学位論文要旨



No 213378
著者(漢字) 長谷,耕志
著者(英字)
著者(カナ) ハセ,コウジ
標題(和) 都市ガスと空気の混合がNOx生成に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 213378
報告番号 乙13378
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13378号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 鶴田,俊
内容要旨

 予混合燃焼法は低NOx化が容易なため、家庭用燃焼器に代表される小型燃焼機器だけでなく、ガスタービン燃焼器や産業用ボイラーおいても利用されるようになってきているが、予混合燃焼法を採用する場合の問題点として、燃料ガスと燃焼用空気の混合の問題が指摘されている。予混合燃焼法においては、ガスと空気をよく混合させる必要があるが、ミキサーとバーナまでの距離を余り離すと逆火の危険性が増すため、実燃焼器においてはミキサーは極力バーナに近い所に設置される。しかし、このことにより十分なガスと空気の混合が得られず、予混合燃焼器と呼んでも完全な混合状態で燃焼することは希である。特に、低NOx化を行うために過剰空気を多くした希薄予混合燃焼では、完全な混合状態を得ることはさらに難しく、この混合の不完全さがNOx生成特性に大きく影響することが知られている。このため、過去において多くの研究が行われているが、混合の不完全さに伴い発生する混合気流中の燃料ガス濃度の時間変動の大きさを定量的に測定、議論した研究は皆無と言える。したがって、燃料ガス・空気の混合とNOx生成の関係、特に時間変動の影響を調べることは、低NOx燃焼器の設計・製作において極めて重要となっている。

 本論文は、燃料としての都市ガスと燃焼用空気の混合とNOx生成の関係、特に空気比時間変動のNOx生成への影響を明らかにすることを目的として行った研究について記述したもので、全6章で構成されている。

 1章は序論であり、予混合燃焼における燃料と燃焼用空気の混合とNOx生成の関係に関する過去の研究について述べ、空気比時間変動のNOx生成への影響については、未だ十分な検討が行われていないことを指摘している。また、過去に行われた予混合気流中の濃度変動の測定の試みについても述べ、新たな濃度変動測定法の開発が必要であることを指摘し、最後に本研究の目的を述べている。

 2章においては、ガス燃焼におけるNOx生成機構であるサーマルNOx、プロンプトNOx、およびN2Oを経由して生成するNOx生成機構について、その基本反応と特徴について述べている。また、家庭用燃焼機器において広く利用されているブンゼンバーナのNOx生成特性、および最近家庭用ガス給湯器において低NOx燃焼法として使用され始めた濃淡燃焼法の原理と、その燃焼法におけるCO,NOx生成特性について述べ、最後に実給湯器のNOx排出特性の測定結果について述べている。

 3章では、マルチポートバーナを用いたモデル燃焼器における、燃料ガスと燃焼用空気の混合の不完全さに伴う燃焼器内の空気比空間分布とNOx生成特性の関係について述べている。混合が完全な場合では、ベンチュリーミキサーにより燃料ガスと空気を十分に混合させており、また、混合が不完全な場合では、バーナ上流に設置した燃料ガス噴出ノズルとバーナまでの距離を変化させ、燃焼器内の空気比空間分布、燃焼ガス温度分布、およびNOx濃度分布を測定している。

 完全混合の場合は、燃焼器内に均一な空気比分布が形成され、温度分布も周囲への熱損失の影響を受ける燃焼筒壁近傍を除いて、均一な温度分布が得られた。NOxについては、燃焼筒中心部において燃焼ガス温度が一定にもかかわらず、中心位置で極小値を示す結果となった。この理由としては、位置による滞留時間の違いが主因であることを示した。空気比によるNOx濃度の変化は著しく、空気比を希薄側に変化させるとNOxは急激に低下することを示した。

 混合が不完全な場合としては、ガス噴出ノズルとマルチポートバーナまでの距離を240mmおよび110mmの場合について、空気比空間分布、燃焼ガス温度分布、およびNOx濃度分布を測定している。その結果、混合が悪くなるとNOx生成の空気比依存性は、完全混合の場合に比べ弱まることを明らかにした。そして、このようにNOx生成の空気比依存性が弱まる原因は、位置による局所空気比の変化だけでは説明がつかず、空気比の時間変動の影響も考慮する必要があることを示した。

 4章においては、空気比時間変動のNOx生成への影響を調べることを目的に実験を行い、空気比時間変動は、理論空気比近傍ではNOx生成を抑制する効果があり、一方、高空気比燃焼条件下ではNOx生成を50%近くも増加させることを示している。また、波長3.392mの赤外レーザ光を用いた光吸収法による空気比変動測定法を開発し、未燃予混合気流中の空気比時間変動の定量化が可能であることを示した。不完全混合の場合には、完全混合とは明確に異なる空気比時間変動が観察され、この変動の大きさはマルチポートバーナを通過することにより、大きく減衰することを明らかにした。また、微細熱電対による燃焼ガス温度変動の測定も行い、燃焼ガス中に未燃混合気流中の空気比時間変動に対応した温度変動が存在することを示した。

