審査要旨 | | 一重項酸素は生体への光化学的障害の主要な活性種と推定される場合が多く,例えばポルフィリアの光過敏症,テトラサイクリンによる光毒性などの活性本体であると示唆されてきた.しかし一重項酸素は短寿命であり特異的にこれを検出することが難しく,そのためその作用を定量的に解析することはほとんど行われてこなかった.また一重項酸素はヒドロキシラジカル,スーパーオキシド,過酸化水素などの他の活性酸素種とは異なる反応性を示すため,生体内で発生する他の活性酸素種では見られない特異的な障害を引き起こすと考えられるが,その作用の実体は混沌とした状態にあった.その原因として,これまでの一重項酸素の検出は化学発光法や消去剤を用いた間接的な方法で行われており,特異的に一重項酸素を検出・定量する方法が確立していなかったことに起因している. これに対し本研究者荒金は,一重項酸素に特異的な1g→3g-遷移に伴う1268nmの発光に着目し,この1268nmの発光を直接検出できる近赤外発光検出装置を開発した.そしてこの装置を用いて化粧品や食品に汎用される色素やフラーレンへの光照射により発生した一重項酸素の直接的検出を行った.次いで,皮膚の主常在菌であるP.acnesが代謝産物として排出するポルフィリンが,紫外線照射のもとで一重項酸素を発生することを見いだした.これはポルフィリア等の特殊な場合のみならず,健常人の皮膚においても一重項酸素を発生しうる光増感物質が存在することをはじめて明らかにしたものである.更に,皮膚の重要な構成成分であるスクワレン,コラーゲン及びメラニン前駆体と一重項酸素との反応性についても検討を行った.以下,項目別に解説する. 一重項酸素の検出装置の開発 一重項酸素は種々の波長領域の発光を生じるが,その中でも比較的強度があり他の生体成分由来の発光との区別が可能な1268nmの発光をゲルマニウムダイオードを用いた検出器で測定する装置を作製した.本原理に基づく装置はこれまでわずかにKhanらの研究グループで可視部のレーザー光を光源としたものが作製されたが,本装置では紫外部領域の励起光の使用も可能とし,更に分光器をとりつけ波長スキャンにより信頼性のある近赤外領域の発光を測定できるようにした.紫外部領域の光照射に伴う一重項酸素の発生を検出できるのは世界で本装置のみである. 各種化合物からの一重項酸素の直接的検出 開発した一重項酸素の近赤外発光検出装置を用いて化粧品及び食品に使用されている主な色素からの一重項酸素由来1268nmの発光スペクトルを測定し,一重項酸素発生の有無を調べた.一例を示すと,ローズベンガル系色素の一重項酸素発生効率はrose bengal>erythrosineB>phloxine B>eosin YS≫uranineの順で,三重項励起状態が安定なものほど強力な一重項酸素発生剤となり得ることを明らかにした. P.acnes由来ポルフィリンからの一重項酸素の直接的検出 光増感反応により効率よく発生する一重項酸素は他の活性酸素に比べ,皮膚障害に深く関与していると考えられるが,皮膚に一重項酸素を発生しうる光増感物質が存在しうるかどうかについてはこれまで明らかではなかった.荒金は皮膚の主常在菌であるP.acnesが代謝産物として排出するコプロポルフィリンが,紫外線照射のもとで一重項酸素を発生しうることを初めて明らかにした.P.acnes由来のポルフィリンは皮脂の分泌とともに,皮膚表面へ移動する.実際に健常人顔面に暗室下で紫外線ランプを照射すると,ポルフィリン由来の蛍光が観察されその存在が確認できた. 更にポルフィリンの紫外領域における発光強度は,光増感剤としてよく用いられているリボフラビンや前述のローズベンガルより極めて高く,一重項酸素発生能の極めて高い光増感剤が皮膚表面に存在していることを明らかにした. 一重項酸素によるコラーゲンの架橋形成 コラーゲンは皮膚の弾力性や柔軟性に関与している真皮の重要な構成成分である.しかし,コラーゲンは生体内での代謝回転が遅いため,様々な化学修飾を受けやすく,加齢と共に形成される後天的な架橋が老化現象の一因と考えられている.本研究においては一重項酸素がコラーゲンのヒスチジン残基と反応し,他の活性酸素種による断片化を伴う酸化障害とは異なる重合的架橋を速やかに形成することを見い出した.加齢に伴う皮膚コラーゲンの変化は,断片化よりもむしろ後天的な重合や架橋形成によるものが主である点から,この結果は注目される. これらの一重項酸素に関する知見は生物有機化学,特に光生物化学における注目すべき研究と位置づけられ,本研究は医薬化学の分野に貢献するところ大なるものがあり,博士(薬学)の学位に値するものと認定した. |