我が国の大都市あるいは大都市周辺地区での節水あるいは環境への負荷をなるべく小さくしていくという一般的な制約は、益々大きくなってきている。例えば、大規模な建築物等においては可能な限り水の再利用や排出負荷を低下させる手段を多様化し、準備していくことが求められる。 本論文は、このような社会的な要請に対して、生活系の排水の処理において、窒素を効率的に除去する手法、厨芥をディスポーザーで粉砕した排水の処理におけるメタン発酵の効率化を進める手法の開発研究と応用に際しての設計・管理に関する指針を提言しているものである。論文は、緒論、第一部、第二部、そして総括より構成されている。 「緒論」においては、研究の背景と意義、本研究の手法上の特徴である自己固定化リアクターについての概説を行っている。 第一部は「生活排水の脱窒処理に対する自己固定化リアクターの適用性に関する研究」であり、4章よりなっている。 第一章は、「自己固定化リアクターによる脱窒処理の基本的処理特性」である。生活系排水から窒素を除去する手段としての自己固定化リアクターの適用性についての基礎的実験を示している。結果として、自己固定化グラニュール汚泥を使うことによって、水理学的滞流時間0.7時間で、10-20mg/lの低濃度の全窒素除去率を達成した成果を示している。 第二章は「自己固定化リアクターによる生活系排水の脱窒処理実験」である。第一章の実験結果を基にして、住宅団地内の処理施設内にパイロットプラントを設置し、実下水についての処理特性の調査を行っている。結果としては約一時間の運転において水理学的滞流時間0.6時間で、ほぼ100%の硝酸性窒素の除去を達成することができることを示している。留意事項としては、リアクターの汚泥量管理と線流速に注意していくことの必要性を示している。 第三章は「生活系排水脱窒処理への適用性評価」である。本章においては自己固定化脱窒リアクターの定用化のためのさらなる技術的検討を加え、本法を適用することによって、従来法である浮遊汚泥式の処理装置に比べ、施設規模を約1/3-2/3程度にコンパクトにすることが可能であり、日常の維持管理も容易であることを明らかにしている。 第四章は「生活排水の脱窒処理における自己固定化リアクターの設計・管理に関する指針の提案」である。基礎的実験、パイロットプラント実験、及び実際への応用についての検討を総括する内容として、本装置の設計・管理に関する指針の提案を行い、本法の開発の成果を実用的なレベルで完成させる成果を挙げている。 第二部は「厨芥排水のメタン発酵処理に対する自己固定化リアクターの適用性に関する研究」である。高齢化する今後の社会で高層住宅の居住性を高める試みの一つとして、ディスポーザーの設置が考えられている。本研究はこのような状況になったときの技術的対応の可能性を先見的に研究しておこうとするものであり、住宅建築物からの排出量の削減方法として興味ある研究である。 第一章は「自己固定化リアクターによるメタン発酵処理の基本的処理特性」である。固形物濃度が高くなる厨芥排水に対して、嫌気性の自己固定化リアクターを開発し,その適用性について基礎的な実験を行っている。結果として、(1)嫌気性グラニュールの形成においては種汚泥の流出を避ける初期の馴養期間中の水量負荷を適切に守ることが重要なこと,(2)一度グラニュールが形成すると沈殿性も良くなり、厨芥排水においても、粒径を2mm以下と微粉砕することにより十分処理可能である,(3)メタン発酵の安定性を確保するためには、必要に応じてギ酸を添加することが有効である,(4)メタン菌の活性を示す指標としては、F420やATPを使うことができる,等の有用な基礎データにつき定量的に示すことに成功している。 第二章は「自己固定化リアクターによる粉砕厨芥排水のメタン発酵処理実験」である。厨芥排水を処理するパイロットプラント施設での自己固定化リアクターによるメタン発酵処理についての1年間の運転実績を整理している。その結果として、実排水においても良好なグラニュールの形成が確認され、メタン発酵リアクターの前へ酸生成槽を設置するシステムにすることによって、その安定性を増大させることができることを明らかにしている。 第三章は「厨芥排水メタン発酵処理への適用性評価」である。本章では第一章,第二章での実験結果をふまえて、(1)グラニュールの形成特性,(2)処理性能,(3)維持管理性,(4)設計上の留意点,(5)排水処理施設としてのメリットについて、実用性の観点から評価を行っている。結論として、自己固定化リアクターは日常の維持施設がコンパクトに小規模に設置できることを挙げ、建物内排水処理施設として優れた特徴を持つことを明らかにしている。 第四章は「厨芥排水中のメタン発酵処理における自己固定化リアクターの設計・管理に関する指針の提案」である。対象となるシステムのフロー図を基にして各種の設計要素の管理上の注意点を明らかにしている。 「総括」においては、今回開発した自己固定化リアクターの適用対象分野を例示するとともに、結論として集合住宅や大規模複合建物単位での生活排水処理技術として、(1)脱窒処理,(2)粉砕厨芥排水のメタン発酵処理の開発が成功したことを述べている。 以上のように本論文は下水道未普及地区における独立した処理施設、下水道普及地区であっても新たな厨芥排水に対する前処理的な施設として、コンパクトな負荷削減装置の開発に成功したものである。このことは都市環境工学とりわけ排水処理技術の実際的な分野で大きな貢献をなすものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |