肝臓は肝実質細胞と、肝類洞壁細胞と呼ばれる非実質細胞から構成されている。それら細胞は相互に作用することにより、病態の成立に関与する。その相互作用には、接着分子が重要な役割を果たしている。従来、肝臓における接着分子の研究は、ヒト臨床例における免疫組織化学的検討と、培養細胞を用いたサイトカインによる発現調節に関するものであった。しかしin vitroの発現調節機構がin vivoでも同様に作動するか、また、肝臓においては、いかなる細胞系により調節されるかは不明であった。 我々は肝炎劇症化の機序を種々のラット障害肝モデルを用いて検討し、これらモデルの肝マクロファージ(M )活性化が内皮細胞との相互作用を介して、病態へ寄与することを明らかにした。肝M は、接着分子の発現を調節するサイトカインを産生、分泌することにより、肝における各種細胞の接着分子発現調節に関わっている可能性が推測される。そこで、これら病態肝における接着分子発現動態をより詳細に検討することによって、in vivoにおける発現調節機構を解明しうると考え、以下の実験を行なった。 第1章:各種ラット病態肝におけるLFA-1、ICAM-1の発現動態-肝マクロファージ活性状態との対比- Kupffer細胞と肝M は段階的に活性化する。一般に、正常状態から貪食能が亢進したresponsive stageへ、さらに細胞障害性因子の放出能力を獲得したprimed stageとなる。ラットに四塩化炭素、死菌を投与するとそれぞれrespon sive stage、primed stageとなるが、肝部分切除後の再生肝では、切除後の時間経過で活性段階が異なっている。エンドトキシンを少量投与すると、excitationを起こし機能を発揮できる状態に変化する。従って、これら各種病態肝における接着分子の発現は、M 活性状態に応じて異なると推定され、この発現動態から、活性化M の接着分子発現調節への関与を分析できると想定した。 接着分子には多くの種類がある。血流中の白血球系細胞が血管内皮に接着し組織へと浸潤する際などに、それらは順次、作用を発揮する。特に重要なのがlymphocyte function-associated antigen-1(LFA-1)とそのリガンドであるintercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)である。そこで、各種ラット病態肝モデルの肝構成細胞におけるこれら分子の発現動態を免疫組織化学的に観察した。免疫染色は抗ラットモノクローナル抗体による酵素抗体間接法で行ない、光顕上の染色強度を半定量的に評価した。免疫電顕はPre-embedding法で行なった。また塩化ガドリニウムまたはgum arabicを投与して肝M 活性を抑制した際の染色性の変化も検討した。 1)肝M におけるLFA-1染色 電顕観察により全てのモデルで、LFA-1染色はKupffer細胞及び肝M の細胞膜上にあることが確認された。正常肝では門脈域周囲のKupffer細胞に極く軽度に認められ、これは腸管由来物質を貪食したことによる軽度のexcitationを反映した結果と推定された。四塩化炭素投与肝では、投与12時間後より出現する壊死部のM に軽度に染色されており、以後、中等度に増強した。一方、C.parvum死菌投与肝の類洞内M では染色は軽度であった。これらから、LFA-1発現は肝M の活性段階に対応しないと考えられた。この推測は、70%肝部分切除後3から6時間にresponsive stageとなるM で染色が増強するが、primed stageとなる12時間以後には低下したことからも支持され、LFA-1発現はresponsive stageの貪食能亢進を反映すると考えられた。また正常肝にエンドトキシンを静注すると染色は軽度であるが、死菌投与後または肝部分切除後に静注すると高度となった。この発現はexcitationによる分泌機能を反映したものと推定された。 2)類洞内皮細胞におけるICAM-1染色 全てのモデルでICAM-1染色は類洞壁に沿って認められた。電顕観察によると、これらは類洞内皮細胞の細胞膜上にあることが確認された。正常肝では肝小葉全体の類洞内皮細胞に極く軽度、四塩化炭素または死菌投与肝ではそれぞれ非壊死部に軽度、小葉全体に中等度に認められた。また部分切除肝では、切除後6時間まで染色は軽度、12時間以後中等度であった。従って、ICAM-1発現は肝M の活性段階の上昇に応じて増強すると推定された。一方、エンドトキシン投与肝における染色は軽度で、死菌投与後または肝部分切除後にエンドトキシンを投与すると3時間後より小葉全体に高度となった。これらから、類洞内皮細胞のICAM-1発現は肝M のexcitationに応じても増強すると推定された。 3)マクロファージ活性を抑制した際のLFA-1、ICAM-1染色の変化 塩化ガドリニウムまたはgum arabicを投与すると、Kupffer細胞及び肝M の貪食能、分泌能はともに低下する。その際、肝M のLFA-1及び類洞内皮細胞のICAM-1染色は、いずれの病態肝においても低下した。これらから、M の活性化は両接着分子の発現に、直接的に関与すると推定された。 4)肝細胞におけるICAM-1染色 正常肝の肝細胞には認められなかった。四塩化炭素投与肝では、中心静脈壊死巣周辺に存在する変性肝細胞の一部で、細胞膜上に軽度認められた。電顕観察では、この発現は類洞側細胞膜と、肝細胞側細胞膜で隣接肝細胞との接着が解離した部分に限局していた。本障害の成立には、肝M から放出されるサイトカインは関与しないことから、これら染色は、細胞変性による膜接触解離に関連すると推定された。また死菌投与後にエンドトキシンを静注したラットでは、血清TNF 値が高い時期に、ICAM-1染色は類洞内皮細胞で著明であるが、肝細胞には全く認められなかった。従って、in vivoでは肝細胞のICAM-1発現にサイトカインが関与しない調節機序が存在すると推定された。 第2章:変性肝細胞におけるICAM-1発現の機序 一般に、ICAM-1の発現はサイトカインにより調節されると考えられてきた。しかし第1章に述べた通り、肝細胞ではそれによって説明できない発現が観察されたことから、以下の検討を行なった。 四塩化炭素障害肝では、投与24時間後に変性肝細胞でICAM-1が染色されたが、それらラットの血清TNF 活性は正常ラットと変わらなかった。従ってこの発現にTNF は関与しないと考えられた。 Seglenの方法で肝細胞を単離し、分離直後のICAM-1発現をNorthern及びWestern blot法にて検討したところ、mRNA、蛋白ともに発現していた。 門脈から肝灌流を行い、灌流肝におけるICAM-1染色を免疫組織化学的に観察した。肝を生理的流量で15分間灌流しても、肝細胞にICAM-1染色は光顕及び電顕上、全く認められなかった。その3倍速で灌流すると、細胞間隙は開大し細胞膜間の接触は解離した。この際、染色は灌流5分後から肝細胞膜に軽度に出現し、以後増強し、15分後にはhoney comb様となった。蛋白合成阻害剤であるシクロヘキシミドを前処置したラットで施行しても、同様の結果が得られた。免疫電顕ではICAM-1染色は、肝細胞膜上の類洞側面及び隣接肝細胞との接着が解離した肝細胞側面に限局して観察された。EGTA、collagenaseはそれぞれ細胞間接着、細胞と細胞外マトリックス間の接触を解離させる。灌流液にこれらを添加すると生理的流量でも同様の染色が認められた。 従来、正常肝では、肝細胞にICAM-1は発現していないとされてきた。しかし単離直後の肝細胞ではICAM-1蛋白及びmRNAの発現が認められたこと、及び肝灌流実験の結果から、肝細胞は細胞間接触が解離しただけでもICAM-1を発現すると推定された。また、シクロヘキシミド前投与の上、肝灌流を行なっても同様の結果であり、しかもその発現が灌流5分後と短時間であったことから、転写による新たな蛋白合成の結果ではないと推定された。これらから、正常肝細胞は細胞膜上にICAM-1蛋白を有しているが、隣接細胞との接触により、通常その抗原性を免疫学的に確認できない。しかし肝細胞が変性するとその結果として、抗原エピトープが細胞膜上へ露呈し、染色性が出現する。一旦、肝細胞変性によりICAM-1が膜上に表出すると、障害性細胞が接着し、肝細胞障害が増悪しうると推定された。従来、ヒトの肝細胞障害は、サイトカインによって誘導されるICAM-1の表出と、それに対する障害性細胞の接着が成立要因とされてきた。しかし、本研究の結果から、肝細胞変性によるICAM-1の表出は、肝細胞障害の惹起因子ではなく、増悪因子であると考えられた。 結語: 肝M におけるLFA-1は刺激により得られた機能を、類洞内皮細胞におけるICAM-1は肝M の活性段階とexcitationを、それぞれ反映して発現した。また、活性化を抑制することにより発現が低下したことから、肝臓における両接着分子の発現調節には、肝M 系細胞の活性状態が密接に関連することが示された。 変性肝細胞におけるICAM-1発現は、隣接肝細胞との接触解離による細胞膜上への抗原エピトープの露呈によると推定された。 |