに伴って,磁歪ジャンプ現象の形成要因と必要条件及び三種類の結晶の磁歪ジャンプ挙動の差異を明らかにした.Tb-Dy-Fe合金の異常な磁歪挙動も検討された.

 4.粉末液相焼結法の適正な焼結条件を実験的に決定し,高い密度を持つTb-Dy-Fe合金焼結体が得られた.Tb/Dy原子比率の高い合金粉末が磁場中で配向し易く粒子の配向度が高い焼結体が得られた.粒子が配向するTb0.30-0.40Dy0.70-0.60Fe1.70-1.85多結晶焼結体は,予加圧により明らかな磁歪特性の増加が測定され,最大磁歪が1400ppmを越えた.これはTb-Dy-Fe合金において焼結体が鋳造多結晶より高い磁歪特性が得られた初めての結果である.焼結体において低印加磁場におけるやや劣る磁歪特性の原因は,多量のRE相・粉末の酸化により微細な組織であること及び<111>軸への不完全な粒子配向であると結論された.

審査要旨

 REFe2ラーベス型金属間化合物を主相とするTb-Dy-Fe超磁歪合金はこれまでの磁歪材料と比べて格段の磁歪特性を持つため,様々な応用が注目を集めている.本研究は最適な合金組成・組織と磁歪特性を得ることを目的として成されたもので全6章よりなる.

 第一章で磁歪理論と磁歪材料及びTb-Dy-Fe合金の研究の歴史と現状を示し,現状の克服すべき課題を示した.

 第二章でTb-Dy-Fe状態図とTb-Dy-Fe合金の組織形成・組成選択を考察した.Tb0.3Dy0.7-Fe擬二元系とTb-Dy-Fe三元系の結晶成長にかかわる状態図を作製した.ラーベス相の生成組成域がRE側に傾斜することと相の固溶区間を明らかにした.これにより,Tb-Dy-Fe合金の組織形成への理解が深められた.ラーベス相の量比に近い組成(TbDy)-Fe1.90-1.95においてREFe3相がなく二相組織(REFe2+RE)が得られる理由はREFe2相の擬コングルアント晶出であることが分かった.相選択理論に基づき,低凝固速度でREFe2相の擬コングルアント晶出を行えることが予測できた.元素分布測定によりラーベス相内部のTb/Dy原子比率の偏析を確認し,偏析の形成要因が三元系において凝固中Tb,Dyの分配挙動の相違によるミクロ偏析であることを明らかにした.磁歪特性に及ぼすTb/Dy偏析の影響を検討した結果,高いTb/Dy原子比率を持つ合金組成を選択する必要性が指摘された.

 第三章において帯溶融結晶成長法により,組織制御と結晶成長を考察した.帯溶融結晶成長法で得られる結晶組織・結晶配向・元素分布とRE濃度(C)及び成長条件(成長速度Rと温度勾配G)との関係を解明した.相の間隔(a:m)に対する合金組成と成長条件の依存性は式a=47000R-0.1G-1.6(C-CLa)-0.17,(単位:R,mm/hr;G,cm/℃;C,RE at%;CLaはラーベス相の化学量論比RE at%濃度)となることを明らかにした.<112>に配向する優先成長は高成長速度で起こることが確認されたが,低成長速度では<110>に配向する優先成長が起こることが発見された.さらに,二つの優先成長方向と成長界面の安定性との関係が明らかとなった.そして,異方性成長モデルを構築し,成長条件によって優先成長方向が異なることが説明できた.その優先成長によって,<112>や<110>に配向する双晶結晶が得られた.双晶の抑制については成長速度を低下させることが有効であることも判明した.得られた双晶ロッドから,<111>軸に配向する種結晶を採取して,成長条件を最適化し,優先成長と双晶成長を抑制し,世界で初めて<111>軸に配向するTb-Dy-Fe単結晶が育成された.Tb-Dy-Fe合金の結晶成長機構と<111>単結晶の成長条件及び双晶の抑制機構等を明らかにした.

 第四章で,様々なTb-Dy-Fe結晶の磁歪特性を測定し,磁歪特性に及ぼす結晶組織・結晶配向の影響を解明した.予加圧力により,ほぼラーベス単相を持つ<110>と<112>の双晶結晶,<111>単結晶には低印加磁場における磁歪ジャンプが観察された.<110>双晶結晶が<112>双晶結晶より良好な低磁場における磁歪特性を持つことが初めて示された.<111>に配向する単結晶ロッドには,予加圧力で軸方向の飽和磁歪が2000ppmを越え,飽和磁場が0.5kOeまで減少する極めて良好な磁歪特性が得られた.様々な磁気測定に基づき,Tb-Dy-Fe結晶の対称性と磁気弾性作用を考慮し,上記の三種類の結晶の磁区構造・磁化過程及び磁歪挙動が明らかになった.また,磁歪の圧力効果,磁歪ジャンプ現象の形成要因・必要条件及び三種類の結晶の磁歪ジャンプ挙動の差異を明らかにした.

 第五章において,合金粉末の磁場中配向並びに液相焼結法により配向性Tb-Dy-Fe焼結体の作製と磁歪特性を検討した.液相焼結法の適正な焼結条件を実験的に決定し,高密度を持つTb-Dy-Fe合金焼結体が得られた.Tb/Dy原子比率の高い合金粉末が磁場中で配向し易く粒子の配向度が高い焼結体が得られた.粒子が配向するTb0.30-0.40Dy0.70-0.60Fe1.70-1.85多結晶焼結体は,予加圧力により磁歪特性が増加し,最大磁歪が1400ppmを越えた.これはTb-Dy-Fe合金において焼結体が鋳造多結晶より高い磁歪特性が得られた初めての結果である.焼結体において低印加磁場において磁歪特性がやや劣る原因は,多量のRE相・粉末の酸化により微細な組織であること及び<111>軸への不完全な粒子配向であると結論された.

 第六章は本論文の総括である.

 以上を要するに,本論文はTb-Dy-Fe合金の凝固・結晶成長挙動と磁歪挙動を明らかにしたもので金属工学の進展に寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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