学位論文要旨



No 213440
著者(漢字) 宇賀神,隆一
著者(英字)
著者(カナ) ウガジン,リュウイチ
標題(和) 半導体微小構造中の電子の多体効果とその応用に関する研究
標題(洋) Research on many-body effects of electrons in semiconductor microstructures and their possible applications
報告番号 213440
報告番号 乙13440
学位授与日 1997.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第13440号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 桜井,捷海
 東京大学 助教授 深津,晋
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 清水,明
内容要旨

 近年急速に発展してきた半導体微細加工によって形成可能となった低次元の微小構造、またその結合系では、構造中に束縛された電子間の相互作用の効果が重要な働きを演じ、これらの構造は種々様々な相関電子系を提供する。本論文は、三部により構成され、第一部では半導体微細構造作製法を復習し、第二、第三部において低次元の微小構造中の相関電子系に関する議論が展開される。

 第一部では半導体微細構造に関して議論が展開され、微細加工法の基礎である、エピタキシャル結晶成長法、リソグラフィー技術、エッチング技術、典型的な量子構造作製法を復習した後、その微細加工法を用いて形成された三次元的微細構造が議論される。サブミクロンの構造上に結晶成長を行うことで、ピラミッド型の量子ドット構造を作製することができる。また、基板GaAsの結晶軸に関する異方性を利用することにより、バラエティー豊かな微細構造が形成可能となる。このような微細構造は、フィールド・エミッターとして利用することができ、真空マイクロエレクトロニクスへも応用可能である。

 第二部では、半導体量子構造中の相関電子系が議論される。正方形量子ドットでは、電子間相互作用の効果によって引き起こされる光学遷移が存在し、量子ドットの大きさの増大とともに遷移強度が増加する。このことから、この光学遷移には、強相関電子系のウイグナー格子状態が関与しているであろうと考えられる。この量子ドットに電場を印加すると系の対称性が低くなり、シュタルク効果によって新しい光学遷移が生じてくる。それ以上に、電子間相互作用によってもたらされる複数電子状態間の光学遷移が存在し、閉じ込められた電子数により異る吸収スペクトルを持つことが示される。この違いを用いることで、量子ドット中の電子数を非接触で検出することが可能となる。磁場下の量子ドットでは、二電子状態がスピン・シンングレットからスピン・トリピレットへと、磁場強度の変化とともに転移を起こす。この転移は電子間相互作用によるものであり、正方形量子ドットの光学吸収スペクトルは著しく変化する。また、サイクロトロン周波数の二倍に相当する光学遷移が、電子間相互作用と閉じ込めポテンシャルによって誘起される。直行する電磁場を印加した場合、つまりホール効果と同様な状況における電子状態、光学遷移に関しても議論される。このような、正方形量子ドットは、二次元電子系を有限系として切り出したものとも考えられる。閉じ込められた電子の数を一定として量子ドットの大きさを変化させて行くと、電子密度が変化してゆく。二次元量子ドット中の電子密度が大きい場合、その電子状態は繰り込まれたフェルミ液体でよく記述され、金属的に振舞う。一方、低電子密度の極限では、ウイグナー格子状態が出現する。このフェルミ液体からウイグナー格子状態への遷移を、量子準位統計の性質から議論する。得られた量子準位統計によると、50nm程度の小さな量子ドットでは、量子準位統計はPoisson分布のものと類似し、理想的フェルミ液体の可積分性を反映している。一方、500nm程度の量子ドットではGOE分布との極めてよい一致を見せ、いわゆる量子カオス系の体裁-如何なる可積分系の性質も持たない-を示している。より大きな5m以上の領域では、ウイグナー格子状態が出現する。このとき、量子準位統計はGOEに類似しているが、ウイグナー格子の基底状態からのフォノン励起モードを反映した性質を持ち、典型的GOEとの違いを見せている。従って、高電子密度のフェルミ液体と、低電子密度のウイグナー格子状態の間に、GOEで特徴付けられる二次元電子相の存在が示唆される。

 第三部では、トンネルで結合された結合量子ドットが議論される。二重結合量子ドットの電子状態、電場、磁場の効果が詳しく議論される。量子ドットの間隔がある程度を越えると、電子間相関によるモット絶縁状態が出現してくる。しかし、それだけでなく、ウイグナー格子的相関状態の成分が現れることにも注意しておく必要がある。特に、電場により、相関電子状態間の共鳴が誘起され、光学遷移に共鳴ピークが現れる。また、一次元量子ドット・チェインがハバード・モデルによって記述され、解析される。量子ドット・チェインに印加された閉じ込めポテンシャルによって、チェインの中央部ではモット絶縁状態が出現し、その両側の金属領域間でモット絶縁体を介したトンネル伝導があり得る。このモット絶縁体を介したトンネル伝導は、モット絶縁体を構成する電子数、特にその偶奇に依存する。また、この金属/モット絶縁体/金属の接合は、電場の印加によって移動可能なものである。二次元的に並べられた量子ドットのアレーにおいて、アレーに直行する方向に印加された電場により誘起された、アレー上のモット転移が議論される。このモット転移を、二層格子モデルを用いて記述し、平均場近似、有限クラスターの数値的対角化によってモデルの性質が調べられた。この解析により、反強磁性相関を持った重い電子相を介した金属-絶縁体転移が起き得ることが示された。この、モット転移は印加電場に敏感であり、急峻な相転移が期待され、伝導性変調の方法を提供する。

審査要旨

 近年の半導体微細加工技術の進歩によって極めて微細な構造が作製可能となり、微小領域(量子構造)に閉じ込められた電子の振舞いが、新たな研究対象として注目を集めている。マクロの物性と原子寸法以下のミクロな物性の間に、メソスコピックな寸法構造での物性が期待され、このような寸法構造での電子の相関効果は極めて興味深い。また微小領域での電子物性が、将来の電子デバイスへ応用される可能性も指摘されており、物理学的のみならず工学への応用も含めた観点からの研究が広く行われてきている。また一方で、半導体量子構造は、典型的量子系を実現する実験場でもある。化合物半導体のヘテロ接合を用いると、井戸型ポテンシャルの量子系を材料として実現でき、近年、ゼロ次元的に電子を閉じ込める構造-量子ドット-が作製されてきている。本学位論文は、上述の研究指針のもと著者により行われた数値的研究によって構成されている。

 二次元空間上の正方形に閉じ込められた電子系は、井戸型ポテンシャルの量子系としても、最も単純なもののひとつである。この正方形量子ドットに閉じ込められた三電子系は、1/r-相互作用する量子多体系であり、著者により大規模なメモリを用いた数値解析によって厳密な解が求められた。この数値解析より得られたエネルギー準位を用いて、量子ドット中の多体電子系が量子準位統計の観点から解析された。例えば、DysonとMehtaにより定義された統計量デルタ3は、量子ドットが大きくなるにつれ、Poisson分布的振舞いからGOE分布的振舞いへと変化している事が判明した。これは、量子ドットが大きくなるにつれて、電子間相互作用の効果がより重要になり、非常に小さな量子ドット中の電子系が持っている可積分系に近い性質が失われてゆくことを表していると解釈できる。電子間相互作用の効果によって、対応する古典力学系ならばカオス的振舞いが見られるのに対応して、量子ドット中の多電子系の量子準位統計はGOE分布的振舞い、すなわち量子カオスへと変化することになる。

 そのほかの重要な統計量である、最近接準位間隔分布の振舞いはより興味深く著者により詳細に計算された。大きな量子ドットでのGOE分布的振舞いとともに、このような低電子密度の系で期待されるWigner格子状態からのフォノン・モードが、最近接準位間隔分布へ影響を及ぼすことが新たに発見された。この効果は、量子ドットの大きさの変化にともなうフォノン・モードの基本振動数の変化が、平均の最近接準位間隔の変化とは異なることに起因する。従って、本論文で議論された強相関多電子系の量子準位統計は、GOE分布の統計に類似している一方、典型的GOE分布との違いも存在していることが著者により明らかにされた。

 これらの電子間相関効果は光学的性質へ影響を及ぼすので、この効果を光学的実験によって検出することが可能であり、得られている数値解から計算された結果によると、電子間相互作用によって引き起こされる数々の光学遷移が存在する。これらの電子間相互作用によって引き起こされる光学遷移の起源が、Wigner格子状態を基礎にして説明された。電磁場下の光学遷移も物性として興味深く、数値的にこの論文で計算された。電場下の量子ドットにおいて、電場と電子間相互作用の共存によって生じる光学遷移が存在し、この効果は、相関電子系へのStark効果として考察された。また磁場下でも電子間相互作用によって引き起こされる光学遷移が存在し、磁場下の二次元電子系の性質を基に考察された。これらの光学的性質は種々の応用可能性を秘めており、そのひとつは、光学吸収スペクトルによる量子ドット中の電子数検出であり、この論文でその可能性が議論された。

 正方形が二分され、トンネル障壁で結合された結合量子ドットでは、より多彩な相関電子系が期待される。単独量子ドットの解析において重要なWigner格子状態とともに、結合量子ドットでは各量子ドットに電子が局在するモット絶縁体的状態も重要になる。特に、障壁を介したトンネル効果と電子間相互作用の効果が共存する場合、興味深い光学的共鳴吸収が存在し、この吸収の起源が多粒子状態間の共鳴という観点から議論された。

 以上の様に、この論文は量子ドットの物理の本質を極めて明快に描き出し、その統計性をランダム行列理論に合う場合と、それからのずれが存在する場合を研究した点で大きな功績があると判定され、論文審査に合格するものとする。

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