学位論文要旨



No 213418
著者(漢字) 新,孝一
著者(英字)
著者(カナ) シン,コウイチ
標題(和) 水圧破砕による岩盤応力測定法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213418
報告番号 乙13418
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13418号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 水圧破砕による岩盤応力測定の概念が1950年代に提案されて以来、室内実験や理論的検討を通じて多くの研究が行われている。しかし、基礎研究と原位置での作業を結び付ける研究は少なく、原位置でどのような手順で水圧破砕を行い、得られた結果をどう解釈すればよいか、というような基礎的な事項についても不明な点がいくつかある。そこで、既存亀裂の少ない原位置での測定を通じて、残されている疑問点のいくつかを解決する目的で本研究を始めた。

 水圧破砕法は、大深度への適用性、簡便さ、費用や時間の効率、一ヶ所での繰り返し測定、など応力測定法に求められる多くの点で優れた方法であるが、そのメカニズムについてはまだ以下のような解決すべき課題がある。

 (1)ブレークダウン圧力Pbには、有効応力規準に基づいて、孔壁への浸透がある場合とない場合の2つの規準が得られている。岩石の透水性は様々であるが、どのような場合にどちらの規準式を用いればいいのかが明らかでない。

 (2)リオープニング圧力Prも地圧の算定にしばしば用いられる。用いるべき規準式は亀裂内への浸透条件によって変わりうるが不明であるので、実スケールの実験を通じてデータの特徴を把握する必要がある。

 (3)シャットイン圧力Psは亀裂面に垂直方向の地圧、すなわち孔軸と亀裂面が鉛直なら水平面内の最小圧縮応力Shと等値される。しかし、シャットイン圧力を求める複数の方法が提案されているので、実スケールの実験を通じてデータの特徴を把握する必要がある。

 (4)水圧破砕地圧測定法では、水平面内最大圧縮応力SHを、PbないしPrから求めるが、・Pbを用いる場合には岩盤の引張強度Tが必要になること、・Prはその規準式が曖昧なこと、からSHの推定精度はShよりも劣るとされる。そこで、SH推定に役立つ新しい情報を得る必要がある。

 以上の課題に取り組むために、できるだけ既存亀裂の少ない均質な岩体を選んで、水圧破砕実験を行うことにした。

 北京郊外にある中生代後期花崗岩の円状の貫入岩体に実験場を置いた。孔径110mm、300m長のボアホールを定方位コア掘りしたところ、節理・岩脈の総数は地表の風化部を除き30余りであり、既存亀裂が非常に少ない。孔の全長でプレッシャーパルス法により透水係数を測定したところ、岩盤は透水係数が1桁づつ異なる3つの領域に分けられた。このような岩盤で、高速と低速の水圧破砕、およびスリーブ破砕のいずれかにより破砕亀裂を導入して、リオープンとシャットインの実験を数回繰り返し、最後に流量を段階的に上げていき定常圧力を観察するステップ流量試験を行った。なお,この後に型取りパッカーで亀裂の方向・形状を測定した。主たる結果をまとめると下記のようになる。

(1)ブレークダウン圧力Pb

 Pbは、低透水性の領域では高速と低速の水圧破砕で差が見られなかった。しかし、相対的に高透水性の領域では低速でのPbは高速の場合よりかなり低下した。この低下は中透水性の領域では少しの程度であった。このような加圧速度効果の原因と考えられる孔周辺の浸透の程度を表わす無次元化加圧速度(N.P.R.)を定義した。rsは孔半径、tcはブレークダウンまでの時間である。cは拡散に関する係数で、透水係数k、粘性、貯留係数Sを用いて、c=k/(・S)で表わされる。

 

 N.P.R.を用いて原位置実験および既往の室内実験結果を検討した。その結果、N.P.R.が0.1以上ならば浸透の影響は無視できて、規準式

 

 が成立し、N.P.R.が0.001以下ならば浸透の影響による下限式

 

 が成立することがわかった。nは多孔弾性係数である。

(2)リオープニング圧力Prとシャットイン圧力Ps

 Pr、Psの特徴を、亀裂のない理想的な条件での実験を通じて把握し、実験地の地圧を評価した。Psとしては、シャットインカーブから読み取る3つの方法(二直線法、マスカット法、Pctc解析法)と、ステップ流量試験によるPspqを採用した。全深度にわたり、PctcとPspqとがよく一致して分布し、シャットインカーブの裾野から接線を引く二直線法とマスカット法が低めの値を与えた。Prを圧力曲線が非線形になる点として読み取った。読み取りは曖昧であるがその分布はPctc、Pspqと概略一致した。リオープン時の最大圧力には明瞭な流量依存性があった。

(3)実験地の地圧の評価

 最大圧縮の方向は水圧破砕の亀裂方向からほぼ南北である。最小圧縮応力としては、Pctcともよく一致し、安定して読み取ることのできたPspqを用いた。最大圧縮応力は、浸透を無視できる条件のPbを用いた他、参考として、浸透によるPbの下限条件に近いデータも用いた。なお、両者は概ね一致した。実験地の地圧の特徴は、既存節理の相対的な集中域では地圧の水平成分が被り相当地圧(gZ)に近く、それ以外の大部分では水平成分が被り地圧と比べて大きい。これは応力解放法などによる付近での既往の測定とも一致する結果である。

 なお、微小地震の震源解から得られている実験地周辺のより大深度かつ広域的な応力場は、概略東西方向とされているので、ダイアピル状岩体の中の比較的浅部において応力場が異なっていることになる。

(4)SHに関する新しい情報

 一般には、前述したように水圧破砕によるSHの推定精度はShと比べて低いとみなされるので、PbやPr以外の新しい情報からSHを推定できることが望まれる。そこで、・水圧破砕亀裂の発生方向のばらつきと、・シャットインカーブの第2の屈曲点、に着目した。この2点について最弱リンク説の確率論と、亀裂閉合過程の考察からSH推定の可能性を示し、実験データで検証した。

(5)試験手順の提案

 以上の既存亀裂の少ない岩盤での原位置水圧破砕実験を通じて、亀裂の発生、再開口、閉合のメカニズムを考察してまとめた。これに基づき、現場での試験手順の提案を行った。また実務の作業工程などを分析して他の代表的な地圧測定法とも比較し、実務上の特徴についてもまとめた。

 本研究では、水圧破砕地圧測定の信頼性の向上に寄与するために、水圧破砕亀裂の挙動メカニズムの解明を試みた。室内実験で避けられない寸法効果や有限境界の影響を避けるために原位置での実験を通じて、実スケールで亀裂挙動メカニズムを検討することができた。解明された亀裂挙動メカニズムは、亀裂がない場合だけでなく既存亀裂がある場合にも応用して、水圧破砕地圧測定の信頼性向上に役立てたい。

審査要旨

 新孝一氏により提出された論文には、既存亀裂の少ない原位置での測定を通じて、水圧破砕による岩盤応力測定に関するいくつかの課題を解決した経緯がまとめられている。

 水圧破砕による岩盤応力測定の概念が1950年代に提案されて以来、室内実験や理論的検討を通じて多くの研究が行われている。しかし、基礎研究と原位置での作業を結び付ける研究は少なく、原位置でどのような手順で水圧破砕を行い、得られた結果をどう解釈すればよいか、というような基礎的な事項についても不明な点がいくつかある。本論文で解決を図った事項を整理すると次のようになる.

 (1)ブレークダウン圧力Pbには、有効応力規準に基づいて、孔壁への浸透がある場合とない場合の2つの規準が得られている。岩石の透水性は様々であるが、どのような場合にどちらの規準式を用いればいいのかが明らかでない。

 (2)リオープニング圧力Prも地圧の算定にしばしば用いられる。用いるべき規準式は亀裂内への浸透条件によって変わりうるが不明であるので、実スケールの実験を通じてデータの特徴を把握する必要がある。

 (3)シャットイン圧力Psは亀裂面に垂直方向の地圧、すなわち孔軸と亀裂面が鉛直なら水平面内の最小圧縮応力Shと等値される。しかし、シャットイン圧力を求める複数の方法が提案されているので、実スケールの実験を通じてデータの特徴を把握する必要がある。

 (4)水圧破砕地圧測定法では、水平面内最大圧縮応力SHを、PbないしPrから求めるが、Pbを用いる場合には岩盤の引張強度Tが必要になること、Prはその規準式が曖昧なこと、からSHの推定精度はShよりも劣るとされる。そこで、SH推定に役立つ新しい情報を得る必要がある。

 これらの事項の解決を目指し、新孝一氏は北京郊外にある中生代後期花崗岩の円状の貫入岩体に実験場を置き周到な水圧破砕実験を実施した。本論文で述べられている主たる結果をまとめると下記のようになる。

 (1)ブレークダウン圧力Pb:Pbは、低透水性の領域では高速と低速の水圧破砕で差が見られなかった。しかし、相対的に高透水性の領域では低速でのPbは高速の場合よりかなり低下した。この低下は中透水性の領域では少しの程度であった。このような加圧速度効果の原因と考えられる孔周辺の浸透の程度を表わす213418f04.gifを定義した。rSは孔半径、tCはブレークダウンまでの時間である。cは拡散に関する係数で、透水係数k、粘性、貯留係数Sを用いて、c=k/(・S)で表わされる。N.P.R.を用いて原位置実験および既往の室内実験結果を検討した。その結果、N.P.R.が0.1以上ならば浸透の影響は無視できて、規準式Pb=3Sh-SH+T-p0が成立し、N.P.R.が0.001以下ならば浸透の影響による下限式Pb=(3Sh-SH+T-2n・p0)/[2(1-n)]が成立することがわかった。nは多孔弾性係数である。

 (2)リオープニング圧力Prとシャットイン圧力Ps:Pr、Psの特徴を、亀裂のない理想的な条件での実験を通じて把握し、実験地の地圧を評価した。Psとしては、シャットインカーブから読み取る3つの方法(二直線法、マスカット法、Pctc解析法)と、ステップ流量試験によるPspqを採用した。全深度にわたり、PctcとPspqとがよく一致して分布し、シャットインカーブの裾野から接線を引く二直線法とマスカット法が低めの値を与えた。Prを圧力曲線が非線形になる点として読み取った。読み取りは曖昧であるがその分布はPctc、Pspqと概略一致した。リオープン時の最大圧力には明瞭な流量依存性があった。

 (3)実験地の地圧の評価:最大圧縮の方向は水圧破砕の亀裂方向からほぼ南北である。最小圧縮応力としては、Pctcともよく一致し、安定して読み取ることのできたPspqを用いた。最大圧縮応力は、浸透を無視できる条件のPbを用いた他、参考として、浸透によるPbの下限条件に近いデータも用いた。なお、両者は概ね一致した。実験地の地圧の特徴は、既存節理の相対的な集中域では地圧の水平成分が被り相当地圧(gZ)に近く、それ以外の大部分では水平成分が被り地圧と比べて大きい。これは応力解放法などによる付近での既往の測定とも一致する結果である。なお、微小地震の震源解から得られている実験地周辺のより大深度かつ広域的な応力場は、概略東西方向とされているので、ダイアピル状岩体の中の比較的浅部において応力場が異なっていることになる。

 (4)SHに関する新しい情報:一般には、前述したように水圧破砕によるSHの推定精度はShと比べて低いとみなされるので、PbやPr以外の新しい情報からSHを推定できることが望まれる。そこで、水圧破砕亀裂の発生方向のばらつきと、シャットインカーブの第2の屈曲点、に着目した。この2点について最弱リンク説の確率論と、亀裂閉合過程の考察からSH推定の可能性を示し、実験データで検証した。

 (5)試験手順の提案:以上の既存亀裂の少ない岩盤での原位置水圧破砕実験を通じて、亀裂の発生、再開口、閉合のメカニズムを考察してまとめた。これに基づき、現場での試験手順の提案を行った。また実務の作業工程などを分析して他の代表的な地圧測定法とも比較し、実務上の特徴についてもまとめた。

 新孝一氏は、室内実験で避けられない寸法効果や有限境界の影響を避けるために原位置での実験を通じて、実スケールで亀裂挙動メカニズムを検討し新しい知見を得たといえる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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