オピオイド系鎮痛薬ブプレノルフィンの舌下錠および坐剤の製剤化とその臨床適応に関する研究 ブプレノルフィン(BN)は長時間作用型の拮抗性鎮痛薬であり、鎮痛効果はモルヒネに比べて強く、依存性が低いことが示されている。一方、癌末期患者に発生する疼痛は、患者に与える精神的、肉体的苦痛が大きいため、Quality of Lifeの向上を目的として、その除痛対策が治療上重要であり、BNが繁用されている。BNは、注射薬しか市販されていないため、在宅治療に適応できるBN製剤の調製を検討し、初回通過効果を回避できる舌下錠および坐剤の開発を試みた。臨床適用において、BNの有効性と安全性を明かにすることが不可欠であるが、BNの体内動態は不明な点が多く、特にその活性代謝物であるノルブプレノルフィン(NBN)の体内動態は、ほとんど明らかにされていない。 そこで本研究は、在宅癌末期患者が疼痛を自己管理することができ、経口投与可能なBNの製剤化と、調製したBN製剤の安全性と有効性を確かめるための、BNと活性代謝物の体内動態と鎮痛効果および副作用との関係解明を行うことを目的として検討を行った。 1.BN舌下錠および坐剤の調製 製剤化は、BN原末が購入不可能なため、市販注射液を用いて行った。市販注射液はBNの5%ブドウ糖液であるため、その処理を検討した結果、ブドウ糖が83℃でそれ自身の結晶水にとけ、温度を下げると結晶化する性質を利用して加熱濃縮する方法で粉末化することを試みた。その結果、注射液を加熱濃縮した後、トウモロコシデンプンを加え過剰の水分を吸収させることによりBN散が調製できることを見い出した。このBN散を用いて製剤処方を検討し舌下錠と坐剤を調製した。この舌下錠は年間約3万錠が東京大学病院で使用されており、その有用性が認められている。一方、坐剤は我々の処方に基づいた同一基剤の製剤が市販化され、癌末期患者の疼痛緩和に繁用されている。 2.BN製剤の臨床適応-血中濃度と鎮痛効果- 健常人1名にBN舌下錠2錠を投与した後の鎮痛効果としての反応潜時延長時間は、血漿中BN濃度との間に良い対応関係が認められた。BN製剤服用患者において血漿中NBN濃度は連用によりBNより高濃度に検出された。また患者全員にペインスコアーの改善が認められたことから、開発したBN製剤は疼痛コントロールに有用であることが示された。 3.BNとNBNの体内動態の基礎的検討 BNの分布容積および全身クリアランスはそれぞれのNBNの2倍および1/3であった。BNとNBNはいずれもその大部分が腸肝循環することが明らかとなり、ラットにBNを連続投与すると腸肝循環によりNBNが血漿中に増加した。このことはヒトにBNを繰り返し投与により血漿中NBN濃度がBNよりも高くなる要因として腸肝循環が寄与することを示唆している。 4.薬効に関する薬力学的基礎検討 NBN静注後の鎮痛効果はBNの1/50以下と著しく弱く、ヒトにBN投与後に検出される血中NBN濃度範囲では、NBNによる鎮痛効果の寄与は極めて小さいと考えられる。 この原因としてNBNの固有鎮痛活性がBNの1/5と小さいこと、および脂溶性が低いことから脳内への移行性が低いことが考えられた。BNの鎮痛効果と特異的結合部位中BN濃度(小脳以外の部位内濃度から小脳内濃度を差し引いて推定した濃度)との関係は、良い相関が得られた。 5.血漿中濃度と副作用である呼吸抑制発現に関する検討 ラットヘBNあるいはNBNを静注後の呼吸数と動脈血中炭酸ガス分圧の変化から、NBNはBNの約20倍呼吸抑制効果が強いことが示された。しかし、ヒトにおけるBNの連用時での血漿中NBN濃度範囲では、その呼吸抑制効果が極めて弱く、ほとんど寄与していないことが示唆された。 以上のことから、本研究において活性代謝物NBNの鎮痛効果はBNの1/50と著しく弱いものの、20倍も強い呼吸抑制効果を示すことが示唆された。しかし臨床において、BN製剤の連用により、NBNがBNよりも高濃度に血漿中に検出されるものの、この濃度範囲ではNBNの鎮痛効果および呼吸抑制への寄与は極めて小さいことを明らかにした。 以上、本研究により開発したBN製剤は優れた製剤特性を有しており、さらに安全性および有効性を基礎および臨床研究に基づいて評価し、在宅癌末期患者の疼痛寛解に有用であることが示された。これはQuality of life向上に寄与することが大であり、よって博士(薬学)の学位に十分に値するものである。 |