学位論文要旨



No 213381
著者(漢字) 嶋山,隆
著者(英字)
著者(カナ) シマヤマ,タカシ
標題(和) ハンマーヘッド型リボザイムの機能構造の解析
標題(洋) Analysis of the structure-function relationships of the hammerhead ribozyme
報告番号 213381
報告番号 乙13381
学位授与日 1997.05.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13381号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 鈴木,栄二
 東京大学 助教授 上田,卓也
内容要旨

 ハンマーヘッド型リボザイムは、1つのループ(活性部位)と3つのステム(ステムI,II,III)からなるRNAであり、マグネシウムイオンの存在下で分子内または分子間で配列特異的にRNAの切断を起こす。天然型では主にGUC配列の3’側で切断がおきる。我々は核酸合成装置を用いた化学合成により、11塩基の基質と32塩基のリボザイムからなるモデル切断反応系を構築した(図1)。そしてこの系を用いて、1)リボザイムの非活性部位、すなわちステムI,II,IIIの様々な箇所をRNAからDNAへ変換したキメラ型基質ならびにキメラ型リボザイムを合成し、その活性に及ぼす影響を反応速度論的解析(Kcat、Kmの算出)により調べた。その結果、ステムI,II,IIIをすべてDNAに置き換えても切断活性(Kcat)は維持されることを明らかにした。またキメラ型リボザイムの切断活性は300mM以上のマグネシウムイオン濃度で直線的に増加し、これまで一般的にいわれてきた活性よりも1桁以上高い活性が得られることを発見した。2)リボザイムの非活性部位ならびに活性部位に様々な変換(RNAからDNAへの置換、リン酸結合からチオリン酸結合への置換ならびに塩基置換)を加えた修飾リボザイムを合成しその活性に及ぼす影響を反応速度論的解析により調べるとともに、これらの安定性を様々な環境(血清、細胞抽出液など)で調べた。その結果、これらの修飾リボザイムは切断活性を損なうことなく安定性が大幅に上昇することがわかった。したがってこれらの修飾リボザイムは、薬剤として応用できる可能性が示唆された。また、3)切断部位GUC配列の変異体の切断活性を反応速度論的解析により調べ、各変異体の詳細な切断活性の知見を得た。その結果を以下に示す。なお、博士論文の第1章はハンマーヘッド型リボザイムの背景とこれまで行われてきた研究の概要について述べた。

第2章

 ハンマーヘッド型リボザイムの機能構造を探索するためにはまず、リボザイムの酵素活性を反応速度論的に解析可能なシステムの構築が必要不可欠である。そこで我々は図1に示すような単純化された系を構築し、この系を用いた切断反応を詳細に検討した。その結果、この系における切断反応はミカエリスーメンテン型の反応機構で進み、かつ観測される速度は明らかに切断のステップを反映していることがわかった。すなわちリボザイムの様々な部位に修飾を導入した際に生じるリボザイムの切断速度の変化などを観測することにより、リボザイムの機能構造を調べ得る系であることがわかった。そこで以下の章において様々な修飾リボザイムを構築しその速度論的解析を行った。

第3章

 基質とリボザイムで形成されるステムIとIIIをRNAからDNAへ置換した場合(ただし基質の切断部位GUCとリボザイム側の相補的部位を除く)、Kcatは野生型の2、3倍程度上昇した。またKmは2本鎖の内どちらか1本にDNAを導入した場合約60倍上昇し、2本鎖ともDNAを導入した場合約3600倍上昇した。すなわち、ステムIとIIIにDNAを含むコンプレックスは切断速度にはそれほど影響を与えないが、コンプレックス自身は不安定になるこがわかった。さらにステムIIをDNAに置換しても活性にほとんど影響がなかったことから、活性部位以外すなわちステムI,II,IIIをすべてDNAへ置換してもKcatは変わらないことがわかった。したがって我々が今回DNA置換を行ったステムI,II,IIIは直接切断活性(Kcat)に影響を与える部位ではなく、例えば安定化の目的で様々な化学修飾が可能であることが示唆された。またステムIとIIIを区別して基質側にDNAを導入したキメラ型基質を用いた解析により、切断部位GUCを含むステムIIIの方がステムIよりも活性への影響が大きいことが示唆された。

 さらに、野生型リボザイムのステムIとIIIをDNAへ置換したキメラ型リボザイムの切断活性(Kcat)のマグネシウム濃度依存性を調べた。その結果、野生型の場合100から200mM程度のマグネシウム濃度で活性は飽和するのに対して、キメラ型リボザイムの場合300mMを越えてから活性は直線的な増加を示し、現在のところ800mMで120min-1程度の活性(通常のマグネシウム濃度25mMにおける野性型の切断活性の30倍)が得られた。これは、高マグネシウム濃度下でキメラ型リボザイムが何らかの理由により切断反応に有利な構造変化を起こす可能性を示唆するものである。またこの現象を明かにすることにより、より高活性なリボザイムの構築への道が開けた。

第4章

 リボザイムをウイルスRNAなどを切断する薬剤として開発する目的で、リボザイムの安定化を試みた。まず、活性部位以外のステムI,II,IIIをチオリン酸結合型DNAへ置換した。しかし、ヒトや牛胎児血清中にはエンドリボヌクレーアゼが多く含まれており、上記リボザイムも未修飾の活性部位において分解がおき、その安定性は十分上昇しないことがわかった。そこで活性部位の分解箇所を調べたところ、エンドリボヌクレーアゼは主にピリミジン塩基の3’側のリン酸結合を分解していることがわかった。そこでこれら活性部位の分解箇所にもチオリン酸結合の導入やプリン塩基への置換を試み、結果的に活性を損なうことなく血清中で数十倍から数百倍安定なリボザイムを構築することができた。さらに細胞抽出液でも同様に安定性の顕著な増大がみられたことから、我々の構築した安定型リボザイムを薬剤として応用した場合、細胞中でより安定に存在しその効力を発揮し得ることが示唆された。

第5章

 これまでに切断部位GUC配列に対して、いくつかのグループによりその一点変異体の切断活性が調べられ、NUX(N:A,U,G,C;X;A,U,C)配列は切断可能であるという知見(NUXルール)が得られていた。しかしどのグループにおいても反応速度論的解析はなされておらず、各変異体の野生型に対する相対的切断活性にくい違いがみられた。またNとXを同時に変異させた2点変異体の切断活性の解析はされていなかった。今回これまでに調べられていなかったNとXの2点変異体も含め、NUXを満たすすべての基質とそれに対応するリボザイムを合成しその反応速度論的解析を行なった。その結果、一点変異体はKcatに影響を与えるもの、Kmに影響を与えるもの、どちらにもほとんど影響を与えないものとにその傾向が分けられた。またすべての2点変異体は活性がかなり落ちるもののすべて切断され、全く切断されない配列はなかった。すなわち、この結果により真の意味でNUXルールが確立された。また今回得られた各変異体の切断活性の知見は、実際にRNA上のGUC以外の配列を切断のターゲットとする際の参考になると考えられる。

図1
審査要旨

 本論文はRNA鎖切断活性を持つハンマーヘッド型リボザイムの活性発現機構と安定性を種々の改変型を作成することにより明らかにしたものである。ハンマーヘッド型リボザイムは、1つのループ(活性部位)と3つのステム(ステムI,II,III)からなる短鎖RNAであり、マグネシウムイオンの存在下で分子内または分子間で主にGUC配列の3’側を開裂することによりRNA鎖を切断する。申請者は核酸合成装置を用いた化学合成により、11塩基の基質となるRNA鎖と32塩基の触媒活性部位を構成するリボザイムの様々な部位に修飾を加えた改変型リボザイムを用いて、それらの活性を反応速度論的に解析することにより、リボザイムの活性発現機構と安定性を検討した。

 第1章はハンマーヘッド型リボザイム(以後リボザイムと略称する)に関するこれまでの研究やその背景の概説である。

 第2章はハンマーヘッド型リボザイムの機能構造を探索するためには、その酵素活性を反応速度論的に解析可能なシステムの構築が必要不可欠であると考え、上記のモデル反応系を構築し、この系を用いた切断反応を速度論的に詳細に検討した。その結果、この系における切断反応はミカエリスーメンテン型の反応機構で進み、かつ観測される速度は明らかに切断のステップを反映していることが分かった。こうして様々な部位に修飾を導入したリボザイムの切断速度の変化を観測することにより、リボザイムの機能構造を解明できることが分かったので、以下様々な修飾リボザイムを構築しその速度論的解析を行った。

