学位論文要旨



No 213419
著者(漢字) 田,透
著者(英字)
著者(カナ) デン,トオル
標題(和) 銅酸化物超伝導材料の探索
標題(洋)
報告番号 213419
報告番号 乙13419
学位授与日 1997.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13419号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 助教授 高木,英典
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨

 本研究の目的は新規の銅酸化物高温超伝導材料、及びその関連物質の探索とその評価にある。更には安定性の向上など、応用上有効な材料の開発も目的としている。

 探索の方法としては、既存の構造でのキャリア適正化によるhigh-Tc化や、新規のブロック層の探索、CuO2面の積層やブロック層の挿入および置換など全般的に行った。

 本研究は以下の3種類の系について材料探索を行った結果である。

 1)Bi-22(n-1)n系:相、

 2)炭酸基系:相、(Ln,Ca)(Sr,Ba)2Cu3-x(CO3)xOy

 3)ペロブスカイト型ブロック層系:YSr2Cu3-xMxOy相、Ln2Ba2CamCenTi2Cu2O11+m+2n

【実験方法と結果】

 本論文で作製した試料は全て焼結体で、合成は固相反応法を用いた。いくつかの試料において高圧酸素アニール処理を施しているが、これはHIPもしくはオートクレーブにより行った。以下に各系についての結果をまとめる。

1:Bi-22(n-1)n系について<相>

 相は通称Bi-2201相と呼ばれており、Tc=8Kの超伝導体である。本研究ではこの相のSrサイトをLa,Pr,Ndで置換していくことによりキャリアの適正化ができ、その結果Tc=8KからTc=23Kへのhigh-Tc化が達成された。また(BiO-SrO)2層はブロック層として+0.6程度のホールキャリアを供給しうることが考察された。更にBi-2201系では初めて超伝導相から絶縁相まで制御してTcのキャリア(置換量)依存性を得た。ここで有効に置換するLnは大きな配位数(9配位)が可能な軽ランタノイド元素群であった。

<相>

 系も同時期に、Bi-Sr-Nd-Cu-O組成でTc〜60Kの相が存在することを見い出したことに起因する。これはCa-free組成でのBi-2212構造の初合成であり、その組成はで(Ln=Y,Pr〜Ho)Tc>60Kのhigh-Tc材料が得られ、Lnの置換量が大きい場合にはBi-2212系の非超伝導相を得ることが出来た。Bi-2212構造の安定化に有効なLnはBi2201系の場合とは異なり、8配位数が安定なPr〜Hoの元素であった。この系はCaを用いた場合に見られるBi-2212相、Bi-2223相の混合などが起こらずBi-2212相の単相を合成するには都合が良い。またBi-2201相と同様、Bi-2212相でもLn-free組成ではオーバードープに成り易く、アンダードープ領域のTcの低下はBi-2201系と同様に、(BiO-SrO)2層がブロック層として+0.6程度のホールキャリアを供給すると考えると系の場合でのTcのホールキャリア依存性と良い一致が得られる。

2:炭酸基系について<相>

 Bi4Sr8Cu5Oy相はCuO2面が1次元的に寸断されており興味深い構造を持っているが、本研究ではBi:Sr:Cu=2:5:2組成近傍にTc=47Kの新超伝導相を見い出した。しかしこの材料は組成から見るとBi4Sr8Cu5Oy相に近いが、結晶の対称性は異なっており、正確な組成は後に秋光研との共同研究によりの組成であることが明らかになった。この系も上記のBi系と同様オーバードープになりやすく、He中での還元によりTcは42Kから47Kへと上昇する。またBi系特有のb軸方向へのモジュレーションが見い出されており、このため構造も斜方晶になる。この後炭酸基ブロック層はTl系、Hg系などと組み合わせられることが明らかになった。

