学位論文要旨



No 213412
著者(漢字) 下村,芳樹
著者(英字)
著者(カナ) シモムラ,ヨシキ
標題(和) 自己修復機械実用化における設計方法論
標題(洋)
報告番号 213412
報告番号 乙13412
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13412号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 冨山,哲男
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 現代社会において,機械システムの担う役割はより一層重要かつ広範囲なものとなり,その結果として機械システムの故障が社会に対して及ぼす影響も加速的に重大化する傾向にある.これに対し,自己修復技術は,耐故障性に優れた機械システムとして「やわらかく壊れる」機械の設計方法論を提案することにより,この問題の解決を目指すものである.

 本論文は,自己修復技術の実現形態である自己修復機械を実際の製品として開発するための方法論について論じる.まず,梅田らによってすでに提案されている自己修復機械のプロトタイプの知的判断部の改良方法,および,実用型自己修復機械の機械的構造に関する議論を行ない,さらに,これらを統合化した実現システムとして商用自己修復機械を構築する方法について述べる.

 自己修復技術では,「機能保全」,および,「機能トレードオフ」という保全戦略に基づき,自己修復機械を部品交換の自動化によらず実現することが基本的な戦略である.これに対して通常の故障修復は,故障した機械を正常な属性的状態に戻すことを目的とする「属性保全」と呼ばれる.これに対して自己修復技術の機能保全とは,対象機械の状態が属性的には正常状態と異なっていても,必要機能を発現可能な状態であれば,その状態を修復状態として採用する保全の戦略である.さらに修復の目標状態においても,必ず発現しなければならない機能と必ずしも発現しなくて良い機能があると考え,「機能トレードオフ」はこの必要機能を選択する過程であり,修復計画時により柔軟に修復を実現することが可能になる.

 自己修復技術は部品交換のみによらない修復の実行方法を前提としており,その実現方法の一つである「制御型自己修復」は,対象系上のアクチュエータ制御により修復を実行する.しかし実際の機械システムで制御型自己修復を実現するためには,センサ,アクチュエータの使用に関して解決しなければならない,いくつかの問題が存在する.本論文では,自己修復機械のセンサ,アクチュエータの使用に関する問題点に関して議論し,その解決策と知的判断部の改良に関する提案を行なう.自己修復機械のプロトタイプの手法が持つ問題点を整理し,「疑似故障法」,および,「仮想事例」を用いた新しい故障診断手法,また「定量空間の分割」,及び「作業エレメント」を用いた新しい故障修復手法をそれぞれ提案する.

 次に,自己修復機械を実用化するにあたって解決が必要とされるもう一つの課題である機能の計算可能な形式での表現に関する議論を行なう.ここでは本研究で提案する機能表現の枠組とその実現方法論を議論する.

 まず,設計対象の機能を含めたモデリング手法について議論し,本研究で用いる「機能本体」および「機能修飾子」という分類に基づく機能表現の手法について述べる.次にこれらの機能分類に基づいて機能の評価をモデリングする方法として,「機能量」と呼ばれる機能の量的な近似手法,また,それを用いた本研究での機能評価モデリング手法を提案する.

 次に本機能表現手法に基づいて改良を施した自己修復複写機について説明し,さらに,本機による実験結果を示す.これに基づき,本機能表現手法の保全問題領域における有効性について考察する.

 この結果,本改良型自己修復複写機によって,自己修復機械を実用化に関するいくつかの問題点が解決可能であることが確認できた.まず,自己修復機械の基本理念の一つである機能保全は,対象の機能的な回復を修復目標におくことで,部品の交換等が行なえない場合でも修復を可能にする.すなわち,機械使用者にとって必要な機能を回復させるために,その他の機能の低下を許し修復を可能にする.この時,修復の目標とする機能の回復とそれ以外の機能の低下との間のつりあい,すなわち複数の機能の発現の度合を調節することが必要であるが,これまでの自己修復機械における二値的な機能評価基準に基づく機能トレードオフは,「機能発現する/しない」といったデジタル的な判断に留まっていた.そのため自己修復機械の修復結果と我々が期待する結果との間に差異が生じていた.この問題に対し,改良型自己修復複写機は理想的な機能保全を実現するためには,機能トレードオフに加えて,修復の目標とする機能の回復とそれ以外の機能の低下との間のスカラー量的なバランシングを可能とすることに成功した.

 本機能表現手法は保全問題のみならず,設計問題領域に対しても応用可能である.本論文では,その確認手段としての本機能表現手法に基づいて現実の設計事例の解析を行なうことにより,その結果として本機能表現手法の設計対象の機能評価の最適化,さらにパラメトリック設計支援に対する有効性を検証する.

 そして最後に,これまでに提案した方法を用いて実際に開発を行なった商用自己修復複写機について解説し,また,その有効性と問題点について検討を行なう.

 以上の結果から,自己修復機械に限らず機械システムの開発においては機能設計が重要であり,機能設計の本質とは設計対象の持つ複数の機能間でのバランシングであるという結論を得た.

審査要旨

 社会において重要な役割を担う機械システムが故障した場合、その影響は多大なものになることはいうまでもない。本論文は、耐故障性に優れた機械システムとして既に提唱されている自己修復技術を、実際の商品として応用し、自己修復機械として開発する際の設計方法論を提案している。

 まず、第1章「序章」で本論文の目的、手法について述べ、本論文の構成を示した。

 次に第2章「保全」では、機械システムが社会においてしめる役割が、年々重要かつ広範囲なものとなっており、そのために機械システムの故障が社会に対して及ぼす影響も加速的に重大化する傾向にあることを指摘し、従来、保全工学として議論されている技術について概観を行った。

 第3章「自己修復機械の基礎技術」では、梅田らによって既に提案され、実験室レベルでは実証されている自己修復機械について解説を行い、この自己修復機械を実際の製品(複写機)として実用化する際の問題点について分析を加えている。自己修復技術とは、「機能保全」、および「機能トレードオフ」という保全戦略に基づいて、機械を部品交換の自動化によらず実現する技術である。故障した機械を正常な属性的状態に戻す「属性保全」による通常の故障修復と異なり、自己修復技術は、対象機械の状態が属性的には正常状態と異なっていても必要機能を発現可能な状態であれば、その状態を修復状態として採用する「機能保全」という考え方に基づいている。また、修復の目標状態においても、必ず発現しなければならない機能と必ずしも発現しなくて良い機能があると考え、「機能トレードオフ」によって、この必要機能を修復計画時に選択することで、より柔軟な修復を実現することが可能である。次いで、特に、実用型自己修復機械の機械的構造に関する要求の分析を行い、梅田らによって開発された自己修復機械のプロトタイプの知的判断部の改良するための課題を明らかにした。

 第4章「自己修復機械の実用化技術」では、前章において明らかにした実用型自己修復複写機を開発するために課題の解決方法を提案している。自己修復技術は部品交換のみによらないで修復を実行する。例えば、「制御型自己修復」は、対象系上のアクチュエータ制御により修復を実行する。そこで、実際の機械システムで制御型自己修復を実現するための自己修復機械のセンサ、アクチュエータの使用に関する問題点に関して議論している。具体的には、センサとアクチュエータのキャリブレーションを使用中の機械で行うための「疑似故障法」、センサのばらつきを吸収するために「ファジィ定性値」を用いた故障診断手法、推論システムの推論速度を向上し、使用メモリサイズを縮小させるための「仮想事例」を用いた故障診断手法、またセンサの分解能を向上するための「量空間の分割」、及び修復作業を定型化することで使用メモリサイズを縮小すると同時に、修復作業の速度を向上するための「作業エレメント」を用いた故障修復手法を提案している。また、これらの手法の有効性を自己修復複写機のプロトタイプによって実証している。これらの手法は、本論文において始めて提唱された独創的な手法であると同時に、実用的な意味での有用性も極めて高い。

 次に、第5章「機能表現の方法論」では、機械を機能的に修復するとき、どの程度、目的とする機能が回復できればよいかを定量的に議論するために、機能を計算可能な形式で表現するための議論を行なっている。そこで、機能モデリングの手法について概観した後、本研究で用いる「機能本体」および「機能修飾子」という分類に基づく機能表現の手法について述べている。そして、これらの機能分類に基づいて、「機能量」と呼ぶ機能の定量的な評価法を提案している。

 第6章「自己修復機械の機能設計」では、第5章で提案した機能モデリング・評価法に基づいて改良を施した自己修復複写機について説明し、さらに実験機による実験結果を示している。また、この結果から、本機能表現手法の保全領域における有効性について考察している。

 第7章「商用自己修復複写機」では前章までに提案した手法を利用し、画像形成系に関する自己修復能力を備えた実用機の開発について述べている。また、この実用機を拡張し、用紙搬送系の修復について、基本的な考え方とプロトタイプ機による実験結果を示し、以上の自己修復技術が汎用的なものであることを示している。

 第8章「結論」では、次の事柄を結論づけている。まず、部品の交換等が行なえない場合でも修復を可能にする機能保全の考え方が、自己修復機械として実用可能であり、そのためには「疑似故障法」、「ファジィ定性値」、「仮想事例」、「量空間の分割」、「作業エレメント」などの手法が有効である。また、「機能量」に基づいて、修復の目標とする機能の回復と、それ以外の機能の低下との間のバランスを定量的に取ることで、自己修復の高度化が可能である。さらに、複写機の画像形成系に限定されず、他の系にも適用可能であり、本論文で論じた自己修復技術は自己修復機械の一般的な設計方法論であると考えられる。

 以上の結果は、実用型自己修復機械の開発の際に必要な設計方法論を示したという点で工業的な有用性が高いばかりでなく独創性も評価できる。また、その手法論を一般化して示し、特に機械の機能設計における異なる機能間のバランスを取る手法を具体的に示した点で、機能モデリング、機能評価という観点でも意義の大きな研究である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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