学位論文要旨



No 213438
著者(漢字) 小川,利久
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,トシヒサ
標題(和) 腎虚血再灌流モデルにおけるZn投与による抗酸化作用
標題(洋)
報告番号 213438
報告番号 乙13438
学位授与日 1997.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13438号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 河邊,香月
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 講師 木村,健二郎
内容要旨

 背景:外科領域において急性虚血性腎不全は,大量出血,心停止後の蘇生状態,腎血流を遮断する手術,腎移植などにおいてしばしばみられ,この病態の一つとして組織の虚血と再酸素化により発生する活性酸素が注目されている.そして,活性酸素の除去はこの病態の改善に有用であると考えられているが,free radical scavengerの投与は,血中半減期,臓器集積性の問題からまだ臨床応用が確立されていない.

 Metallothionein(MT)は分子量約6000のcysteinに富む重金属抱合蛋白で,主な作用は有害重金属の抱合解毒と必須金属の恒常性維持であるが,近年free radical scavengerとしての機能が明らかとなり注目されている.

 以上の背景により筆者は,あらかじめ亜鉛(Zn),Bi等の生体に毒性を持たない金属により腎組織MTの発現を誘導すれば腎虚血再潅流(ischemia-reperfusion=I/R)障害を軽減しうると考え,本研究を行った.

 方法:ラットを,MT誘導物質であり,生体毒性を持たないZnSO4をI/Rの24時間前に腹腔内投与する群(Zn群),生食を前投与する群(Saline群),生食を投与しI/Rを加えない群(Sham群)の3群に分けた.大腿動静脈よりカニュレーションし,静脈ラインより実験終了時まで,6.25%albumin,3%inulinを持続投与した.動脈ラインは,血圧測定と採血に使用した.また,採尿のため膀胱内にカニュレーションした.開腹後,両腎を露出し,laser doppler血流計を装着後,両側腎動静脈を同時に30分間クランプし,クランプ解除90分後に腎摘し,組織MT,過酸化脂質(TBA reactive substances=TBARS,conjugated dien=CD),血中過酸化脂質(TBARS)を測定した.また,腎機能の指標としてクランプ前,クランプ解除60分後に腎clearance testを行いglomerular filtration rate(GFR)とFractional excretion of sodium(FENa)をもとめた.血中Zn濃度は,I/R前と後(90分)に測定した.

 結果:腎動静脈クランプにより血流量は,Saline群(右腎):クランプ前=41.2±0.9→クランプ後10分=4.65±0.2,(左腎):41.3±1.2→4.3±0.3;Zn群(右腎):40.8±1.1→4.5±0.2,(左腎):38±2.5→4.4±0.2(ml/min/100g tissue)と,約1/9に低下した(それぞれp<0.001).Zn群とSaline群および同群内の左右腎において血流量の差は認めなかった.また,クランプ解除により血流量は前値に回復した.血中Zn濃度は,I/R前後ともZn群で有意に高値であり,各群のI/R前後の血中Zn濃度の変化については,Sham群は開腹の経過中に,Saline群はI/R後に,I/R前に比べ有意に低下した(p<0.05).これに対し,Zn群はI/R後に有意な血中Zn濃度の低下を示さなかった.

 組織MT濃度は,表1に示すようにZn群で左右腎ともSaline群に比べ2倍以上に増加した.また,組織TBARSおよびCDはSaline群と比較しZn群で有意に低下した.一方血中TBARS濃度はSaline群とZn群との間で差は認めなかった.

 平均血圧,尿量の推移を表2に示す.いずれの群においても平均血圧に差はみられなかった.また,Saline群のI/R後の尿量は,Sham群と比較し有意に増加した.Zn群とSaline群との間には尿量の推移に差はみられなかった.

 表2に腎機能の変化を示す.GFRは,Sham群においては開腹操作によって変化はなかったが,Zn群とSaline群は,ともにI/R後に著明に低下した(P<0.01).また、Zn群においてI/R後のGFRの低下は有意に改善された(p<0.05).I/R後のFENaについては,Saline群はSham群に比べ有意に増加した(p<0.01).Zn群は,Saline群と比較しI/R後のFENaの増加を有意に抑制した(P<0.05).FENaのI/R前値はSaline群,Zn群で差は認めなかった.I/R前後のFENaの差を示す△FENaに関しては,Saline群はSham群と比較し有意に増加した(P<0.01).また,Zn群は,Saline群と比較し有意にその増加が抑制された(P<0.05).

