近年の半導体集積回路(LSI)の飛躍的な発展は微細パタン形成技術の向上によって支えられてきた。特に、LSIパタンを半導体基板上に転写するリソグラフィ技術の進歩に負うところが大きい。これまで、商用LSIの製造にはその生産性および経済性の高さから紫外線を光源に用いた光リソグラフィ技術が用いられてきており、パタン寸法の微細化に合わせ露光装置(ステッパ)の解像性能も改善されてきた。しかしながら、パタン寸法が光源波長に近づくにつれ、光の回折現象による理論的な解像限界が迫ってきており、将来のLSI製造に対応可能なリソグラフィ技術の開発が強く要望されている。そのような中で、原理的に高い解像性と量産性を有するX線リソグラフィは、光リソグラフィに代わり得る有力候補と位置付けられ、実用化が期待されている。このような背景から、本研究はX線リソグラフィ技術を研究対象としており、技術の完成度をLSI製造に適用可能なレベルまで高めることを目的としている。 X線リソグラフィをLSI製造プロセスに導入するには、デバイス設計および製造プロセス上の要求条件を満足しなければならない。その際、パタン解像性のみならず転写パタン間の重ね合わせ精度、次工程とのプロセス適合性、スループットが重要な判断基準となる。これまでのLSI開発のトレンドに従えば、X線リソグラフィには解像性として0.1〜0.2m、重ね合わせ精度として0.04〜0.1m(3)、スループットとしてウエハ数10枚/時が要求される。これらの要求条件を満足するにはシステム構成、露光装置、X線マスク、レジスト材料、露光プロセス技術などの全ての要素技術の完成度を高め、統合化する必要がある。本研究では、上記要素技術の中で露光プロセス技術および要素技術の統合化に関わるテーマを主に扱っている。 先ず、X線リソグラフィの解像性を明らかにするため、解像性の決定要因の中で最も重要となるレジスト中で発生した光電子・オージェ電子の広がりの影響と吸収体パタンエッジでの回折の影響について実験的手法を用いて検討した。従来、光電子・オージェ電子のレジスト中での広がりの影響については、主に電子の散乱モデルを用いたシミュレーションにより議論されてきた。これに対し、本研究ではX線吸収体パタンがレジストと密着した状態で露光・現像が可能な新しいマスクコンタクト露光法を提案し、電子の広がり量を定量的に求めた。その結果、従来から用いられていた電子の広がりの解像性への影響が過剰見積りであることが明らかとなる。この影響は解像性そのものよりむしろ寸法制御性を決める要因として重要となることが示される。さらに、X線リソグラフィのLSI製造プロセスへの適用を考え、下地基板から放出される電子の露光特性への影響を定量的に評価した。ここでは、使用するX線波長が短い場合には、重金属上のパタン転写において基板界面でアンダーカットが発生し、解像性、寸法制御性とも悪化することが示される。これをもとに露光波長への要求条件が明らかとなる。 回折が解像性に及ぼす影響については、フレネル回折のシミュレーションとパタン転写実験の比較により明らかにされる。従来、重要視されていなかった吸収体での位相変化が重要な働きをしていることが定量的に示される。特に、0.25mより微細な領域では、従来考えられていた高コントラストマスク(10程度)より低コントラストマスク(2〜5)の方が解像性を向上できることが検証される。さらに、この効果を積極的に利用した位相シフトX線マスクが提案される。 次に、LSI製造工程への導入をにらんでレジストプロセスに関して検討した。最近、開発が盛んな化学増幅レジストは、3成分(ベースレジン、酸発生剤、およびネガ型では架橋剤、ポジ型では溶解禁止剤)の混合レジストであり、露光により発生した酸が、露光後の熱処理(PEB)により触媒となり反応(ネガ型では架橋、ポジ型では分解)を促進する新しいタイプのレジストである。従来レジストに比べて一桁以上の大幅な感度向上が図れる。また、ベースレジンの選択の自由度も高いためドライエッチング耐性に優れたレジストが実現可能である。これらのことから化学増幅レジストは、X線リソグラフィプロセスへの要求条件を満足しうるレジストであると期待される。ここでは、化学増幅レジストの処理条件および露光特性が明らかにされる。PEBにおける酸のレジスト中での拡散は、光電子・オージェ電子のレジスト中での広がりの影響と同等の働きをするため、感度、解像性を決定する重要な要因となることが定量的に示され、これらの妥協点に処理条件が決定される。 また、0.2m領域の微細パタン形成においては、現像におけるパタンの倒れが形成可能な最大アスペクト比(パタン高さ/パタン幅)を決めることが見い出され、実用上の解像性決定要因となることが示される。パタン倒れは、ライン&スペースパタンのような密集パタンにおいて、特徴的に発生することから、現像工程中にパタンが撓み隣接パタン間で接着するために生じると考えられる。この問題は、片持ち梁のモデルで説明できることが示される。このモデルをもとに、表面張力の低い溶液を用いた現像工程がパタン倒れの低減に有効であることが検証される。さらに、LSI製造工程に適用するに際し、アルカリ現像液での金属基板の損傷の問題が提起され、現像への要求条件が示される。 引続き、LSI製造工程への導入に際し重要となる重ね合わせ精度を評価し、誤差要因を分析した。ウエハ上にLSI製造工程に伴う膜が形成されたときの、マーク検出特性について定量的に評価される。ウエハマーク上に形成された透明膜の膜厚と屈折率が、マーク検出のSN比を左右し、結果としてアライメント精度の劣化要因となっていることが示される。さらに、MOSIC試作の4層の露光にX線リソグラフィを導入することにより重ね合わせ誤差要因を分析した。マスクパタン位置誤差、アライメント誤差、プロセスに起因する誤差などが定量的に求められる。重ね合わせ精度は、マスク誤差とウエハ歪を含むアライメント誤差の両者に半々に支配されている。重ね合わせ精度を向上するためには、LSI製造プロセスに伴う形成膜の応力に起因するウエハ歪が無視できない量であることが示される。これらの結果をもとに、重ね合わせ精度の改善の方向付けが提示される。 以上の検討をもとに、X線リソグラフィをデバイス試作に応用する。デバイス試作を通して、X線リソグラフィ技術の進展の状況が示される。実プロセスのウエハ条件下での露光特性、重ね合わせ精度、スループットなどのデータが蓄積される。X線リソグラフィは、0.2m領域での高解像性はもちろんのこと、露光量変動やプロセス条件の変動に対する高い寸法制御性(0.2±0.02m)や段差基板上での良好なパタン形成能力など、従来の光リソグラフィにない大きなプロセスマージンを有していることが定量的に示される。パタン寸法を±10%に制御するための露光量変動マージンは20%を超えている。 重ね合わせ精度に関しては、マスクパタン位置精度およびアライメント精度の改善はもちろんのこと、マスクマークへの無反射および遮光膜コーティング、ウエハマークの保護プロセスおよび更新マークプロセスなどの改善策が実施され、大幅な向上が認められる。総合重ね合わせ精度として0.1〜0.15m(3)が得られるようになり、要求条件に着実に近づいていることが示される。 また、スループットに関しては、放射光光源の高輝度化(500mA)やビームライン効率の改良(約0.1mW/cm2/mA)およびレジストプロセスの高感度化(100mJ/cm2)、ステッパの高速化により6インチウエハ37ショットの露光において、12枚/時が実現できるまでに進歩してきたことが示される。 さらに、X線照射によりMOSFETが受ける損傷の影響について評価され、ゲート酸化膜厚を5nmまで薄くすれば、通常の400℃のアニールにより問題とならないレベルに抑えられることが確認される。マスク欠陥の問題の解決に向けた取り組みも着実な進歩をみせており、数10〜100キロゲート規模のゲートアレイLSIの完全動作が検証される。 以上、本論文の内容は以下のようにまとめられる。X線リソグラフィの解像性決定要因である光電子・オージェ電子のレジスト中での広がりの影響および回折の影響を定量的に明らかにすることでX線リソグラフィによる露光特性を把握し、高解像化を実現する。LSI製造工程への導入に向けレジスト特性を明確にし、プロセス条件を決定する。また、重ね合わせ精度の要求条件を満足するため、デバイス試作を通して誤差要因を分析し、改善を図る。これらをもとに、LSI試作にX線リソグラフィを応用し、その有効性を示す。結果はさらに大規模なLSI試作への応用の可能性を期待させる。 |