学位論文要旨



No 213427
著者(漢字) 石田,勝彦
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,カツヒコ
標題(和) フルクトース誘発高トリグリセリド血症ラットにおけるアセトアミノフェン肝腎毒性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213427
報告番号 乙13427
学位授与日 1997.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13427号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 板垣,慎一
 (財)残留農薬研究所毒性部 部長 真坂,敬三
内容要旨

 薬物の毒性は,その薬物自体が持っている化学的あるいは物理的性質によって,標的臓器や誘発する障害の性質・程度などある一定の発現様式を持っているが,それは暴露される宿主側の要因によって変化し得る.特に,病態下では様々な要因により通常とは著しくかけ離れた毒性が発現する可能性がある.従って,病態下で薬物の毒性発現様式が質的・量的にどの程度変化するのか?また,その変化はどのようなメカニズムで起こるのか?を明らかにすることはきわめて重要なことである.我々は,そのひとつの試みとして,ヒトで最も高頻度にみられる成人病のひとつである高トリグリセリド(TG)血症のモデルとして利用されているフルクトース(Fr)負荷ラットを用いて,解熱鎮痛薬として汎用され,中毒報告例も多い医薬品のひとつであるアセトアミノフェン(APAP)を被験物質として,毒性発現様式がどのように修飾されるかを検討した.

 25%Fr水溶液を飲料水として3〜5週間自由摂取させ,高TG血症を呈したSprague-Dawley(SD)ラットにAPAPを単回腹腔内投与し,肝腎毒性の発現様式を正常のラットに投与した際と比較した.Fr処置ラットでは,正常ラットで認められるAPAPの示す顕著な肝毒性は抑制されるが,通常は非常に軽度に認められるに過ぎない腎毒性は著しく増強した.この腎毒性の増強により重篤な腎不全を招き,正常動物に投与した際には死亡がみられないような投与量でも死亡する動物がみられるようになった.このように,Fr誘発の高TG血症ラットでは,正常のラットと比較し,APAPによる肝毒性に対して抵抗性を,また,腎毒性に対して高感受性を示すことが明らかにされた.

 次に,Fr処置ラットでみられたAPAPの毒性発現様式の変化にFrの負荷がどのように関与しているかを調べた.まず第一に,Frを1日,1週間あるいは3週間負荷した結果,1日の負荷によりすでに顕著な高TG血症が誘発され,APAPの腎毒性の軽度の増強がみられたが,肝毒性には変化はみられなかった.3週間の負荷により腎毒性は顕著に増強され,一方,肝毒性は有意に抑制されるようになった.このように,Frの負荷期間の増加に伴って,APAPの毒性発現様式の変化の程度も増大した.第二に,3種類の糖(Fr,シュクロース(Su),グルコース(Gl))を3週間負荷した結果,Fr処置ラットでは顕著な高TG血症が誘発され,APAPによる肝毒性の抑制および腎毒性の増強がみられた.Su処置ラットでも,程度は弱いが,同様の現象が観察された.一方,Gl処置ラットでは高TG血症は誘発されず,APAPの毒性発現様式には変化はみられなかった.このように,Frの摂取量に依存してAPAPの毒性発現様式の変化の程度も増大した.第三に,Fr代謝を介さず外因性の脂肪の過剰吸収あるいは血中からのTG除去障害により作出した高TG血症下では,Fr負荷ラットでみられたようなAPAPの毒性発現様式の変化はみられなかった.これらの結果から,Frで誘発した高TG血症ラットでみられるAPAPの肝腎毒性の発現様式の変化には,肝あるいは腎組織でのFr代謝の亢進状態が影響を及ぼしていると考えられた.

 最後に,Fr処置ラットでみられたAPAPの腎毒性の増強のメカニズムを検討した.その結果,Fr処置ラットでは,APAP投与後早期(15および30分)の腎臓中薬物濃度が正常のラットにAPAPを投与した場合と比較して有意に高値を示した.また,APAPの腎毒性および腎臓への薬物分布は,正常ラットおよびFr処置ラットともに70%あるいは90%部分肝切除の影響を受けなかったことから,腎臓への薬物分布の増加はAPAPの肝臓での薬物代謝能の変化によって起こったものではないと考えられた.従って,APAPの腎毒性の増強に関しては,腎臓でのFr代謝の亢進状態のみが関与しているものと考えられた.正常のラットにおけるAPAPによる腎傷害は,チトクロームP-450依存性の混合機能酸化反応(MFO)を抑制するpiperonyl butoxide(PB)およびdeacetylationを抑制するbis(p-nitrophenyl)phosphate(BNPP)の前処置の影響を受けなかったのに対し,Fr処置ラットでは,PBおよびBNPPのいずれの前処置によってもAPAPの腎傷害が抑制された.このことから,正常のSDラットではAPAPの腎毒性発現にはほとんど作動していないとされている代謝経路であるAPAPからp-aminophenol(PAP)へのdeacetylationも,Fr処置ラットにおいてはAPAPの腎毒性の発現に大きく関与していることが示された.Fr処置ラットは,gentamicin,chloroformあるいは45分間虚血再潅流処置による腎傷害に対する感受性においては正常ラットとの間に差を示さなかったことから,Fr処置ラットで腎毒性の増強が起こるのはAPAPに特異的なものであり,傷害に対して非特異的に腎組織の感受性が亢進したのではないことが示された.さらに,APAPの腎毒性の原因となる代謝産物のひとつであるPAPに対しては,Fr処置ラットの方が高い感受性を示した.PAPはさらに酸化代謝を受けて腎傷害を引き起こすことが知られていることから,Fr処置ラットではPAPの代謝活性化が亢進している可能性が示唆された.以上のことから,Fr処置ラットが正常ラットと比べてAPAP腎毒性に対して感受性が高い要因として,1)投与後早期の腎臓への薬物分布の増加,2)通常ではほとんど働いていないPAP産生代謝経路の活性化,および,3)PAPの代謝活性化の亢進,の少なくとも3つが関与しているものと考えられた.

 ヒトにおける高TG血症では,Su(半分量のFrを含む)の過剰摂取が最も大きな原因とされていることから,多くの高TG血症患者においても腎臓でのFr代謝の亢進状態が潜在し,APAPの腎毒性の増強を引き起こしやすい危険性が考えられる.

 上述したように,薬物の毒性発現様式は,病態下で起こる様々な要因によって多様に変化することが明確に示された.病態下での薬物の毒性発現様式の変化を予知し,薬物の安全性評価をより緻密なものにしていくためには,このような病態モデル動物を用いた薬物の毒性発現様式の変化の解析が有用であり,今後,一層重要視されるものと考えられる.

審査要旨

 薬物の毒性はその薬物に暴露される宿主側の要因によって変化することが予測され、特に、病態下では通常とは著しくかけ離れた毒性が発現する可能性がある。従って、病態下で薬物の毒性発現様式が質・量的にどの程度変化するのか?また、その変化はどのようなメカニズムで起こるのか?を明らかにすることは極めて重要である。申請者は、そのひとつの試みとして、ヒトで最も高頻度にみられる成人病のひとつである高トリグリセリド(TG)血症のモデルとして利用されているフルクトース(Fr)負荷ラットを用い、解熱鎮痛薬として汎用され、中毒報告例も多いアセトアミノフェン(APAP)を被験物質として、毒性発現様式がどのように修飾されるかを検討した。得られた成果は下記の通りである。

 1.25%Fr水溶液を飲料水として3〜5週間自由摂取させ、高TG血症を呈したSprague-Dawley(SD)ラットにAPAPを単回腹腔内投与し、肝腎毒性の発現様式を正常ラットと比較した。Fr処置ラットでは、正常ラットで認められるAPAPの示す顕著な肝毒性は抑制されるが、通常は非常に軽度に認められるに過ぎない腎毒性は著しく増強した。このように、Fr誘発の高TG血症ラットでは、APAPによる肝腎毒性の発現様式が顕著に変化した。

 2.Fr処置ラットでみられたAPAPの毒性発現様式の変化にFrの負荷がどのように関与しているかを調べた。その結果、まず第1に、Frの負荷期間の増加に伴ってAPAPの毒性発現様式の変化の程度も増大した。第2に、3種類の糖(Fr、シュクロース(Su)、グルコース(Gl))を3週間負荷して比較した結果、APAPの毒性発現様式の変化はFrで顕著に、Suで若干観察されたが、Glでは認められなかった。第3に、Fr代謝を介さず外因性の脂肪の過剰吸収あるいは血中からのTG除去障害により作出した高TG血症下では、APAPの毒性発現様式の変化は見られなかった。これらの結果から、Frで誘発した高TG血症ラットでみられるAPAPの肝腎毒性の発現様式の変化には、肝あるいは腎組織でのFr代謝の亢進状態が影響を及ぼしていると考えられた。

 3.Fr処置ラットでみられたAPAPの腎毒性の増強のメカニズムを検討した。その結果、まず第1に、Fr処置ラットではAPAP投与後早期(15および30分)の腎臓中薬物濃度が正常ラットと比較して有意に高値を示した。また、APAPの腎毒性および腎臓への薬物分布は、正常ラットおよびFr処置ラットともに90%部分肝切除の影響を受けなかったことから、APAPの腎毒性の増強に関しては腎臓でのFr代謝の亢進状態のみが関与しているものと考えられた。第2に、正常ラットにおけるAPAPの腎障害は、チトクロームP-450依存性の混合機能酸化反応(MFO)を抑制するpiperonyl butoxide(PB)およびdeacetylationを抑制するbis(p-nitrophenyl)phosphate(BNPP)の前処置の影響を受けなかったのに対し、Fr処置ラットでは、PBおよびBNPPのいずれの前処置によってもAPAPの腎障害が抑制された。第3に、種々の腎障害に対する感受性の検討結果から、Fr処置ラットで腎毒性の増強が起こるのはAPAPに特異的であることが示された。第4に、APAPの腎毒性の原因となる代謝産物のひとつであるp-aminophenol(PAP)に対しては、Fr処置ラットの方が高い感受性を示し、Fr処置ラットではPAPの代謝活性化が亢進している可能性が示唆された。以上のことから、Fr処置ラットが正常ラットと比べてAPAP腎毒性に対して感受性が高い要因として、1)投与後早期の腎臓への薬物分布の増加、2)通常ではほとんど働いていないPAP産生代謝経路の活性化、および、3)PAPの代謝活性化の亢進、の少なくとも3つが関与しているものと考えられた。

 ヒトにおける高TG血症では、Su(半分量のFrを含む)の過剰摂取が最も大きな原因とされていることから、多くの高TG血症患者においても腎臓でのFr代謝の亢進状態が潜在し、APAPの腎毒性の増強を引き起こす危険性が考えられる。

 上述したように、本論文は薬物の毒性発現様式が病態下で顕著に変化することを明示し、かつそのメカニズムを解明したもので、病態下での薬物の毒性発現様式の変化を予知し、薬物の安全性評価をより緻密なものにしていく上で重要な手掛かりを与えるものである。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク