学位論文要旨



No 213421
著者(漢字) 但馬,文昭
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,フミアキ
標題(和) ファジー理論による生糸生産工程の計測制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 213421
報告番号 乙13421
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13421号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,正彦
 東京大学 教授 鵜飼,保雄
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 永田,昌男
内容要旨

 生糸の生産成績は収率,能率,品質の3要因により評価される。この3要因を改善するためには生糸の生産工程のシステム化と自動化が重要な課題となる。生産工程の中でも煮繭工程の処理結果は3要因との関わりの深い繰糸工程における成績(繰糸成績)を決定してしまうことから,とりわけ重要である。このため,煮繭工程の適正な制御方法を見い出すために,多くの研究がなされてきた。それにも拘わらず,製糸工場では今なお煮繭技術者の経験的知識や勘に基づいた試行錯誤による煮繭条件の設定が行われている。その理由のひとつには,工場の工務担当者が煮繭条件を修正する際に支援を受けることができるシステム等の開発が十分でないことが考えられる。加えて,近年は産繭量の減少による原料繭の小荷口化と外国産繭の使用により,複数荷口の合併が行われている。このため,原料繭の性状把握が複雑化し,ますます問題の解決が困難になっている。この問題を解決するため,まず,現状分析し,問題点を明確にする。

 これまでの先行研究により,煮繭・繰糸工程を対象として,繰糸成績を改善するためにフィードバック制御に基づいた第1次・2次修正法が提案され,基本的制御方法として取り入れられてきた。第1次修正法は,煮繭後の煮熟繭をサンプリングし,煮熟度を推定して煮繭工程に帰還するものである。第2次修正法は繰糸中または繰糸終了後,繰糸成績を測定し,煮繭工程へ帰還するものである。これらの方法により煮繭の適正な制御を行うためには,測定項目と煮繭条件との関係を分析し,できるだけ速やかに制御規則を見い出す必要がある。そのためには,繰糸状態あるいは繭の煮熟状態の指標となり,繰糸工程内で常時容易に測定できる3要因と相関の高い項目を計測する必要がある。このことから,次の事項が問題点として挙げられる。

 (1)煮繭・繰糸開始後速やかに煮繭条件と繰糸成績を測定し,かつ分析して制御規則を見い出すシステム化が必要である。このとき,条件と成績は交互作用を持っているので,この作用を排除する必要がある。

 (2)煮繭工程を中心とする製糸工程の管理指標として,有効接緒回数と繭の煮熟状態を把握することの重要性がこれまでに指摘されている。解じょ張力またはそのパルス性の変動を計測することによりこれらを推定する方法は,計測する項目を少なくできることから実用的と考えられる。そのためには,実繰下において解じょ張力を計測して,有効接緒回数と煮熟状態を推定できることを明らかにし,解じょ張力と煮繭条件および繰糸成績との関係を定量的に分析して制御規則を見い出す方法の検討が必要である。

 (3)3要因のうち収率,能率についてはこれらと相関の大きい繰糸成績の計測方法が研究されてきた。また,これらの結果を第2次修正法により煮繭工程へ帰還ことにより繰糸成績を改善する研究もなされている。一方,品質は生糸検査後に得られるため,その結果を煮繭工程に帰還して品質を改善することは,時間遅れが大きく,小荷口に対処できない。この問題を解決するために,品質の評価項目のひとつである繊度に関して繰糸工程内における繊度制御の研究が行われている。しかし,節成績に関しては,節の計測と種類識別装置の開発研究が十分行われていないため,生糸生産工程内の上流で節成績を把握して時間遅れを短縮する課題はほとんど検討されていない。

 これらの問題を本研究では次の方法により解決した。

 (1)については,計測および制御し易さの観点から,煮繭条件は煮繭工程の5箇所の温度とし,繰糸成績は10項目を選定した。これらの項目の交互作用を排除するため,回帰主成分分析法により煮繭条件を互いに独立な少数の温度パターンに集約した。これにより,煮繭条件の制御規則の導出問題は改善すべき繰糸成績と最も適合する温度パターンの評価問題として位置づけられ,問題解決の単純化が図られた。温度パターンの評価方法としてはファジー評価規則による方法とファジー理論を応用した多項目評価による方法を示した。これにより,煮繭工程制御支援システムの基本的枠組みを構築した。

 (2)については,解じょ張力のパルス性の変動成分から,有効接緒を検出するのに十分な応答性を持つ検出器を作製し,有効接緒回数の計数装置を構築することにより有効接緒管理の一方法を示した。さらに,この装置を使用して,実繰下において計測した解じょ張力から平均値と分散を算出し,煮繭条件および繰糸成績との関係を回帰主成分分析して制御規則を見い出した。また,繰糸成績の項目のうち,従来から指標として利用され,繰糸工程内で比較的測定が容易な索抄緒効率,解じょ率,生糸糸長等と解じょ張力の平均値と分散との関係も分析し,解じょ張力の平均値と分散が煮繭条件を制御する際の指標となることを明らかにした。

 (3)については,従来の第1次・2次修正法に新たに揚返し工程から煮繭工程への帰還経路を加えた第3次修正法を基本的制御法を示した。第3次修正法は揚返し工程において節を計測し,その種類を識別した結果に基づいて煮繭工程を制御して節成績を改善するものである。そのために,まず,レーザー光検出器を使用した2方向計測法を示した。次に,計測した節形状波形について特徴量として幅,高さ,面積,相互相関,長さを定義し,これらのうちの2つの特徴量により構成される平面上における節の特徴量の分布を調べた。この結果,節の種類により識別が容易な特徴量の組合せを見い出した。これらの結果に基づいて,ファジー理論を応用した節の種類識別システムを構築した。識別実験の結果,小ずる節95%,大わ・さけ節95%,中つなぎ節73%,小節66%の識別率を得た。次に,セリプレーン検査との対応を調べた。その結果,小節100%,大中節92%の一致が得られた。これにより,節検査の自動化の可能性を示した。さらに,本識別システムを使用して,揚返し工程における節の識別実験を行った。その結果,システムによる結果とセリプレーン検査結果がほぼ一致した。また,当初予想された薬剤の噴霧による識別率の低下はそれほど大きくないことも明らかにした。これにより,第3次修正の帰還経路による煮繭工程制御の可能性を示したと同時に,生糸の生産成績の3要因を評価することにより,煮繭工程の制御が可能であることも明らかにした。

 以上の問題解決の手法を製糸工場に導入し易くして実用化を図るために,(1)から(3)の検討結果を取り入れた第3次修正法に基づいて,具体的操作量を出力できる煮繭工程の制御支援システムを構築した。これを使用して生糸生産工程の煮繭,繰糸,揚返し工程において制御実験を行い,その評価を行った。その結果,解じょ張力の平均値と分散を指標とすることにより,解じょ率,索抄緒効率,生糸糸長の改善状態の推移が判断でき,適正な煮繭条件を見い出すことができた。また,節計測による煮繭工程の温度制御ができ,生糸の節成績の品質評価による第3次修正法の妥当性を確証できた。さらに,これらの制御実験を通じて,構築した煮繭工程の制御支援システムの有効性を明らかにした。これにより,煮繭,繰糸,揚返し工程を一貫する生糸生産工程の制御方法の基本的枠組みを確立した。

審査要旨

 生糸の繰糸成績は、収率、能率、品質の3要素により評価される。これを向上するには生糸生産工程のシステム化と自動化が必要である。とりわけ、煮繭工程の条件設定は繰糸成績に決定的な影響を与えることから、煮繭後の繭の情報に基づく初期の煮繭条件の第1次修正、および繰糸後の糸の情報に基づく第2次修正がなされてきた。しかし、煮繭条件と繰糸成績の関係は相互作用を持っているため、個別の項目の関係に着目して全体の規則を見いだすのは困難である。加えて、近年の産繭量の減少に伴う小荷口化と外国産繭との合併繰糸のため、煮繭条件の設定が複雑化していることも問題の解決を困難にしている。このような背景から、煮繭条件と繰糸成績の関係を迅速に分析して、適正な制御規則を見出す新たな方法の開発が希求されていた。本論文は、繰糸・揚返し工程に新たに開発した各種の計測機器を導入し、計測結果のファジー理論に基づく解析と煮繭工程の制御への帰還を図り、生糸生産工程のシステム化と自動化を図ったものである。

1.繰糸成績による煮繭条件の制御

 計測と制御の容易さの観点から煮繭工程の5か所の温度と繰糸成績の10項目を選定し、相互作用を排除するため、回帰主成分分析法により煮繭条件を互いに独立な少数の温度パターンに集約した。煮繭条件の制御規則の導出は、改善すべき繰糸成績項目と最も適合する温度パターンの評価問題に帰結することが出来、問題の単純化がなされた。温度パターンの評価は、ファジー評価規則による方法とファジー理論を応用した多項目評価による方法によって行い、両者の利点と欠点を考慮して、煮繭工程の制御支援システムの基本的枠組みを構築した。

2.煮熟状態の指標となる繰糸成績の計測と煮繭条件への帰還

 解舒張力のパルス性の変動成分から煮熟状態を推定する方法を開発した。まず、実際の繰糸工程中で解舒張力の平均値と分散を計測できる装置を作成し、その計測結果に基づく煮繭条件との回帰主成分分析により煮繭工程の制御規則を見出した。繰糸成績の項目のうち索緒・抄緒効率、解舒率、解舒糸長等と解舒張力との関係を分析することにより、解舒張力が煮繭条件を制御する重要な指標となることを明らかにした。

3.節成績の繰糸工程中における測定方法の開発と煮繭条件への帰還

 繰糸成績の収率と能率に関わる多くの項目は繰糸工程で計測し煮繭工程へ第2次修正として帰還させることが可能であるが、節成績は繰糸終了後の生糸検査において明らかになるため、煮繭条件への帰還が困難であるとされていた。そこで、揚返し工程において節を計測し、その結果に基づいて煮繭工程を制御し節成績を改良する第3次修正方法を開発した。まず、走行する糸条にレーザー光を照射し節による遮光量の変化を直交する2方向から計測する装置を作成した。次に、これを用いて計測した糸条の波形から節の種別を識別するため、ファジー理論を応用した節の識別システムを構築した。このシステムによる結果と、セリプレーン検査の結果との対応は、小節100%、大中節92%の一致をみた。これにより節検査の自動化の可能性を示すとともに、揚返し工程において節成績を把握し糸質の改良につながる煮繭工程の制御を可能にした。

4.生糸生産工程のシステム化と自動化

 第3次修正までの具体的修正方法を検討し、煮繭工程の制御支援システムを構築した。すなわち、繰糸工程の解舒張力の平均値と分散を指標とすることにより、解舒率、索緒・抄緒効率、解舒糸長の改善に寄与する適正な煮繭条件を設定し帰還することができた。節成績を揚返し工程で計測し、それに基づく煮繭工程の温度制御により生糸の節成績の向上が図れる支援システムを構築した。この支援システムを用いて、生糸生産工程の自動制御化を図った。

 以上、本研究は、生糸生産工程の随所で生糸の品質を評価する項目を測定する装置を開発し、それを用いて実際の工程で計測した結果をファジー理論に基づき具体的操作量を出力させ、これまで困難とされていた煮繭工程を自動的に制御する方法を確立したものであり、学術上また応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51052