 第3章ではリボザイムの非活性部位、すなわちステムI,II,IIIの様々な箇所をRNAからDNAへ変換したキメラ型基質ならびにキメラ型リボザイムを合成し(ただし基質の切断部位GUCとリボザイム側のそれに相補的な部位を除く)、その活性に及ぼす影響を反応速度論的に解析した。基質とリボザイムで形成されるステムIとIIIをRNA型からDNA型へ置換した場合、kcatは野生型の2-3倍程度上昇し、Kmは2本鎖の内どちらか1本にDNAを導入した場合約60倍上昇し、2本鎖ともDNAを導入した場合約3600倍上昇した。すなわち、ステムIとIIIにDNAを含むコンプレックスは切断速度にはそれほど影響を与えないが、コンプレックス自身は不安定になることがわかった。さらにステムIIをDNAに置換しても活性にほとんど影響がなかったことから、活性部位以外のステムI,II,IIIをすべてDNAへ置換してもkcatは変わらないことがわかった。したがってDNA置換を行ったステムI,II,IIIは直接切断活性(kcat)に影響を与える部位ではなく、例えば安定化の目的で様々な化学修飾が可能であることが示唆された。さらに、ステムIとIIIをDNAへ置換したキメラ型リボザイムの切断活性(kcat)のMg2+濃度依存性を調べたところ、野生型の場合100-200mMのMg2+濃度で活性は飽和するのに対して、キメラ型リボザイムでは300mMを越えてから活性は直線的な増加を示し、800mMで通常の野性型の約30倍の切断活性が得られた。これは、高Mg2+濃度下でキメラ型リボザイムが何らかの理由により切断反応に有利な構造変化を起こす可能性を示唆するものであり、この解明がより高活性なリボザイム構築への道に繋がることが分かった。

 第4章ではリボザイムをウイルスRNAなどを切断する薬剤として開発する目的で、リボザイムの安定化を試みている。活性部位以外の全ステム部分をチオリン酸結合型DNAへ置換したものでは、ヒトや牛胎児血清中に含まれているエンドリボヌクレーアゼにより、未修飾の活性部位で分解がおき、その安定性は十分上昇しないことがわかった。しかしこれらのエンドリボヌクレーアゼは主にピリミジン塩基の3’側のリン酸結合を分解することがわかったので、これら活性部位中で分解を受ける箇所にチオリン酸結合の導入やプリン塩基への置換を試みた結果、活性を損なうことなく血清中で数十倍から数百倍安定なリボザイムを構築することができた。さらに細胞抽出液でも同様に安定性の顕著な増大がみられたことから、これらの安定型リボザイムを薬剤として応用した場合、細胞中でより安定に存在しその効力を発揮し得ることが示唆された。

 第5章では切断部位であるGUC配列の特異性について、系統的に調べた結果を述べている。それまでいくつかのグループによりその1塩基変異体について検討され、NUX(N:A,U,G,C;X;A,U,C)配列のみが切断可能であるという知見(NUXルール)が得られていた。しかし反応速度論的解析はなされておらず、各変異体の野生型に対する相対的切断活性に研究者間でのくい違いがみられる上、NとXを同時に変異させた2塩基変異体についての解析はされていなかった。そこでNUXを満たすすべての基質とそれに対応するリボザイムを合成しその反応速度論的解析を行なった結果、1塩基変異体はkcatあるいはKmのどちらかに影響を与えるもの、あるいはどちらにもほとんど影響を与えないものの3グループに分けられた。すべての2塩基変異体は活性がかなり落ちるもののすべてが切断され、全く切断されない配列はなかった。こうして真の意味でNUXルールが確立された。

 以上要するに、本論文はハンマーヘッド型リボザイムの活性発現機構と安定性を、各部位に様々な修飾を導入したリボザイムを構築し、その反応速度解析を詳細に行うことにより明らかにしたものであり、核酸の基礎と応用研究に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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