学位論文要旨



No 213395
著者(漢字) 鈴木,誠
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マコト
標題(和) ヒト前立腺癌細胞におけるbutyrolactone Iによる細胞周期変化とG2/M期cyclin B陽性細胞の誘導
標題(洋)
報告番号 213395
報告番号 乙13395
学位授与日 1997.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13395号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 北村,唯一
内容要旨 a研究目的、研究の背景

 フローサイトメトリー(以下FCM)によるDNAプロイディ分析法は、腫瘍の良性、悪性を診断する補助手段としての有用性や、癌の悪性度の指標として、予後の推定や治療法の選択に役立つことが知られ、広く活用されている。しかし、DNAプロイディは、PI等によるDNA蛍光染色のみで判定されるため、正常型とされるDNA dipoidでも、balanced translocationのような異常核型を検出することができず、DNA dipoidを更に区別する必要性が以前より指摘され、DNA量と核蛋白量を同時に測定する試みがなされている。核蛋白量はfluorescein isothiocyanate isomer(以下FITC)がリジン残基と結合する性質を利用した測定法が研究されてきた。Ciancio等は、DNA diploidとDNA near-diploidを区別する方法としてFITC核蛋白量測定法が有用だったと述べている。今回始めに前立腺癌手術検体の核蛋白量を測定した結果、G0/G1期において核蛋白量の増加が認められた。核蛋白量の増加した細胞はG1期のものと考えられ、細胞分裂が活性化していると考えられた。細胞回転を促し、それ自体核蛋白の一つであるcyclinの関与に関心がもたれた。そこで更に以下の検討を行った。

 3種類の非同期化ヒト前立腺癌培養細胞株にBityrolactone I(以下BL)を作用させ、DNAプロイディ分析による細胞周期解析および二重蛍光測定による細胞周期特異的な各種cyclinの発現レベルの解析を行った。BLとは、Aspergillus terreusvar.africanus IFO8835より分離され1977年に最初に発表された分子量424のCDK阻害物質であり、同期化させた細胞ではG1期、同期化させない細胞ではG2/M期のCDKを特異的に阻害することが知られている。3種細胞株に与えるBLの影響を、細胞株間の比較を含めて検討し、新たな知見を得ることを目的とした。

b研究方法I.前立腺手術検体の核蛋白量測定:

 東大泌尿器科において1984年から1994年の間に、外科的に切除された正常前立腺10例、前立腺肥大症11例、前立腺癌41例のパラフィン包埋ブロックないし凍結保存検体を用いて、核DNA量及び核蛋白量の同時測定を行った。検体は EPICS-Cフローサイトメーターにて各検体から104個の核の二重蛍光測定を行い、PI染色によるDNAヒストグラムとPI-FITCサイトグラムを得た。

II.培養細胞株および形態学的観察

 現在入手可能なヒト前立腺癌培養細胞株はDU145、PC-3およびLNCaPの3種類である。MTT法では96穴マイクロプレートの各ウェルに200l培養液で5×l03個の細胞を播種し、同一条件で4検体ずつ測定し、生細胞数を求めた。検体はcontrol・BL 0M{0.5%dimethyl sulfoxide(以下DMSO)含む}・BL35M・70M・100Mに分け、1・3・5・7・9日目で実験を行った。また、位相差顕微鏡とパパニコロー染色を施行し、形態学的観察を行った。

III.cyclin Dサブタイプの免疫組織化学的検討

 cyclin Dには3種類のサブタイプがあり、どのサブタイプが前立腺によく発現しているかは未だ解明されていない。このため、22例の手術検体を用いて免疫組織化学的染色によるcyclin Dのサブタイプ別陽性率を検討した。腫瘍細胞の10%以上の細胞が染色されている検体を陽性例と判定した。

IV.培養細胞の二重染色FCM測定法

 上記3種類の細胞株にBLを作用させ、0日目の1検体を対照とし、他を5検体ずつの3セットとし、1日目・3日目・5日目とした。各セットの5検体は、MTT法と同様の濃度別とし、それぞれ1日・3日・5日間培養を続け、FCM二重蛍光測定を行った。3種類の細胞株につき3回ずつ実験を行った。

c実験結果I.核蛋白量測定:a)サイトグラムのパターン分類:

 DNAヒストグラムの変異係数(CV)は5%から12%であり、全検体が評価可能であった。PI-FITCサイトダラムのパターンを検討し、G0/G1ピークの核蛋白量の分布が特徴的で4型に分類することができた。主に正常前立腺でみられるパターンは、ほとんど全ての核が一定以下の核蛋白量を示し、単純型と分類した。増殖性疾患である前立腺肥大症と前立腺癌では、単純型と同じ蛋白量の核に加えて、蛋白量の増加した核の存在がみられ、複雑型と分類した。更に増加した核蛋白量の分布パターンから、複雑型を中間型・広汎型・二峰型に細分することができた。

b)前立腺手術検体の核蛋白量分布:

 正常前立腺10検体の核蛋白量の分布パターンは単純型9、中間型1で、前立腺肥大症11例では単純型4、中間型7であった。前立腺癌41例では、単純型10、中間型8、広汎型16、および二峰型7であった。前立腺癌において単純型・中間型・広汎型・二峰型で実測生存率をみたが、これら4型の間には有意差を認めなかった。

 G0/G1ピークにおいて核蛋白量の増加した細胞数の比率を、前立腺癌と正常前立腺と前立腺肥大症で比較したところ、前立腺癌で有意に増加を認めた(何れもp<0.05)。

II.培養細胞株および形態学的観察:

 始めに形態学的観察を行うためパパニコロー染色を施行し、核の大型化、核分裂像の減少、多核細胞の出現頻度の増加を認めた。MTT法ではBLO、35Mでは有意な細胞増殖抑制が見られず、70Mで抑制が見られた。DU145およびPC-3では有意な抑制であったが、LNCaPでは不十分な抑制であった。100Mでは何れも強い細胞増殖抑制が見られた。今回のBLの濃度で最も効果的と考えられる70Mにおける細胞増殖抑制効果をみると、DU145・PC-3の順に強く、LNCaPでは0M・35Mと大きな差は認めなかった。

III.DNAプロイディ分析と細胞周期解析:

 BLの添加によりG2/M期の細胞数の割合(%G2/M)が、明瞭に増加することが3種の細胞株に認められた。何れの細胞株でも濃度依存的に%G2/Mの増加が見られ、DU145およびPC-3では70M以上で、LNCaPでは、一日目を除いて100Mで有意な増加が確認された。BL70Mおよび100MでG2/Mピークの2倍のDNA量を持つ第三ピークの出現が見られた。細胞株では特にDU145およびPC-3で明らかであった。%G2/Mの上昇と第三ピークの出現を併せ見ると、お互いに良く似た変動を示していることが認められた。

IVcyclin Dサブタイプの免疫組織化学的検討:

 検討した22例中cyclin D1、7例(31.8%)、cyclin D2、19例(86.4%)、cyclin D3、5例(22.7)%で、陽性所見が得られた。cyclin D2は前立腺癌においてcyclin D1、D3より多く発現する傾向が見られた(D2 vs D1:P=0.049、D2 vs D3:P=0.017)。

V.培養細胞の二重染色FCM測定法

 検討した各種cyclinの中で、cyclin B1の発現が顕著であった。cyclin D2およびcyclin Aの検討では、特にcyclin D2においてG0/G1期及びG2/M期で陽性細胞を認めたが、BLの添加による有意な変動は明瞭ではなかった。cyclin Eでは対照およびBL添加の何れにも陽性細胞の出現を認めなかった。G0/G1期にはcyclin B1の増加は見られなかった。FITC単染色の蛍光顕微鏡写真でcyclin B1陽性細胞を確認することができた。

d考察

 これまでにBLは培養細胞においてH1ヒストンのリン酸化を阻害しクロマチンの脱重合を促進し、細胞周期のG2期からM期への移行を抑制することは報告されている。しかし,BL添加によりサイクリンB陽性細胞が誘導されたという報告はない.サイクリンBが陽性になる機構として、通常の状態ではCdc2キナーゼ活性がある閾値を超えるとcyclin Bが分解され酵素活性は急速に消失することから、分解が抑制されるためと考えられる。BLにより、多核細胞が誘導されたという報告はない。これまでにprotein kinase inhibitorであるK-252aにより、4C以上の核が誘導されたとUsuiらの報告がある。K-252aはprotein kinaseの中でPKC・A kinase・MAP kinase・Cdc2 kinaseを同程度阻害するため4C以上のDNAの誘発がどのprotein kinaseの阻害に起因するか不明であった。それに対し、BLはCDK selective inhibitorであるので、本研究により4C以上のDNAの誘導はprotein kinaseの中でCDKを阻害したためであるということが強く示唆された。通常の細胞周期ではDNA複製を終了したG2期の核は次のM期に入るまでDNA複製を開始しない分子機構(DNA再複製ブロック)を有していると考えられるので、BLによってこの機構が解除されたことになる。

e結語

 (1)手術検体の検討から正常前立腺に比して前立腺肥大症・前立腺癌ではG0/G1期の核蛋白量の増加が見られたが、増殖している細胞が多いためと考えられた。

 (2)ヒト前立腺癌培養細胞株の検討では、BLの作用により著明なG2/M期の上昇、及び第三ピークの出現が見られた。

 (3)BLの添加によりG2/M期にcyclin B1の発現を認めた。BLによりCdc2キナーゼ活性が阻害されるため、cyclin Bが分解されずに蓄積するものと考えられた。

 (4)BLは選択的CDK阻害物質であるので、本研究により第三ピークの誘導は、protein kinaseの中でCDKの阻害によることが初めて明らかにされた。

審査要旨

 本研究は真核細胞細胞周期過程において重要な役割を演じていると考えられてサイクリンとサイクリン依存キナーゼ(CDK)の働きを明らかにするため、CDK阻害物質Butyrolactone I(以下BL)を3種類の非同期化ヒト前立腺癌培養細胞株に作用させ、DNAプロイディ分析による細胞周期解析および二重蛍光測定による細胞周期特異的な各種サイクリンの発現レベルの解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.手術検体の検討から正常前立腺に比して前立腺肥大症・前立腺癌ではG0/G1期の核蛋白量の増加が見られたが、増殖している細胞が多いためと考えられた。

 2.ヒト前立腺癌培養細胞株の検討では、BLの作用により著明なG2/M期の上昇、及び第三ピークの出現が見られた。

 3.BLの添加によりG2/M期にcyclin B1の発現を認めた。BLによりCdc2キナーゼ活性が阻害されるため、cyclin Bが分解されずに蓄積するものと考えられた。

 4.BLは選択的CDK阻害物質であるので、本研究により第三ピークの誘導は、protein kinaseの中でCDKの阻害によることが初めて明らかにされた。

 以上、本論文はCDK阻害物質BLを用いて、細胞周期解析および二重蛍光測定による細胞周期特異的な各種サイクリンの発現レベルの解析から、BLによるcyclin B1の発現と第三ピークの誘導を明らかにした。BLは選択的CDK阻害物質であるので、本研究により第三ピークの誘導は、protein kinaseの中でCDKの阻害によることが初めて明らかにされた。本研究は真核細胞細胞周期の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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