本論文はRNA鎖切断活性を持つハンマーヘッド型リボザイムの活性発現機構と安定性を種々の改変型を作成することにより明らかにしたものである。ハンマーヘッド型リボザイムは、1つのループ(活性部位)と3つのステム(ステムI,II,III)からなる短鎖RNAであり、マグネシウムイオンの存在下で分子内または分子間で主にGUC配列の3’側を開裂することによりRNA鎖を切断する。申請者は核酸合成装置を用いた化学合成により、11塩基の基質となるRNA鎖と32塩基の触媒活性部位を構成するリボザイムの様々な部位に修飾を加えた改変型リボザイムを用いて、それらの活性を反応速度論的に解析することにより、リボザイムの活性発現機構と安定性を検討した。 第1章はハンマーヘッド型リボザイム(以後リボザイムと略称する)に関するこれまでの研究やその背景の概説である。 第2章はハンマーヘッド型リボザイムの機能構造を探索するためには、その酵素活性を反応速度論的に解析可能なシステムの構築が必要不可欠であると考え、上記のモデル反応系を構築し、この系を用いた切断反応を速度論的に詳細に検討した。その結果、この系における切断反応はミカエリスーメンテン型の反応機構で進み、かつ観測される速度は明らかに切断のステップを反映していることが分かった。こうして様々な部位に修飾を導入したリボザイムの切断速度の変化を観測することにより、リボザイムの機能構造を解明できることが分かったので、以下様々な修飾リボザイムを構築しその速度論的解析を行った。 第3章ではリボザイムの非活性部位、すなわちステムI,II,IIIの様々な箇所をRNAからDNAへ変換したキメラ型基質ならびにキメラ型リボザイムを合成し(ただし基質の切断部位GUCとリボザイム側のそれに相補的な部位を除く)、その活性に及ぼす影響を反応速度論的に解析した。基質とリボザイムで形成されるステムIとIIIをRNA型からDNA型へ置換した場合、kcatは野生型の2-3倍程度上昇し、Kmは2本鎖の内どちらか1本にDNAを導入した場合約60倍上昇し、2本鎖ともDNAを導入した場合約3600倍上昇した。すなわち、ステムIとIIIにDNAを含むコンプレックスは切断速度にはそれほど影響を与えないが、コンプレックス自身は不安定になることがわかった。さらにステムIIをDNAに置換しても活性にほとんど影響がなかったことから、活性部位以外のステムI,II,IIIをすべてDNAへ置換してもkcatは変わらないことがわかった。したがってDNA置換を行ったステムI,II,IIIは直接切断活性(kcat)に影響を与える部位ではなく、例えば安定化の目的で様々な化学修飾が可能であることが示唆された。さらに、ステムIとIIIをDNAへ置換したキメラ型リボザイムの切断活性(kcat)のMg2+濃度依存性を調べたところ、野生型の場合100-200mMのMg2+濃度で活性は飽和するのに対して、キメラ型リボザイムでは300mMを越えてから活性は直線的な増加を示し、800mMで通常の野性型の約30倍の切断活性が得られた。これは、高Mg2+濃度下でキメラ型リボザイムが何らかの理由により切断反応に有利な構造変化を起こす可能性を示唆するものであり、この解明がより高活性なリボザイム構築への道に繋がることが分かった。 第4章ではリボザイムをウイルスRNAなどを切断する薬剤として開発する目的で、リボザイムの安定化を試みている。活性部位以外の全ステム部分をチオリン酸結合型DNAへ置換したものでは、ヒトや牛胎児血清中に含まれているエンドリボヌクレーアゼにより、未修飾の活性部位で分解がおき、その安定性は十分上昇しないことがわかった。しかしこれらのエンドリボヌクレーアゼは主にピリミジン塩基の3’側のリン酸結合を分解することがわかったので、これら活性部位中で分解を受ける箇所にチオリン酸結合の導入やプリン塩基への置換を試みた結果、活性を損なうことなく血清中で数十倍から数百倍安定なリボザイムを構築することができた。さらに細胞抽出液でも同様に安定性の顕著な増大がみられたことから、これらの安定型リボザイムを薬剤として応用した場合、細胞中でより安定に存在しその効力を発揮し得ることが示唆された。 第5章では切断部位であるGUC配列の特異性について、系統的に調べた結果を述べている。それまでいくつかのグループによりその1塩基変異体について検討され、NUX(N:A,U,G,C;X;A,U,C)配列のみが切断可能であるという知見(NUXルール)が得られていた。しかし反応速度論的解析はなされておらず、各変異体の野生型に対する相対的切断活性に研究者間でのくい違いがみられる上、NとXを同時に変異させた2塩基変異体についての解析はされていなかった。そこでNUXを満たすすべての基質とそれに対応するリボザイムを合成しその反応速度論的解析を行なった結果、1塩基変異体はkcatあるいはKmのどちらかに影響を与えるもの、あるいはどちらにもほとんど影響を与えないものの3グループに分けられた。すべての2塩基変異体は活性がかなり落ちるもののすべてが切断され、全く切断されない配列はなかった。こうして真の意味でNUXルールが確立された。 以上要するに、本論文はハンマーヘッド型リボザイムの活性発現機構と安定性を、各部位に様々な修飾を導入したリボザイムを構築し、その反応速度解析を詳細に行うことにより明らかにしたものであり、核酸の基礎と応用研究に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |