学位論文要旨



No 213400
著者(漢字) 佐々木,礼子
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,レイコ
標題(和) マウスにおけるスギ花粉主要アレルゲン特異IgEおよびIgG産生に関する検討
標題(洋)
報告番号 213400
報告番号 乙13400
学位授与日 1997.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13400号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 講師 岩田,力
内容要旨

 スギ花粉症はスギ花粉中の蛋白をアレルゲンとしたI型アレルギー反応による疾患である。わが国の20〜30代の成人において、スギ花粉特異IgE抗体陽性率は30%前後に達し、スギ花粉症の発病率も10%ほどと推定されている。スギ花粉症はわが国では、最も重要なアレルギー疾患の1つである。

 スギ花粉症における研究は、この数年間に飛躍的に進んできた。しかしいまだに根治療法は、確立していない。本研究において、スギ花粉主要アレルゲンと生体との反応を検討することを目的として、マウスにおけるスギ特異的IgEの産生に関して基礎的研究を行った。

1)コレラトキシンBサブユニットをアジュバントとして、スギ花粉主要アレルゲンを経鼻投与されたマウスにおけるIgE抗体の産生

 IgE-capture Enzyme Linked Immunosorbent Assay(ELISA)法を用いて、スギ花粉主要アレルゲンで感作したマウスにおける抗原特異的IgE抗体を測定し、Passive Cutaneous Anaphylaxis法(PCA)と比較した。また、コレラトキシンBサブユニット(CTB)と微量のコレラトキシン(CT)をアジュバントとして、より自然に近い感作状態である経鼻投与によってCry j1、Cry j2を、マウスに免疫し、そのマウスにおけるスギ主要アレルゲン特異的IgE抗体とIgG抗体を、ELISA法で測定した。さらに抗原特異的リンパ球増殖反応を、マウスの顎下リンパ節細胞を用いて測定した。

研究方法

 6〜8週令の雌のBDF1マウスに、Cry j1、Cry j2を各々1gとCT5ng、CTB5gを10日毎に9回、鼻腔内に投与した。対照としてCry j1、Cry j2を1gをPBSに溶解し同様に投与した。感作10日後より10日毎に採血し、血清を得た。

スギ主要アレルゲン特異IgE抗体の測定

 スギ主要アレルゲン特異IgE抗体の測定はIgE-Capture ELISA法で測定した。モノクローナル抗マウスIgE抗体を固相化し、マウス血清を反応させた後、ビオチン標識スギ花粉主要アレルゲン(Cry j1またはCry j2)を反応させ、-galactosidase標識streptavidinを反応させた。つぎに、酵素反応の基質として、4-methylumbelliferil(MU)--D-galactoside溶液を加え、反応後、0.1MGlycine-NaOHで反応を停止させた。反応産物4-methylumbelliferonの蛍光強度を測定した。結果はPCA抗体価としてELISAユニットであらわした。

スギ花粉特異的IgG抗体の測定

 Cry j1,Cry j2特異的IgG抗体は、間接法ELISAを用いて測定した。

所属リンパ節細胞の抗原特異的増殖反応の測定

 感作したマウスの顎下リンパ節細胞を採取し、スギ主要アレルゲンを抗原として、抗原刺激を行った。

結果

 Cry j1およびCry j2で免疫したマウスの血清中のCry j1とCry j2特異的IgE抗体値を、IgE-capture ELISA法とPCA法を用いて比較したところ、Cry j1およびCry j2特異的IgE抗体値はどちらも有意に相関を認めた。

CTBをアジュバントとしたスギ主要アレルゲンによる感作

 CTBをアジュバントとして感作したマウスにおける抗Cry j2IgEおよびIgG抗体は、高い抗体応答を示した。アジュバントを用いなかったマウスの抗Cry j1およびCry j2IgE抗体産生は、全く認められなかった。

所属リンパ節細胞の抗原特異的増殖反応の測定

 Cry j2で刺激したリンパ節細胞の増殖が著しく認められた。

2)スギ主要アレルゲンCry j1で免疫したマウスで産生されたIgEおよびIgG抗体の認識するCry j1エピトープの解析

 Cry j1をマウスに腹腔内投与し、得られたマウスのCry j1特異的IgEとIgGが認識するB細胞エピトープの解析を、モノクローナル抗体を用いたELISA Inhibition法により行った。

研究方法

 6〜8週令の雌のBalb/cマウスにCry j1と水酸化アルミニウムゲル(Alum)を腹腔内に投与した。感作6回目の2週間後に、血清を得た。血清は、IgE-capture ELISA法でスギ花粉特異的IgE抗体を、間接法ELISA法でスギ花粉IgG抗体を測定し、その抗体価が上昇した血清を用いて以下の実験を行った。

IgE-B細胞エピトープの解析

 Cry j1を感作したマウスの血清より、ProteinAおよびProteinGを用いてマウスIgGを除いた後に実験に用いた。抗原決定基の異なる5種類の抗Cry j1モノクローナル抗体(EP-1〜EP-5)を用いて、マウス血清中の抗Cry j1IgE抗体とCry j1に対する結合を阻止することによりエピトープを解析した。

IgG-B細胞エピトープの解析

 Cry j1を感作したマウスの血清より、ProteinAによりIgGを精製して用いた。IgG-B細胞エピトープは、精製したマウス血清中の抗Cry j1IgGが、抗Cry j1モノクローナル抗体とCry j1との結合を阻害することによりエピトープを求めた。

結果IgE-B細胞エピトープの解析(図1)

 IgE-B細胞エピトープの解析には、スギ花粉特異的IgE抗体が、1,810PCAユニットに上昇した血清を用いた。マウスのスギ花粉特異的IgE抗体とCry j1との結合を、EP-1、EP-4、EP-5の抗Cry j1モノクローナル抗体が阻止した。これにより、Cry j1を感作したマウスの抗Cry j1IgEはスギ花粉アレルゲンCry j1のEP-1、EP-4、EP-5を認識していることがわかった。

IgG-B細胞エピトープの解析(図2)

 IgG-B細胞エピトープの解析には、スギ花粉特異的IgG抗体が、51,500ユニットに上昇した血清を用いた。EP-1、EP-4、EP-5の抗Cry j1モノクローナル抗体とCry j1の結合が、マウス抗Cry j1IgGによって強く阻止された。このことより、Cry j1を感作したマウスの抗Cry j1IgGも抗Cry j1IgEと同様に、EP-1、EP-4、EP-5を強く認識していることがわかった。また抗Cry j1IgGはEP-2、3も弱く認識し、幅広いエピトープを認識することがわかった。

図1.モノクローナル抗体を用いたマウスIgE-B細胞エピトープの解析図2.モノクローナル抗体を用いたマウスIgG-B細胞エピトープの解析
考察

 いままでに作られてきた動物モデルは、水酸化アルミニウムゲルなど、強力なアジュバントを用いて、抗原を腹腔内投与することにより、抗原特異的IgE抗体を産生させた。しかし、アジュバントとが強力なため、スギ花粉症治療実験モデルとしては不適当だったかもしれない。本章においては、CTBとCTをアジュバントとして、自然に近い感作方法であるマウスの鼻腔内にスギ花粉主要アレルゲンを投与することによって、スギ花粉主要アレルゲン特異的IgE抗体を産生することができた。この動物モデルは、スギ花粉症治療を目的とした研究の初期段階においての治療効果を判定することに有用であると考えられる。今回作製したスギ花粉症の動物モデルは、ヒトと同様の症状を作り出すことはできなかったが、所属リンパ節細胞の抗原特異的増殖能が認められ、抗原特異的IgE抗体を産生することができた。

 アレルゲンのB細胞エピトープを解析することは、アレルゲンに対する免疫反応を制御することを目的とした、免疫反応の機序の理解において、大変重要であると考えられる。スギ花粉主要アレルゲンにおいては、IgEやIgGは同じようなエピトープを認識し、IgEやIgGを産生していることが推測される。またヒトやサルと同様に、EP-1を認識していた。

審査要旨

 本研究は、スギ花粉主要アレルゲンと生体との反応を検討することを目的として、マウスにおけるスギ特異的IgEとIgGの産生に関して基礎的研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.Cry j1およびCry j2で免疫したマウスの血清中のCry j1とCry j2特異的IgE抗体値を、IgE-capture Enzyme Linked Immunosorbent Assay(ELISA)法 とPassive Cutaneous Anaphylaxis法(PCA)法を用いて比較したところ、Cry j1およびCry j2特異的IgE抗体値はどちらも有意に相関を認めた。

 2.コレラトキシンBサブユニット(CTB)と微量のコレラトキシン(CT)をアジュバントとして、より自然に近い感作状態である経鼻投与によってCry j1、Cry j2を、マウスに免疫したところ、CTBをアジュバントとして感作したマウスにおける抗Cry j2IgEおよびIgG抗体は、高い抗体応答を示した。アジュバントを用いなかったマウスの抗Cry j1およびCry j2IgE抗体産生は、全く認められなかった。

 3.CTBとCTをアジュバントとして感作したマウスにおける顎下リンパ節細胞の抗原特異的増殖反応の測定を行ったところ、Cry j2で刺激したリンパ節細胞の増殖が著しく認められた。

 4.スギ主要アレルゲンCry j1を腹腔内投与したマウスで産生されたIgEの認識するCry j1エピトープの解析を、抗原決定基の異なる5種類のモノクローナル抗体(EP-1〜EP-5)を用いたELISA Inhibition法により行ったところ、Cry j1を感作したマウスの抗Cry j1IgEはスギ花粉主要アレルゲンCry j1のEP-1、EP-4、EP-5を認識していることがわかった。マウスで産生されたスギ花粉特異的IgE抗体が、ヒトやサルと同様に、EP-1を認識していたことが示された。

 5.スギ主要アレルゲンCry j1を腹腔内投与したマウスで産生されたIgGの認識するCry j1エピトープの解析を、同様のモノクローナル抗体(EP-1〜EP-5)を用いたELISA Inhibition法により行ったところ、Cry j1を感作したマウスの抗Cry j1 IgGも抗Cry j1IgEと同様に、EP-1、EP-4、EP-5を強く認識していることがわかった。また抗Cry j1IgGはEP-2、3も弱く認識し、幅広いエピトープを認識することがわかった。スギ花粉主要アレルゲンにおいては、IgEやIgGは同じようなエピトープを認識し、IgEやIgGを産生していることが推測された。

 以上、本論文はスギ花粉症治療を目的とした研究の初期段階においての治療効果を判定することに有用であると考えられる動物モデルを作製した。加えて、アレルゲンのB細胞エピトープの解析において、いままで行われていなかった、マウスのIgEとIgGが認識するエピトープを比較し、IgEやIgGは同じようなエピトープを認識し、IgEやIgGを産生していることが推測された。本研究は、これまで行われていなかった、マウスのIgEとIgGが認識するエピトープを比較することにより、アレルゲンに対する免疫反応を制御することを目的とした、免疫反応の機序の理解において、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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