近年、建築防火設計法は、多様な建築空間の創造とともに火災安全の一定水準を達成するため、従来の仕様書的なものに代わり、火災性状の工学的な予測結果に基づいて対策を施す性能設計手法に移行しつつある。しかし、これを達成するためには火災の基本的な現象の解明が必須であり、その源である発熱が「どこで」、「どれだけ」起きているかを定量的に評価することが重要となる。本論文は、建物火災時の出火から火災盛期にわたる間の区画内の発熱量を予測するモデルを構築し、反応領域としての火炎性状をモデル化したものである。 これまで区画火災時の熱収支を考える際の区画内発熱速度は、可燃物の重量減少速度と単位重量当たりの完全燃焼時の発熱量との積に燃焼率という係数をかけて評価してきた。しかし、この燃焼率の値の適用条件は経験的であり、工学的に定量的な評価がなされていない。 そこで、本研究ではまず、既往の研究結果に基づいて単位燃料当たりの発熱量の予測モデルを構築した。このモデルでは、火災区画内の燃焼反応を総括的に考え、区画内の燃料ガス生成量と流入空気量との比(当量比)を支配パラメーターに用いており、燃料中の含水や分解後の残渣、未燃燃料を含む不完全燃焼も考慮した。 このモデルに基づいて、建物火災時の主な燃料となるセルロース系材料の米樅(Douglas Fir)、模型実験でしばしば用いられるメタン、プロパン、メタノールの発熱量を計算して、燃料の違いによる発熱量の違いを考察した。 米樅では、含水を15(%)、炭化層の生成量を20(%)とした場合、火災の初期及び盛期における発熱量の計算結果が、既往の実験結果と良い一致を示し、メタンの計算結果も既往の実験結果と良い一致を示した。 材料が燃焼反応する際には、同じ組成の材料でも熱分解して気化した状態により燃料の燃料空気化学量論比が異なる。そのため、含水及び炭化層の有無による燃料空気化学量論比の関係を明らかにして、燃焼ガスの組成を空気、燃料、反応生成物ごとにに応じて定量化し、燃焼生成ガスの分子量及び密度を算出した。この結果、それぞれの燃料に応じて火災の各時点での燃焼率をによって定量化することが可能となった。 また、空気中に含まれる酸素の単位消費量当たりの発熱量を算出して、既往の研究結果との比較検討を行った。その結果、熱分解や蒸発に潜熱を要する材料では、が大きくなるに従って発熱量が分解潜熱などに消費されて、単位酸素消費量当たりの発熱量は低下することが分かった。 次に、区画内火炎性状を縮小模型を用いて検討するために、一面開口を有するコンクリート造区画の初期火災時、盛期火災時における物理現象に関する相似則を確立した。このような相似則は、これまでに十分な検討されておらず、模型実験を行う上での必要条件を既往の研究結果から導き、実験による確認を行い、火災環境を示すによって燃焼率を考慮することにより、異なる燃焼性状を示す材料についても火災現象の相似性を保つことを見い出した。 また、区画内の火炎性状は、火源の規模が区画の大きさに比べて小さいうちは、熱的にも、また、の値から考慮しても、自由空間における性状と等しいと予想され、反応領域を火炎とすれば、火災プルームを含むその性状の解明が火災の進展を予測し、火災感知器やスプリンクラー設備などを計画する上での重要な情報を与えることとなる。 これまで、火源上に形成された火災プルームについては、火炎高さと温度・流速の間に整合性がとられておらず、また、温度・流速を整理する上で用いられる仮想点源位置に関しても理論的な検討が行われていないため、十分な精度をもった予測がなされていなかった。 そこで、火源上に形成された火災プルームについて、既往の研究結果に基づいて仮想点源位置のモデル化を行い、既往の研究結果との比較を行ない、実験的な検討も加えてモデルの妥当性を検討した。また、これに関連して区画内火炎性状を検討する上で火源が壁際にある場合の火炎高さ及びWall Fireの火炎高さと温度・流速に関する実験的な検討を行いモデル化した。 自由空間における火炎高さは発熱速度あるいは無次元発熱速度によって整理ができるものの、区画内の火源規模が拡大すると、火炎長さには開口から流入する空気量や火炎への空気の流入速度が影響するようになる。既往の研究結果からは、このような火炎性状に関して十分な検討が行われておらず、火災の拡大予測が困難であった。そこで、発熱量の予測モデルの適用範囲にもかかわる一つのを示す限界に相当する、開口に火炎が到達する時点での火炎性状のモデル化を行い、支配要因として考えられる因子を既往の研究結果から検討した。そして、一面開口を有する立方体及びその奥行きが2倍となる直方体の縮小模型を用い、その開口寸法を変化させて、開口部に火炎が到達する際の発熱速度を求め、火炎長さにかかわる支配パラメーターを検討してモデル化を試みた。 その結果、発熱量の予測モデルの支配パラメーターである当量比が同様に導かれ、これらの関係が結びつけられた。 また、フラッシュオーバー現象の発生を区画内の温度上昇が580(K)に達した時点と考えれば、火炎が開口に到達する時点の区画内温度がこの温度に相当することが判明した。そして、区画内がこの温度を越えると、開口から火炎が噴出するようになるので、本研究結果は、フラッシュオーバー発生の指標の一つとなりうると考えられる。 以上のことから、区画内の火炎長さは、出火後の火源規模が小さいうちは、自由空間における火炎高さのモデルにより予測が可能であり、火源規模が拡大し、開口に火炎が到達する時点では、区画内火炎長さの予測モデルから、その時点の発熱速度及び区画内温度上昇、さらには燃焼率を予測することが可能となった。 |