 5章においては、空気比変動とNOx生成の関係をモデル計算により検討している。本モデル計算を行うには、予め空気比時間変動が存在しない場合のNOx生成量と空気比の関係が必要となるが、この関係を求めるために、火炎帯後流でのサーマルNOx生成だけを対象とした計算と、火炎構造を解き、火炎帯内でのプロンプトNOxやサーマルNOx生成をも考慮した、2通りの計算を行った。火炎帯後流でのサーマルNOxだけを対象とした計算では、高空気比域において実験結果と大きな違いが現れ、この結果を用いて空気比時間変動のNOx生成への影響を求めると、変動の影響を実験結果より大きめに見積もることになった。一方、火炎帯内でのNOx生成をも考慮した計算結果におけるNOx生成の空気比依存性は、実験結果に近いものとなり、火炎帯内におけるNOx生成についても考慮することが必要であることが明らかとなった。さらに、この計算結果を用いて空気比時間変動のNOx生成への影響を求めるモデル計算を行った。この計算では、空気比時間変動の大きさを与える必要があるため、光吸収法で測定した空気比変動の値を与えた。その結果、計算で得られた空気比変動とNOx生成の関係は実験結果とよく一致し、空気比変動値を測定することにより、NOx生成に及ぼす空気比時間変動の影響の予測が可能であることを示した。最後に、本モデル計算により空気比変動影響のパラメータスタディを行い、変動の大きさとNOx生成の関係を求めている。

 6章においては、本論文の結論を述べている。

 以上、本研究では、予混合燃焼における燃料ガスと燃焼用空気に混合がNOx生成に及ぼす影響を、実験および計算によって調べ、混合特性がNOxに大きく影響することを明らかにした。

審査要旨

 本論文は、「都市ガスと空気の混合がNOx生成に及ぼす影響に関する研究」と題し、予混合燃焼を採用した燃焼器の設計・製作時に不可欠である、燃料ガスと空気の混合とNOxの生成の関係を明らかにする目的で行った研究の結果をまとめたもので、6章からなっている。

 第1章は、「序論」で、予混合燃焼において、燃料ガスと空気の混合状況がNOx生成におよぼす影響に関するこれまでの研究の成果を概観し、この分野の研究においては、時間的に混合状況が変動する場合にNOxがどのように変化するかを明確に示したものがこれまでほとんど無かったことを指摘している。この事実に着目し、本研究においては、時間的に混合状況が変動する場合のNOxの生成状況を明らかにすることを目的としている。

 第2章は、「家庭用燃焼器の低NOx化技術」で、ガス燃焼におけるNOxの生成機構についてまとめ、家庭用ガス器具用バーナのNOxの発生を抑制する技術の検証を行った結果について述べている。

 家庭用燃焼器の低NOx化は、これまでのNOxの発生機構に関する研究の成果に基づいて進められてきた。最近開発された、家庭用ガス給湯器に用いられている、濃淡燃焼バーナについて、排出されるNOxの濃度を測定し、その技術の有効性を検証している。

 第3章は、「燃料・空気混合度合いのNOx生成空間分布への影響」で、マルチポートバーナを用いたモデル燃焼器により、燃料ガスと燃焼用空気の混合の不完全さに伴うNOxの生成特性の変化を調べた結果について述べている。

 完全混合、不完全混合いずれの場合にも、燃焼器内の温度分布は、周囲への熱損失の影響がある壁面付近以外はほぼ一様となり、またNOxの濃度分布は、中心部でわずかに低くなる傾向にはあるが、壁面付近をのぞけば、変化の幅は10%前後と小さい。これに対して、NOxの濃度は、混合比への依存性が高く、空気の割合が大きくなると急激に減少するが、完全混合の場合と比べて、不完全混合の場合は、混合比への依存性が弱くなる。この現象は、局所的な混合比の変化だけでなく、混合比の時間的な変動の影響をも考慮に入れなければ、説明できない。

 第4章は、「空気比時間変動のNOx生成への影響」で、混合比が時間的に変動した場合のNOxの生成機構を明らかにするために、ガス噴出ノズルからバーナプレートまでの距離を変化させて行った実験結果について述べている。

 赤外レーザ光を用いた光吸収法により混合比の変動を測定する方法を開発し、この方法により、未燃焼予混合気流中における混合比の時間変動の定量化に成功している。未燃焼予混合気流中において混合比の時間変動がある場合、平均濃度が理論混合比付近であるときは、NOxの発生が大幅に抑制されるのに対し、空気がかなり過剰であると、NOxの濃度は時間変動のない場合より大きくなる。NOxの発生は、温度の変動に強く依存することが知られている。微細熱電対により、燃焼ガスの温度変動の測定を行ってみた結果によると、燃焼ガス中の温度の変動は、未燃焼混合気中の混合比の変動に対応している。

 第5章は、「モデル計算による検討」で、混合比の変動とNOx生成の関係をモデル計算により検討している。

 混合比が時間変動しない場合のNOx生成速度と混合比の関係はモデル計算に必要であるが、その関係の予測に関して、2通りの計算を行っている。火炎帯後流でのサーマルNOxだけを対象とした計算結果は、空気が大幅に過剰な場合に実験結果とかなり異なる。これに対して、火炎構造を明らかにした上で火炎帯内のプロンプトNOをも考慮した計算の結果は、混合比の広い範囲で実験結果とよく合う。この結果は、火炎帯内でのNOx生成を考慮に入れることにより、混合比の変動の測定値に基づいて、NOx生成の予測を正確に行うことが可能なモデルができることを示している。このモデルにより、混合比の変動がNOx生成に及ぼす影響を各パラメタを変えて予測し、変動の大きさとNOx生成の関係を明らかにしている。

 第6章は、「結論」で、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本研究は、予混合燃焼法を用いた燃焼器における問題点の一つである、混合の状態とNOxの発生の関係について、これまで曖昧であった部分に、信頼できる新しい知見を加え、燃焼器から排出されるNOx低減に役立つ基礎知識の蓄積に寄与したものであり、化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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