学位論文要旨



No 213413
著者(漢字) 張替,正敏
著者(英字)
著者(カナ) ハリガエ,マサトシ
標題(和) DGPS/INS複合航法システムの理論精度解析とその飛行実証
標題(洋)
報告番号 213413
報告番号 乙13413
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13413号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 航空宇宙分野において航法情報は飛翔体を目的通りに誘導、制御するために不可欠なものであるのはもちろんのこと、例えば地球観測衛星のデータに付加され、後処理の過程で重要な役割を果たすなど、データの付加価値を高めるためにも使われる。近年になり、人工衛星のミッションが複雑になったことや、あるいは航空機の安全でかつ効率的な運航が強く求められるようになったことから、航法に対する要求も高度になってきている。DGPS/INS(Differential Global Positioning System/Inertial Navigation System)複合航法システムは、船舶や自動車で広く利用されているGPSの航法精度、出力データの内容、ダイナミクス特性に関する技術的課題を解決し、航空宇宙分野における将来の主要な航法システムになる期待されている。しかし、これまでの研究ではシステムの理論精度解析と実験的精度検証が互いに独立に行われ、信頼性の高い設計データを提示することができなかったため、その実用化が他の分野に比べ非常に遅れていた。本研究では、最新のセンサ技術やGPSの利用アルゴリズムを考慮した系統的な理論精度予測の手法を構築し、飛行実験や地上実験のデータにより客観的にその有効性を証明することで、信頼性の高いDGPS/INS複合航法システムに関する設計ツールを確立することを目的としている。

 本研究で提案する理論精度予測法の特長は、システムの航法センサであるGPSおよびINSの誤差モデルについて、それぞれのセンサ技術の最新の知見を用い、さらに不十分なものに関しては実験による実データを使った同定を行い、これまでの研究に比べ信頼性の高い誤差モデルをもっていることと、DGPS航法、搬送波位相の利用など最新の航法アルゴリズムも含めて精度予測が可能な手法であることである。そしてこの理論精度予測法により、DGPS/INS複合航法システムで到達可能な航法性能の予測、その性能を決定する誤差要因の同定、これまでの研究で報告された実験データの解釈などが可能になった。また、航法精度を決定する誤差要因を明らかにすることで、その影響を回避する新しいアルゴリズムの提案と評価が可能になり、より性能の高いDGPS/INS複合航法システムの開発にも役立つことを明らかにした。本研究では理論精度予測法を具体的に、DGPS/INS複合航法アルゴリズム、搬送波位相DGPS/INS複合航法アルゴリズム、マルチアンテナDGPS/INS複合航法アルゴリズムに適用し、それぞれのシステムがもつ性能と特長を予測している。予測結果は、DGPS/INS複合航法システムについては飛行実験、地上実験データと比較し、その妥当性を実証した。

 表1は、DGPS/INS複合航法システムの精度予測値と航空機を用いた飛行実験で得られた精度データを比較したものである。位置に関しては予測値と実験データはほぼ一致している。速度に関しては飛行時の速度評価基準の精度がよくないので予測値とずれているが、静止時のデータから予測値と実験データは一致すると確認された。その他、Z軸の加速度バイアスのように実験的に評価できた慣性センサ誤差も予測値とほぼ一致していた。姿勢角に関しては、精度の劣るINS単独航法との比較であるため実験データはDGPS/INS複合航法システムの誤差を示しておらず評価の対象外である。図1は飛行実験中のジャイロ・バイアスの推定値(実線)と予測精度(点線)を時間軸に対してプロットしたものである。ジャイロ・バイアスは真値が不明なため、実験データだけからではその推定精度を求められないが、予測値と併せて総合的に評価すると飛行中のマヌーバの影響で推定精度が変化し、それに合わせてバイアス推定値が変動していることが分かる。このように予測値と実験データは、精度の値はもちろんのことその時間的変動までよく整合性が取れていた。これは、本研究で提案した理論精度予測法がDGPS/INS複合航法システムの性能を正確に予測することができ、設計ツールとして有効であることを実証している。

表1 DGPS/INS複合航法の予測精度と実験結果との比較図1 ジャイロバイアスの推定値(実験データ)と理論予測値

 本研究ではDGPS/INS複合航法に関する信頼度の高い設計ツールを構築することを目的に、最新の技術を考慮した精度予測法を提案し飛行実験を通じてその性能を確認した。その結果、主要な結論として、

 1.DGPS/INS複合航法システムの理論精度予測の結果は、実際のハードウェアを用いた航法実験の結果と、位置、速度、センサ・バイアス推定値にいたるまでよく一致していた。このとき、航法誤差の大きさの予測はもちろんのこと、ユーザのダイナミクスによる航法精度の変化も正確に予測することができた。また解析パラメータの一部は、地上実験のデータとも比較し、整合性を確認することでモデルの正確さを明らかにした。

 2. 理論精度解析を行うことで、飛行実験データからだけでは分からないDGPS/INS複合航法システムで達成可能な航法性能の予測、その性能を規定する誤差源の判別、従来研究の実験データの解釈、などが可能になり、DGPS/INS複合航法システムを実用化するための設計ツールを確立することができた。

 3. 理論精度解析で性能を規定する誤差要因を同定することで、その誤差の影響を小さくするアルゴリズムを考案し、システムの精度を向上させることができる。本研究では、精度予測からマルチパスが複合航法システムの測位精度を決定していることを明らかにし、マルチパス誤差の小さい搬送波位相データを観測量として使用するアルゴリズムを提案し、位置、速度、姿勢角に大幅な精度の改善が得られることを示した。

 4. 大幅なシステム変更を伴うようなアルゴリズムの改修は、実システムを使って実験的に検証することが難しい。理論精度解析では、事前にそのアルゴリズムの改修の効果を予測することができる。本研究では、航空機の機体に複数のGPSアンテナを取り付け、姿勢推定に関して精度が向上するか予測した。その結果、DGPS/INS複合航法システムにおいてはマルチアンテナの効果は少ないことを明らかにした。

 が得られた。

審査要旨

 工学修士張替正敏提出の論文は、「DGPS/INS複合航法システムの理論精度解析とその飛行実証」と題し、6章からなる。

 DGPS/INS複合航法システムは、航空宇宙分野における将来の主要な航法システムとなるであろうと期待されている。しかしながら、従来、その理論的な精度の解析が、十分になされていなかった。本論文は、DGPS/INS複合航法システムの理論精度予測の手法を提案し、それを飛行実験により検証するものである。本論文で提案する理論精度予測手法の特長は、システムの航法センサであるGPSおよびINSの誤差モデルについて、それぞれのセンサの最新の知見を用い、さらにデータが不十分なものに関しては実験による実データを使った同定を行った結果、従来の研究に比べて信頼度の高いモデルをもつことができたこと、および、搬送波位相利用などの最新の航法アルゴリズムを利用した場合の精度予測も可能な手法であること、である。

 第1章は序論であり、研究の目的、研究の背景と位置づけ、および論文の構成について述べている。

 第2章では、DGPS/INS複合航法システムの構成を示し、システムで使用されるセンサであるGPSとINSを使った航法方程式の定式化、およびカルマンフィルタによる航法誤差推定アルゴリズムの定式化を行っている。

 第3章では、本論文で提案するDGPS/INS複合航法システムの理論精度予測の手法について述べている。精度予測に必要な共分散解析アルゴリズムの定式化を行った後、従来の研究ではその精度が不十分であったセンサ誤差モデルの構築を行っている。誤差モデルの構築には、GPS、INSそれぞれのセンサ技術に関する最新の知見を用い、それでも不十分なものについては実データによる同定を行っている。このモデルは、GPS搬送波位相データの利用も含めた精度解析を可能とするものである。

 第4章では、提案した精度予測の手法を用いてDGPS/INS複合航法システムの精度予測を実施した結果を述べている。まず、各誤差源に対する航法精度の感度解析を行い、従来の実験的研究で得られた測位精度データの理論的解釈を行っている。次に、DGPS/INS複合航法システムの精度予測を行い、さらに、主要な誤差源として残る受信機マルチパスの影響を減らし精度を向上させるための搬送波位相DGPS/INS複合航法のアルゴリズムを提案しその精度予測を行っている。また、姿勢角に関する幾何学的な可観測性が得られるマルチアンテナDGPS/INS複合航法の精度予測も行っている。

 第5章では、DGPS/INS複合航法システムを実ハードウェアを使って実際に製作し、飛行実験によりその精度を検証した結果を述べている。実験結果は、4章で理論的に予測した航法精度と比較され、位置だけでなく、センサキャリブレーション値も含めて総合的に評価されている。その結果、事前の地上実験の結果も含めて、実験データは理論精度解析とよく一致していることが、示されている。

 第6章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、今後の課題を述べている。

 以上を要するに、本論文は、DGPS/INS複合航法システムの実際的かつ信頼度の高い理論精度解析の手法を提案し、飛行実験によりその有効性を実証したものであり、航空宇宙工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54030