学位論文要旨



No 213422
著者(漢字) 盛田,清秀
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,キヨヒデ
標題(和) 農地移動形態の地域分化と農地流動システムに関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 213422
報告番号 乙13422
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13422号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 田中,学
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨

 農地の所有と利用の調整問題が、農業の担い手を育成し日本農業が一定の基盤のうえで展開するための基本的条件の一つであるという認識に立ち、新たな農地流動システムの形成条件を実証的に明らかにした。また農地移動の形態とメカニズムは地域によって異なり、この地域性を農民経営における土地所有の意味と関連付けて分析し、地域性に対応した農地流動システムのあり方を考察した。

 農地移動の形態としては、売買と賃貸借があり、従来より北海道を典型とする所有権取得型展開=自作型展開地帯と、都府県に多くみられる利用権取得型展開=借地型展開地帯に大きく区分される。近年は北海道においても賃貸借が増加しつつあるが、経営収益に比しての地価水準からみて北海道と都府県の違いは大きく、また北海道での賃貸借は売買に移行する過渡的な形態であるという性格を今なお濃厚に有しており、当分は農地移動の地域性は解消されないまま残存すると見通される。このため、北海道と都府県の2区分を主要な内容とする農地移動形態の地域性はかなり明瞭かつ本質的なものと現段階では捉えるべきである。

 このような地域性を規定する要因として、次が考えられる。すなわち、農地価格・借地料及びその農業収益との関係、地域労働市場の展開、農家の経済的蓄積と資産構成並びにそこにおける土地の占める割合、土地所有に関する家産的意識の違いである。本論文では特に農民経営において農地が資産として位置付けられていることに新たな照明を当てているが、これを含む前記の要因が農地移動形態の地域性を形成したと考え、それを実証的に明らかにしようとした。また、それを踏まえ、農地移動形態の独自性を示す北海道の農地流動の実態に即して新たな農地流動システムの形成条件を考察した。以下、各章の内容を要約する。

 序章では、これまでの農地問題に関する研究を所有と利用の関係に着目してレビューし、主要なものとして経済学的接近、歴史研究的接近、法社会学的接近をあげ、それぞれの意義と本論文の問題意識との関わりを整理した。本論文では農民経営における土地所有の意義に関して農家資産構成のあり方という新たな視点から接近するとともに、農民的土地所有下の利用調整問題を考察の対象とするが、これまでの研究は必ずしもそのような視点をもたないことを確認した。また、それが農地移動形態の地域性と関連することから、地域性の要因解明を本論文の主要課題の一つにすえた。

 第1章では、農地移動形態の地域性に関して、農地価格及び借地料という経済的要因、在宅兼業機会の有無という地域労働市場の展開度、農家資産構成における土地資産比率の相違という3要因と関連づけて検討した。その結果、北海道における農地売買と都府県における農地貸借という農地移動形態の地域性とはいずれの要因も整合性をもつことが明らかにされた。また、農地所有意識面の違いが存在していることも取り上げた。本論文におけるモチーフは、北海道では何故農地の購入に農家がこだわるのかということであり、たんなる地価・地代上の計算を超えた行動がみられることから農家資産構成との関わりに新たに照明を当てたものである。

 第2章では、空知の典型的な2地域を対象として、北海道水田地帯の農地流動について、流動システムという角度から明らかにした。これまで北海道では固有の農地移動に関する調整が行われてきた。集落役員ないし農業委員等の関与のもとで、集落内の小規模もしくは隣接農地所有農家が優先的に農地を購入するという方式である。筆者はこれを「北海道型農地流動システム」と名付け、その機能を対象地域について分析した。その結果、優等地の北空知ではかつてはそれが機能していたものの、1980年代後半以降は小規模農家優先はほとんど崩れ、かわって隣接者優先による農地集団化機能がみられること、こうしたシステムが基本的に形成されなかったとされる南空知でもかつては機能しており、それが北空知同様に崩れてきたことが明らかとなった。このシステムの崩れは、小規模農家の農地取得意欲減退によるところが大きいが、農地賃貸借の拡大はシステムの外側で農地が動くことを意味し、賃貸借をも取り込んだ新たなシステム形成が課題となっていることが明らかとなった。

 第3章では、大規模草地酪農地帯の農地問題を酪農経営展開の多様化と関連づけて分析した。対象地域では飼料生産の共同体制が、メンバー間の経営農地面積、乳牛飼養頭数格差拡大によって、また放牧や飼料給与方式の違いから運営上の困難が増していること、さらに今後の経営の展開方向が多様化していることから、飼料生産の共同体制のあり方とも関連して、農地のリアロケーションが課題となっていることが明らかとなった。具体的には、放牧志向経営では畜舎隣接草地の確保が必要であるなど、経営内容と関連づけた農地再配分が必要となっている。

 第4章では、十勝畑作地帯の農地問題を、農地賃貸借の展開及び農地流動システムの機能に着目して分析した。対象地の清水町は河川沿いから山麓にかけて地区別の特徴が明確であり、地区条件に応じて農地需給関係が異なり、またそれを反映した農地流動となっている。さらに「相対」方式の農地貸借が展開しており、「北海道型農地流動システム」の機能は比較的弱い。こうした条件のもとにおける農地流動対策を考察した。

