本研究は、DGGE法の変法である2次元DNAタイピング法を用いて、DNA修復酵素遺伝子の一つであるhMLH1遺伝子を対象とし、遺伝子変異検索における本法の操作の標準化を試みた上で、本法の臨床応用の可能性および有用性を探ることを目的として検討されたものであり、下記の結果を得ている。 1.既に他の方法(SSCP法)によりhMLH1遺伝子の変異が明かな8症例を対象にし、これら全ての変異を検出し得る2次元DNAタイピング法の条件設定を行った。19のエクソンからなるhMLH1遺伝子の全コーディング領域を21に分割し、おのおののフラグメントをPCR法により増幅し、全てを混合して泳動した。数回の試行により全ての変異検出が可能であるゲルの組成、泳動の電圧・時間を決定し得た。本法は1回の泳動で、21の領域がおのおのスポットとして同定され、正常のパターンと比較することにより、変異の有無が容易に同定可能であるばかりでなく変異の存在部位をある程度推測することも可能であった。また繰り返しの実験により、本法は再現性においても優れた方法であることが判明した。本法はSSCP法に比べて検出率の高いDGGE法を応用しており、今回設定した条件下で8症例全ての変異を実際に検出可能であったことから検出率は2次元の展開が自動的に行えられ、その操作性は容易かつ簡便であった。 2.1で設定した条件を用いて、DNA修復酵素遺伝子異常を持つ可能性のある患者18例を対象に胚細胞または腫瘍細胞でhMLH1遺伝子の変異を検索した。患者の選定に際して、129例の散発性大腸癌のReplication error(RER)を検索し、4箇所のマイクロサテライトのうち2箇所以上でRER(+)を示す8症例を選択して症例として加えている。18例のうち4例において正常の2次元泳動パターンとは異なる泳動結果が得られた。おのおのの症例において変異の疑われる領域に対してダイレクトシークエンスを施行し、その結果、2種類の新規の変異および1種類のポリモルフィズムを同定した。 3.DNA修復酵素遺伝子の中でも特に東洋諸国において最も変異が多いと考えられるhMLH1遺伝子の変異は、現在まで約35種類の報告しかみられず、本研究において2種類の新規の変異を同定し得たことにより、本法の有用性が示された。 以上、本論文は2次元DNAタイピング法という新しい方法を用いたhMLH1遺伝子の変異検索の方法を標準化し、更に実際の症例を用いて変異を検索し、変異検出手段としての有用性を示している。方法論的見地からみるとhMLH1遺伝子に特異的な手法でなく、任意の疾患遺伝子に応用可能である。また、経済性、簡便性、鋭敏性のすべての点において、既存の変異検出手段を凌駕し得る可能性を示しており、基礎的研究はもとより臨床の場における疾患遺伝子の異常の解明に重要な貢献をなすと考えられ、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 |