表1 Zn投与が、腎I/R後の腎組織MT,過酸化脂質.、血清過酸化脂質および血清Zn濃度に及ぼす効果MT:Metallothionein TBARS:Thiobarbituric acid reactive substances CD:Conjugated dien Zn:Zinc各値は平均±標準誤差で示した. *Saline群に対してp<0.05、†Sham群に対してp<0.05,(ANOVA及びpost hocs検定)表2 Zn前投与がI/R前後の腎機能に及ぼす効果各値は平均±標準誤差にて示した. *Saline群に対しp<0.05、†Sham群に対しp<0.05、(ANOVA及びpost hocs検定による) §pre I/Rに対しp<0.05、(Student paired t-testによる) MAP:mean atrial pressure V:urine flow rate GFR:glomerular filtration rate FENa:fractional excretion of sodium I/R:ischemia reperfusion

 考察:虚血再潅流による組織障害の原因は,主に臓器虚血と引き続きおこる再酸素化の過程で生じる活性酸素であるとされている.今回筆者は,急性虚血性腎不全モデルとして腎I/Rラットを作成し,Zn投与によりI/R後の腎組織の過酸化脂質の生成が減少し,腎機能のうち特に尿細管機能が改善されることを確認した.

 それでは,Zn投与により腎組織でどのような事が生じたのであろうか.Znの生体負荷により組織に著明に合成が誘導される蛋白質はMTであることが判明している.また,Zn負荷は,現在知られている生体内抗酸化物質であるsuperoxide dismutase(SOD)やglutathione peroxidase(GSH-px)の挙動に影響を与えない.以上より,Zn投与により腎虚血再潅流障害を軽減した大きな要因は,Zn投与により腎組織に誘導されたMTであろうと推測される.実際,本研究では,Zn投与により両腎組織内MT濃度は2倍以上に上昇し,かつ脂質の過酸化の指標であるTBARSとCDの濃度が減少した.したがって誘導されたMTが抗酸化的に作用したことが考えられる.近年MTの抗酸化作用は,活性酸素を生成する薬剤や放射線などに対する効果としての報告がなされているが,腎のI/RおけるMTの作用についての詳細な検討は,本研究が初めてである.

 一方,MTを誘導する手段として投与したZnにも抗酸化作用があることが報告されている.血中Zn濃度の変動と組織MT濃度とは密接に関連していて,血中Zn濃度の減少とともに血中MT濃度の減少が認められれば真のZn欠乏状態であるとされ,MTは血中Zn濃度を調節する蛋白として機能していると言われている.Zn投与による抗酸化効果はMTを介しているとする報告もあり,このZnの作用はZnにより誘導されたMTが大きな要因となっている可能性がある.

 本研究では,組織過酸化脂質の動向とともにI/R前後の腎機能を比較した.その結果Zn投与にて,I/R後のGFRの低下を抑制し,FENaの増加を改善した.急性虚血性腎不全による腎障害として急性尿細管障害が特徴的であり,FENaは腎尿細管機能を反映する要因の一つとされているので,Zn投与はI/Rの尿細管障害に対し保護的に働いたことが考えられる.以上より,腎移植,大動脈手術,腎障害をきたす可能性のある侵襲の大きな手術などの術前にあらかじめ組織のMTの発現を誘導すれば,これらの臓器障害を軽減しうる可能性があり,臨床応用面において本研究の結果は意義のあるものと思われる.

審査要旨

 本研究は、急性虚血性腎不全の病態解明と治療確立を目的としてラット腎虚血再灌流モデルを作製し、抗酸化作用を有するといわれるMetallothionein(MT)をZinc Sulphate(Zn)前投与にて発現誘導した後、同モデルにおける腎組織過酸化脂質の動向、および腎機能の改善効果を検討したもので、下記の結果を得ている。

 1.急性虚血性腎不全モデルはラット両側腎動静脈を同時に血行遮断することにより作製した。ラットはZn前投与群(腹腔内投与)と生食前投与群に分けた。また、血行遮断を行わないSham手術群を設け比較した。その結果、腎虚血再灌流により腎組織中の過酸化脂質は増加し、Zn投与により組織過酸化脂質の増加が抑制された。また、Zn前投与により組織MTの発現が著明に増加することが示された。

 2.Zn腹腔内投与により、投与24時間後の血中Zn濃度は高値に維持されていることが判明した。また、Zn投与群においては、非投与群に見られた侵襲による血中Znの低下が見られなかった。

 3.腎虚血再灌流により、組織学的にはJablonskiの分類によるgrade3に相当する近位曲尿細管の部分的壊死像を認めたが、Zn投与による効果は認めなかった。

 4.腎機能の評価として、虚血前後にinulin clearanceにより糸球体濾過量(GFR),ナトリウム排泄分画(FENa)を測定した結果、虚血再灌流によりGFRは著明に低下し、FENaは増加した。そしてZn投与により再灌流後のGFRは有意に改善し、FENaの増加は有意に抑制された。すなわち、Zn投与により微小血管障害が軽減され組織血流量が保持されたこと、および尿細管傷害が軽減されたことを示した。

 以上、本論文は、Zn前投与によりfree radical scavengerとしての機能をもつといわれるMTを組織内に発現せしめ、虚血後の過酸化脂質の増加抑制および腎機能の改善効果を明らかにした。本研究は、虚血再灌流モデルにおいてZnおよびMTの抗酸化効果、腎機能改善効果をはじめて明らかにしており、手術侵襲や移植における臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54032