<(Ln,Ca)(Sr,Ba)2Cu3-x(CO3)xOy相>

 1992年にNTTの木下らが炭酸基系のCuO2面1枚の超伝導材料を単相化したが、本研究ではCuO2面2枚以上のhigh-Tc材料の探索とYBa2Cu3Oy系との比較を行った。CO3-1212構造で得られた単相はBa-rich、CO3-poorのTc=80K相とBa-poor、CO3-richのTc=40K相である。Tc=80K相はLn=Ce,Tbを除く全ランタノイド元素およびYで得られたが、Ln=PrではTc(onset)=30Kまで低下し、YBa2Cu3Oy系に類似していることが明らかになった。この系ではCuOチェインとCO3基の配列による超周期構造がX線回折でも見られ、イオン半径の比較的小さいLnの組成でその構造が安定化されることが分かった。またSr-rich組成では結晶粒界には炭酸塩と思われる薄い絶縁層が生成し易く、この絶縁層は酸素や二酸化炭素中のアニールによりある程度消滅、生成し得るので、デバイスなどへの応用の可能性もあると思われる。またCO3-1212系で得た最適組成比は若干の変更によりBO3-1212系などに応用でき、同程度のTcを与えた。

3:ペロブスカイト型ブロック層系<YSr2Cu3-xMxOy相>

 YSr2Cu3Oy組成は超高圧合成で得られるTc〜60K程度の材料であるが、本研究ではYSr2Cu3-xMxOy(M=Li,Al,Ti,V,Cr,Fe,Co,Ga,Ge,Mo,W,Re)組成において1212構造を見い出した。その中でM=Ti,V,Fe,Co,Ga,Ge,Mo,W,Reで超伝導性が得られ、M=Rex=0.15の組成でTc=73Kを達成した。M=Cr,Vでは斜方晶転移など特異な構造が見られ、その原因はM=VではVの5配位、M=CrではCr6+-O4の小さなtetrahedronによると考えられる。超伝導転移温度は平均の│Cu-O│の価数が同じでもMの価数の大きい方が高く、頂点酸素とCuO2面内酸素のポテンシャルの差VAがTcの決定要因の一つになっていると考えられる。同じ構造系で、VAとTcの相関が見られたことは非常に興味あるポイントである。ただしM=Vの系において酸素導入による金属相への転移はオーバードープが原因とは考えられず、その超伝導消失の要因は明らかではない。

 またこの材料系は酸素分圧に敏感であるが、耐水性に優れている性質を持っている。この安定性は超伝導体の表面を利用する応用には有利になると考えられる。また特に価数の大きいV,Cr,Mo,W,Reなどは他のTl系、Hg系の材料群でも類似の効果があることが近年明らかになってきている。

<Ln2Ba2CamCenTi2Cu2O11+m+2n相>

 本研究ではペロブスカイト層が4層スタックした構造をもっているLn2Ba2Ti2Cu2O11相の超伝導化を試みたが、LnサイトへのCa,Sr置換ではキャリアドーピングが十分行われる前に、別の構造への変化が起こった。即ちNd2Ba2CamCenTi2.組成において(m,n)=(1,0),(0,1)(1,1)の新しい構造を見い出し、(m,n)=(0,0)を合わせ全4種類の粉末中性子回折による精密構造解析を行った。その結果(m,n)=(1,0)ではrock-salt型のブロック層がTiO6・octahedron間に挿入され、(m,n)=(0,1)ではfluorite型のブロック層がCuO5・pyramid間に挿入され、(m,n)=(1,1)ではそれらが同時に挿入された構造を有することが明らかになった。ただし本研究の材料組成ではキャリア導入は十分ではなく超伝導化には至っていない。

【結論】

 本研究では、表1でまとめた新超伝導材料およびその関連化合物を見い出した。これらの材料系ではキャリア濃度やVAがTcの主な決定要因になっていることが考察された。また本研究で行ったペロブスカイト型ブロック層の開発について、以下の意義があると考える。

 1)配位数の高い元素を部分固溶させることにより、酸素取り込みによるホールキャリアのドーピングが達成できる。

 2)Srをベースのペロブスカイト型ブロック層がSrO・(Cu,M)Oy・SrOの積層構造により安定化され、且つSrベースにすることにより材料の安定性が得られる。

 3)多層のペロブスカイトユニットを積層させることが出来るので、ブロック層の厚み制御を行える。これにより異方性を制御できる可能性がある。

 4)Tcと相関の強いVAを増加させられる。

 5)基板やバッファ層への応用の可能性が考えられる。

表1 本研究で開発した主な組成、及びその結晶構造と特性
審査要旨

 本論文は、より高い臨界温度Tcの実現、材料の安定性の向上を目指し、新しい高温超伝導銅酸化物材料の開発、合成条件、及び結晶構造決定の評価等一連の研究結果をまとめたものである。

 本論文は、第1章から第4章そして付録から構成されている。

 第1章では、序論として、論文の背景となる銅酸化物高温超伝導体探索10年間の経緯と現状が述べられ、結晶構造に基づくそれらの分類法、キャリアードーピングによるTcの最適化に関する概論へと続く。そして、新しい銅酸化物高温超伝導材料の探索、既存の構造におけるTcの最適化及び材料の安定性の向上のためのドーピング、元素置換ということが本論文の目的であるとしている。1)Bi系2)炭酸基系3)ぺロブスカイト型ブロック層系の3種類の系が材料探索の具体的目標として挙げられ、その背景、動機、目的が述べられている。

 第2章では、主として結晶構造と原子の共有結合/イオン結合性に基づいた半経験論的な材料探索の方針と合成方法、試料評価方法等の実験方法が述べられている。高温超伝導体の構造は、超伝導の舞台となるCuO2面と、それ以外の原子層(ブロック層)の積層構造である。高温超伝導体の多様さをもたらしているものはブロック層であり、そこでは原子間の結合が概ねイオン結合になっていることに着目し、イオン結晶モデルに基づく、原子の配位多面体による高温超伝導体の分類とマーデルングポテンシャルとTcとの経験的相関を探索指針としていることが本論文の特徴である。

 第3章は、第2章で述べられた方針に基づいて開発された膨大な数の銅酸化物材料を上記1)〜3)の3つの系に分類して、それぞれの合成結果、構造及び超伝導性の評価が詳述されている。Bi系に関しては、高温超伝導体としては最もTcの低い、CuO2面一層のBi2Sr2CuO6のSrサイトを軽ランタノイド元素La、Pr、Ndで置換することによりキャリアー濃度の適性化ができ、Tcの向上が達成された。また、Caを含まないBi2212相が重ランタノイド元素置換により合成でき、60K以上のTcをも高温超伝導体であることが示された。Caを含まない利点は、Bi2212とBi2223相との混合を回避できることにある。

 炭酸基系は、新しいブロック層として、他の研究グループと独立に本研究により開発されたもので、ブロック層にCO3基を内包する。既存のY系、Bi系、Tl系、Hg系においても炭酸基ブロックを含む新しい高温超伝導体が合成され、高温超伝導体の種類の大幅な増加をもたらした。

 ペロブスカイト型ブロック層系は、YSr2Cu3-xMxOy系とNd2Ba2CamCenCu2+xTi2-xOy系との2つに分けて述べられている。YBa2Cu3Oyは高温超伝導体の典型であるが、BaをSrに換えたYSr2Cu3Oyは超高圧下でのみ合成可能な材料であった。本研究により、Srの一部を他の金属元素(ReやVなど)で置換した化合物は通常の条件下で合成でき、しかもTc=70Kを越す超伝導体となることが発見された。この材料はBaを含まないことから耐水性に優れた性質をもっており、殊に超伝導体の表面を利用する応用にとっての朗報となった。現在では、この安定化法は最高のTc=135Kを有するHg系にも適用され、線材やバルク材応用にとっての重要材料技術として注目されている。もう一方のNd2Ba2系は、未だ超伝導化には成功していないが、全く新しいタイプのブロック層の開発であり、TiやMnのペロブスカイト酸化物がブロック層を構成している。これらは強誘電性や強磁性材料であり、超伝導CuO2面との積層により新しい機能性を持った材料が開発される可能性を示したものである。

 第4章では、本研究での成果を総括するとともに、今後の材料探索の展望を述べている。

 以上のように、本論文は、より高いTc、より高い安定性、機能性を目指して行った10年間にわたる膨大な銅酸化物高温超伝導体材料探索の成果を記したものであり、高温超伝導材料探索における原子操作(元素置換)の重要性を実例をもって証明したものである。その成果は、今後の材料探索の指針となるとともに、高温超伝導の応用にとっても有用な知見を与えるもので、超伝導工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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