学位論文要旨



No 213445
著者(漢字) 竹中,理
著者(英字)
著者(カナ) タケナカ,オサム
標題(和) 抱合代謝物(グルクロン酸抱合体、硫酸抱合体)の肝胆系移行動態における輸送担体の関与 : 潰瘍性大腸炎治療薬E3040を用いた解析
標題(洋)
報告番号 213445
報告番号 乙13445
学位授与日 1997.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13445号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨

 E3040は5-リポキシゲナーゼ、トロンボキサンシンセターゼのデュアルインヒビターで潰瘍性大腸炎治療薬として現在、phase II試験が進行している化合物である。潰瘍性大腸炎はその病変部位が大腸の管腔側に限局していることから、薬物を血流を介してsystemicに病変部位へ送達させるのではなく、管腔側から直接作用させることにより薬効を発現させることが可能である。経口投与により管腔側から薬物を送達させるには、1)消化管上部での吸収を回避し薬物を直接大腸に送達させる、2)吸収された薬物が速やかに抱合代謝を受け胆汁排泄された後、下部消化管の腸内細菌により脱抱合され生じた未変化体を大腸に送達させる方法が考えられる。1)の方法は製剤的な工夫により大腸特異的なdrug deliveryが可能であるが、実用にはまだ時間を要するレベルである。一方、2)のコンセプトは製剤的工夫を要しないこと、かつ、未変化体がほとんど血液中へ出現せず、体内で生成する抱合代謝物も毒性が軽減されていると考えられることからsystemicな毒性の軽減も期待される。このようなコンセプトの基に創出された化合物がE3040である。薬物の体内動態研究は薬効を発現する未変化体を中心に行われるが、本化合物においては抱合代謝物の体内動態、特に胆汁排泄機構の詳細な研究をすることがpharmacokineticsばかりではなく、pharmacodynamicsを考える上でも重要となる。また、胆汁排泄には種差が存在することが知られており、実際本化合物もラットにおいては投与量の約20%程度が尿中に、50%程度が胆汁中へ抱合体として排泄されるのに対し、phase Iにおいては抱合体として約50%が尿中へ排泄される。抱合体が尿、胆汁のいずれに、どれだけの割合で排泄されるかは代謝組織(肝臓、腎臓など)における抱合体形成能、脱抱合能のほか各組織で生成された抱合体の血液中への排出能、尿、胆汁中への排泄能、また抱合体の血液中から組織(肝臓、腎臓)中への取り込み能の大小関係により変動する。従って、上述の諸要因の変動を考察することが抱合代謝物の肝胆系移行動態の変動を解析する上には必要となる。

 本研究ではE3040の抱合代謝物(グルクロン酸、硫酸抱合体)をモデル化合物としてラットin vivo、肝灌流実験により抱合代謝物の肝胆系移行動態における血液中から肝臓への取り込み過程、肝臓から血液中への排出過程、および肝臓から胆汁中への排泄過程について速度論解析を行った。さらに肝への取り込み過程に関しては遊離肝細胞への取り込み実験から、肝から胆汁中への排泄過程に関しては胆管側膜小胞(CMV)を用いた実験から抱合体の細胞膜透過機構についても検討を加えた。また同時に先天的に有機アニオン類の胆汁排泄能が欠損している変異ラット(EHBR)についても同様の検討を行い、EHBRにおける抱合体の体内動態がどのように変動するのか、また、その変動機構についても考察した。

1.E3040グルクロン酸、硫酸抱合体の肝取り込み過程の解析1-1.E3040静脈内投与後の抱合代謝物の体内動態

 SDラットに14C-E3040を1mg/kg静脈内投与した後の両抱合体の血漿中濃度推移、および累積尿、胆汁中排泄を検討した。E3040は半減期2〜4分で速やかに血漿中より消失し、グルクロン酸、硫酸抱合体が血漿中に検出された。この時生体内で生成したグルクロン酸抱合体の約95%、硫酸抱合体の約55%が胆汁中へ排泄された。両抱合体の胆汁排泄には肝臓で生成されたものが直接胆汁排泄される場合(Route1)と、肝臓や他の臓器で生成されたものが血液中へeffluxされ、肝臓へ再取り込みされた後胆汁排泄される場合(Route2)が考えられる。E3040抱合体生成には肝臓以外の臓器の寄与があること、かつ、抱合体が血液中へeffluxされることを考えあわせると、E3040抱合体の胆汁排泄にはRoute1ばかりではなくRoute2を介した排泄も起こっていると考えられた。この結果から両抱合体の胆汁排泄には血液中から肝臓中への取り込みが必須の過程であり、肝取り込み能を評価することが両抱合体の肝胆系移行動態を解析するうえで重要であることが示された。

1-2.E3040抱合体投与後の体内動態

 トレーサー量の14C-E3040グルクロン酸、硫酸抱合体をSDラットに静脈内投与した後の体内動態解析において、両抱合体の累積胆汁排泄率をそれぞれのAUC∞で除することにより得られる胆汁排泄クリアランス(CLbile)が全身クリアランス(CLtot)の95%(グルクロン酸抱合体)、62%(硫酸抱合体)を占め胆汁排泄が両抱合体の主な消失経路であることが明らかとなった。この結果からも血液中へeffluxされた両抱合体は効率的に肝へ取り込まれた後、胆汁排泄されていることが示された。

1-3.肝灌流系を用いたグルクロン酸、硫酸抱合体の肝取り込み過程の解析

 14C-E3040グルクロン酸、および14C-E3040硫酸抱合体を用いた瞬時投与灌流法(Multiple Indicator Dilution(MID)法)により肝臓への取り込みクリアランス(PSinf)を算出した。MID法はリガンドとリファレンス化合物(125I-BSA)の混液を瞬時投与後、肝臓からの排出液の時間推移(dilution curve)を解析することによりリガンドの肝への取り込み、肝から灌流液への排出、および肝内でのsequestration過程を分離評価できる灌流法である。dilution curveを解析することにより得られるグルクロン酸、硫酸抱合体のPSinfはラットにおける肝血漿流量と同等以上の高い値であった。この結果から両抱合体の肝取り込みにおける輸送系の寄与が示唆された。また、両抱合体のPSinfを灌流液中の非結合型分率で補正したPSu,infは硫酸抱合体がグルクロン酸抱合体に比べ約3倍大きく、本質的な肝取り込み能は硫酸抱合体の方が大きいことが示された。

1-4.E3040グルクロン酸、硫酸抱合体の肝取り込み機構の解析

 14C-E3040グルクロン酸、硫酸抱合体の遊離肝細胞への取り込み実験により肝取り込み機構について検討した。両抱合体の遊離肝細胞への取り込みはいずれも濃縮性、飽和性、温度依存性、代謝阻害剤による取り込み初速度の低下を示し、両抱合体の肝への取り込みはエネルギー依存性の能動輸送であることが示された。両抱合体の肝取り込みは一つの飽和性のコンポーネントと一つの非特異的なコンポーネントから成り、硫酸抱合体の取り込みがグルクロン酸抱合体に比べ高親和性、高capacityを示した。線形領域における全取り込みに対する能動輸送の寄与はグルクロン酸抱合体で89%、硫酸抱合体で98%と肝取り込みのほとんどが能動輸送に依存していることが明らかとなった。両抱合体の肝取り込みは有機アニオン系色素であるジブロモスルフォフタレイン(DBSP)、コール酸、タウロコール酸によりいずれも濃度依存的に阻害された。また両抱合体は互いに相互阻害を示した。DBSP、グルクロン酸、硫酸抱合体を用いた阻害実験からE3040グルクロン酸、硫酸抱合体、およびDBSPはともに競合阻害を示すことから、同一の輸送担体により肝中へ取り込まれているものと考えられ、いわゆるNa+-independent organic anion transporter(OATP)が両抱合体の輸送に関与していることが示唆された。

2.E3040グルクロン酸、硫酸抱合体の胆汁排泄過程の解析

 次に、抱合代謝物の胆汁排泄過程についてin vivo実験、in situ肝灌流実験、単離CMVを用いたin vitro実験により検討を加えた。なお、実験にはSDラットの他、胆管側膜上に存在する有機アニオン系化合物に対する一次性能動輸送担体(canalicular multispecific organic anion transporter;cMOAT)が遺伝的に欠損しているEHBRも用いた。

2-1.EHBRにおけるE3040静脈内投与後の体内動態

 EHBRに14C-E3040を1mg/kg静脈内投与した後の両抱合体の血漿中濃度推移、および累積尿、胆汁中排泄を検討した。E3040の半減期、血漿中AUC∞、全身クリアランスはSDラットと比べて変化は認められなかった。一方、グルクロン酸抱合体の血漿中からの消失はSDラットに比べ著しく遅延し、AUC∞も約12倍大きな値であった。またグルクロン酸抱合体の尿、胆汁中排泄もSDラットと大きく異なり、胆汁排泄の著しい低下と尿中排泄の増加が認められた。しかしながら硫酸抱合体の血漿中濃度推移、尿、胆汁中排泄に両ラット間で差は観察されなかった。ここで両抱合体の累積尿、胆汁中排泄率を血漿中AUC∞で除することにより得られる尿、胆汁排泄クリアランス(CLrenal、CLbile)を比較すると、グルクロン酸抱合体のCLbileのみEHBRにおいて著しい低下が観察された(SDラットの約1/70)。この結果からEHBRにおけるグルクロン酸抱合体の尿中排泄の上昇は血漿中AUCの上昇に伴う二次的な変化であるのに対し、胆汁排泄の低下は胆汁排泄過程の障害のために起こったものであることが示唆された。

2-2.肝灌流系を用いたE3040およびグルクロン酸、硫酸抱合体の肝胆系移行解析

 両抱合体の肝胆系移行における肝臓から胆汁中、あるいは血液中(灌流液)への排泄過程を解析するため、14C-E3040の定常状態肝灌流法により肝臓中で生成する両抱合体の胆汁中への排泄クリアランス(CLu,bile)、肝臓から血液(灌流液)中への排出クリアランス(CLu,outflow)を算出した。ここでCLu,bileおよびCLu,outflowは、胆汁中、灌流液中への両抱合体の排泄速度をそれぞれの肝臓中での非結合型濃度で除することにより得られる。また、EHBRにおいても同様の検討をすることによりin vivoで観察されたグルクロン酸抱合体の胆汁排泄低下の原因についても考察した。

 SDラットにおける定常状態での両抱合体のCLu,bile、CLu,outflowを比較すると、グルクロン酸抱合体においてはCLu,bileがCLu,outflowに比べ約2倍大きいのに対し、硫酸抱合体ではCLu,outflowがCLu,bileの約20倍大きな値を示し、両抱合体間で胆汁と血液中への振り分けが大きく異なり、グルクロン酸抱合体では胆汁中へ、硫酸抱合体では血液(灌流液)中へ優位に振り分けられることが明らかとなった。一方、EHBRにおいては硫酸抱合体のCLu,bile、CLu,outflowはともにSDラットとほぼ同様の結果が得られたのに対し、グルクロン酸抱合体に対してはSDラットに比べ、CLu,bileは約1/33に低下しCLu,outflowが約4倍に上昇していた。この結果からEHBRにおけるグルクロン酸抱合体の胆汁排泄の低下、血液(灌流液)中への排出の増加は主に肝臓から胆汁中への排泄能の著しい低下によるものであることが示された。

 また、両ラットともにグルクロン酸、硫酸抱合体の胆汁排泄には著しい濃縮性が認められることから両抱合体の胆管側膜透過過程には何らかの能動輸送系の関与が示唆された。

2-3.CMVを用いたE3040グルクロン酸、硫酸抱合体の胆汁排泄機構の解析

 両抱合体の胆管側膜透過機構について考察するために、CMVへの取り込み実験を行った。まず、cMOATの代表的なリガンドであるジニトロフェニルグルタチオン(DNP-SG)、および胆汁酸輸送担体のリガンドであるタウロコール酸(TCA)のCMVへの取り込みについて検討したところ、これまで報告されているようにEHBRから調製されたCMVでのDNP-SGの一次性能動輸送はSDラットに比べ著しく低下しているのに対し、TCAの輸送には両ラット間で違いは見られず、EHBRにおいてはcMOATが欠損していることが確認された。E3040グルクロン酸抱合体のSDラットにおけるCMVへの取り込みはATP依存性一次性能動輸送であり、本輸送はEHBRにおいて大きく低下していることから、本リガンドもcMOATにより胆汁排泄されるものと考えられた。従って、灌流実験で得られたEHBRにおけるグルクロン酸抱合体のCLu,bileの低下はcMOATの欠損によるものと考えられた。また、本実験においてわずかではあるがEHBRでもグルクロン酸抱合体の一次性能動輸送が観察されたことから、EHBRにはグルクロン酸抱合体を胆汁排泄するcMOATとは異なる一次性能動輸送担体が存在することが示唆された。一方、硫酸抱合体においてはATP依存性は観察されず、両ラット間でも輸送に差は認められなかった。この結果は同じ抱合代謝物であってもグルクロン酸抱合体、硫酸抱合体は異なる輸送担体により輸送されることを示唆し、抱合代謝物の胆管側膜輸送に多様性があるものと考えられた。

【結論】

 抱合代謝物の肝胆系移行動態は抱合体の肝臓から血中への排出能、胆汁中への排泄能、また抱合体の血中から肝臓中への取り込み能の大小関係により規定される。従って、これら個々のパラメータを見積もることが抱合体の体内動態を知る上でも、また、尿、胆汁排泄の種差を検討する上でも必要である。実際、EHBRにおけるグルクロン酸抱合体の尿、胆汁排泄の著しい変動は、胆管側膜上の輸送担体(cMOAT)の欠損に基づく肝臓から胆汁中への排泄能の低下に起因することが今回の解析により明らかとなった。さらにE3040グルクロン酸、硫酸抱合体の血液中から肝臓中への取り込み過程、肝臓中から胆汁中への排泄過程いずれにおいても能動輸送の寄与が示された。肝臓への取り込み過程においては、両抱合体は同一の輸送担体(OATP)により輸送されるのに対し、胆汁排泄過程においては、グルクロン酸抱合体ではEHBRで欠損しているcMOATにより、硫酸抱合体ではEHBRにも存在するATP非依存性の輸送担体により輸送されることが明らかとなった。このように肝胆系移行における細胞膜透過に能動輸送系が関与することにより、生体は水溶性化された抱合代謝物を効率的に肝臓へ取り込み、胆汁中へ排泄しているものと考えられた。また、これら能動輸送担体との親和性が化合物の胆汁、血中への振り分けを左右し、輸送担体の種差が抱合体の尿、胆汁中への排泄の種差に大きく関与していることが示唆された。

審査要旨

 抱合代謝は医薬品の薬理活性及び毒性の重要な不活性化機構の一つであるが、ある種の抱合代謝物は薬理活性や毒性を有することも知られている。このような場合には、親化合物のみではなく抱合代謝物の体内動態を知ることが薬効、毒性を考える上で重要となる。E3040は潰瘍性大腸炎治療薬として開発中の化合物であるが、潰瘍性大腸炎はその病変部位が大腸の管腔側粘膜に限局しているため、薬剤を管腔側から直接作用させることにより薬効を発現させることが可能である。E3040では吸収された薬物が速やかに抱合代謝(グルクロン酸、硫酸抱合)を受け胆汁排泄された後、下部消化管の腸内細菌により脱抱合されることにより生じた未変化体が大腸に送達し、薬効を発現すると考えられる。一般に薬物の体内動態研究は薬効を発現する未変化体を中心に行われるが、本化合物においては抱合代謝物の体内動態、特に肝胆系移行動態の解析が重要となる。しかしながら代謝物の体内動態に関する系統的な解析は殆んどなされていない。本研究ではラットin vivo、肝灌流実験を用いてE3040抱合代謝物の肝胆系移行を、肝臓への取り込み過程、肝臓から血液中への排出過程、肝臓から胆汁中への排泄過程に分離して評価するとともに、in vitro実験により細胞膜透過機構についても検討を加え、抱合代謝物の肝胆系移行動態を総合的に解析することを目的としている。

1.抱合代謝物の肝取り込み過程の解析

 生体内で生成した抱合体の胆汁排泄には、肝臓で生成されたものが直接胆汁排泄される場合(ルート1)と、肝臓や他の臓器で生成されたものが血液中へeffluxされ、肝臓へ再取り込みされた後胆汁排泄される場合(ルート2)が考えられる。SDラットにE3040を静脈内投与した際に生成するグルクロン酸、硫酸抱合体の体内動態解析から、両抱合体は肝臓以外の臓器でも生成されること、かつ抱合体が血液中へeffluxされていることが示され、E3040抱合体の胆汁排泄にはルート1ばかりではなく、ルート2を介した排泄も関与することが明らかとなった。ルート2を介した胆汁排泄には、血液中から肝臓中への取り込みが必須の過程であることから、両抱合体の肝取り込み能を評価することが両抱合体の肝胆系移行動態を解析する上で重要である。そこで予めin vitroで生成した両抱合体を用いて肝臓への取り込み過程について検討したところ、in vivo実験から両抱合体はともに投与量の約60%が肝一回通過で取り込まれること、また灌流実験から両抱合体の肝取り込みクリアランスはラットの肝血漿流量と同等以上であることが明らかとなり、両抱合体の効率的な肝取り込みが示された。さらに遊離肝細胞への取り込み実験により、両抱合体は同一の機構(Na+-independent organic anion transporter(oatp)を介した能動輸送)により肝細胞へ取り込まれることが明らかとなった。以上よりE3040の両抱合体は効率的に肝臓へ取り込まれ、その取り込みには能動輸送が大きく関与することが明らかとなった。また、in vivo、肝灌流、in vitro実験から両抱合体の肝取り込みクリアランスを算出したところ、何れの実験においても本質的な肝取り込み能力は、硫酸抱合体がグルクロン酸抱合体に比べて3〜8倍大きいことが明らかとなった。

2.抱合代謝物の胆汁排泄過程の解析

 E3040抱合体の肝臓から胆汁中あるいは血液中への排泄過程に関する検討は、SDラットのみではなく、胆管側膜上の有機アニオンに対するATP依存性の一次性能動輸送担体(cMOAT)が欠損している変異ラット(Eisai Hyperbilirubinemic rats;EHBR)も用いた。EHBRではcMOATの基質となるbilirubin glucuronideの胆汁排泄の低下に伴う黄疸症状が観察され、ヒトDubin-Johnson症候群のモデル動物となる。また、SDラットとEHBRにおける輸送能の差異からcMOATの基質認識特異性を明らかとすることができる。EHBRにE3040を静脈内投与後生成するグルクロン酸抱合体の体内動態に関しては、血漿中からの消失の遅延、胆汁排泄の著しい低下と尿中排泄の増加が認められたが、速度論解析から、胆汁排泄の低下は胆汁排泄過程の障害が原因であるのに対し、尿排泄の増加は胆汁排泄低下に伴う二次的な現象であることが明らかとなった。一方、硫酸抱合体の体内動態はSDラットと比べて変化は認められなかったことから、両抱合体間で胆汁排泄機構が異なることが示唆された。次に両抱合体の肝臓から胆汁中、あるいは血液中(灌流液)への排泄過程をE3040の定常状態肝灌流法により解析し、肝臓中で生成する両抱合体の胆汁、血液中への排泄能力について比較検討した。その結果、両抱合体間で胆汁中、血液中への排泄能は大きく異なり、SDラットにおいてはグルクロン酸抱合体では胆汁中への排泄能が、硫酸抱合体では血液(灌流液)中へ排泄能が高いことが明らかとなった。一方、EHBRにおいては硫酸抱合体の胆汁中、血液(灌流液)中への排泄能はSDラットとほぼ同様であったのに対し、グルクロン酸抱合体では肝臓から胆汁中への排泄能の著しい低下が観察され、この変化がin vivoにおけるグルクロン酸抱合体の胆汁排泄低下の原因であることが示された。さらに両抱合体のラット胆管側膜小胞(CMV)への取り込み実験により胆管側膜透過機構について検討したところ、グルクロン酸抱合体のCMVへの取り込みはATP依存性を示し、EHBRにおいてはその取り込みは著しく低下していることから、cMOATにより胆汁中へ排泄されることが明らかとなった。一方、硫酸抱合体はATP非依存性の輸送担体により胆汁排泄され、本輸送機構はEHBRにおいても維持されていた。以上よりグルクロン酸、硫酸抱合体は異なる胆管側膜透過機構により胆汁排泄され、抱合代謝物の胆管側膜透過機構に多様性があることが示された。

 以上、E3040グルクロン酸、硫酸抱合体の肝胆系移行を種々実験系により解析した。その結果、血液中から肝臓中への取り込み過程、肝臓中から胆汁中への排泄過程いずれにおいても能動輸送の寄与が示され、肝取り込み過程においては同一の輸送機構により、肝臓から胆汁中への排泄過程においては異なる輸送機構により輸送されることが明らかとなった。この知見は、医薬品の主要な代謝物であり薬理活性や毒性発現にも関与しうる抱合代謝物の体内動態、特に肝胆系移行動態を規定する因子に関する重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位を授与するのに値するものと認めた。

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