学位論文要旨



No 213449
著者(漢字) 成瀬,友宏
著者(英字)
著者(カナ) ナルセ,トモヒロ
標題(和) 火災区画内における発熱量と火炎性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 213449
報告番号 乙13449
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13449号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 近年、建築防火設計法は、多様な建築空間の創造とともに火災安全の一定水準を達成するため、従来の仕様書的なものに代わり、火災性状の工学的な予測結果に基づいて対策を施す性能設計手法に移行しつつある。しかし、これを達成するためには火災の基本的な現象の解明が必須であり、その源である発熱が「どこで」、「どれだけ」起きているかを定量的に評価することが重要となる。本論文は、建物火災時の出火から火災盛期にわたる間の区画内の発熱量を予測するモデルを構築し、反応領域としての火炎性状をモデル化したものである。

 これまで区画火災時の熱収支を考える際の区画内発熱速度は、可燃物の重量減少速度と単位重量当たりの完全燃焼時の発熱量との積に燃焼率という係数をかけて評価してきた。しかし、この燃焼率の値の適用条件は経験的であり、工学的に定量的な評価がなされていない。

 そこで、本研究ではまず、既往の研究結果に基づいて単位燃料当たりの発熱量の予測モデルを構築した。このモデルでは、火災区画内の燃焼反応を総括的に考え、区画内の燃料ガス生成量と流入空気量との比(当量比)を支配パラメーターに用いており、燃料中の含水や分解後の残渣、未燃燃料を含む不完全燃焼も考慮した。

 このモデルに基づいて、建物火災時の主な燃料となるセルロース系材料の米樅(Douglas Fir)、模型実験でしばしば用いられるメタン、プロパン、メタノールの発熱量を計算して、燃料の違いによる発熱量の違いを考察した。

 米樅では、含水を15(%)、炭化層の生成量を20(%)とした場合、火災の初期及び盛期における発熱量の計算結果が、既往の実験結果と良い一致を示し、メタンの計算結果も既往の実験結果と良い一致を示した。

 材料が燃焼反応する際には、同じ組成の材料でも熱分解して気化した状態により燃料の燃料空気化学量論比が異なる。そのため、含水及び炭化層の有無による燃料空気化学量論比の関係を明らかにして、燃焼ガスの組成を空気、燃料、反応生成物ごとにに応じて定量化し、燃焼生成ガスの分子量及び密度を算出した。この結果、それぞれの燃料に応じて火災の各時点での燃焼率をによって定量化することが可能となった。

 また、空気中に含まれる酸素の単位消費量当たりの発熱量を算出して、既往の研究結果との比較検討を行った。その結果、熱分解や蒸発に潜熱を要する材料では、が大きくなるに従って発熱量が分解潜熱などに消費されて、単位酸素消費量当たりの発熱量は低下することが分かった。

 次に、区画内火炎性状を縮小模型を用いて検討するために、一面開口を有するコンクリート造区画の初期火災時、盛期火災時における物理現象に関する相似則を確立した。このような相似則は、これまでに十分な検討されておらず、模型実験を行う上での必要条件を既往の研究結果から導き、実験による確認を行い、火災環境を示すによって燃焼率を考慮することにより、異なる燃焼性状を示す材料についても火災現象の相似性を保つことを見い出した。

 また、区画内の火炎性状は、火源の規模が区画の大きさに比べて小さいうちは、熱的にも、また、の値から考慮しても、自由空間における性状と等しいと予想され、反応領域を火炎とすれば、火災プルームを含むその性状の解明が火災の進展を予測し、火災感知器やスプリンクラー設備などを計画する上での重要な情報を与えることとなる。

 これまで、火源上に形成された火災プルームについては、火炎高さと温度・流速の間に整合性がとられておらず、また、温度・流速を整理する上で用いられる仮想点源位置に関しても理論的な検討が行われていないため、十分な精度をもった予測がなされていなかった。

 そこで、火源上に形成された火災プルームについて、既往の研究結果に基づいて仮想点源位置のモデル化を行い、既往の研究結果との比較を行ない、実験的な検討も加えてモデルの妥当性を検討した。また、これに関連して区画内火炎性状を検討する上で火源が壁際にある場合の火炎高さ及びWall Fireの火炎高さと温度・流速に関する実験的な検討を行いモデル化した。

 自由空間における火炎高さは発熱速度あるいは無次元発熱速度によって整理ができるものの、区画内の火源規模が拡大すると、火炎長さには開口から流入する空気量や火炎への空気の流入速度が影響するようになる。既往の研究結果からは、このような火炎性状に関して十分な検討が行われておらず、火災の拡大予測が困難であった。そこで、発熱量の予測モデルの適用範囲にもかかわる一つのを示す限界に相当する、開口に火炎が到達する時点での火炎性状のモデル化を行い、支配要因として考えられる因子を既往の研究結果から検討した。そして、一面開口を有する立方体及びその奥行きが2倍となる直方体の縮小模型を用い、その開口寸法を変化させて、開口部に火炎が到達する際の発熱速度を求め、火炎長さにかかわる支配パラメーターを検討してモデル化を試みた。

 その結果、発熱量の予測モデルの支配パラメーターである当量比が同様に導かれ、これらの関係が結びつけられた。

 また、フラッシュオーバー現象の発生を区画内の温度上昇が580(K)に達した時点と考えれば、火炎が開口に到達する時点の区画内温度がこの温度に相当することが判明した。そして、区画内がこの温度を越えると、開口から火炎が噴出するようになるので、本研究結果は、フラッシュオーバー発生の指標の一つとなりうると考えられる。

 以上のことから、区画内の火炎長さは、出火後の火源規模が小さいうちは、自由空間における火炎高さのモデルにより予測が可能であり、火源規模が拡大し、開口に火炎が到達する時点では、区画内火炎長さの予測モデルから、その時点の発熱速度及び区画内温度上昇、さらには燃焼率を予測することが可能となった。

審査要旨

 本論文は、室区画内における出火から火盛り期にわたる区画内の発熱量を燃料空気当量比を用いて予測するモデルを構築して、開口部が一つの場合におけるコンクリート区画の火災物理現象の相似則ととの関連を明らかにし、さらに、区画内の反応域によるの適用限界について考察し、区画開口部に火炎が到達した時点における区画内温度や火炎長さがで表されることなどを見い出したもので、6章から成る。

 第1章は、「序論」であり、本研究の背景と既往の研究の到達点について触れ、本研究の目的と範囲について述べている。これまで、区画火災における発熱速度は、区画内可燃物の重量減少速度に可燃物の単位重量当たりの総発熱量を乗じ、これに燃焼率をかけて求めていたが、燃焼率の適用範囲は多分に経験的であった。そこで区画内の燃焼反応を総括的に捉えて、区画内の燃焼ガスの生成量と流入空気量との比を支配パラメータとして、区画内の発熱量、火災物理現象の相似則、区画内で反応域として形成される火炎長さ、および開口部火炎到達時における区画内温度などを予測するための、より合理的な定量化手法の開発が不可欠であると論じている。

 第2章は、「区画火災時の発熱量に関する考察」であり、を用いて区画火災における発熱量を算定している。まず建物火災時の主な可燃物であるセルロース系材料、模型実験で多く用いられるメタノール、プロパンなどの燃焼性状について、に応じた発熱量や燃焼生成ガスの密度を、燃焼環境に応じた熱分解生成物や燃焼生成物の生成量などから算出し、仮定事項は多いが既往の研究と比較的よい一致をみている。この計算モデルでは、材料の含水分、炭化層、不完全燃焼を考慮した発熱量の評価が可能で、が大になると単位酸素消費当たりの発熱量が低下することなどを明らかにしている。

 第3章は、「火災現象の相似則に関する研究」であり、一つの開口部を有するコンクリート造区画の火災初期および火盛り期における物理現象に関する相似則を究明し、燃料空気当量比により燃焼率を考察すれば、種々の材料についても温度上昇などに関する相似則が保たれると述べ、エネルギー・オーダーの比較から区画内における算定発熱量が総発熱量に対し如何なる割合で平衡状態にあるかを解明している。

 第4章は、「乱流拡散火炎の基礎的性状に関する研究」であり、これまで別々に取り扱われていた火炎高さと火災プルームの温度および上昇流速の性状解析について、仮想点源位置および火炎高さを吟味したモデル化を行い、これをもとにすれば温度と流速の境界値が一致することを見出し、任意の高さにおける温度と流速の予測を可能としている。壁際にある火炎の性状については、著者の実験の範囲で無次元発熱量が0.3以上の場合は一定であり、従来の次元関係とは異なることを指摘している。

 第5章は、「区画内火炎性状に関する研究」であり、の適用性に関わる区画内火炎長さの支配要因、フラッシュ・オーバー発生の指標となる区画開口部への火炎到達時点における火炎性状について実験的に検討した結果を述べ、その時点における火炎長さや区画内温度は、に支配される領域ととは独立の領域とに分けて表されることを明らかにし、開口部上方に垂れ壁がある場合における火炎の下降長さに関しては、垂れ壁がない場合における火炎の高さと水平火炎長さとの関係で示される、同次元の発熱量では表わせないことを見出している。

 第6章は、「結論」であり、第1章から第5章までを総括し、得られた知見を整理すると同時に、今後の課題として、仮定事項の妥当性、燃焼ガスの区画内滞留時間と反応時間、異なるにまたがる反応モデルの検討を行い、建築物における火災安全性能の水準を、火災の物理化学的現象解析に立脚した性能評価により決定するための基礎となる、室区画内外における火災性状の解明を進めたいとしている。

 以上要するに、本研究は、燃料空気当量比を主なパラメータとして、区画内火災時における発熱量と火炎性状について予測モデルを構築し、をもとにした燃焼率を考慮して一つの開口部を有するコンクリート区画における火災物理現象の相似則を確立し、さらに、自由空間および壁際における火炎プルームの性状について、仮想点源位置からその温度、流速の予測が可能であること、および区画内開口部への火炎到達時点における火炎長さや区画内温度についてもの支配関係から予測でき、フラッシュ・オーバー現象の指標になり得ることを明らかにしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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