学位論文要旨



No 213426
著者(漢字) 和田,道宏
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ミチヒロ
標題(和) 半乾燥地条件における春コムギの光合成速度と子実収量の品種間差に関する研究
標題(洋)
報告番号 213426
報告番号 乙13426
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13426号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 中元,朋実
 東京大学 助教授 山岸,徹
内容要旨

 本論文は、ブラジルの半乾燥地、セラードにおける春コムギ(Triticum aestivum L.)の光合成速度と収量の品種間差、および両者の関係を解析したものである。また、本論文では光合成速度に関連する生理生態学的形質の土壌水分に対する反応を調べ、それらが耐旱性の品種選抜指標あるいは灌漑指標に利用できるかどうかを検討した。さらに、異なる灌漑レベルに対する長稈ブラジル品種、半矮性メキシコ品種、それに半矮性日本品種の収量反応を解析し、半乾燥地におけるコムギ品種の改善方向を検討した。得られた結果の概要は次の通りである。

第1章.半乾燥地条件におけるコムギ個葉の光合成速度の日変化

 1)セラードにおける光合成速度の日変化を調べたところ、乾季の土壌水分欠乏下では’午前ピーク型’、乾季の十分な灌漑下では’正午ピーク型’、そして雨季には’日中プラトー型’の3つの型が見いだされた。日変化の型が示す光合成速度の日中低下がどの程度かを計算するために、正常な日変化に近い’正午ピーク型’の光合成速度の1日の積算値を100とすると、’午前ピーク型’が34〜52、’日中プラトー型’が約83であった。このことから、乾季や雨季における光合成速度の日中低下が、コムギ収量の低下に影響している可能性が示唆された。

 2)乾季の光合成速度の日中低下の主要因は土壌水分欠乏にあり、その条件下における光合成速度の低下は、葉の気孔拡散抵抗と葉肉拡散抵抗の増加、葉気温差(葉温-気温)の増加、および葉の水ポテンシャルの低下を伴っていた。一方、雨季の光合成速度の日中低下は、葉肉拡散抵抗の軽い増加のみが認められたことから、25℃以上の高温による呼吸増加のためと推定された。

 3)光合成速度の測定方法を定めるため、光合成速度を安定的に測定できる時刻を検討した。その結果、1日のうち10:30〜14:00において測定値が比較的安定していて、関連生理形質との関係も明瞭であった。

 4)10:30〜14:00の時間帯において、光合成速度と関連する生理形質の灌漑に対する反応を調べ、生理形質を灌漑指標として利用できるかどうか検討した。その結果、光合成速度と葉肉拡散抵抗、および葉の水ポテンシャルは、灌漑の有無や土壌水分を明瞭に反映するため、灌漑指標として有効であると考えられた。蒸散速度と気孔拡散抵抗は風に影響されやすいため、また、葉気温差は強い土壌水分欠乏下では明瞭な差を示さないため、灌漑指標には適していないと考えられた。

第2章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の光合成速度と子実収量との関係

 1)乾季において、コムギ19品種を圃場で栽培して個葉の光合成速度を調べた結果、非潅漑区では、ブラジル品種>メキシコ品種>日本品種の順に高かった。しかし、潅漑区では明瞭な品種間差が見られなかった。水利用効率(光合成速度/蒸散速度)も、光合成速度と同様の傾向を示した。また、非潅漑区では、光合成速度と水利用効率との間に、品種を通して高い正の相関関係が認められたが、潅漑区では認められなかった。これらのことから、ブラジル品種は、メキシコ品種や日本品種より生理的な耐旱性をもっていることが示された。また、潅漑区の光合成速度と水利用効率に対する、非潅漑区の光合成速度と水利用効率の相対値(%)を調べたところ、いずれも、ブラジル品種がメキシコ品種と日本品種より大きかった。このことから、ブラジル品種の土壌水分反応性が、メキシコ品種や日本品種より低いことが示された。

 2)非灌漑下におけるブラジル品種の気孔拡散抵抗および葉肉拡散抵抗は、メキシコ品種や日本品種より低かったが、灌漑下では、両拡散抵抗とも品種間差がなかった。また、両拡散抵抗は品種を通してそれぞれ光合成速度と負の相関があった。このことは、両拡散抵抗が光合成速度の耐旱性と密接に関係していることを示している。葉肉拡散抵抗と気孔拡散抵抗の比較では、葉肉拡散抵抗の方が全拡散抵抗に占める比率が高く、非灌漑下のメキシコ品種と日本品種でこの比率が高まることから、品種の耐旱性に強く関与していることが示唆された。葉気温差については、非潅漑区と潅漑区のいずれにおいても、品種間差はなく、光合成速度との相関も認められなかった。以上のことから、生理形質のうち、品種の耐旱性選抜指標としての利用の可能性は、光合成速度と葉肉拡散抵抗で高いと考えられた。

 3)低い栽植密度で栽培して得られる品種の潜在的子実収量および乾物収量と、光合成速度との間には、非潅漑区では正の相関(子実収量とr=0.63**、乾物収量とr=0.73**)が認められたが、潅漑区では相関が認められなかった。さらに、品種の1000粒重およびm2当り穂数と、光合成速度との間には、非潅漑区では正の相関が認められたが、潅漑区では相関が認められなかった。これらのことから、土壌が乾燥した条件下では、品種の光合成速度の品種間差は、潜在的収量の品種間差に反映され、光合成速度の改善が収量の改善に結び付く可能性が示された。しかし土壌水分が好適に保たれている場合には、光合成速度の品種間差は収量の品種間差にほとんど反映しないと考えられた。

第3章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の光合成速度と形態的特性との関係

 1)光合成速度と稈長との関係を調べた結果、非灌漑区では品種を通して両者の間に正の相関(r=0.58**)があったが、潅漑区では相関がなかった。このため見かけ上、品種の長稈性が耐旱性と関係していることが示された。

 2)光合成速度と収量において耐旱性を示したブラジル品種BR9と、非耐旱性のメキシコ品種BR10の根系を調べた結果、非灌漑区と潅漑区のいずれにおいても、土層別根重と、根の深さ指数(土層の深さ別に根重を重み付けして平均した値)には品種間差がなかった。しかし、非灌漑区の根の深さ指数に対する、非潅漑区の根の深さ指数の相対値(%)は、BR9で大きく、乾燥に伴う深根化率が高かった。土層別の根重についても、非灌漑区のBR9の根重は、灌漑区に比べて、吸水可能な土壌の下層での増加率が高かった。BR10の根重は、下層で増加する傾向は見られなかった。このことから、ブラジル品種BR9の光合成速度や収量における低い土壌水分反応性は、根の深根化率と関係していると考えられた。

 3)ブラジル品種とメキシコ品種の止葉の面積、幅、長さおよび葉面積重は、潅漑区においても、また非潅漑区においても日本品種よりも大きかったが、気孔密度に関しては日本品種よりも低かった。品種の光合成速度と気孔拡散抵抗との間には高い相関があったが、葉の形態的形質との間には、いずれも相関がなく、これらの形質は耐旱性と関係がないと考えられた。

第4章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の子実収量と灌漑量との関係

 1)乾季の通常の裁植密度下で、コムギ20品種に4段階の灌漑処理を行った。非潅漑下では、ブラジル品種はメキシコおよび日本品種より乾物収量が高く、子実収量も25〜31%高かった。一方、十分な潅漑下では、メキシコおよび日本品種はブラジル品種とほぼ同じ乾物収量を示したが、収穫指数が高く、子実収量が17〜20%高くなっていた。

 2)品種間に上記の現象をもたらした原因を探るため、潅漑区別に収量構成要素の品種間差を検討した。その結果、非潅漑区ではブラジル品種の1000粒重が大きく、十分な灌漑区ではメキシコ品種および日本品種のm2当り粒数が多いことが、各潅漑区でそれぞれの品種の子実収量を高めた原因であった。つぎに、子実収量と灌漑量との量的関係を共分散分析によって解析した結果、品種グループの子実収量と灌漑量との間に交互作用があることが示された。m2当り粒数と1000粒重においても同様の交互作用があることが示された。

 以上、本論文はブラジル品種がメキシコ品種あるいは日本品種に比べて土壌乾燥条件下で収量が高い理由を生理的、形態的面から明らかにしたものであり、乾燥条件下でのコムギ栽培にとって、有益な情報を提供したと考えている。

審査要旨

 本論文は、ブラジルの半乾燥地、セラードにおける春コムギ(Triticum aestivum L.)の光合成速度と収量の品種間差、および両者の関係を解析し、半乾燥地におけるコムギ品種の改善方向を検討したものである。

第1章.半乾燥地条件におけるコムギ個葉の光合成速度の日変化

 1)光合成速度の日変化を調べたところ、乾季の土壌水分欠乏下では’午前ピーク型’、乾季の十分な灌漑下では’正午ピーク型’、そして雨季には’日中プラトー型’の3つの型が見いだされた。日変化の型が示す光合成速度の日中低下がどの程度かを計算するために、正常な日変化に近い’正午ピーク型’の光合成速度の1日の積算値を100として各型の相対値を計算してみると、’午前ピーク型’が34〜52、’日中プラトー型’が約83であった。このことから、乾季や雨季における光合成速度の日中低下が、コムギ収量の低下に影響している可能性が示唆された。

 2)乾季の光合成速度の日中低下の主要因は土壌水分欠乏にあり、光合成速度と葉肉拡散抵抗、および葉の水ポテンシャルは、土壌水分欠乏を明瞭に反映したため、灌漑指標として有効であると考えられた。

第2章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の光合成速度と子実収量との関係

 1)乾季において、コムギ19品種を圃場で栽培して個葉の光合成速度を調べた結果、非潅漑区では、ブラジル品種>メキシコ品種>日本品種の順に高かった。しかし、潅漑区では明瞭な品種間差が見られなかった。水利用効率(光合成速度/蒸散速度)も、光合成速度と同様の傾向を示した。これらのことから、ブラジル品種は、メキシコ品種や日本品種より生理的な耐旱性をもっていることが示された。

 2)低い栽植密度で栽培して得られる品種の潜在的子実収量および乾物収量と、光合成速度との間には、非潅漑区では正の相関(子実収量とr=0.63**、乾物収量とr=0.73**)が認められたが、潅漑区では相関が認められなかった。さらに、品種の1000粒重およびm2当り穂数と、光合成速度との間には、非潅漑区では正の相関が認められたが、潅漑区では相関が認められなかった。これらのことから、土壌が乾燥した条件下では、品種の光合成速度の品種間差は、潜在的収量の品種間差に反映され、光合成速度の改善が収量の改善に結び付く可能性が示された。しかし土壌水分が好適に保たれている場合には、光合成速度の品種間差は収量の品種間差にほとんど反映しないと考えられた。

第3章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の光合成速度と形態的特性との関係

 1)光合成速度と稈長との関係を調べた結果、非灌漑区では品種を通して両者の間に正の相関(r=0.58**)があったが、潅漑区では相関がなかった。このため見かけ上、品種の長稈性が耐旱性と関係していることが示された。

 2)光合成速度と収量において耐旱性を示したブラジル品種BR9と、非耐旱性のメキシコ品種BR10の根系を調べた結果、非灌漑区と潅漑区のいずれにおいても、土層別根重と、根の深さ指数(土層の深さ別に根重を重み付けして平均した値)には品種間差がなかった。しかし、灌漑区の根の深さ指数に対する、非潅漑区の根の深さ指数の相対値(%)は、BR9で大きく、乾燥に伴う深根化率が高かった。このことから、ブラジル品種BR9の光合成速度や収量における高い耐旱性は、根の深根化率と関係していると考えられた。

 3)品種の光合成速度と葉の形態的形質との間には、いずれも相関がなく、これらの形質は耐旱性と関係がないと考えられた。

第4章.半乾燥地条件におけるコムギ品種の子実収量と灌漑量との関係

 1)通常の裁植密度下で、乾季にコムギ20品種に対し4段階の灌漑処理を行った。非潅漑下では、ブラジル品種はメキシコおよび日本品種より乾物収量が高く、子実収量も25〜31%高かった。一方、十分な潅漑下では、メキシコおよび日本品種はブラジル品種とほぼ同じ乾物収量を示したが、収穫指数が高く、子実収量が17〜20%高くなっていた。

 2)非潅漑区ではブラジル品種の1000粒重が大きく、十分な灌漑区ではメキシコ品種および日本品種のm2当り粒数が多いことが、各潅漑区でそれぞれの品種の子実収量を高めた原因であった。

 以上、本論文は、ブラジル品種がメキシコ品種あるいは日本品種に比べて土壌乾燥条件下で収量が高い理由を生理的、形態的面から明らかにし、乾燥条件下でのコムギ栽培に対し有益な情報を提供したものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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