学位論文要旨



No 213423
著者(漢字) 岡本,芳郎
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,ヨシロウ
標題(和) 休耕水田を活用した溜め池の水質浄化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213423
報告番号 乙13423
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13423号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨 I.研究の背景および目的

 近年,溜め池集水域の都市化,農業就業人口の減少等により,溜め池への生活雑排水の流入が増大するとともに,従来行われてきていた底泥の除去等の溜め池の管理ができにくい環境になってきており,総じて,溜め池の水質は著しく悪化している.一方,水質改善対策として,水田の持つ自然浄化機能に着目した研究が進められている.例えば,山口・端(1993)は,窒素,リンを含んだ溶液を水田ライシメータに投入して,その後の水質変動についての実験を行っている.また,田渕ほか(1993)は,畑地からの高濃度のNox-Nを含む湧水を,谷津田を用いて浄化する実験を行っている.これらの実験は,主として溶存態の汚濁物質を,脱窒等の機構によって除去することを目的として行われたものであるが,溜め池では,内部生産が行われるため,汚濁物質に占める懸濁態の割合が大きく,脱窒等とは異なるメカニズムでの除去を考える必要がある.

 本研究では,休耕水田を活用した溜め池の水質浄化について,その実用面における効果と課題を明らかにすることを目的としている.具体的には,(1)休耕水田の水質浄化機能,(2)休耕水田への掛け流しによる溜め池の浄化,および(3)浚渫と休耕水田への掛け流しを併用した溜め池の浄化の3つの実験を行った.なお,実験は研究成果が充分実用性を有するものとなるよう,現場において,実際のスケールで実施した.

II.実験方法1.実験場所

 実験を行った溜め池は,香川県高松市木太町に位置する灌漑用の溜め池で,貯水量約7,000m3(浚渫後8,600m3に増加)の亀池である.池周辺地区は都市化が進行しており,亀池の水質は生活雑排水等の流入により悪化が著しい.亀池の受益水田面積は6.0haである.また,掛け流しに用いた休耕水田は亀池の上流側に隣接し,面積は0.32haである.

2.実験方法

 亀池に隣接する休耕水田に,池の水をポンプで汲み上げて掛け流し,休耕水田からの排水を池に戻すことを実験期間中原則として休むことなく繰り返した.

 休耕水田は4つの試験区に区分し,A区は2,600m3,B,CおよびDの3区は各200m3に設定した.また,滞留時間による汚濁物質の除去効果を調査するため各ステージ毎,試験区毎に0.25〜24時間の間で異なる滞留時間を設定した.

 実験を行ったのは,1993年7月29日〜10月18日(ステージI),1993年12月16日〜1994年2月28日(ステージII),1994年6月6日〜9月23日(ステージIII)および1995年6月6日〜9月23日(ステージIV)の期間である.未植生としたステージII以外は休耕水田内に水稲(コガネマサリ)を移植栽培した.ステージI,III,IVでは,実験期間を通じて施肥,薬剤散布,除草等の管理を一切行わなかったので,糸状体型の緑藻類の他,ノピエ類等の水田雑草の生育が見られた.一方,ステージIIでは植生はほとんど見られなかった.ステージIIIでは実験期間の途中(1994年7月11日〜21日)で中干しを行い緑藻類を除去した.

 水質の調査は,各ステージで6〜8回程度,休耕水田への流入水,休耕水田からの流出水および亀池中央の表層水について行った.また,亀池と休耕水田との汚濁物質の収支関係を厳密に調査するため,水田への掛け流しを除き系外からの流入および系外への流出を約1週間遮断し,毎日連続して水質調査を行う短期連続調査を5回実施した.さらに池底泥の浚渫が水質に及ぼす影響を見るため,ステージIIIとステージIVの間の1995年2月から3月にかけて浚渫を実施した.なお,ステージIIIおよびIVでは浚渫前後の底泥溶出実験を行った.

III.実験結果および考察1.休耕水田の水質浄化機能

 水田による水質浄化効率を比較検討するため,汚濁物質の濃度減少率および除去量を次により試算した.

 濃度減少率(%)=(流入水濃度-流出水濃度)/流入水濃度×100

 除去量(g/day)=流入負荷量-流出負荷量

 水田への掛け流しによる汚濁物質の濃度減少率は,SS,Chl-a,CODでは滞留時間が長いほど大きくなる傾向にあったが,5時間前後で頭打ちとなった.また,ステージI,III,IVの実験でSS,Chl-a,CODの濃度減少率は最大でそれぞれ80〜90%,80%,20〜30%程度であった.T-Nの濃度減少率は滞留時間との関係がSS等ほど明確ではなく,最大で50〜70%程度であった.一方,単位面積・単位時間当たりの除去量は,滞留時間が短いほど大きくなる傾向が認められた.T-Nの除去量はステージI,III,IVの実験で滞留時間が1時間以内の場合には0.5g/m2/day程度と,山口・端や田渕らによる実験での除去量とほぼ同じであった.

 水田で除去される汚濁物質の形態を分析したところ,汚濁物質の除去は主として懸濁態物質の除去を通じて行われていることが明らかになった.また,ステージIIでは汚濁物質の除去がほとんど見られず,植生が除去に大きく関与していることが明らかになった.

2.休耕水田への掛け流しによる溜め池の浄化

 亀池の水質調査の結果,浚渫前のステージI,ステージIIIについては,実験の前後で亀池の顕著な水質改善は認められず,水田への掛け流しは有意な効果を有していないように見受けられた.このため,亀池について物質収支の試算を行ったところ,水田で汚濁物質の相当量が除去されている一方,底泥の巻き上げ,底泥からの溶出等底泥が水質にマイナスの影響を与えていることが明らかになった.亀池の底泥を用いた溶出実験では,特にT-Nの溶出が著しかった.

 すなわち,休耕水田への掛け流しによる直接浄化を行っても,底泥の影響が大きければ池の水質が十分に改善されず,実用化に当たっては,底泥の除去を併せて検討する必要があると考えられた.

3.浚渫と休耕水田への掛け流しを併用した溜め池の浄化

 浚渫実施後のステージIVでは,T-Nについては,夏以降,農業用水基準である1mg/Lを下回るなど,浚渫前年と比較して,多くの水質項目で溜め池の水質改善が認められた.

 浚渫の水質改善効果を評価するため,ステージIII,ステージIVを対象としてT-N濃度についてシミュレーションを行った.その結果,仮に水田での浄化がなかったとした場合,浚渫前においては,実測値2mg/L程度に対し,5〜6mg/L程度まで上昇していたことが,また,浚渫後においては,実測値1mg/L程度に対して2〜3mg/L程度まで上昇していたことが推測された.

 このことから,浚渫および水田による直接浄化はいずれもが極めて重要な役割を果たしていたことが明らかになった.

IV.結論1.研究の成果

 実験結果から浚渫および水田による直接浄化のいずれもが有効な浄化手段であることが明らかになった.しかしながら,溜め池の水質保全のためには,両者のいずれかの措置がなされれば事足りるということではない.亀池では浚渫後,T-N等で大きく浄化力が働いたと考えられたが,それは沈降が底泥の巻き上げや溶出の影響を上回ったためである.したがって,このまま手を加えなければ再び底泥に汚濁物質が蓄積し,早晩浚渫の水質保全効果が消失することは明らかである.

 溜め池の水質保全のためには発生源対策が極めて重要であることについては言を俟たない.しかしながら,それが不十分である場合には,休耕水田の活用等による直接浄化を行うとともに底泥の適正な管理を実施する必要がある.特に,底泥が著しく汚濁した溜め池については浚渫を実施することが望ましい.溜め池の効果的かつ持続的な水質保全のため,発生源対策,直接浄化,底泥の適正管理からなる総合的な水質保全対策を提案したい.

2.一般化に向けての展望

 本研究成果を農村地域の広域的な水質保全に活用することが考えられる.本浄化システムは,直接的には溜め池掛かりの農業用水を浄化し,かつ溜め池自体の環境を改善するものであるが,間接的には下流域の農業用水・河川等の水質改善にも寄与するものである.また,本浄化システムは自然浄化機能および地域資源の活用を基本としており,農村の特質に即しているといえる.

 一方,本システムの具体的な配置については,溜め池が休耕水田の上流に位置する場合と下流に位置する場合の二通りが考えられる.水利慣行からみれば,溜め池が上流に位置する場合が一般的で,この場合集水桝等の新たな構造物の設置が必要となる.本研究は,後者の場合の実験でありコスト的に安くできる反面,従来の水利慣行の見直し,すなわち,水利組織の連携・再編が必要となる.

 このような点も踏まえつつ,農村全域に本システムを適切に配置することができれば,農村地域の広域的な水質保全,さらには効率的な水資源の確保・再利用に貢献することも可能である.

審査要旨

 日本の農業用水の水源全体の中で、溜め池の占める割合は大きい。現在、全国で溜め池の総数は約21万個に達し、全国水田の44%が溜め池から何らかの用水の補給を受けており、その水量は全用水量の約9%を占めていると言われている。しかし近年、これらの溜め池が、水域の都市化等の原因によって水質が著しく悪化する傾向があり、問題視されて来ている。一方、水質を改善する水田の持つ自然浄化機能も最近着目されている。本研究は、汚濁物質に占める懸濁態の割合が大きい溜め池の水質について、休耕水田を活用し、脱窒とは異なる機構での溜め池の浄化の可能性について実証的に考究したものである。

 第I章では、研究の背景と目的について述べている。農村の溜め池の水質悪化への対応と生産調整に伴う休耕水田の活用とが共に今日的な課題となっている中、両者を結びつけた研究が緊要であり、休耕水田を利用した溜め池の浄化システムについて実用化の可能性と課題を明らかにすることを本研究の目的とした。

 第II章では調査・実験計画について述べている。香川県高松市の亀池及び隣接する休耕水田を調査対象として選定した。実験は1993〜1995年の3かんがい期(コガネマサリを移植栽培)及び1993年の非かんがい期(未植生)の4のステージに分け、各ステージ中、間断なく溜め池の水を水田に掛け再び溜め池に戻すことを繰り返しながら水質調査を行った。また、1994年の実験終了後に溜め池の浚渫を行っている。

 第III章では休耕水田における水質浄化実験の結果について述べている。水田への掛け流しによる汚濁物質の濃度減少率は、SS、Chl-a、CODでは滞留時間が長いほど大きくなる傾向にあったが、5時間前後で頭打ちとなり、それぞれの濃度減少率は最大で各々80〜90%、80%、20〜30%程度であった。一方、単位面積・単位時間当たりの除去量は、滞留時間が短いほど大きくなる傾向にあった。更に、水田で除去される汚濁物質の形態を分析することで、水質の浄化は主として懸濁態物質の除去を通じて行われていること、また植生が除去に大きく関与していることが明らかにされた。

 第IV章では休耕水田を活用した溜め池の直接浄化実験の結果について述べている。浚渫前の直接浄化実験では、期待したほどの水質浄化の効果が得られなかった。この原因について、底泥の巻き上げ、底泥からの溶出が水質にマイナスの影響を与えていることを明らかにした。

 第V章では浚渫による溜め池の浄化実験の結果を述べている。浚渫後の直接浄化実験では、溜め池の水質がT-N濃度について農業用水基準の1mg/Lを下回るなど、浚渫前に比較して、多くの水質項目で改善が認められた。

 第VI章の実験結果の考察では、水田への掛け流しによる直接浄化および浚渫の水質改善効果を評価するためT-N濃度についてのシミュレーションを行っている。その結果、水田での直接浄化および浚渫のいずれもが溜め池の水質改善に有意な役割を果たしたことを明らかにした。

 第VII章では、結論として以上のことを総合的にまとめるとともに、一般化に向けての展望として、本浄化システムを単一の溜め池の浄化装置に留めず、農村地域に適切に配置することにより、農村地域全体の広域的な水質保全に貢献する可能性を展望している。

 以上、要するに本論文は、溜め池の水質悪化への対応及び休耕水田の活用が共に今日的に緊要の課題となっているという観点から現地において実際のスケールで実験を行い、休耕水田への掛け流しによる溜め池の水質浄化のメカニズムを明らかにし、このシステムが実用化に値するものであることを明らかにしたものであり、水利環境工学、農地環境工学、環境地水学の学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク