学位論文要旨



No 213416
著者(漢字) 小松,康俊
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ヤストシ
標題(和) TV受信機用固体周波数選択素子の設計と高性能化
標題(洋)
報告番号 213416
報告番号 乙13416
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13416号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 1970年当時における一般消費者向けカラーTV受信機の性能は放送基準から期待されるレベルに比べ不十分な点が多かった。カラーTV受信機は数多くの回路ブロックとCRTから構成されているが、RF-IF回路を構成するチューナー、VIF増幅回路では周波数特性の温度変化、経時変化が大きいことが問題であった。また、衛星放送用BSコンバータの開発も当時始められており、ここでも高安定な局部発振器をいかに簡単な構成で実現するかが問題であった。

 チューナーでは、当時はまだ高価であったが、水晶発振器を用いたシンセサイザ方式により周波数安定度の問題が解決できることが知られており、水晶振動子の低価格化によりシンセサイザ方式へ移行すると考えられていた。同様に、VIF増幅回路についてはSAW(surface acoustic wave)フィルタ、BSコンバータについてはMIC発振器を安定化する誘電体共振器という固体周波数選択素子を利用して周波数安定度を改善する検討がなされていた。しかし、これらの素子の設計精度が低く必要な仕様を満たす素子の実現には至っていなかった。そこで、SAWフィルタと誘電体共振器の高精度な設計法について検討を行いその高性能化を図り、実際にTV受信機への応用を実現した。

 本研究を先駆けとして、これらの素子は現在でも広く用いられている。

<SAWフィルタ>

 SAWフィルタをVIFフィルタに応用するためにアポダイズ法を用いたIDT(interdigital transducer)の設計が検討されていたが、挿入損失が大きく実用化が進まなかった。そこで挿入損失の低減を最優先し、正規型IDTを基本とする設計を検討した。

 正規型IDTにはTTE(triple transit echo)による帯域内リップル及び帯域外サイドローブのレベルが大きいという欠点があり、この両者の低減を中心に検討した。TTEについては図1に示す階段型IDTを取り上げ、従来、IDTの電極歯からの反射しか考慮されていなかったのを、ベクトル演算を用いて負荷インピーダンスを介した反射まで含めて解析することに成功した。その結果、電気機械結合係数の大きい基板を用い、低い負荷インピーダンスで終端する場合でも階段型IDTを用いてTTEを十分に低減させる設計を可能にした。例えば、IDTの電極歯対数が15および10の場合、段数nを2とすると、12:22=0.878:0.122、かつ1-2=0.178(rad)の時に108のオーダーの十分低いTTEレベルが得られた。

図1 階段型IDTで構成されたSAWフィルタ

 サイドローブの低減についてはアポダイズ法に代わる重み付け法として、階段型IDTと両立しうるwithdrawal法を採用し、両者を合体させた。しかし、カラーTV用VIFフィルタに適合する電極歯対数は15、10であり、解析的関数に近似して重み付けを行うには対数が少なすぎる。そこで、高精度な周波数特性を設計できる、等価回路によるコンピュータシミュレーションを検討した。

 等価回路として当時はSmithによるin-line model、crossed-field modelの2種類の等価回路が知られていたが、近似が粗いうえに、電極歯のある部分とない部分とで音響インピーダンスが異なる等の2次効果が考慮されておらず、高精度な設計には使えなかった。そこで、in-line modelとcrossed-field modelを折衷して実験的にパラメータを合わせ込むというMilsomの提案した等価回路に、さらに音響インピーダンスの不整合を取り込み、新たな等価回路を作成した。この等価回路を用いることによりシミュレーションはレベルに関し1.1dB以内、周波数に関し0.1%以内と設計に十分な精度が得られた。

 階段型IDTとwithdrawal法を組み合わせ、等価回路を用いたコンピュータシミュレーションによる設計により、Y-Z LiNbO3を基板に用いてカラーTV用VIFフィルタを設計し、実際に試作した。試作フィルタの特性を図2に示す。挿入損失11dBはカラーTV用VIFフィルタとして当時世界最少であった。周波数特性もVIFフィルタに要求される仕様をほぼ満足し、実際に商品としてカラーTVに初めて搭載され、良好な特性を得た。このフィルタは、それ以降、SAWフィルタがTV用VIFフィルタのみならずVTR用、あるいは、携帯電話用と広く実用される嚆矢となった。

図2 試作フィルタの周波数特性
<誘電体共振器>

 BSコンバータの局部発振器として誘電体共振器で安定化したMIC発振器は構成が単純であるが、十分な安定度が得られていなかった。それは、当時研究されていた発振器の構成のほとんどは導波管に結合した空胴共振器からのアナロジーで設計されていたためで、誘電体共振器とマイクロストリップラインの結合は解析が不十分で、また、発振器の構成も誘電体共振器の特徴を生かしていなかった。そこで、これらの点について検討し、発振器の設計、試作、新しい誘電体共振器の設計試作を行い、それまでにない非常に高安定な発振器の試作に成功した。

 誘電体共振器とマイクロストリップラインの結合については、新たに分布相互インダクタンスという概念を導入して解析を行った。誘電体共振器の共振に伴う磁束はマイクロストリップラインに沿って分布的に鎖交しており、そのため分布的に起電力が生じるという考えである。この概念に基づいて解析を行い結果として図3のような等価回路が得られた。ここでは結合した状態での共振周波数、無負荷Qである。は理想トランスの巻線比で、結合の大きさを表す。2は分布相互インダクタンスの平均値で表され、インピーダンスの次元を代表している。2と結合係数とは

 

 の関係がある。ここで、0は結合係数、Z0はマイクロストリップラインの特性インピーダンスである。

図4 マイクロストリップラインに結合した誘電体共振器の等価回路

 誘電体共振器の無負荷Qは2000程度であるが、マイクロストリップラインと接するように配置すると結合係数0は10程度の大きな値が得られる。そこで、従来、発振器の出力側マイクロストリップラインに誘電体共振器を結合させていたのを、入力側マイクロストリップラインと結合させ誘電体共振器からの反射を利用して周波数を安定化する新たな構成を提案した。この構成について解析を行い、従来の構成に比べ、発振出力の減少が少ない、バイアス変化に伴う発振周波数のヒステリシスが抑圧されるという非常に有利な点のあることを示した。また、発振周波数の温度変動は、誘電体共振器の無負荷Qが低いために誘電体共振器の共振周波数の温度変動だけでなく能動素子のパラメータの温度変動にも大きく影響され、能動素子であるGaAs FETの温度変動を補償する温度変動を持つ誘電体共振器が必要であることを示した。検討の結果、斜方晶構造と立方晶構造を持つ2種類のセラミックを2層積層した誘電体共振器がGaAs FETの温度特性を補償することが分かった。2層誘電体共振器で安定化した発振器の発振周波数の温度変化を図5に示す。±85kHzの極めて高安定な特性が得られている。ここで検討された発振器は試作BSコンバータに搭載され実験衛星「ゆり」からの放送電波の受信実験に採用された。

図5 2層構造の誘電体共振器を用いた発振器の発信周波数の温度変化実線:2層構造誘電体共振器 破線:単層構造誘電体共振器
審査要旨

 本論文はTV受信機用固体周波数選択素子の設計と高性能化に関するもので本文4章から成る。

 第1章は序論であって、カラーTV受信機のRF-IF回路に要求される周波数安定度について述べ、従来行なわれてきた安定化法を紹介して、VIF増幅回路およびBSコンバータについて解決が不十分であることを示し、特に民生用に固体素子を用いてこれを解決する上での技術的課題を挙げている.

 第2章は「SAWフィルタを用いたVIF増幅回路の周波数特性安定化」の研究成果を述べたもので、SAW(表面弾性波)フィルタにおいてTTE(三回走行エコー)を防止できる階段型IDT(櫛形トランスデューサ)に、サイドローブ抑制効果のあるwithdrawal法(櫛の歯間引き法)を初めて組み合わせ、当時世界最小の挿入損失11dBのVIFフィルタを実現して、帯域内リッフル0.5dB以下、群遅延速度45nsとTTEを良好に抑制し、サイドローブ抑制にも目標値を満足する性能を得て、商用機に搭載される成果を収めたことが述べられている。

 第3章は「誘電体共振器を用いたBSコンバータの局部発振器の周波数安定化」に関する研究の成果を述べている.衛星放送受信用の局部発振器をGaAsFETと誘電体共振器を組み合わせたMIC(マイクロ波集積回路)で構成するに際し、共振器とマイクロストリッフラインの結合を正確に理論解析するため新しく分布相互インダクタンスの概念を導入して解析を行い、実験とよく一致することを確かめた.次いでこの解析法を用いた設計によって、誘電体共振器を入力側(FETのゲート側)のマイクロストリッフラインに結合させる新しい方式を提案し、これが発振出力、発振の安定性の点で他より優れていることを示して実験でそれを実証した さらに発振周波数の温度による変化を抑えるために、共振器の誘電体として2種のセラミック材料を組み合わせ、それらの相殺効果によって発振周波数の温度依存性を直線的なものにして、他の回路素子特性の温度依存性との間で補償を行うことを容易にした.これらを総合してMIC発振器を設計し試作した結果、発振周波数の温度による変化が-20℃から60℃の範囲で±85kHzという世界で最も高い安定度が実現し、実験衛星「ゆり」からの放送電波の受信実験にこの発振器が使われた.

 第4章は結論であって、第2章、第3章で得られた成果を要約し、それらが今後のTV受信機の技術発展に対してもつ意義を論じている

 以上のように本論文は、TV受信機の周波数選択素子の固体化を実現させる上で、SAWフィルタならびに誘電体共振器のそれぞれの実用において世界的レベルの性能を達成した研究成果を提示していると同時に、固体周波数選択素子の解析と設計手法に関して今後とも有用な学術的内容を有しており、電子工学上貢献するところが多大である

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51051