本研究は細胞増殖に深いかかわりを示すポリアミンに関し、新たな測定系の開発により正確に尿中分画を測定することが可能になった。この測定系を用い、泌尿器科領域の患者尿を測定し下記の結果を得た。 1.この測定を通じて、ジアセチルスペルミジン、ジアセチルスペルミンが、微量ながら健常者尿中に常に存在することが明らかになった。ジアセチル体の排泄量は、健常者では限られた範囲内に厳密にコントロールされており、また、その排泄量の変動は従来知られていたポリアミンのどの成分よりも、悪性腫瘍との関連が深いと考えられた。 2.良性及び悪性の種々の疾患について検討した結果、従来より腫瘍マーカーとしての可能性が検討されてきたN1アセチルスペルミジンおよびN8アセチルスペルミジンは、腫瘍マーカーとして位置づけられる可能性は低いと結論された。 3.ジアセチルポリアミンと悪性腫瘍との関連およびその臨床的意義に関して以下の事実が明らかになった。 a)診断的意義 ジアセチル体両者の測定値を併用することにより、健常者と悪性腫瘍患者を相互に明確に識別できることが明らかになった。良性疾患患者、悪性疾患患者とも約1/3はジアセチル体のいずれか一方が基準値(健常者の平均値+2SD)を超える疑陽性者であったが、健常者の測定値の分布が基準値内に限局されているため、これらの疑陽性者は、何らかの疾患を有するものとして精査の対象とする必要があると考えられる。ジアセチル体の両者が基準値を超える場合には、特に、悪性疾患を念頭においた検査が必要であると考えられる。これらの事実から、ジアセチル体が診断の補助として有用である可能性が強く示唆された。 b)治療効果の早期判定への応用 化学療法の過程を詳細に観察する機会を得た精巣腫瘍の症例において、尿中ジアセチル体値は、数日以内に迅速に低下し、定常的なレベルに到達した。このレベルは安定であり、かつ、その後半年にわたり徐々に縮小して行く腫瘍の最終的な様相を反映するものであった。このような迅速かつ著明な応答は、治療効果を早期に判定するための指標として、ジアセチル体値の変動が抗癌剤の選択の可否を判断する際の重要な補助手段となる可能性を示唆している。 c)予後判定の基準としての有用性 前立腺腫瘍、精巣腫瘍の治療経過における観察から、治療開始時に尿中ジアセチル体値が高値を示し、治療後に正常化する症例は、良好な長期予後を期待することができるが、それに対して、寛解と判断されてもなお正常値に復さない例は予後不良を予測すべきであることが示唆された。このような場合には、追加療法を含めた厳重な経過観察が必要であると考えられる。一方、寛解を継続中の症例については、ジアセチル体の一方が一時的に上昇する症例も認められるが、次第に正常値に復する傾向にあり、長期経過観察中にジアセチル体値が持続的に上昇を示した場合においては、腫瘍の再燃、重複癌などを考慮に入れた、精査および慎重な経過観察が必要である。 以上、本論文は今まで知られていなかった尿中ポリアミンのジアセチル体を正確に測定することにより、尿路悪性疾患と尿中ジアセチル体との関連を明らかにした。本研究は今まで未知に等しかった、ポリアミンのジアセチル体と悪性疾患との関係に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |