本研究はマウス発生工学の手法を用いて血小板活性化因子(PAF)受容体のin vivoにおける生理学的、病態生理学的機能を解析するため、1)マウスPAF受容体遺伝子のクローニング及び諸性質の解析、2)PAF受容体過剰発現トランスジェニックマウスの作製と解析、3)PAF受容体欠損マウスの作製と解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1-1 プラークハイブリダイゼーション法によりマウスPAF受容体遺伝子をクローニングした。 1-2 蛍光in situハイブリダイゼーションと分子生物学的連鎖解析によって、マウスPAF受容体遺伝子を4番染色体のD2.2バンドの領域にマッピングした。 1-3 ノーザンブロット解析によりPAF受容体mRNAの高い発現がマウス腹腔マクロファージで確認できた。 1-4 C3H/HeNマウスのマクロファージはエンドトキシンまたは合成リピドAに反応してPAF受容体mRNAレベルが上昇した。またリポ多糖非反応性マウスであるC3H/HeJのマクロファージは、合成リピドAには全く反応しなかったがエンドトキシン中の混入物に反応してPAF受容体mRNAレベルが上昇した。 2-1 -アクチンプロモーターの制御でモルモットPAF受容体を過剰に発現するトランスジェニックマウスを作製した。 2-2 モルモットPAF受容体mRNAの過剰発現は心臓、骨格筋、気管、皮膚、眼、大動脈などで観察され、心臓や気道はPAFに過敏に反応した。 2-3 生殖能力に異常が認められた。 2-4 メサコリンに対して気道過敏性を示し、これはPAF受容体アンタゴニストで抑制された。 2-5 エンドトキシンに対する致死率の上昇を示し、これはPAF受容体アンタゴニストで抑制された。 2-6 皮膚でメラニン形成と細胞増殖に異常が観察された。また一部のトランスジェニックマウスには高齢になるとメラノサイト腫瘍が自然に現れた。 3-1 1-1で示したマウスPAF受容体遺伝子を基にPAF受容体欠損マウスを作製した。 3-2 生殖能力は正常だった。 3-3 平常時血圧は正常だった。 3-4 能動免疫後に全身アナフィラキシーを惹起したところ、アナフィラキシーショックの症状(気道収縮、肺浮腫、低血圧、致死性)が顕著に減弱していた。 3-5 エンドトキシンを投与した時のエンドトキシンショックの症状(低血圧、致死性)には異常が認められなかった。 以上、本論文はエンドトキシンが遺伝子発現の誘導を介してPAF受容体タンパク質のマクロファージ上の発現量を増加させ、それによって細胞や個体のPAFへの反応性を上昇させている機構の存在を示唆した。また新規に作製したPAF受容体トランスジェニックマウスが、気管支喘息やエンドトキシンショック、不妊症の基礎的な病態生理を研究したり、これら疾患の治療法をスクリーニングするための有用なモデルとなることを示した。さらにこのPAF受容体トランスジェニックマウスからは、皮膚組織の形態形成や細胞分裂への関与という新しいPAFの作用の示唆が得られた。PAF受容体欠損マウスの解析からは、PAFがアナフィラキシーショック時に気管支肺系や心血管系の機能不全に主要な役割果たすだけでなく致死性のメディエーターとしても機能すること、またエンドトキシンショックのメディエーターとしてPAFが必須ではないこと、が示された。本研究はPAF受容体の機能ならびにPAFと疾患との関わりを解明するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |