アトピー性皮膚炎の皮膚局所における皮膚炎発症にいたる炎症の機序を明らかにするため、アトピー性皮膚炎のモデルとしてダニ抗原誘発皮疹を用いて経時的に生検を行い、浸潤細胞の変化、サイトカインおよび細胞接着因子の発現を調べた。 日本皮膚科学会の診断基準を満たすアトピー性皮膚炎の当科入院患者のうち血清ダニ抗原特異的IgE抗体価の高値を示した11名を対象とし、無疹部の皮膚の角層を両面テープを用いて剥離したのち、ワセリンに混合したダニ抗原をパッチテスト用絆創膏を用いて貼付した。2、4、6、12、24、48時間後の皮疹を生検し組織学的に検討あるいはRNAを抽出してRT-PCRに供した。2名については24時間で抗原貼付を中止したのち放置して48、72、96時間後の経過を調べた。 その結果11名中9名で貼布部位に一致した紅斑ないし浸潤性紅斑が貼布開始後2時間から24時間までの間に生じた。コントロールとしてダニ抗原を加えないワセリンを貼布した場合、およびアトピー性皮膚炎以外の疾患あるいは健常者6名にダニ抗原を貼布した場合には全く陽性反応が見られなかった。この結果からダニ抗原貼布試験に対する陽性反応はダニ抗原特異的IgEを介している可能性が示唆された。 病理組織学的には貼布後2時間ないし6時間後より真皮血管周囲のリンパ球浸潤が認められたが、その後時間の経過と共に好酸球浸潤が顕著となり24ないし48時間後には真皮膠原線維間に稠密な好酸球浸潤を認めた。表皮の海綿状変性は6時間後より認められ、48時間後には表皮内水疱に好酸球の散在する像が観察された。HE染色と好酸球顆粒顆粒蛋白のMBPおよびECPに対する抗体を用いた免疫組織化学染色により、組織内好酸球数の経時的増加、組織内における好酸球の脱顆粒、および活性化好酸球の存在が明らかにされた。 好酸球浸潤に対する細胞接着因子の関与を調べるため、VCAM-1、ICAM-1、E-selectinに対する抗体を用いた免疫組織化学染色の血管周囲の陽性所見をスコア化し経時的変化を調べた。その結果予想に反してVCAM-1の発現は経過を通じてほとんど認められなかった。E-selectinは貼布後2時間後より血管周囲に発現が始まり経過と共に発現が強くなった。ICAM-1は貼布前より血管に軽度の陽性所見がみられたが、6から48時間の緩徐な経過で発現の増強かみられた。E-selectinとICAM-1の発現強度のスコアと組織内好酸球数の相関をみたところ、E-selectinとICAM-1いずれでも相関が認められその両者がダニ抗原誘発皮疹における好酸球浸潤に関与している可能性が示唆された。 RT-PCRにより組織内におけるサイトカインの発現を調べたところ、IL-4は2例で24時間後における発現がみられた。IL-5に関しては2時間後から、IL-6に関しては12時間後から発現の増強が観察された。IL-7およびTNF に関してはいずれも貼布開始前から微量のmRNAが検出され,2時間後から24時間にかけて発現の単調な増加を認めた。IL-4に対する抗体を用いた染色でIL-4は2時間後ですでに真皮に陽性細胞が認められた。24時間後の組織において浸潤細胞の多くを占める好酸球には陽性所見を認めず、IL-4陽性細胞の多くはマスト細胞およびT細胞と思われた。2時間後のIL-4陽性所見に関しては新規に合成されたものではなく、マスト細胞が膜表面のダニ抗原特異的IgEおよび高親和性IgE受容体を介してダニ抗原の刺激によりすでに細胞内に蓄積されているIL-4を放出した可能性が考えられた。IL-5に関しては早期に転写促進が起こり、好酸球の遊走、活性化および脱顆粒に関与しているものと思われた。IL-6はIL-4と共働的に作用してB細胞によるIgEの産生を促進し、また表皮角化細胞の増殖を誘導し表皮肥厚をきたすものと考えられる。IL-7に対する抗体を用いた染色では表皮特に基底膜部に陽性所見を認め,またIL-7受容体に対する抗体を用いた染色では真皮内の浸潤細胞に陽性所見が得られたため、IL-7は皮膚炎の病変に関与する浸潤細胞特にリンパ球の増殖因子として働く可能性が示唆された。TNF に関してはハプテンを用いた接触性皮膚炎でも発現が報告されているが、ダニ抗原誘発皮疹においてもE-selectinとICAM-1の発現に関与しているものと思われた。IFN に関しては他の生検組織で有効性が確認されている複数のプライマーを用いてPCRを行ったが全くバンドが検出されず、IL-4により発現が強力に抑制されている可能性を考えた。 抗原除去後の自然経過をみた2例では好酸球数の減少傾向がみられ、96時間後には好酸性顆粒を伴った典型的な好酸球数は24時間後の約1/3に減少した。浸潤細胞の多くは単核のリンパ球様細胞であった。しかしMBPの陽性所見が膠原線維間のみならず浸潤細胞にも一部顕著に認められたことから脱顆粒後の好酸性顆粒を伴わない好酸球も混在しているものと考えた。 従来のアトピー性皮膚炎患者におけるダニ抗原誘発皮疹の報告と比較すると、一点だけでなく複数の観察点を設定し経時的な解析を行った点、細胞接着因子の検討を行った点、サイトカインに関してはいわゆるTh2タイプのサイトカインに限定せずIL-6およびIL-7を検討した点および組織学的な変化と関連づけて考察を加えた点が今回の新しい知見である。特にアトピー性皮膚炎とIL-7の関連に関しては初の報告であり、またIL-6に関しては末梢血リンパ球における発現の増加の報告はあるがアトピー性皮膚炎の皮膚組織における増加の報告は今回が初めてである。RT-PCRを用いたため定量性が厳密でない点は否めないが、同一患者で複数の観察点を設け同じ大きさの組織からRNAを抽出したため、アトピー性皮膚炎の自然に生じた皮疹をランダムに生検しそのサイトカイン発現を調べたデータに比較すると、皮膚炎発症の経過に関与する変化を検出するという目的においては優れていると考えた。アトピー性皮膚炎の生検組織で認められる好酸球は一般に少数であるが、免疫組織染色を行うと顆粒蛋白MBPの沈着が高頻度に検出されることから、最近アトピー性皮膚炎の発症における好酸球の関与が指摘されてきている。ダニ抗原誘発皮疹のアトピー性皮膚炎のモデルとしての妥当性に関しては、顕著な好酸球浸潤を伴い顆粒蛋白の放出を伴うことから少なくともアトピー性皮膚炎患者における好酸球浸潤のメカニズムを検討する点では有用であると考えた。さらに抗原除去後には好酸球が減少しリンパ球優位となることから、今後炎症の慢性化あるいは消退の過程を解析する上でも有用であると考えた。 |