 第5章では、画期的な土地利用調整を実施している長野県宮田村を対象として、零細農地所有のもとでの地域的な土地利用再編を実行するための条件と方式を考察した。宮田村では米生産調整の本格化を契機に土地利用計画によって稲作に果樹、畜産を加えたバランスのとれた地域農業を構築しようとした。このため、「地代制度」という地代の地域プール制をとり、作物別団地化に向けた土地利用調整を遂行した。「地代制度」は十数年たった現在も土地利用計画を支える機能を果たし続けているだけでなく、新たに稲作の品種別団地化、担い手の経営水田の団地化が取り組まれている。地域農業再編の基軸を土地利用再編に置き、そのための地代管理に取り組んでいるところにこの事例の先進性があることを明らかにした。

 各章の実証的研究から以下のことが明らかになった。

 第一は、農地移動形態の地域性は現在でも明確に存在する。北海道でも農地貸借は増加傾向にあるが、将来はともかく現段階においては都府県の貸借とは類型が異なる。

 第二は、この地域性の背後にあってそれを規定する要因は、次の諸要因である。まず農地価格及び借地料水準並びにそれらの収益性との関係、次に在宅兼業機会の違い、そして農家資産構成に占める土地資産の位置の違い、さらに農地所有意識の違いである。このうち、農家資産構成と土地資産のウェイトの関連についての解明は本論文の特徴である。

 第三に、農地移動形態の地域性とも関連するが、北海道には「北海道型農地流動システム」がかつて機能していたこと、それは近年著しく弱まりを示しつつも、農地集団化機能は強化されている場合もあることが明らかとなった。このシステム再編には、基本原則である小規模農家優先が基盤を失ったことから、新たな理念と方向性に沿った再構築が課題である。

 第四に、北海道農業は内部に地帯構成をもつが、農地問題にも地域的特徴が明確に存在し、共通性と地域性の視点が必要である。畑作地帯の賃貸借進展、酪農地帯の経営展開の多様化とそれに応じた農地再配分の必要などがその具体像である。

 第五に、都府県のような零細農地所有下における土地利用再編は、地域を単位とした枠組み形成が不可欠である。地域の農地利用あるいはその担い手形成に関して何らかの共通認識の形成が必要であり、それを実行し支える装置を組み込むことによって土地利用再編の実行可能性が高まる。

審査要旨

 本論文は、農地の所有と利用の調整問題が、農業の担い手を育成し、日本農業が一定の基盤のうえに発展するための基本的条件の一つであるという認識に立ち、新たな農地流動システムの形成条件を、主として北海道の農業をフィールドにして実証的に明らかにしたものである。

 本論文の各章の内容を要約すれば、以下の通りである。

 序章では、まずこれまでの農地問題に関する研究を所有と利用の関係に着目してレビューし、主要なものとして経済学的接近、歴史研究的接近、法社会学的接近をあげ、それぞれの意義と本論文の問題意識との関わりを整理している。

 第1章では、農地移動形態の地域性に関して、農地価格及び借地料という経済的要因、在宅兼業機会の有無という地域労働市場の展開度、農家資産構成における土地資産比率の相違という3要因を関連づけて検討している。その結果、北海道における農地売買と都府県における農地貸借という農地移動形態には、その地域性の要因について相互に整合性をもつことが明らかにされている。

 第2章では、北海道水田地帯の農地流動システムという視点から、空知の典型的な2地域を対象に分析している。これまで北海道では固有の農地移動に関する調整が行われてきており、これは集落役員ないし農業委員等の関与のもとで、集落内の小規模もしくは隣接農地所有農家が優先的に農地を購入するという「北海道型農地流動システム」と呼ばれてきた方式である。しかし、このシステムが近年崩れてきたことが明らかにされ、賃貸借をも取り込んだ新たなシステム形成が課題となっていることが明らかにされている。

 第3章では、大規模草地酪農地帯の農地問題を酪農経営展開の多様化と関連づけて分析している。対象地域では、今後の経営の展開方向が多様化していることから、飼料生産の共同体制のあり方とも関連して、農地再配分が必要不可欠となっていることを明らかにしている。

 第4章では、十勝畑作地帯の農地問題を、農地賃貸借の展開及び農地流動システムの機能に着目して分析し、北海道でも「相対」方式の農地貸借が展開している地域のあることを明らかにし、あわせて「北海道型農地流動システム」の機能の弱い条件のもとにおける農地流動対策について考察している。

 第5章では、画期的な土地利用調整を実施している長野県宮田村を対象として、零細農地所有のもとでの地域的な土地利用再編を実行するための条件と方式を考察している。宮田村では米生産調整の本格化を契機に、土地利用計画によって稲作に果樹、畜産を加えたバランスのとれた地域農業を構築するため「地代制度」という地代の地域プール制をとり、作物別団地化に向けた土地利用調整を遂行している。

 以上の各章の実証的研究から、以下の点が明らかにされている。

 北海道農業の内部にも地帯構成がみられるが、近年では農地移動形態にも地域的特徴が明確に存在している。このため、北海道農業の有する共通性と地域性をふまえた今後の農地流動化対策が必要である。また、都府県のような零細農地所有下における地域の土地利用再編は、地域を単位とした枠組みの形成が不可欠であるため、地域の農地利用あるいはその担い手形成に関しての何らかの共通認識の形成が必要であり、それを実行し支える装置を組み込むことによって土地利用再編の実行可能性が高まる。

 また、地域性を規定する要因は、農地価格及び借地料水準並びにそれらの収益性との関係、次に在宅兼業機会の違い、そして農家資産構成に占める土地資産の位置の違い、さらに農地所有意識の違いなどである。なお、本論文では特に農業経営においては農地が経営資産として重要な位置を占めること、そのためこの問題を含む農地移動形態の地域性の整理が重要であることを実証的に明らかにしている点も、本論文のオリジナルな貢献である。

 以上、本論文は学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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