学位論文要旨



No 213411
著者(漢字) 友沢,孝
著者(英字)
著者(カナ) トモサワ,タカシ
標題(和) 自己固定化リアクターの生活排水処理への適用性と設計・管理指針に関する研究
標題(洋)
報告番号 213411
報告番号 乙13411
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13411号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 山本,和夫
内容要旨

 慢性的な水不足傾向にある我国の大都市地域では、水の有効利用を図っていくには集合住宅や大規模複合建物単位で生活排水の再利用システムを普及していく必要がある。このためには排水特性や再利用用途に応じた処理技術体系を開発整備しておくことが重要である。その中で今後取り組むべき課題として(1)窒素やリンの処理法の普及、(2)厨芥排水に対する処理法の開発、があげられる。窒素やリン処理は再利用の用途拡大と公共水域保全の観点からニーズが高く、厨芥排水処理は快適で衛生的な居住環境システムとして技術的な対応策が望まれている。一方建物内再利用システムでは用途に応じた処理水質の確保とともに、処理施設のコンパクト化が要求される。

 自己固定化リアクターはグラニュール化した汚泥の高濃度保持が可能で容積負荷が高くとれ、汚泥の沈降性もよいので処理装置のコンパクト化が図れること、装置構造が簡単で外部からの資材は不必要であることなどの特徴から処理施設スペースに制約のある建物単位での排水処理に適したリアクターと考えられる。酸素供給の面で好気性処理には向かないリアクターであり、生活排水処理への適用先としては

 (1)脱窒処理

 (2)粉砕厨芥排水のメタン発酵処理

 の両プロセスがあげられる。しかしながら生活排水のように窒素濃度の低い排水および粉砕厨芥排水のような固形分の多い排水に対するグラニュール形成の可能性は不明であり、設計にあたって処理特性、負荷と処理性能の関係、運転管理条件などを明らかにする必要があった。

 そこでまず室内実験により、両プロセスを対象としてそれぞれ低濃度窒素条件、粉砕厨芥排水条件でのグラニュール形成の確認を行うとともに、グラニュール形成期間中の運転条件、負荷と処理性能の関係、安定制御の検討など基本的な処理特性を把握した。

 つぎにパイロットプラント施設で両リアクターの長期連続運転を行い、全体処理システムの中でその処理性能と維持管理性を検証した。そして室内実験、パイロット実験の結果に基づき、自己固定化リアクターの両プロセスへの適用性をグラニュールの形成性、処理性能、維持管理、設計上の留意点、適用時のメリットの観点から評価し、適用にあたっての条件とその特性をまとめた。

 最後に生活排水の脱窒処理、および厨芥排水のメタン発酵処理における自己固定化リアクターの設計・管理に関する指針について提案を行った。

 得られた結果は以下のとおりである。

1.グラニュールの形成

 自己固定化脱窒リアクターへ流入する被処理水の硝酸性窒素濃度が5〜10mg/lのような低濃度条件であっても、粒径は小さいがグラニュールの形成は可能である。また固形分が多く含まれる厨芥排水のメタン発酵リアクターにおいても固形分を0.85〜2mm以下に微粉砕して可溶化を促進させることによりグラニュール形成は可能である。

 グラニュールを形成するのに必要な期間は、実排水の場合、脱窒リアクターで2〜3ケ月、メタン発酵リアクターで約3ケ月である。この形成期間を凝集剤や2価カチオンの作用で短縮することはできなかった。投入した種汚泥からグラニュールを形成するには低負荷から設計負荷まで徐々に負荷を上げていく馴養運転が必要である。

 形成されるグラニュール汚泥層のMLSSは汚泥層下部で30g/l、上部で20g/l内外である。

2.馴養運転期間中の運転条件

 グラニュールを形成しつつある槽内汚泥の流出を起こさないためには、汚泥層を撹拌して発生ガスと汚泥を分離すること、線流速を許容範囲に抑えることが必要である。

 この間メタン発酵リアクターではCa,Mgを60mg/l,30mg/l程度添加することも汚泥流出防止に有効である。

 撹拌は多段横棒方式で3rpm程度の回転速度が効果的である。

 馴養運転初期の許容線流速は脱窒リアクターで30cm/hr、メタン発酵リアクターで8cm/hrが適切である。グラニュールが形成され始めると線流速を上げることができ、最終的には脱窒リアクターで200cm/hr、メタン発酵リアクターで100cm/hr程度まで許容することができる。

