学位論文要旨



No 213439
著者(漢字) 吉本,照子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシモト,テルコ
標題(和) 公共交通が不便な地域の在宅高齢者における保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の関連性の研究
標題(洋)
報告番号 213439
報告番号 乙13439
学位授与日 1997.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13439号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨 1はじめに

 保健行動とは、健康を保つためにふさわしいと考えられる生活習慣および行動であり、睡眠・食事・運動・健診受診等に関する習慣や行動、症状や疾病への対処行動を示す。社会・文化活動とは、友人とのつきあい、老人クラブ参加や趣味の活動等を示す。保健行動および社会・文化活動に関し、実施項目数が多い場合を活発とみなすと、社会・文化活動が活発な人は保健行動が活発であり、医学的指標も良好であると報告されている。しかし、社会・文化活動と保健行動の関連の背景についてはあまり報告されていない。本研究は、保健行動、社会・文化活動等のための外出行動、およびこれらの行動の規定要因の1つと考えられる交通環境(利用可能な交通手段を意味する)に着目し、在宅高齢者の保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の関連性とそのような関連性の背景を明らかにすることを目的とした。これらを明らかにすることは、交通環境の整備による外出行動の変化および外出行動の変化にともなう保健行動の変化を予測し、交通環境の整備の効果を予測するために必要である。

 女性では男性より下肢筋力が小さいという身体的要因や現在の高齢女性の運転免許保有率は低く、公共交通や同乗への依存度が高いために、交通環境の問題は在宅高齢女性の外出行動に抑制的影響をおよぼすと推測できる。本研究の仮説は、(i)交通環境について感じる問題が大きいと外出行動が抑制され、外出行動と関連する保健行動の動機づけが抑制され、保健行動が抑制される、(ii)このような関連は在宅高齢者のうち女性においてみられ、男性ではみられない、という2点である。

2方法2.1 研究の枠組み.

 著者の先行研究の結果をもとに、交通環境に対する認識を含めた高齢者の保健行動の要因の関連性について分析の枠組みを設定し、検討した。次いで、保健行動と外出実態の関連性、外出実態と保健行動の動機づけの関連性を検討し、保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の関連性の背景として、保健行動の動機づけの関与について検討した。

2.2調査項目および質問項目.

 (1)保健行動の要因の関連性:保健行動およびその要因として、外出行動、交通環境に対する認識、保健行動に対する意識(保健行動に対する関心、知識、意欲を意味する)、機能的日常生活水準(身体的、精神的および社会的機能からみた生活水準を意味する)、健康状態(自覚的、他覚的症状のレベルを意味する)を調査項目とし、計44項目の質問項目を設定した。(2)保健行動、外出実態、保健行動の動機づけの関連性:外出実態として目的別外出頻度と利用する交通手段を調査項目とし、保健行動の動機づけとして"健康保持に気をつける理由"を質問項目とした。

2.3質問項目設定のための予備調査.

 横須賀市K老人福祉センターの来所者を対象として、係数をもとに再現性を検討し、クロンバックの係数をもとに内的整合性を検討した。

2.4調査地域および対象

 公共交通が比較的不便な地域として、神奈川県A郡A町を選択した。A町の6つの行政区のうち、本調査の目的を考慮して、比較的バスの本数の多い2地域を除く4地域の中から確率比例抽出法によりH地区を選択し、層別無作為抽出法によりH地区在住の60歳以上の男女567名を抽出した。男女とも各年齢層(60,70,80代)から100名を抽出し、80代男性は100名にみたないため全員とした。

2.5調査方法.

 郵送留置調査法を適用し、調査期間は1995年7月27日〜8月12日である。

2.6分析方法.

 (1)保健行動の要因の関連性:重回帰分析を適用し、保健行動を目的変数、外出行動、交通環境に対する認識、保健行動に対する意識、機能的日常生活水準、健康状態を説明変数とした。交絡変数として年齢を投入した。変数は各要因における質問項目に対し『あてはまる』と回答した項目数である。重回帰分析結果をもとに、標準回帰係数が危険率5%で有意な要因を抽出して保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の関連の男女差を検討した。(2)保健行動、外出実態、保健行動の動機づけの関連性:分散分析およびロジスティック回帰分析を適用し、保健行動および保健行動の動機づけと目的別外出頻度との関連性、保健行動と保健行動の動機づけとの関連性を分析し、保健行動と外出行動の関連性の背景を検討した。

2.7分析対象.

 397名から回答を得たが、回収率は男性78%、女性70%であり(死亡、転居、入院・療養中、寝たきり・意思伝達困難を除く)、回収率の性・年齢差はみられなかった。このうち374名(1人では外出困難でほとんど外出しない人を除く)を分析対象とした。

3結果3.1単純集計結果.

 (1)保健行動の要因の加算値について、交通環境に対する認識は性差がみられ、女性の方が男性より問題を多く感じていた。(2)外出実態について、通院・健診のための外出頻度は男性の方が高く、友人訪問頻度は女性の方が高かった。交通手段について、男性では加齢や外出時の身体的問題を有することにより同乗の利用が増すが、女性では年齢や外出時の身体的問題と関連なく、共通してバス・同乗の利用が多かった。

3.2保健行動の要因の関連性の性差.

 (1)女性では年齢で調整しても、外出の活発さが増すと保健行動の活発さが増す一方、交通環境について感じる問題が増すと外出行動が抑制されていた。男性では保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の間に関連はなかった。(2)男性では、重回帰分析において保健行動を目的変数とした場合に、健康状態を説明変数とした場合の標準回帰係数の値が女性にくらべてやや大きかった(図1参照)。

3.3保健行動、外出実態、保健行動の動機づけの関連性.

