1次元放射対流平衡モデルを用いた計算により,惑星へ入射する放射量がある臨界値を越えてしまうと大気海洋系の平衡状態は存在しなくなることが知られている(Nakajima et al.,1992).臨界値を越えた放射エネルギーが供給されたとすると,大気は平衡状態に達することができずに温度が際限なく増加していくものと想像され,暴走温室状態の発生と呼ばれている.暴走温室状態については,これまで惑星進化の観点から主に1次元の平衡モデルを用いて研究されてきた.本研究は次の問題を考察するために暴走温室状態へ至る過程を計算できる大気モデルの設計・数値実験を行なったものである. 1.南北温度差,循環が存在する3次元系においても暴走温室状態が発生するのか? 2.暴走温室状態が発生するとしたら,その臨界値(暴走限界)はいくつになるか?あるいはその値はどのようにして決まるのか? 3.入射放射量が増大した場合に循環構造はどのように変わるのか? 暴走温室状態を3次元の時間発展問題として扱った研究は過去にはなく,本研究が最初の一歩ということになる. 用いるモデルはNakajima et al.(1992)の系に運動を組み込んだものである.大気中の吸収物質は水蒸気だけであるとし,太陽放射に対しては透明・長波放射に対しては灰色とする.基礎方程式としてはプリミティブ方程式を用いる.乱流拡散・湿潤過程(対流調節)なども考慮する.地表面は常に熱バランスしているものとする.これに加えて,上層にスポンジ層,全層に水平風及び温度の鉛直フィルターを導入する.入射放射量を増加させた場合に生じる鉛直2-grid noiseを消去するためである. 上記のモデルを用いてパラメータスタディを行なったところ,3次元系においても太陽定数Sが1600W/m2を越えると暴走温室状態が発生することがわかった.暴走温室状態が発生すると,入射放射量のほとんど全てが蒸発フラックスに変換される.このうち大部分が凝結し大気を加熱し,残りの3割弱が大気中に蓄積される.S=1800W/m2を与えた場合1000日の段階で大気量は表面気圧にして1230Paまで増加する.循環形態に関しては,ハドレー循環の背が高くなる(上端は約50km)ことが特徴的である.ハドレー循環の緯度幅はほとんど変化しない. S1600W/m2の平衡状態に達することができる場合については,太陽定数が増加するに従い南北温度差が減少することが示された.この理由は,太陽定数が大きいほど南北方向の潜熱エネルギー輸送量及び中高緯度における凝結加熱が増加し,高緯度の大気を加熱するためである.循環強度は太陽定数が増加するに従い弱くなるが,ハドレー循環の幅はほとんど変わらず緯度にして30°のまま保たれる. 暴走限界の決まり方については以下のように解釈される.入射放射量が増加すると低緯度のOLR(大気上端における長波放射)の値は約400W/m2で抑えられるようになる.この値は対流圏が射出できる放射フラックスの上限値によって決まっており,相対湿度を考慮した1次元平衡解によって記述される.上で述べたように太陽定数が増加すると南北エネルギー輸送のうち潜熱輸送が卓越し,高緯度における凝結加熱が増大する.その結果,温度及びOLRの南北差は減少し高緯度においてもOLRの値は400W/m2に漸近する.結局,暴走状態が発生するか否かは,全球平均入射放射量が平衡解のOLRの上限値を越えるかどうかで決められることになる.ただし,暴走限界の値そのものは相対湿度分布に依存するので3次元計算を実行しなければわからない. |