3.処理性能

 脱窒リアクターでは水理学的滞留時間を約1時間確保することにより、生活排水処理として最大窒素負荷と考えられる1〜1.2kg-N/m3/dayまでほぼ100%の除去率が得られる。水素供与体の変動に対して脱窒グラニュールは安定した性能を維持できる。

 厨芥排水のメタン発酵リアクターでは負荷条件3〜8kg-BOD/m3/dayでBOD500〜8,000mg/lの酸生成発酵液をBOD100〜200mg/lまで処理可能である。ただし8kg-BOD/m3/day(10〜11kg-CODcr/m3/dayに相当)は最大許容負荷に近く、現実の長期運転では3〜5kg-BOD/m3/day(4〜7kg-CODcr/m3/dayに相当)の運転が望ましい。処理水BODを100mg/l以下にするには2kg-BOD/m3/day以下の負荷で運転する必要がある。

4.リアクター設計

 リアクター容量は脱窒リアクターでは窒素負荷1〜1.2kg-N/m3/day、滞留時間1時間、メタン発酵リアクターではBOD負荷3〜8kg-BOD/m3/day以下、滞留時間24時間を基準にして設計してよい。

 断面積については馴養期間中の許容線流速を満足する必要がある。

 装置設計にあたっては均一な上向流を確保する下部構造、処理水と発生ガス、浮上グラニュールを分離する上部構造に留意する必要がある。

5.メタン発酵リアクターの安定制御

 厨芥排水に対する自己固定化メタン発酵リアクターでは、高負荷運転時でなくても嫌気性反応の阻害による処理性能低下が起こる可能性がある。これに対しては酸発酵槽と自己固定化メタン発酵リアクターを分けて運転する二相式システムやギ酸添加により水素資化性メタン菌の活性を維持・向上させる制御方法が有効である。

6.維持管理

 自己固定化リアクターではグラニュールを形成させる馴養期間中の運転管理が最も重要である。許容線流速範囲の中で投入種汚泥の浮上流出を防ぎながら、グラニュール化の成長に合わせて徐々に負荷を上げていく運転管理が必要である。

 グラニュール形成後の維持管理としては、リアクター上部に浮上してくる汚泥の除去とグラニュール汚泥層をリアクター槽高の1/3〜1/2に保つよう余剰グラニュールを引き抜けばよい。

7.適用時のメリット

 自己固定化リアクターは馴養期間中の運転管理を注意深く行う必要があるが、いったんグラニュールが形成された後は維持管理が容易であり、処理の安定性、施設のコンパクト性の面で優れた特徴を持ち、建物内排水処理システムの生物処理装置として適用した場合のメリットは大きい。

8.設計・管理指針の提案

 室内実験、パイロット実験の結果に基づき生活排水の脱窒素処理、厨芥排水のメタン発酵処理に対する自己固定化リアクターの設計と管理に関して基本的な指針を提案した。

審査要旨

 我が国の大都市あるいは大都市周辺地区での節水あるいは環境への負荷をなるべく小さくしていくという一般的な制約は、益々大きくなってきている。例えば、大規模な建築物等においては可能な限り水の再利用や排出負荷を低下させる手段を多様化し、準備していくことが求められる。

 本論文は、このような社会的な要請に対して、生活系の排水の処理において、窒素を効率的に除去する手法、厨芥をディスポーザーで粉砕した排水の処理におけるメタン発酵の効率化を進める手法の開発研究と応用に際しての設計・管理に関する指針を提言しているものである。論文は、緒論、第一部、第二部、そして総括より構成されている。

 「緒論」においては、研究の背景と意義、本研究の手法上の特徴である自己固定化リアクターについての概説を行っている。

 第一部は「生活排水の脱窒処理に対する自己固定化リアクターの適用性に関する研究」であり、4章よりなっている。

 第一章は、「自己固定化リアクターによる脱窒処理の基本的処理特性」である。生活系排水から窒素を除去する手段としての自己固定化リアクターの適用性についての基礎的実験を示している。結果として、自己固定化グラニュール汚泥を使うことによって、水理学的滞流時間0.7時間で、10-20mg/lの低濃度の全窒素除去率を達成した成果を示している。

