本研究は在宅高齢者の保健行動、外出行動、およびこれらの行動の重要な規定要因の1つと考えられる交通環境(利用可能な交通手段を意味する)の相互関連性とその背景を明らかにするために、公共交通の比較的不便な地域である神奈川県A郡A町H地区において社会調査を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.無作為層別抽出法によりH地区在住の60歳代、70歳代、80歳代以上の男女計567名を抽出し、郵送留置調査法により397名から回答を得た。分析対象は、1人では外出困難であり、ほとんど外出しない人を除く374名であった。 2.外出実態について、通院・健診のための外出頻度は男性の方が高く、友人訪問頻度は女性の方が高かった。外出時の交通手段について、男性では加齢や外出時の身体的問題を有することにより同乗の利用が増すが、女性では年齢や外出時の身体的問題と関連なく、共通してバス・同乗の利用が多かった。交通環境に対する認識について、女性は男性よりも道路通行時の不安や公共施設を利用するときの不便さを強く感じていた。 2.保健行動を目的変数とし、説明変数として外出行動、交通環境に対する認識、保健行動に対する意識(保健行動に対する関心、知識、意欲を意味する)、機能的日常生活水準(身体的、精神的および社会的機能からみた生活水準を意味する)、健康状態(自覚的、他覚的症状のレベルを意味する)を投入した重回帰分析結果では、女性では保健行動に対する意識および機能的日常生活水準の影響を除いても、交通環境に対して感じる問題が増すと外出行動が顕著に抑制される傾向にあった。分散分析およびロジスティック回帰分析結果では、外出行動の活発さと友人訪問頻度は関連が大きいが、友人訪問頻度の高い人は『病気になって人に迷惑をかけるといけない』という理由で健康保持に気をつけている傾向がみられた。女性では、友人訪問が活発であることが周囲の人への配慮等の意識を高め、保健行動を促進すると考えられた。 3.男性では保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の相互関連性がみられなかった。その理由として、男性では保健行動の活発さと健康状態の問題の多さとの関連が女性より強いこと、外出時の身体的問題を有することにより同乗等の交通手段が選択され、外出行動および交通環境に対する認識の各要因と機能的日常生活水準との関連が強いこと、および保健行動と機能的日常生活水準との関連が強いことが認められた。 以上、本論文は公共交通の比較的不便な地域である神奈川県A郡A町H地区在住の60歳以上の男女に対する郵送留置調査をもとに、保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の相互関連性とその背景を明らかにした。本研究は、在宅高齢者に対する地域保健活動において今までほとんど注目されてこなかった、公共交通の整備による在宅高齢者の外出行動さらには保健行動の変化を実証的に予測し、この分野の研究の発展に大きく貢献することから、学位の授与に値するものと考えられる。 |