<目的> 婦人科疾患に対する臨床診断は、超音波断層法、CT、MRIなどの画像診断法の発展に伴い、近年急速に進歩してきた。これらの画像診断法は、いずれも検者の経験や読影能力に依存しており、診断精度に関しては、検者間、施設間に大きな差が存在する。そこで、より客観的な指標を用いた画像診断法の開発が急がれている。現在産婦人科臨床で最も汎用されている超音波診断においては、基本的にはBモード画像での内部エコーの性状や、後方エコーなどの特徴を読影することによって、主観的な診断が行われているのが実状である。したがって、他の画像診断に比し客観性に乏しく、超音波診断における客観的な指標の開発が急がれている。 超音波を用いた客観的な指標に基づいた診断法を超音波tissue characterizationと呼ぶ。超音波tissue characterizationに関する研究としては、現在まで音速、減衰、非線形パラメータなどを利用する様々な方法が考案されてきたが、未だ臨床的に実用価値が認められているものは少ない。われわれは組織の「かたさ」に近い情報を表現できる方法として加振映像法に注目し、その臨床応用について研究を行った。 生体組織の表面から低周波振動を加えたときの振動の伝搬速度や減衰係数は、ずれ弾性定数やずれ粘性定数などによって決まり、生体組織の性状と深く関係していることが知られており、その伝搬速度は、組織のかたさに関連した情報を表わすとされている。本研究では、加振映像法と呼ばれる、低周波加振による軟部組織内振動分布の映像法によって、組織の「かたさ」に関連した、臨床医に理解しやすい物理量を利用して、通常の超音波断層法では得られない組織性状に関する情報が得られることに着目し、これによってBモード画像に付加的な情報を与えうるかを検討した。対象として子宮筋腫,子宮腺筋症,及び正常の子宮を用い、それらの鑑別に本法が利用できるかどうかを検討するため、以下の研究を行った。 1)In vitroにおいて摘出子宮の振動伝搬速度と病理診断との関係を検討した。 2)In vivoにおいて子宮の各種病変における低周波振動の伝搬速度と病理診断との関係を検討した。 3)本法の信頼性を確認する目的で、レーザーを用いて振動の伝搬速度を実測し、これと超音波による測定結果との比較を行った。 <対象及び方法> 1)超音波加振映像法においては、対象に加えた低周波振動は、生体内では主として加振に対して横方向におこるので、加振方向から垂直に近い方向に超音波探触子を設置すれば、発振した超音波は組織の振動によりドプラ効果を受ける。その大きさから、各点における振動伝搬の位相を計測し、組織断面の位相画像を作成した。低周波振動の位相がわかれば、その波長が計算できるため、そこから振動伝搬速度を計算した。 2)In vitro系の対象は子宮筋腫または子宮腺筋症の臨床診断で子宮全摘除術を受けた8つの子宮、及び筋腫核出術を受けた2つの筋腫核の計10標本である。低周波振動の伝搬速度の計算法は、1)と同様であるが、位相マップ上ノイズが少なく一様に振動が伝搬していると思われる部分を抽出して速度を計測した。In vitro系では、このように位相画像上比較的均一な伝搬速度を有している部分をサンプリングエリアとして各症例それぞれ10数エリアを選び、その部位における振動の伝搬速度を、同一位相のライン間の距離と加振周波数から計算した。各点における振動伝搬速度を疾患ごとに総合し、検討した。 3)In vivo系の対象は子宮摘出手術または筋腫核出手術を予定した37症例であった。その内訳は子宮筋腫27例、子宮腺筋症5例、上皮内癌1例、子宮体癌la 期1例、正常子宮(卵巣腫瘍)3例であった。上皮内癌及び子宮体癌の症例はそれぞれ早期であり、病変部がきわめてわずかであったので主に正常筋層部の振動伝搬速度を計測したことになり、本研究では正常子宮として取り扱った。加振は経膣的に行い、位相検出用の超音波探触子は腹壁にに固定し低周波振動の組織内伝搬速度を計算した。それぞれの子宮や子宮病変における振動の伝搬速度をより客観的に計測するために振動伝搬速度マップの作成を行った。まず、振動の伝搬方向を決定し、その方向を中心に隣接する3方向での平均位相変化を求め、その傾きから振動の伝搬速度を計算した。In vivo系では症例毎に子宮または子宮病変の振動伝搬速度を算出し、これを比較検討した。 4)レーザー計測系はサンプルの表面に柔らかいアルミ箔の反射板を接触させ、そこにレーザーを当て、反射してきたレーザー光を検出することにより、表面の振動を計測した。上方から加えられた低周波振動が伝搬されて反射板上に現れた横波の位相と、加えられた元の振動の位相の両者を同一のオシロスコープ上に表示し、両者の位相差と加振板から計測点までの距離を用い振動の伝搬速度を計算した。レーザー計測により、低周波振動の伝搬の様子が細かく実測できるため、加振映像法による計測値と比較することにより加振映像法の精度を検証した。この系の対象として、寒天ファントムと、摘出された子宮2標本を用いた。 <結果> 1)In vitro系の計測では、子宮腺筋症および子宮筋腫の振動伝搬速度はそれぞれ727±272cm/s.(mean±SD)、1195±800cm/s.であり、子宮筋腫における振動の伝搬速度は腺筋症に比べて有意に速かった。筋腫の中でも病理学的に硝子化を認めたものでは、振動の伝搬速度は1744±960cm/s.とさらに速く、一方、液状変性を認めた筋腫での速度は1046±397cm/s.と遅かった。 2)In vivo系では子宮筋腫全症例の振動伝搬速度は1202±439cm/s.(mean±SD)であり、子宮腺筋症908±322cm/s.、正常筋層526±159cm/s.に比し高値であり、子宮筋腫と正常子宮との間に統計学的有意差を認めた。 3)寒天ファントムの超音波による計測値とレーザー法による実測振動伝搬速度とはそれぞれ738cm/s.、677cm/s.であった。子宮筋腫2例の振動伝搬速度は1例は超音波による計測で1487cm/s.、レーザー計測で1405cm/s.であり、別の1例は、超音波による計測1033cm/s.に対しレーザーでは733cm/s.と計算され、超音波での計測の方がやや高い値となった。 <考察> In vitro系では、子宮筋腫における振動伝搬速度が子宮腺筋症におけるそれより速いことが判明した。このことは、一般的に触診において子宮筋腫が腺筋症に比べてかたいという臨床経験と合致していた。また、硝子様変性を認める筋腫はさらにかたく、液状変性をきたした筋腫は変性のない筋腫に比べやわらかいという触診所見とも合致した。触診による「かたさ」の所見は主観的なものであるが、本法によってそれをある程度客観化することの可能性が示されたといえる。 In vivo系では、すべての対象で経膣的に振動を加え腹壁から計測することが可能であり、しかもその結果は、in vitroの結果と比較して大きな相違はなく、in vivoにおいても信頼できる値が得られたものと思われる。子宮筋腫と子宮腺筋症の鑑別は、現在のところ他の画像診断法によっても容易ではなく、その意味でも本法の実用化は臨床的価値が高いと考えられる。 レーザー計測との比較では、変性のない筋腫では超音波による計測値とレーザーによる計測値とがきわめて近似していたが、柔らかい変性筋腫ではやや異なる値が得られた。これは、変性のない筋腫では組織の均質性が比較的高いのに対し、柔らかい筋腫では液状変性により組織が不均質になるため部位によって振動伝搬速度が異なっており、レーザー計測では、広い範囲の平均値をとっているので狭い範囲の速度を計測する加振映像法の値とは差が生じたものと考えられる。 今回の結果は、本法の臨床応用の可能性を支持するものと考えられるが、症例ごとに分析してみると、in vivo計測では計測結果が触診によるかたさと合致していなかった症例も存在した。この原因としては、触診によるかたさの所見が主観的であること、及び一部では振動伝搬速度の計測精度にも問題があった。すなわち生体の微動の影響や、解剖学的位置関係などから振動の伝搬が不十分な症例のあったことなどが考えられ、今後、noiseの除去、測定時間の短縮、確実な加振の方法などを工夫することによって計測精度を高めてゆきたい。 本研究により加振映像法で計測した振動伝搬速度の違いから、摘出標本を用いたIn vitro計測で、子宮筋腫と子宮腺筋症を、鑑別診断できる可能性を示し、またIn vivo計測においても、硬さに関連した新しい情報を提供できることがわかり、通常のBモードに付加的な価値を加えられる可能性が示唆された。 |