 第二章は「自己固定化リアクターによる生活系排水の脱窒処理実験」である。第一章の実験結果を基にして、住宅団地内の処理施設内にパイロットプラントを設置し、実下水についての処理特性の調査を行っている。結果としては約一時間の運転において水理学的滞流時間0.6時間で、ほぼ100%の硝酸性窒素の除去を達成することができることを示している。留意事項としては、リアクターの汚泥量管理と線流速に注意していくことの必要性を示している。

 第三章は「生活系排水脱窒処理への適用性評価」である。本章においては自己固定化脱窒リアクターの定用化のためのさらなる技術的検討を加え、本法を適用することによって、従来法である浮遊汚泥式の処理装置に比べ、施設規模を約1/3-2/3程度にコンパクトにすることが可能であり、日常の維持管理も容易であることを明らかにしている。

 第四章は「生活排水の脱窒処理における自己固定化リアクターの設計・管理に関する指針の提案」である。基礎的実験、パイロットプラント実験、及び実際への応用についての検討を総括する内容として、本装置の設計・管理に関する指針の提案を行い、本法の開発の成果を実用的なレベルで完成させる成果を挙げている。

 第二部は「厨芥排水のメタン発酵処理に対する自己固定化リアクターの適用性に関する研究」である。高齢化する今後の社会で高層住宅の居住性を高める試みの一つとして、ディスポーザーの設置が考えられている。本研究はこのような状況になったときの技術的対応の可能性を先見的に研究しておこうとするものであり、住宅建築物からの排出量の削減方法として興味ある研究である。

 第一章は「自己固定化リアクターによるメタン発酵処理の基本的処理特性」である。固形物濃度が高くなる厨芥排水に対して、嫌気性の自己固定化リアクターを開発し,その適用性について基礎的な実験を行っている。結果として、(1)嫌気性グラニュールの形成においては種汚泥の流出を避ける初期の馴養期間中の水量負荷を適切に守ることが重要なこと,(2)一度グラニュールが形成すると沈殿性も良くなり、厨芥排水においても、粒径を2mm以下と微粉砕することにより十分処理可能である,(3)メタン発酵の安定性を確保するためには、必要に応じてギ酸を添加することが有効である,(4)メタン菌の活性を示す指標としては、F420やATPを使うことができる,等の有用な基礎データにつき定量的に示すことに成功している。

 第二章は「自己固定化リアクターによる粉砕厨芥排水のメタン発酵処理実験」である。厨芥排水を処理するパイロットプラント施設での自己固定化リアクターによるメタン発酵処理についての1年間の運転実績を整理している。その結果として、実排水においても良好なグラニュールの形成が確認され、メタン発酵リアクターの前へ酸生成槽を設置するシステムにすることによって、その安定性を増大させることができることを明らかにしている。

 第三章は「厨芥排水メタン発酵処理への適用性評価」である。本章では第一章,第二章での実験結果をふまえて、(1)グラニュールの形成特性,(2)処理性能,(3)維持管理性,(4)設計上の留意点,(5)排水処理施設としてのメリットについて、実用性の観点から評価を行っている。結論として、自己固定化リアクターは日常の維持施設がコンパクトに小規模に設置できることを挙げ、建物内排水処理施設として優れた特徴を持つことを明らかにしている。

 第四章は「厨芥排水中のメタン発酵処理における自己固定化リアクターの設計・管理に関する指針の提案」である。対象となるシステムのフロー図を基にして各種の設計要素の管理上の注意点を明らかにしている。

 「総括」においては、今回開発した自己固定化リアクターの適用対象分野を例示するとともに、結論として集合住宅や大規模複合建物単位での生活排水処理技術として、(1)脱窒処理,(2)粉砕厨芥排水のメタン発酵処理の開発が成功したことを述べている。

 以上のように本論文は下水道未普及地区における独立した処理施設、下水道普及地区であっても新たな厨芥排水に対する前処理的な施設として、コンパクトな負荷削減装置の開発に成功したものである。このことは都市環境工学とりわけ排水処理技術の実際的な分野で大きな貢献をなすものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク