学位論文要旨



No 213425
著者(漢字) 梅原,洋佐
著者(英字)
著者(カナ) ウメハラ,ヨウスケ
標題(和) イネゲノム解析のための酵母人工染色体クローンの連鎖地図への対応付け
標題(洋)
報告番号 213425
報告番号 乙13425
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13425号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 イネは世界人口の約半分を支える重要な作物である。将来の人口増加を支えるためには、この作物の性質を遺伝子レベルでもっとよく理解し、改良に役立てていくことが必要である。

 生化学的な解析が困難な生物現象の解析には、遺伝学的手法を用いて遺伝子の同定を行うポジショナルクローニングの手法はきわめて有力である。しかし、ゲノムサイズが430Mbのイネの場合、遺伝解析の解像度に限界があるため、解析すべき領域の大きさは100kbから1Mb程度におよぶ。この広大な領域の解析には多くの時間と人手と資金を要し、これがポジショナルクローニングを行うに当っての障害となっている。イネの農業上有用な形質、あるいは生物学的に興味深い現象を支配する遺伝子の多くは、遺伝学的な知見は豊富だが、生化学的な解析は困難なものが多く、この障害を軽減することができれば、これらの形質や現象の解析が進むと期待される。

 この障害の克服のためにはゲノム構造の解明が必要であるが、このためにはゲノム上の位置が判明している整列化DNAクローンは材料として必須である。この際、少数のクローンで整列化を効率的に行うため、数百kb以上の巨大なDNA断片をクローン化できる酵母人工染色体YACの利用が有効である。イネゲノム研究チームで作製した日本稲の日本晴とインド稲のカサラスのF2集団186個体を用いた高密度連鎖地図上の1383個のDNAマーカーとYACクローンの対応付けを行なえば、遺伝解析の結果重要であるとされた領域のDNAクローンをすぐに選んで解析ができるようになる。そこで筆者らはイネゲノム構造を解明する基盤を構築し、イネのポジショナルクローニングをより容易にするため、本研究を行った。

 本研究において、筆者らはまず、イネのYACライブラリーを作製し、その評価を行った(第一章)。つぎに、形質マーカーが最も数多くマップされている第6染色体を対象として、イネゲノム研究チームにより作製されたDNAマーカーによるYACクローンの対応付けを行った(第二章)。さらに、第2染色体へのYACクローンの位置付けを行い(第三章)、最後に、今回のDNAマーカーによるYACの対応付けの結果のまとめを行なった。

第一章イネYACライブラリーの作製と解析

 イネ日本晴(Oryza sativaL.cv.Nipponbare)の種子胚盤からカルスを誘導後4ヵ月以上N6培地中で継代培養して得られた培養細胞からプロトプラストを単離し、アガロースプラグ法により高分子DNAを抽出した。抽出された高分子DNAはEcoRI部分分解またはNotI分解を行った。分解したDNAはパルスフィールドゲル電気泳動を行って分画し、200kbから300kb以上の断片を抽出した。次に、EcoRI断片にはYACベクターpYAC4、NotI断片にはpYAC55を連結し、再び連結前と同じ条件で分画して、未反応のベクターと短い断片を除いた。このようにして得られたDNAをスフェロプラスト法により出芽酵母AB1380に導入し、YACクローンを得た。得られたYACクローンは96穴マイクロタイタープレートに移し、-80℃で保存した。次に、これらのYACクローンのインサートサイズを調べるため、アガロースプラグ法により167クローンから高分子DNAを抽出し、パルスフィールドゲル電気泳動で分画後、ナイロン膜にトランスファーし、pBR322をプローブにしてサザンハイブリダイゼーションを行った。また、キメラクローンの頻度を調べるため、アダプターPCR法により増幅したYACの末端断片のうち多型の検出されたものについて、日本晴・カサラスのF2集団186個体を用いた連鎖解析を行って、高密度連鎖地図上に位置付けた。連鎖地図上で両方の末端断片が別の染色体上や同一染色体上でも遠くはなれた場所に位置付けられたものはキメラと判断した。最後に、任意のDNAマーカーで本ライブラリーからYACクローンが単離できるか調べるため、コロニー、サザンハイブリダイゼーションでYACをスクリーニングする系を確立した。96穴マイクロタイタープレート中に保存したYACクローンをBiomek1000(Beckman)を用いて12x8cmのナイロンフィルター上に1636クローンドットし、高密度マスターフィルターを作製した。このマスターからレプリカフィルターを作製してコロニーハイブリダイゼーション用のフィルターとした。これらの高密度フィルターは5枚でライブラリーをカバーしている。DNAマーカーをプローブにしてECL(Amersham)によるコロニーハイブリダイゼーションを行い、得られた候補クローンに関してはそれぞれのYACクローンDNA、出芽酵母AB1380、日本晴のDNAをそのマーカーを連鎖地図上に位置付けた時に使用した制限酵素で切断し、サザンハイブリダイゼーションにより確認を行った。

 以上の操作により、5067個のEcoRI断片由来のYACクローン、1865個のNotI断片のYACクローンを得た。このうち、167クローンについてインサート長を調べたところ、平均で約350kbであったので、本ライブラリーはイネゲノム約430Mbの約6倍をカバーしていると考えられた。次にEcoRI断片由来のYACクローン10個から両方の末端断片を単離し、日本晴・カサラスのF2集団186個体を用いてRFLP連鎖解析を行ったところ、6クローンは両端が近傍に落ちたが、残りの4クローンは連鎖地図上で離れた場所に位置付けられた。また、2個のNotIクローンでは2つとも両端が離れてマップされた。両端が近傍にマップされた6クローンのインサート長から、遺伝距離に対する物理距離の割合が118kb/cMから1000kb/cMまでイネゲノム上の場所により様々であることが明らかとなった。

 ライブラリーから任意のDNA配列をもったクローンが単離できるかを調べるため、イネ第4、第6、第7、第11染色体に座乗するDNAマーカーをそれぞれ3個、4個、1個、1個を用いて、コロニー/サザンハイブリダイゼーションによるYACのスクリーニングを試みた。それぞれ1マーカー当たり、1個から10個までポジティブクローンを得ることができた。以上の結果から本ライブラリーはゲノム上の任意の配列をもつクローンの選抜に有用なことが示された。

第二章イネ第6染色体を半分以上カバーする整列化したYACクローン

 イネゲノム研究チームで作製した高密度連鎖地図上の1383個のDNAマーカーとYACクローンを対応付けることにより、YACの整列化を行った。第6染色体は最も数多くの形質遺伝子マーカーがマップされている染色体であり、また、感光性遺伝子Se-1やイモチ病抵抗性遺伝子Pi-z等農業上有用な遺伝子が座乗していることから、最初の標的とした。

 平均0.9cM間隔で並んでいる122個のRFLPマーカー、16個のSequence tagged site(STS)マーカー、5個のRAPDマーカーを使用して、YACの選抜を行った。選抜方法は、RFLPマーカーに関しては第一章で述べたコロニー/サザンハイブリダイゼーションを、STSマーカーに関してはPCRスクリーニング法を用いた。PCRスクリーニングはSTSプライマーを用いてPCR反応を行い、イネのゲノミックDNAで増幅するものと同じDNA断片が増幅されるYACを検出する方法である。スクリーニングは、ライブラリーを8個のグループにわけ、それぞれのグループに含まれるクローン全体のDNAをプールしてPCR反応を行う1次スクリーニングと、その結果シグナルの得られたグループに関して、そこに含まれるクローンをそれぞれX、Y、Zの3次元の座標に分けてプールし、PCR反応を行う2次スクリーニング、最後に得られた候補のYACクローンの確認、と3段階で行った。その結果、第6染色体に216個のYACクローンを位置付けた。マーカー1個当たり平均4.8個のYACを選抜し、最多は11個であった。選抜されたYACは43のコンティグおよびアイランドを形成しており、第6染色体の約6割をカバーしているものと推定している。この仕事はイネの全ゲノムをカバーする物理地図作製に向けた第一歩であり、これらのYACはゲノム構造の解析や形質遺伝子のポジショナルクローニングに有用であると期待される。

第三章イネ第2染色体に対応するYACクローンの選抜

 今回の一連のYACと連鎖地図の対応付けの最後の標的として、イネ第2染色体に酵母人工染色体YACクローンを位置付けた。イネゲノム研究チームの高密度連鎖地図にマップされた128個のRFLPマーカーと4個のSTSマーカーを用い、コロニー/サザンハイブリダイゼーションとPCRスクリーニングにより、YACライブラリーから241個のYACを選抜した。連鎖地図上の対応するマーカーの位置に位置付けられたYACは22個のコンティグ及び22個のアイランドを形成し、イネ第2染色体の約50%をカバーした。

 以上の報告及びイネの他の染色体におけるYACの対応付けの結果から、高密度連鎖地図上の1277個のDNAマーカーを用いて、2109個のYACクローンが選抜され、イネの12本の染色体上に位置付けられた。これらのクローンは連鎖地図上で2個以上のマーカー座位を連結する179個のコンティグと、1個のマーカー座位のみカバーする複数のYACからなる202個のアイランドと単一のYACからなる114個のアイランドを形成した。これらのYACコンティグ及びアイランドはイネゲノムの約50%の領域をカバーするものと推定された。

 本研究の結果得られたイネYACライブラリーと連鎖地図に対応付けられたYACクローンはゲノム構造の解析やポジショナルクローニングの材料として有用であり、これまでにもイネ第11、第12染色体の相同領域の解析や、コムギとイネのシンテニーの解析、イネ白葉枯病抵抗性遺伝子Xa-1のポジショナルクローニング等に利用されている。今後は、さらにカバーするゲノム上の領域を増やし、cDNAをYACに位置付ける等、イネゲノム構造の解明に向けて、さらに基盤を整備していく予定である。

 今回の一連の研究で用いたYAC高密度レプリカフィルター、YACクローン、DNAマーカーは農林水産省DNAバンクから利用可能である。また、YACコンティグ地図、遺伝地図、DNAマーカーに関する情報は、マーカーやクローンの配布依頼書と同様に、world wide web上の農林水産省DNAバンクのサイト(http://bank.dna.affrc.go.jp/)で発表している。

審査要旨

 本論文はイネゲノム解析のための酵母人工染色体クローンの整列化に関するもので三章よりなる。

 イネのゲノム構造の解明を行うためには、ゲノム上の位置が判明している整列化DNAクローンが材料として必須である。この際、少数のクローンで整列化を効率的に行うため、数百kb以上の巨大なDNA断片をクローン化できる酵母人工染色体YACの利用が有効である。そこで著者らはイネゲノム構造を解明する基盤を構築するため、本研究を行った。

 まず、序論で研究の背景と意義について概説した後、第一章ではイネYACライブラリーの作製を行った。イネ日本晴(Oryza sativa L.cv.Nipponbare)の培養細胞由来の高分子DNAを用いて5067個のEcoRI断片由来のYACクローン、1865個のNotI断片のYACクローンを得た。YACの平均インサート長は約350kbで、本ライブラリーはイネゲノムの約6倍をカバーしていると評価された。また、YACの末端断片を連鎖地図上に位置づけた結果、EcoRI YACクローンは10個中4個、NotIクローンは2個中2個がキメラであることがわかった。最後に、4つの染色体に座乗する合計9個のDNAマーカーにより、コロニー/サザンハイブリダイゼーションによって、それぞれYACを選抜することができた。以上の結果から、本ライブラリーはイネゲノムの物理地図作成に有用なことが示された。

 第二章ではYACクローンの整列化を行う系を確立するため、イネ第6染色体にYACクローンを位置づけた。イネゲノム研究チームの高密度連鎖地図で第6染色体にマップされた141個のDNAマーカーを使用して、YACの選抜を行った。選抜方法は、RFLPマーカーに関してはコロニー/サザンハイブリダイゼーションを、STSマーカーに関してはPCRスクリーニング法を用いた。その結果、第6染色体に216個のYACクローンを位置付けた。選抜されたYACは43のコンティグおよびアイランドを形成し、第6染色体の約6割をカバーしていると推定された。

 第三章では今回の一連のYACと連鎖地図の対応付けの最後の標的として、イネ第2染色体に対応するYACクローンの選抜を行った。イネゲノム研究チームの高密度連鎖地図にマップされた132個のDNAマーカーを用い、コロニー/サザンハイブリダイゼーションとPCRスクリーニングにより、YACライブラリーから241個のYACを選抜した。連鎖地図上の対応するマーカーの位置に位置付けられたYACは22個のコンティグ及び22個のアイランドを形成し、イネ第2染色体の約50%をカバーすると推定された。

 以上の報告及びイネの他の染色体におけるYACの対応付けにより、高密度連鎖地図上の1277個のDNAマーカーを用いて、2109個のYACクローンが選抜され、イネの12本の染色体上に位置付けられた。これらのクローンは179個のコンティグと、316個のアイランドを形成し、イネゲノムの約50%の領域をカバーするものと推定された。

 以上、本論文は、イネYACライブラリーを作製し、YACクローンを連鎖地図に対応付ける系を確立、実際に整列化を行ったもので、この結果得られたライブラリーや整列化されたクローンは、ゲノム構造の解析やポジショナルクローニングの材料として有用であり、共通の研究基盤として学術的、応用的な価値が極めて高い。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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