学位論文要旨



No 213431
著者(漢字) 淺井,佐江
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,サエ
標題(和) 日本のAIDS患者におけるカリニ肺炎の画像とその変化
標題(洋)
報告番号 213431
報告番号 乙13431
学位授与日 1997.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13431号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 吉川,宏起
内容要旨 1.目的

 カリニ肺炎はAIDSに伴って起こる肺日和見感染症の中で、最も多い疾患である。患者の診療において、その経過を画像で観察することは重要である。駒込病院で見られたAIDSに伴うカリニ肺炎について、その画像の特徴と治療に伴って生じる胸部単純写真の画像上の変化を中心に検討する。

2.方法1)胸部単純X線写真

 治療開始前の写真と治療開始後の経過観察の胸部写真を読影した。経過観察写真は完全に陰影が正常化するかまたは、一番最後の写真まで読影した。

 胸部単純写真の所見に用いられた用語は以下のように定義した。a)ground-glass density;血管影が透けて見える、淡い境界の不鮮明な濃度上昇域で、主に間質性陰影または肺胞を完全には埋め尽くさない肺胞性陰影と考えられる。b)consolidation;血管が透けて見えなくなる、境界の不明瞭な濃度上昇域で、主に肺胞性陰影と考えられる。c)ground-glass density+patchy consolidation;ground-glass densityに重なって、限局したconsolidationが単発または複数みられるもの。

 経過観察写真は主に初期にみられた陰影の変化について観察され、気腫性嚢胞(cyst)や、気胸などの出現についても観察された。

2)胸部CT写真

 1.5mmまたは5mmのX線ビーム幅を用いてスキャンした。そのデーターから、骨のアルゴリズムを用いて再構成したhigh resolution CT(HRCT)像を作成した。

3)ガリウムシンチグラム

 肺の異常集積の有無とその分布、ペンタミジンの予防吸入の有無について調べた。

3.対象

 1985年から1995年までに当院でAIDSに合併するカリニ肺炎と診断されたまたは、剖検によってカリニ肺炎と判明した48件44患者である。

 男性43人、女性1人でカリニ肺炎の発症年齢は22歳から59歳で平均38歳±8であった。カリニ肺炎の診断は、10症例で喀痰細胞診により、5症例で気管支肺胞洗浄(BAL)により、2症例で経気管支肺生検(TBLB)により、2症例で剖検により、1例で喀痰細胞診とBAL両方により、また1例で喀痰細胞診とTBLB両方によりなされた。また残りの27例は臨床症状、動脈血液ガス検査、画像診断でカリニ肺炎が疑われ、カリニ肺炎の治療が行われた結果、治癒または臨床症状、画像上の改善があった症例である。他の細菌、真菌、ウィルスが検出された症例、また剖検でカリニ肺炎以外の感染症や腫瘍病変が肺にあった症例は全て除外した。発症時のCD4の値は35細胞/mm3±44(mean±1SD)であり、CD8の値は383細胞/mm3±260であった。ペンタミジンのエアゾール吸入の予防投与を受けていた患者は10人であった。

 治療は基本的に、Sulfamethoxazole-Trimethoprim(ST合剤)の内服ではじめた。途中、骨髄抑制、肝障害、熱発、吐き気、発疹などの副作用がでる場合は、ペンタミジンの吸入や点滴に変更した。さらに副作用がある時は、プリマキンとクリンダマイシン(CLDM)に変更した。ステロイドはPaO2が50mmHg以下の時に短期間もちいた。

c.結果

 カリニ肺炎の胸部単純写真の所見

1.初診時の胸部単純写真

 ground-glass densityが18例36%、ground-glass density+patchy consolidationが15例31%、consolidationが14例30%、1例2%で正常であった。

 病変の対称性の分布は24例51%にみられ、23例49%で非対称性であった。異常陰影が最も強く見られた肺野は、下肺野が最も多く26例55%であった。

 肺のボリュームの減少が見られた症例は28例60%であった。3例で最初の胸部写真でcystが見られ、2例で気管支壁の肥厚がみられた。リンパ節腫大や胸水はみられなかった。

 上肺野に強い病変がみられた5例中、4例は予防吸入を受けていた。

2、胸部単純写真の経過。

 1週間以内に改善の見られたものが、18例38%、2週間目に見られたものが14例30%、3週間目にみられたものが7例15%であった。

 治療開始後に、浸潤影の悪化がなくどんどん陰影が薄くなっていった著明改善例は23例51%であった。治療開始後に浸潤影が濃くなったり、範囲が広がり、胸部単純写真上、病変が進んだものは17症例36%あった。最初の2週間以内に明らかな変化が見られなかった症例は5例あった。

 肺野の陰影が改善していく途中で線状影や荒い網状影があらわれ、ground-glass densityやconsolidationと置き変っていった例は13例31%でみられた。浸潤影の悪化するグループで経過中に線状影の出現が多いことがわかった。

 著明改善例のグループと浸潤影の悪化するグループ間を区別する、胸部単純写真の特徴や治療薬や検査値に差があるかどうかを調べるため、以下の6項目について検討した。1)症状がでてから治療開始まで期間、2)CD4値、3)CD8値、4)初診時の浸潤影の程度、5)治療内容、6)ステロイド使用の有無;

 統計学的に両グループで上記6項目に有意差はなかったが平均値はCD4値,CD8値共に浸潤影の悪化するグループで高い傾向にあった。

 経過中に新たにcystが生じた症例は3例であった。3例の内2例では最も浸潤影の濃い所に重なって生じて来たが、もう1例では非常に浸潤影の淡いところに生じた。経過中に1例で気胸が生じ、1例で気縦隔がおこった。

 正常な胸部写真になるまでの期間は、平均が45日で1カ月以内が13例、2カ月目10例、3カ月目が3例で3カ月以内に26例が正常になった。

3.カリニ肺炎のCT所見

 48例中17例で胸部CT検査が行われた。主たる所見がground-glass densityである症例は11例65%、consolidationである症例は2例12%、線状網状影である症例は2例12%であった。そのほかの所見としては、bronchovascular bundleの肥厚が見られた症例は7例41%、細かい径2mmほどの網目状の陰影がground-glass densityに重なって見えた症例が6例35%であった。気管支拡張が見られたものが5例29%、索状影が見られたのは4例24%であった。

 左右対称瀰慢性に見られた症例は5例で他の12例は、左右非対称で、不規則な分布を示した。

 cystは5例でみられた。cystの分布は肺葉の末梢にも中心部にもみられた。

 少量の胸水が1例にみられた。リンパ節腫大はみられなかった。

4.ガリウムシンチグラムの結果

 48例中25例でガリウムシンチグラムが撮られた。25例中6例がペンタミジンの予防投与を受けていた。予防投与を受けていない19例の内、14例で肺全体に瀰慢性に異常集積がみられた。上肺野に限局して集積のある4例の内、3例で予防吸入をしていた。

d.考察1.単純写真とその経過

 肺の収縮は約半数で見られた。原因の第一は、呼吸困難があり充分吸気が行なえない為と考えられる。しかし、なかに縦隔が偏位するほど浸潤影の多い側が収縮する例がみられ、吸気不足の為だけでは説明がつかない。浸潤に伴い周囲に無気肺を生じるためと思われる。CTで索状影としてみられた部分が、周囲の肺の収縮を伴っている像に対応していると考えられる。この肺の収縮は浸潤影の減少とともに回復する。この無気肺の原因は、気管支から肺胞腔までの気道の、浸出液による閉塞と考えられる。

 治療開始後の胸部X線写真の経過について、短期経過は我々の症例では治療開始後、肺の病変が悪化したものは36%だった。20日以上も肺のconsolidationに改善が見られなかった症例や片側のみのconsolidationが悪化した症例があることから、水負荷のみが原因とは考えにくい。治療開始後、1/3以上の症例で肺の陰影がさらに悪化し続けることはPneumocystis.cariniiに対する肺の反応がすぐには停止しないためと考えられる。

2.CT所見

 我々の症例では典型的なground-glass densityは65%の患者にみられた。他に気管支拡張、bronchovascular bundleの肥厚、周囲の肺組織の無気肺を伴う索状影、細かい網状影など、多彩な所見がみられた。

e.まとめ

 AIDSのカリニ肺炎の胸部単純写真及びCT画像と胸部単純写真の治療後の変化について報告した。

 1.胸部単純写真の特徴はground-glass densityとconsolidationの混合像で両側性であった。欧米ではあまり報告がないが、肺の収縮が見られた症例が多く、吸気不足以外にも末梢気道が滲出物によって閉塞し、無気肺がおこり易いとためと考えられた。

 その他の点では欧米の報告と、胸部単純写真の所見に大きな違いはみられなかった。

 2.治療開始後の胸部単純写真は一時、濃度上昇域の悪化するものが多くみられた。肺の反応がPneumocystis cariniiが減った後もかなり続くことが考えられた。

 3.約80%の症例で3週間以内に陰影は減り始め、2カ月以内にほぼ正常化する。線状影が瘢痕化し残るものもある。

 4.CT所見の特徴はground-glass densityが斑状に全肺葉に分布することであった。随伴する所見として気管支拡張、bronchovascular bundleの肥厚、索状影が多くみられた。小結影が主たる所見である症例もあった。

審査要旨

 本研究はAIDS患者の肺の合併症で最も多いカリニ肺炎の、診断および経過の観察に画像が果たす役割について明らかにするために、カリニ肺炎の診断における画像の特徴、治療開始後の画像の変化について、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.初診時の胸部単純写真;ground-glass density、ground-glass density+patchy consolidation、consolidationが1/3づつを占めていた。病変の分布は対称性と非対称性が半数づつみられた。異常陰影が最も強く見られた肺野は、下肺野が最も多かった。

 肺のボリュームの減少が見られた症例は60%であった。随伴する所見としてはcystと気管支壁の肥厚がみられた。リンパ節腫大や胸水はみられなかった。

 上肺野に強い病変がみられた5例中、4例は予防吸入を受けていた。

 欧米ではあまり報告がないが、肺の収縮が見られた症例が多く、吸気不足以外にも末梢気道が滲出物によって閉塞し、無気肺がおこり易いとためと考えられた。その他の点では欧米の報告と、胸部単純写真の所見に大きな違いはみられなかった。

 2、胸部単純写真の経過;1週間以内に改善の見られたものが、1/3で、2/3の症例で3週間以内に陰影は減り始めた。治療開始後の変化には、浸潤影の悪化がなくどんどん陰影が薄くなっていった著明改善例、治療開始後に浸潤影が濃くなったり、範囲が広がり、胸部単純写真上、病変が進んだ悪化例、最初の2週間以内に明らかな変化が見られなかった無変化例があった。肺野の陰影が改善していく途中で線状影や荒い網状影があらわれ、ground-glass densityやconsolidationと置き変っていった例もみられた。浸潤影の悪化するグループで経過中に線状影の出現が多いことがわかった。

 著明改善例のグループと浸潤影の悪化するグループ間を区別する、胸部単純写真の特徴や治療薬や検査値に差があるかどうかを調べるため、以下の6項目について検討した。1)症状がでてから治療開始まで期間、2)CD4値、3)CD8値、4)初診時の浸潤影の程度、5)治療内容、6)ステロイド使用の有無;

 統計学的に両グループで上記6項目に有意差はなかったが平均値はCD4値,CD8値共に浸潤影の悪化するグループで高い傾向にあった。正常な胸部写真になるまでの期間は、平均が45日で、3カ月以内に半数が正常になった。

 治療開始後の胸部単純写真は一時、濃度上昇域の悪化するものが多くみられた。肺の反応がPneumocystis cariniiが減った後もかなり続くことが考えられた。

 3.カリニ肺炎のCT所見;主たる所見はground-glass densityであったがそのほかに以下に述べるように多彩な所見を示した。consolidation、線状網状影、bronchovascular bundleの肥厚、細かい径2mmほどの網目状の陰影がground-glass densityに重なって見える例、気管支拡張、索状影、cystが見られた。左右非対称で、不規則な分布を示したものが多かった。cystの分布は肺葉の末梢にも中心部にもみられた。少量の胸水が1例にみられたがリンパ節腫大はみられなかった。

 4.ガリウムシンチグラムの結果;予防投与を受けていない症例では、肺全体に瀰慢性に異常集積がみられることが多かった。上肺野に限局して集積のある4例の内、3例で予防吸入をしていた。

 以上、本論文は、AIDS患者におけるカリニ肺炎の画像の特徴と治療開始後の胸部単純写真の経過について検討した。これまで明らかに述べられていなかった治療開始後の画像の変化について明らかにし、今後のAIDS患者におけるカリニ肺炎の診断、治療、その経過の観察に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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