 女性では友人訪問頻度、保健行動の動機づけ、保健行動の活発さに関連がみられた。友人訪問頻度の高い人は、保健行動の動機づけとして『病気になって人に迷惑をかけるといけない』との回答が多く、『病気になって人に迷惑をかけるといけない』と回答した人は保健行動が活発な傾向がみられた(p<0.09)。

 男性では、友人訪問頻度の高い人は『やりたいことや楽しみのために』という理由で健康保持に気をつけている傾向がみられたが、『やりたいことや楽しみのために』という理由と保健行動の活発さとの関連はみられなかった。一方、通院・健診頻度が高い人は保健行動が活発であり、保健行動の動機づけとして『大病をしたから』との回答が多かった。『大病をしたから』と回答した人は保健行動が活発であった。

4考察4.1保健行動と外出行動の関連性.

 女性では外出行動と保健行動の関連がみられたが、これは、年齢や外出時の身体的問題と関連なく利用する交通手段の共通性が高く、図1に示すように、機能的日常生活水準に加えて交通環境について感じる問題の大きさにより外出行動の活発さが変化するためと考えられる。男性では、利用する交通手段が年齢および外出時の身体的問題の有無と関連しており、外出行動が機能的日常生活水準に大きく依存し、機能的日常生活水準は保健行動とも関連するため、外出行動と保健行動に関連がみられなかったと考えられる。

4.2保健行動と外出行動の関連の背景.

 女性では友人訪問頻度が高く、外出行動の活発な人において『病気になって人に迷惑をかけるといけない』という自立意識あるいは周囲の人への配慮にもとづく保健行動の動機づけを強め、保健行動を促進すると考えられる。男性においても、友人訪問頻度が高い人は『やりたいことや楽しみのために』という理由で健康保持に気をつけている傾向がみられた。しかし、男性では保健行動の活発さと『大病をしたから』という保健行動の動機づけが関連しており、保健行動を目的変数とした重回帰分析において、健康状態の標準回帰係数の値が女性よりやや大きく、健康状態の問題の多さが女性以上に関連していることから、『やりたいことや楽しみのために』という理由と保健行動の活発さの関連がみられなかったと考えられる。

5まとめ

 (1)女性では、交通環境について感じる問題が増すと外出行動が顕著に抑制され、保健行動が抑制されていた。外出行動の活発さと関連の大きい友人訪問頻度の高い人は『病気になって人に迷惑をかけるといけない』という理由で健康保持に気をつけている傾向があり、友人訪問が活発であることが周囲の人への配慮等の意識を高め、保健行動を促進すると考えられる。

 (2)男性では、保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の相互関連性はみられなかった。男性では保健行動と健康状態の問題の多さとの関連が強く、また外出行動、交通環境に対する認識がともに機能的日常生活水準に大きく依存するためと考えられる。

図1高齢者の保健行動の要因の模式的関連
審査要旨

 本研究は在宅高齢者の保健行動、外出行動、およびこれらの行動の重要な規定要因の1つと考えられる交通環境(利用可能な交通手段を意味する)の相互関連性とその背景を明らかにするために、公共交通の比較的不便な地域である神奈川県A郡A町H地区において社会調査を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.無作為層別抽出法によりH地区在住の60歳代、70歳代、80歳代以上の男女計567名を抽出し、郵送留置調査法により397名から回答を得た。分析対象は、1人では外出困難であり、ほとんど外出しない人を除く374名であった。

 2.外出実態について、通院・健診のための外出頻度は男性の方が高く、友人訪問頻度は女性の方が高かった。外出時の交通手段について、男性では加齢や外出時の身体的問題を有することにより同乗の利用が増すが、女性では年齢や外出時の身体的問題と関連なく、共通してバス・同乗の利用が多かった。交通環境に対する認識について、女性は男性よりも道路通行時の不安や公共施設を利用するときの不便さを強く感じていた。

 2.保健行動を目的変数とし、説明変数として外出行動、交通環境に対する認識、保健行動に対する意識(保健行動に対する関心、知識、意欲を意味する)、機能的日常生活水準(身体的、精神的および社会的機能からみた生活水準を意味する)、健康状態(自覚的、他覚的症状のレベルを意味する)を投入した重回帰分析結果では、女性では保健行動に対する意識および機能的日常生活水準の影響を除いても、交通環境に対して感じる問題が増すと外出行動が顕著に抑制される傾向にあった。分散分析およびロジスティック回帰分析結果では、外出行動の活発さと友人訪問頻度は関連が大きいが、友人訪問頻度の高い人は『病気になって人に迷惑をかけるといけない』という理由で健康保持に気をつけている傾向がみられた。女性では、友人訪問が活発であることが周囲の人への配慮等の意識を高め、保健行動を促進すると考えられた。

 3.男性では保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の相互関連性がみられなかった。その理由として、男性では保健行動の活発さと健康状態の問題の多さとの関連が女性より強いこと、外出時の身体的問題を有することにより同乗等の交通手段が選択され、外出行動および交通環境に対する認識の各要因と機能的日常生活水準との関連が強いこと、および保健行動と機能的日常生活水準との関連が強いことが認められた。

 以上、本論文は公共交通の比較的不便な地域である神奈川県A郡A町H地区在住の60歳以上の男女に対する郵送留置調査をもとに、保健行動、外出行動、交通環境に対する認識の相互関連性とその背景を明らかにした。本研究は、在宅高齢者に対する地域保健活動において今までほとんど注目されてこなかった、公共交通の整備による在宅高齢者の外出行動さらには保健行動の変化を実証的に予測し、この分野の研究の発展に大きく貢献することから、学位の授与に値するものと考えられる。

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