学位論文要旨



No 213432
著者(漢字) 青島,正大
著者(英字)
著者(カナ) アオシマ,マサヒロ
標題(和) p67-phox欠損型慢性肉芽腫症新症例の研究 : 単一の点変異により2つのエクソンの欠失を認めた症例の解析
標題(洋) Study on a novel type of Chronic Granulomatous Disease with p67-phox-deficiency : Analysis of a Patient with Two Exon Skipping Due to a Point Mutation
報告番号 213432
報告番号 乙13432
学位授与日 1997.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13432号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 助教授 大海,忍
内容要旨

 好中球やBリンパ球の細胞質に存在する67kDの蛋白質(p67-phox)はスーパーオキシド(O2-)産生酵素系の構成要素の一つで、この蛋白質の遺伝的な欠損は常染色体性劣性型の慢性肉芽腫症の原因となる。私はp67-phox欠損型慢性肉芽腫症患者の遺伝子解析を進め、単一の点変異により2つのエクソンが欠失するという新しいタイプの遺伝子変異を見いだした。その成因の機序についてはShapiroとSenapathyが提唱したスプライスサイト認識のスコアリングシステムを用いて説明が可能と考えられる。

 慢性肉芽腫症は希な遺伝性疾患で、患者の好中球は異物貪食時にO2-を産生することができないために、その殺菌能に異常があり生後間も無くから重篤な感染を反復する疾患である。好中球やBリンパ球のO2-産生系は2種類の蛋白質gp91-phoxとp22-phoxからなる形質膜のシトクロムb558及び細胞質に存在する少なくとも3種類の蛋白質p47-phox,p67-phoxと低分子量GTP結合蛋白であるrac-p21からなっている。細胞質の蛋白質は定常状態では解離した状態にあり、異物貪食などの刺激により複合体を形成し活性化される。無細胞系では、これら5種類の蛋白質のみで電子供与体であるNADPHに依存したO2-産生が見られる。慢性肉芽腫症では、これらの蛋白質の中でrac-p21以外の4種類のphox蛋白質いずれかに欠損がある。なお、これら4種類の蛋白質のcDNA配列はいずれも決定されており、またgenomeの配列についても報告がなされている。

 本論文で検討の対象としたのは反復する膿皮症、肺炎、頚部リンパ節炎の病歴を有する24歳の男性例で患者好中球は正常の遊走能、貪食能を示したが、O2-産生能は正常の2.9%以下に低下していた。ウェスタンブロットにより、患者好中球にはシトクロムb558大小鎖(gp91-phoxとp22-phox)とp47-phoxが確認されたが、p67-phoxは検出できなかった。これらのことから、この患者はp67-phox欠損型慢性肉芽腫症であると確定された。この患者から常法に従いBリンパ球をEpstein-Barr virusを用いて株化し以下の実験に用いた。

 まず患者由来Bリンパ球株の細胞質にはp67-phox蛋白質が欠損していることをウェスタンブロットにより確認した。そしてこの細胞よりAcid-guanidinium-phenol-chloroform(AGPC)法によりRNAを抽出し、ランダムヘキサマーをプライマーとして用い逆転写酵素によりcDNA第1鎖を合成した。次に表1に示すようにcDNA全長をカバーする様、4つのオバーラップする断片(ヌクレオチド1-430,326-879,772-1260,1182-1635)に分けてPCR法により各断片の増幅を行い、その産物をアガロ-スゲル電気泳動で解析した。

 その結果ヌクレオチド326-879及び772-1260を増幅するプライマーの組み合わせ(プライマー3/4及び5/6)ではPCR産物を認めなかった。なお対照として用いた正常人由来B細胞のサンプルでは、これらの産物が認められている。これらのことから患者ではヌクレオチド326から1260の間に欠失の存在することが予想された。そこで新たなプライマーをデザインし(プライマー9/10)、ヌクレオチド304-923を増幅したところ、患者では対象よりも約200bp短いPCR産物が得られた。PCR産物のダイレクトシーケンシングにより、この患者の変異はヌクレオチド694-879のインフレーム欠失であり、これらの欠失は、エクソン8及び9全体に相当することが明らかとなった。エクソン8,9の欠失の原因を探るため、それぞれの近傍のイントロン配列によりエクソン8,9を増幅するプライマーを表2のようにデザインし、そして患者由来B細胞株よりgenomic DNAを抽出し、これらのプライマーを用いてPCR法により2つのDNA断片を増幅して解析を進めた。

 得られた2つのPCR産物は患者と対照の間で共に長さに差を認めなかった。しかしこれらの産物につきsingle-strand-conformation-polymorphism(SSCP)解析を行ったところ、エクソン9とこれをはさむイントロン境界部を含むPCR産物で患者と正常対照間に移動度の差を認めた。このことからエクソン9とそのイントロンとの境界部に変異があることが予測された。そこでこのPCR産物をTAクローニングベクターにサブクローニングし、得られた6つのクローンの塩基配列を決定した。その結果、唯一の変異としてイントロン9のスプライシングドナーサイト(5’スプライスサイト)の+1の位置のGにAへの1塩基置換を見いだした。

 さてShapiroとSenapathyが提唱したスコアリングシステムを用いるとスプライスサイトにおけるコンセンサスシーケンスと個々の塩基配列との一致度を知ることが可能である。そこでこれらの値を正常、患者p67-phox遺伝子につき計算し表3に示した。その結果、正常のイントロン9のドナーサイトのスコアが82.7であるのに対し患者では+1のGからAへ1塩基置換されているため64.7と低下していることが明かとなった。一方イントロン7のアクセプターサイトは正常でも71.2とp67-phoxのスプライスサイトの中で最も低い値を示していた。

 前述のように本症例のp67-phoxのmRNAはヌクレオチド649から879がインフレームで欠失していた。この欠失部位はエクソン8と9全体に相当し、アミノ酸配列では231から293番が欠損していることになる。この部位には2つあるSrcホモロジー3(SH3)ドメインのうちの1つ(アミノ酸245-295)とプロリンに富む領域(アミノ酸227-234)の一部を含んでいた。このSH3ドメインの機能はまだ解明されてはいないが、p67-phox蛋白質の他の領域と比較し高度に保存された領域であり、他の構成蛋白質と複合体を形成することにより系を活性化するのに重要と想定されている。インフレーム欠失でありながらウエスタンプロットでp67-phox蛋白質を検出できなかったことから、本例で欠失しているSH3ドメインやプロリンに富む領域は、この蛋白質の安定性にも関与していると考えられた。

 genomic DNAの解析ではイントロン9の+1の位置のGからAへの点変異のみが起こっているのを認めた。ドナーサイトの点変異に伴って、それに隣接する上流エクソンが欠失する症例は遺伝子疾患では、しばしば報告されている。しかし本症例で特徴的な点はエクソン9ばかりではなく、エクソン8も欠失していたことである。本症例の様に2つのエクソンが同時に欠失するような変異は紫外線照射等で実験的に導入した変異が報告されているのを除けば、臨床例としては極めて少数の報告しか知られていない。ShapiroとSenapathyによるスコアリングシステムにより算出したイントロン7のアクセプターサイトは正常でも71.2とp67-Phoxのスプライスサイトの中で最も低いスコアを有していた。さらに新しいエクソン予測プログラムであるHSPL及びgeneidを用いたp67-phox遺伝子のエクソン予測でもイントロン7のアクセプターサイトは全てのスプライスサイトの中で最も低いスコアであるか(HSPLによる予測)、あるいはスプライスサイトとして認識されなかった(geneidによる予測)。このことより、イントロン7とエクソン8の境界部は元来、リボ核蛋白質によリスプライスサイトと認識されにくい塩基配列であると推測される。さらにエクソン8が小さいことも、これを助長していると考えられる。この様な場合には下流にスプライスサイトの認識効率を高めるスプライシングエンハンサーと呼ばれるシグナルがしばしば存在する。本例においてはイントロン9のスプライスドナーサイトの点変異に伴いエクソン9が欠失しており、このことが影響してエクソン8のスプライスサイトの認識が障害されエクソン9ばかりではなく8までも欠失したものと考えられた。

表1 p67-phox患者の遺伝子解析に用いた合成プライマー表2 p67-phox患者genomeの変異を決定するために用いた合成プライマー表3* スコアはShapiro MB,Scnapathy P:RNA splice junctions of different classes of eukaryotes:sequence statistics and functional implications in gene expression.Nucleic Acids Res 15:7155,1987にもとづいて算出した
審査要旨

 本研究はスーパーオキシド(O2-)産生酵素系の構成要素の一つで、好中球やBリンパ球の細胞質に存在する67kDの蛋白質(p67-phox)を遺伝的に欠損する常染色体性劣性型の24歳の男性の慢性肉芽腫症患者の遺伝子解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.患者好中球は正常の遊走能、貪食能を示したが、O2-産生能は正常の2.9%以下に低下していた。ウェスタンブロットにより、患者好中球にはシトクロムb558大小鎖(gp91-phoxとp22-phox)とp47-phoxが確認されたが、p67-phoxは検出できず、この患者はp67-phox欠損型慢性肉芽腫症であることを確認した。

 2.Bリンパ球をEpstein-Barr virusを用いて株化し,樹立した細胞株よりRNAを抽出し、ランダムヘキサマーをプライマーとして用い逆転写酵素によりcDNA第1鎖を合成し、次にcDNA全長をカバーする様、4つのオバーラップする断片に分けてPCR法により各断片の増幅を行った。その産物をアガロースゲル電気泳動で解析したところ、ヌクレオチド326-879及び772-1260を増幅するプライマーの組み合わせではPCR産物を認めず、患者ではヌクレオチド326から1260の間に欠失の存在することが予想された。

 3.新たなプライマーをデザインし、ヌクレオチド304-923を増幅したところ、患者では対照よりも約200bp短いPCR産物が得られた。PCR産物のダイレクトシーケンシングにより、この患者の変異はヌクレオチド694-879のインフレーム欠失であり、これらの欠失は、エクソン8及び9全体に相当することが明らかとなった。これはアミノ酸配列では231から293番の欠損に相当し、2つあるSrcホモロジー3(SH3)ドメインのうちの1つ(アミノ酸245-295)とプロリンに富む領域(アミノ酸227-234)の一部を含んでいた。インフレーム欠失でありながらウエスタンプロットでp67-phox蛋白質を検出できなかったことから、この領域は、この蛋白質の安定性に関与していることが示唆された。

 4.エクソン8,9の欠失の原因を探るため、それぞれの近傍のイントロン配列によりエソン8,9を増幅するプライマーをデザインし、患者由来B細胞株よりgenomic DNAを抽出し、PCR法により2つのDNA断片を増幅した。得られた2つのPCR産物は患者と対照の間で共に長さに差を認めなかった。しかしこれらの産物につきsingle-strand-conformation-polymorphism(SSCP)解析を行ったところ、エクソン9とこれをはさむイントロン境界部を含むPCR産物で患者と正常対照間に移動度の差を認め、エクソン9とそのイントロンとの境界部に変異があることが予測された。このPCR産物をサブクローニングし、得られた6つのクローンの塩基配列を決定したところ唯一の変異としてイントロン9のスプライシングドナーサイト(5’スプライスサイト)の+1の位置のGにAへの1塩基置換を見いだした。

 5.イントロン9のスプライシングドナーサイトの+1のGからAへの1塩基置換によりエクソン9ばかりではなく、エクソン8も欠失していた原因を探るためShapiroとSenapathyが提唱したスコアリングシステムを用いて各スプライスサイトにおけるコンセンサスシーケンスと個々の塩基配列との一致度を正常、患者p67-phox遺伝子につき計算した。正常のイントロン9のドナーサイトのスコアの82.7に対し患者では+1のGからAへの1塩基置換により64.7と低下していた。一方イントロン7のアクセプターサイトは正常でも71.2とp67-phoxのスプライスサイトの中で最も低い値を示していた。さらに新しいエクソン予測プログラムであるHSPL及びgeneidを用いたp67-phox遺伝子のエクソン予測でもイントロン7のアクセプターサイトは全てのスプライスサイトの中で最も低いスコアであるか(HSPL)、あるいはスプライスサイトとして認識されなかった(geneid)。

 6.したがって、イントロン7とエクソン8の境界部は元来、リボ核蛋白質によリスプライスサイトと認識されにくい塩基配列であると推測された。この様な場合、下流にスプライスサイトの認識効率を高めるスプライシングエンハンサーと呼ばれるシグナルがしばしば存在するが、本例においてはイントロン9のスプライスドナーサイトの点変異に伴いエクソン9が欠失しており、このことが影響してエクソン8のスプライスサイトの認識が障害されエクソン9ばかりではなく8までも欠失したものと考えられた。

 以上、本論文はp67-phox欠損型慢性肉芽腫症患者の遺伝子解析により、単一の点変異により2つのエクソンが欠失するという新しいタイプの遺伝子変異を見いだし,その成因の機序について、スプライスサイトの塩基配列から説明が可能であることを複数のエクソン認識プログラムを用いて明らかにした。本研究はこれまで不明の点が多かった、単一の点変異により2つのエクソンが欠失する遺伝子疾患発症の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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