学位論文要旨



No 213399
著者(漢字) 原,直範
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ナオノリ
標題(和) 妊娠中毒症胎盤におけるinterleukin-2(IL-2)及びhuman leukocyte antigen G(HLA-G)の発現に関する免疫組織化学的研究
標題(洋) Immunohistochemical study of the expression of interleukin-2(IL-2)and human leukocyte antigen G(HLA-G)in placental tissues associated with preeclampsia
報告番号 213399
報告番号 乙13399
学位授与日 1997.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13399号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 講師 岩田,力
内容要旨

 近年、妊娠現象においてイムノトロピズムという概念が提唱されている.これは胎盤において母体免疫細胞がトロホブラストを認識し、胎盤局所におけるサイトカインネットワークを形成し、正常な胎盤形成を促し妊娠を維持するという概念である.このサイトカインネットワークの失調が妊娠中毒症等の異常妊娠の病因に関与していると考えられている.本研究の対象である妊娠中毒症は未だその病因は解明されていないが、サイトカインに関して、母体血液中のIL-2濃度の上昇が報告されており、妊娠中毒症の病態に母児間の活性化した免疫状態が関与していると考えられている.IL-2は、正常妊娠の胎盤脱落膜組織には確認されていないが、脱落膜組織に存在する大顆粒リンパ球(Large granular lymphocyte:LGL)細胞はIL-2添加によりそのNK活性が増強され、トロホブラストに対する細胞傷害活性を獲得することが報告されており、妊娠中毒症の胎盤脱落膜組織にIL-2が存在するかは興味のあることである.また母児間の免疫応答に関して注目されていることに、ヒト白血球抗原-G(Human leukocyte antigen-G:HLA-G)がある.HLA-Gは主に絨毛外サイトトロホブラストに発現しているが、トロホブラストをLGL細胞から保護する作用があることが報告されており、妊娠維持に重要な働きを持つとされている.そのHLA-Gの絨毛外サイトトロホブラストにおける発現異常が妊娠中毒症に認められるかも興味のあることである.以上より妊娠中毒症の病因に、IL-2とHLA-Gを介した免疫学的な異常が関与している可能性を考え、妊娠中毒症例の胎盤脱落膜組織におけるIL-2の有無及び絨毛外サイトトロホブラストにおけるHLA-Gの発現異常の有無を免疫組織化学染色により検討した.

 本研究の対象は、1994年1月から1995年6月までの間に東京大学医学部附属病院で分娩あるいは帝王切開になった正常妊娠例14例及び妊娠中毒症例6例で、妊娠中毒症例は日本産科婦人科学会の妊娠中毒症診断基準による重症高血圧(収縮期血圧160mmHg以上もしくは拡張期血圧110mmHg以上)を有するものを選択した.選択した症例はいずれも子宮内感染、前期破水及び胎児異常を認めないものとした.子宮内感染は、分娩時の母体の体温及び血液中CRPの測定による臨床的兆候と、胎盤の病理組織学的検索による絨毛膜羊膜炎の有無により診断した.

 免疫組織化学染色に用いた胎盤組織は、分娩あるいは帝王切開術直後の胎盤から採取し、速やかに凍結保存までの処理を行った.始めに胎盤の母体面から肉眼的に梗塞を認めない3個ないし4個の胎盤葉を選択し、その胎盤葉から胎盤の母体面を含むような胎盤組織塊を切りだした.次に、採取した胎盤組織塊から母体面を含むように2mm角の小さな組織片を切りだし、それをコンパウンドに沈め、液体窒素に沈め急速凍結した.凍結した組織片は免疫組織化学染色に使用するまで液体窒素内にて保存した.

 免疫組織化学染色はLabeled Streptavidin Biotin(LSAB)法を用いた.始めに凍結組織をクリオスタットで薄切し、厚さ6mの新鮮凍結切片を作成した.次に組織の形態学的な変化を防ぐためまず切片を室温で風乾し、その後アセトンで固定した.新鮮凍結切片内の内因性ペルオキシダーゼ活性、2次抗体による非特異的染色及び切片内の内因性ビオチン活性の各阻止処理を順次施行し、次に1次抗体と反応させた.1次抗体には抗ヒトIL-2マウスモノクロナール抗体、抗ヒトHLA-Gマウスモノクロナール抗体(87G)及び脱落膜組織内の絨毛外サイトトロホブラストを標識するために抗ヒトサイトケラチンマウスモノクロナール抗体(CAM5.2)を用い、4℃で18時間反応させた.対照試験として各1次抗体と同じサブクラスのマウスモノクロナールIgG(IgG1、IgG2a及びIgG2b)を各々1次抗体と同じ濃度で1次抗体の代りに反応させた.また1次抗体の代りに緩衝液を用いた対照試験も行った.1次抗体の反応後、2次抗体としてビオチン標識抗マウスイムノグロブリンウサギ抗体を反応させ、ひき続きペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを反応させ抗原抗体反応を行った.最後にジアミノベンチジンでペルオキシダーゼ発色反応を行い、ヘマトキシリンによる核染色を行った.染色の対象としたHLA-Gは脱落膜組織内の絨毛外サイトトロホブラストに存在するが、絨毛外サイトトロホブラストを脱落膜組織内の間質細胞と形態学的に識別することは困難であるとされている.そこで絨毛外サイトトロホブラストを脱落膜組織内で識別するために、絨毛外サイトトロホブラストを含むすべてのトロホブラストには存在するが脱落膜間質細胞には存在しないサイトケラチンに注目し、サイトケラチンに対する抗体(CAM5.2)を1次抗体に使用した.また、使用した切片はIL-2、HLA-G及びサイトケラチン各々の染色の関連性を調べるために連続切片を使用した.

 免疫組織化学染色の結果、正常妊娠例及び妊娠中毒症例胎盤の両方の脱落膜組織中に認められる大型で細胞質が豊富な細胞が、抗ヒトサイトケラチン抗体により明瞭に染色され、絨毛外サイトトロホブラストであることが証明された.IL-2の免疫活性は、正常妊娠例胎盤の脱落膜組織ではほとんど認められなかったが、妊娠中毒症例胎盤では6例中5例で、抗ヒトサイトケラチン抗体により識別された絨毛外サイトトロホブラストに存在していた.またHLA-Gの免疫活性は、検索した正常妊娠例胎盤の7例全例で絨毛外サイトトロホブラストにほぼ均一に認められ、絨毛外サイトトロホブラスト1000個中の陽性細胞数は平均928個であったが、検索した妊娠中毒症例胎盤5例全例においては絨毛外サイトトロホブラストにおけるHLA-G免疫活性は島状の欠失が認められ、絨毛外サイトトロホブラスト1000個中の陽性細胞数は平均353個のみであった.以上の如くIL-2とHLA-Gの発現には妊娠中毒症群と正常妊娠群間で明らかな差を認めた.

 絨毛外サイトトロホブラストにIL-2が存在したことは、脱落膜組織中のLGL細胞のNK活性が増強され、それにより絨毛外サイトトロホブラストの傷害が起きている可能性があることを示している.また絨毛外サイトトロホブラストにおけるHLA-Gの発現が減弱していたことは、脱落膜組織中のLGL細胞による細胞傷害活性に対する抵抗性が弱いことを意味し、絨毛外サイトトロホブラストがLGL細胞からの傷害を受けやすい状態にあることを示している.妊娠中毒症の病因を考えるうえで、その胎盤における特徴的な病理学的所見との関連性を考慮することが必要である.正常妊娠においては、付着絨毛から脱落膜組織に侵入した絨毛外サイトトロホブラストは子宮螺旋動脈壁へも侵入し、その内皮細胞をトロホブラストとフィブリンを有する基質に置換する.その結果子宮螺旋動脈内腔の拡張を引き起こし、交通する絨毛間腔の母体血液による十分な灌流が起こるとされている.しかし妊娠中毒症では、絨毛外サイトトロホブラストの脱落膜組織への侵入不全が認められる.そのため子宮螺旋動脈壁への侵入も制限され子宮螺旋動脈内腔の拡張が起こらず、その結果絨毛間腔の灌流不全が起こるとされている.最近はこの子宮螺旋動脈内腔の拡張障害による絨毛間腔の灌流不全が妊娠中毒症の病態の中心と考えられている.絨毛外サイトトロホブラストにおけるIL-2の存在とHLA-Gの発現の減弱は、共に絨毛外サイトトロホブラストが脱落膜LGL細胞に傷害されやすいことを示唆し、こうしたことが妊娠中毒症例胎盤の脱落膜組織における絨毛外サイトトロホブラストの侵入不全の原因となり、子宮螺旋動脈内腔の拡張障害が起こり妊娠中毒症の病態が誘導されるのではないかと考えられる.

 以上、本研究により胎盤脱落膜組織とトロホブラストにおける母児間の免疫学的な異常が、妊娠中毒症の病因に関与していることが示唆された.

審査要旨

 本研究は、妊娠中毒症の発症に関与していると考えられる胎盤脱落膜組織における母児間の免疫反応の異常を明らかにするため、正常妊娠例と妊娠中毒症例の胎盤脱落膜組織におけるinterleukin-2(IL-2)の有無及びhuman leukocyte antigen G(HLA-G)の発現異常の有無を免疫組織化学染色法を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている.

 1.胎盤脱落膜組織を抗ヒトサイトケラチン抗体により染色したところ、正常妊娠例及び妊娠中毒症例胎盤の両方で脱落膜組織中に認められる大型で細胞質が豊富な細胞が染色され、絨毛外サイトトロホブラストである事が示された.

 2.胎盤脱落膜組織を抗ヒトIL-2抗体により染色したところ、IL-2の免疫活性は正常妊娠例胎盤の脱落膜組織ではほとんど認められなかった.妊娠中毒症例胎盤では抗ヒトサイトケラチン抗体により識別された絨毛外サイトトロホブラストの細胞質に免疫活性が存在している事が示され、IL-2の発現率に正常妊娠群と妊娠中毒症群間で明らかな差がある事が示された.

 3.胎盤脱落膜組織を抗ヒトHLA-G抗体により染色したところ、HLA-Gの免疫活性は正常妊娠例胎盤では絨毛外サイトトロホブラストにほぼ均一に認められ、絨毛外サイトトロホブラスト1000個中の陽性細胞数は平均928個であることが示された.妊娠中毒症例胎盤では絨毛外サイトトロホブラストにおけるHLA-G免疫活性の島状の欠失が認められ、絨毛外サイトトロホブラスト1000個中の陽性細胞数は平均353個であることが示された.HLA-Gの発現細胞数に正常妊娠群と妊娠中毒症群間で明らかな差がある事が示された.

 以上、本論文は胎盤脱落膜組織におけるIL-2及びHLA-Gの免疫組織化学染色により、妊娠中毒症例胎盤の絨毛外サイトトロホブラストに正常妊娠では認められないIL-2が存在した事と、妊娠中毒症例胎盤おいてHLA-Gを発現している絨毛外サイトトロホブラストの数が減少している事を明らかにした.本研究は妊娠中毒症の病態に胎盤局所におけるIL-2及びHLA-Gを介した免疫学的な異常が関与している事を示唆し、これまで明らかでなかった妊娠中毒症の病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54029