学位論文要旨



No 213404
著者(漢字) 砂川,洋子
著者(英字)
著者(カナ) スナガワ,ヨウコ
標題(和) 交代制勤務者の疲労と自律神経状態 : サーモグラフィよりの検討
標題(洋)
報告番号 213404
報告番号 乙13404
学位授与日 1997.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13404号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 高橋,泰子
 東京大学 助教授 多久和,陽
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨

 近年、医療の高度化、複雑化にともない、病院に勤務する看護婦の疲労や不定愁訴などの心身の健康問題が多く論じられるようになっている。特に、看護婦は交代制勤務を余儀なくされており、不規則な生活リズムが持続すると、他の生体リズムとの間に内的脱同調が生じ、その結果、心身の不調を訴えるものが多いことが報告されている。

 ところで、従来までこのような心身の健康状態の把握は、主として質問紙による方法がとられているが、最近では質問紙のみでは捉えきれない早期の異常状態などのより客観的検索方法の開発が望まれている。

 そこで、本研究では病院において交代制勤務に従事している看護婦を対象として、非接触性で血流量をよく反映するとされている赤外線サーモグラフィを自律神経機能の生理学的検査法として用い、疲労や愁訴並びに生理的指標(体温、脈拍、血圧)との関連性を検討し、以下のような結果を得た。

 1)皮膚表面温度は、顔面(眉間、鼻尖など)よりも、手掌、特に指尖部において大きな日内変動が観察され、自律神経による血流量の変化を鋭敏に捉え、かつ早期に反映することを認めた。

 2)従来より行われている血圧をパラメータとした寒冷負荷試験の判定基準を基に、皮膚表面温度の反応強度と負荷前への温度の回復時間から、I型(温度低下が小さく、負荷前温度への回復遅延が認められない)、II型(温度低下が大きく、負荷前温度への回復遅延が認められる)の2型に分類した。

 3)交代制看護婦の蓄積的疲労兆候調査では、慢性的疲労、一般的疲労感の特性群の訴え率が高くなっており、身体的側面の訴えが大きかった。自覚症状スコアは、準夜勤務後、深夜勤務後において有意に高かった。

 4)示指尖温度は、一般に31℃〜34℃の範囲にあり、日勤の勤務前後では変化がなく、準夜勤では勤務前に比べ勤務後で上昇傾向に、深夜勤では勤務前に比べ勤務後で下降傾向にあった。

 5)寒冷負荷試験反応型は、各勤務前後でI型の者は65〜85%を占め、II型は15〜35%を占めていた。特に深夜勤では、勤務前より勤務後において、交感神経緊張を示すII型が有意に増加していた。寒冷負荷試験の負荷前温度との関連を、示指尖温度が30℃以下の低温者についてみると、I型を示す者は9.3%に比べ、II型を示す者は14.8%と高い傾向にあった。

 6)示指尖温度は、血圧、脈拍、体温、CFSI、GHQとは相関性はみられず、自覚症状スコアの準夜勤勤務後で負の相関が深夜勤勤務後で正の相関がみられた。

 7)愁訴の有無別にみた寒冷負荷試験の温度変化では、深夜勤務後において愁訴ありの群が愁訴なしの群に比べて、負荷前温度への回復は有意に遅かった。

 以上のことより、示指尖部皮膚表面温度は、愁訴と相関しており、現時点の身体状態を反映していると考えられる。また、交代制看護婦の疲労や愁訴は、昼間勤務よりも夜勤において有意に高くなっており、寒冷負荷試験における負荷前温度への回復も有意に遅いことを認めた。このことは、冷水負荷に対する生体の防御反応の遅れを意味し、交感神経緊張状態の亢進を表わしていると考えられる。これらのことより、疲労や愁訴を正確に捉えるためには、自覚症状と客観的指標となる示指尖部皮膚表面温度の測定を併用することが望ましく、更に生理学的検査法としての寒冷負荷試験を行うことにより、自律神経機能の状態を把握することが可能であると考えられる。

審査要旨

 本研究は、交代制勤務者の心身の健康状態を客観的に評価することを目的に、病院において交代制勤務に従事している看護婦を対象として、非接触性で血流量をよく反映するとされている赤外線サーモグラフィを自律神経機能の生理学的検査法として用い、疲労や愁訴並びに生理的指標(体温、脈拍、血圧)との関連性を検討し、以下の結果を得ている。

 1.基礎研究において、サーモグラフィにより検索された皮膚表面温度は、顔面(眉間、鼻尖など)よりも、手掌、特に指尖部において、睡眠中は高く推移し、覚醒と同時に次第に下降して13時頃最も低くなり、その後上昇するが17〜19時頃には再び下降し、その後は上昇する日内リズムを認めた。また、指尖温度は、口腔温やえき窩温に比べ、個人差が大きく、且つ日内変動も大きいことが認められた。このことは、末梢循環、特に指尖部は比較的毛細血管が多く、表在性であり、血管収縮つまり血流量の変化を鋭敏に捉え、自律神経の状態を良く反映していることが示された。

 2.指尖部の寒冷負荷試験において、従来よりパラメータとして良く用いられている血圧と示指尖温度は極めて良く逆相関していることを認めた。このような相関性を基に、示指尖温度の反応強度とその負荷前温度への回復時間から2型に分類した。即ち、I型は、寒冷負荷後の温度低下が小さく、負荷前温度への回復遅延が認められないが、II型は負荷前温度はI型に比べ有意に低く、また、負荷後の温度回復遅延が有意に認められた。

 3.交代制看護婦の示指尖温度は、一般に31℃〜34℃の範囲にあり、日勤勤務前後では変化はないが、準夜勤では勤務前に比べ勤務後で上昇傾向に、深夜勤務では勤務前に比べ勤務後で下降傾向にあった。寒冷負荷試験反応型は、各勤務前後でI型の者は65〜85%を占め、II型の者は、15〜35%を占めていた。特に、深夜勤では、勤務前より勤務後において、交感神経緊張を示すII型が有意に高かった。寒冷負荷試験の負荷前温度についてみると、示指尖温度が30℃以下の低温者では、I型を示す者は9.3%に比べ、II型を示す者は14.8%と高い傾向にあることを認めた。

 4.示指尖温度は、血圧、脈拍、体温、慢性的疲労兆候調査(CFSI)とは相関性は見られず、同部位の血流量ならびに自覚症状訴えスコアの準夜勤勤務後で負の相関が、深夜勤勤務後で正の相関が認められた。

 5.自覚症状訴えスコアは、「ねむけとだるさ」「注意集中困難」「身体の違和感」の症状群より構成されているが、そのスコアは、深夜勤勤務後が日勤・準夜勤勤務後より有意に高いことが示された。これらの愁訴の有・無別にみた寒冷負荷試験の温度変化では、日勤、準夜勤では両群に変化はみられないが、深夜勤勤務後では愁訴あり群が愁訴なし群に比べて、負荷前温度への回復は有意に遅いことが示された。

 以上のことより、指尖サーモグラフィは、愁訴と相関しており、現時点の心身状態を把握できることを明らかにした。また、交代制看護婦の疲労や愁訴は、昼間勤務より夜間勤務においてその訴えは多く、また、指尖部寒冷負荷試験における負荷前温度への回復も有意に遅いことなどより、夜勤では過度の交感神経緊張状態にあることが示唆された。

 本研究は、交代制看護婦の心身の健康状態を、質問紙などの調査票による把握のみでなく、客観的指標としての指尖サーモグラフィの測定ならびに寒冷負荷試験の両面より評価を行ったことで十分に意義があり、学位論文に値するものと認められる。

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