学位論文要旨



No 213450
著者(漢字) 奥貫,圭一
著者(英字)
著者(カナ) オクヌキ,ケイイチ
標題(和) 都市施設システムの最適配置問題に関する研究
標題(洋)
報告番号 213450
報告番号 乙13450
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13450号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 講師 貞廣,幸雄
内容要旨

 この論文の目的は,都市施設システムの最適配置問題の中で近年重要性が増している,「階層構造を持つ施設システムの最適化」と「連続ネットワーク上の施設配置最適化」という二つの問題を数理的に解く新たな方法を開発することにある。

 階層構造を持つ施設システムとは,異なる種類の施設が有機的に結びついてサービスを提供する施設システムのことを指す。例えば郵便施設システムでは,ポストで葉書の投函を受け付け,郵便局では葉書のほか書留なども受け付けている。ポストと郵便局が共同して郵便サービスを提供しているから,郵便施設システムの最適配置を求める場合には,ポストまたは郵便局どちらか一方だけの施設配置を最適化するのではなく,二種類の施設を同時に最適配置しなければならない。私たちが日常生活で利用している都市施設には,郵便施設システムのように階層構造を持つものが少なくない。にもかかわらず過去の研究では,主として,一種類の施設の最適配置問題を解く方法が考えられてきており,階層構造を持つ施設システムの最適化は研究が遅れている。その理由は問題の難しさにある。階層構造を持つ施設システムでは最適化の対象が二つある。ひとつは各階層の施設配置である。もうひとつは各階層の施設数である。施設配置の最適化については研究が進んでいるが,施設数の最適化は組み合わせ最適化問題となり,これを実用的に解く方法は開発されていない。この問題を解くことができれば多くの都市施設システムの最適配置問題へ応用することができる。

 一方,連続ネットワーク上の施設配置問題とは,施設がネットワーク上の道路に沿った任意の地点に立地可能であり,かつ施設利用者が道路に沿って移動する場合の最適施設配置を求める問題である。このような問題は,例えば,都市の中のどこに店舗を建てれば最も良いかというときに見られる。店舗は道路ネットワーク上の道路に沿っていれば任意の地点に立地でき,消費者は家から店舗まで道路を通って買い物に出向く。この最適配置問題の解法についても研究が遅れている。その理由は二つある。ひとつは連続ネットワークにおける最適化の解析的な難しさである。もうひとつは,この問題を解くにあたって必要なネットワークに関する情報の多さである。近年の情報処理技術の進歩によって,私たちは大きな情報を必要とする問題を解くことができるようになった。と同時に,従来かなり粗いスケールで考えても十分であった問題を,より詳細なスケールで考えていく必要が出てきている。連続ネットワークにおける最適配置問題を解析的に解く方法が開発されれば,実際の都市施設へ大いに応用されよう。

 以上で述べた二つの都市施設システム,すなわち,

 [1]階層構造を持つ施設システム

 [2]連続ネットワーク上における施設

 は,私たちの都市によく見られるものである。にもかかわらず,これらの最適配置問題を解く研究は進んでいない。そこでこの論文では二つの問題に対して次のような方法で解法を開発した。まず階層構造を持つ施設システムの問題には,階層構造に特有の制約条件を緩和して近似解を得る方法を考えた。連続ネットワーク上における施設配置問題は「ネットワーク距離座標」という新しい座標空間を導入して最適化する方法を考えた。

 この論文は5つの章から構成されている。まず第1章では,この論文の構成,研究の目的と意義について述べた。

 第2章では,最適施設配置問題を数理的に解く研究の枠組みを述べて,階層構造を持つ施設システムの問題と連続ネットワーク上の施設の問題とが,どのように位置づけられるのかを述べた。

 最適施設配置問題を数理モデルに定式化して解く研究では,二つの視点からモデルを分類することができる。ひとつは,問題を平面上とネットワーク上のどちらで考えるのかという視点であり,もうひとつは施設の立地できる地点の分布を連続的と考えるかもしくは離散的と考えるかという視点である。この二つの視点から最適施設配置問題を分類すると,連続平面上,離散平面上,連続ネットワーク上,離散ネットワーク上の4つの問題に分かれる。こうして分類した枠組みに既存の研究を照らしてみると,離散平面上,離散ネットワーク上の問題の解法が多く研究されてきていることがわかる。一方で,連続平面上,連続ネットワーク上の問題の解法は比較的研究が遅れている。とくに階層構造を持つ施設システムについては,連続平面上での解法を研究した事例が少ない。こうした既存研究の状況を踏まえて,この論文の第3章では連続平面上における階層構造を持つ施設システムの問題の解法を,第4章では連続ネットワーク上の問題の解法を,それぞれ考えた。

 第3章では,階層構造を持つ施設システムの最適化に関して,「包含階層構造を持つ施設システムの最適化」と「行政システムの階層構造が都市の人口集中度に与える影響の定性分析」という二つのテーマを述べた。

 「包含階層構造」とは典型的な施設システムの階層構造のひとつである。例えば,すでに述べた郵便施設システムでは郵便局がポストの機能を包含している。郵便施設システムのように,上位の施設がそれ以下の階層施設の提供するサービスをも供給するとき,その施設システムの階層構造は包含階層構造と呼ぶ。この章では,包含階層構造を持つ施設システムの最適配置問題を連続平面上で解いている。

 すでに述べたとおり,階層構造を持つ施設システムにおいて最適化の対象となる変数には,各階層の施設配置と施設数との二つがある。各階層の施設配置を連続平面上で最適化するにあたっては,まずボロノイ図を用いて施設利用圏を画定する。つぎに,利用者が施設へアクセスする距離の平均を,施設配置を変数とする目的関数として定式化し,これを最小化することによって最適な配置を求めた。一方の各階層施設数の最適化については,包含階層構造であるという制約を緩和することによって近似的に最適な施設数を求めた。施設配置だけでなく各階層施設数をも最適化する方法は既存の研究で見られない新しい方法である。さらに,数値的検証を行うことによってこの最適化手法の有効性を確かめた。

 第3章で述べたもうひとつのテーマ,「行政システムの階層構造が都市の人口集中度に与える影響の定性分析」は,施設システムの最適化手法を応用した都市階層システムの定性分析である。

 近年,東京一極集中と地方過疎の問題が深刻化している。その一因として,東京における行政サービスの集中が指摘されている。行政サービスには国レベルのものから市町村レベルのものまで階層があり,国レベルのサービスが提供される都市ではそれ以下の階層のサービスも提供されるから,行政システムは包含階層構造を持つ。もし,国レベルのサービスに従事する従業者の数が多ければ,首都の人口は多くなると予想される。ここでは,各階層の行政サービスに携わる従業者数を変化させることによって,人口の集中度がどのように変化するのかを,包含階層構造を持つ施設システムの数理モデルを応用して理論的に分析した。この分析の結果,現行の行政システムが一極集中を生じさせる可能性が強いこと,一極集中の是正には行政システムの階層数を増やすことが有効であることを示した。

 第4章では,連続ネットワーク上の最適施設配置問題の新たな解法を提案した。ここで最適化の対象として想定している施設は,商業店舗のように,その施設を利用する者が施設を確率的に選択利用するものである。

 商業店舗がネットワーク上に立地するとき,店舗がどこに立地するかによってその売上げは大きく異なる。店舗はできるだけ売上げが大きくなるような地点に立地した方がよい。そこでここでは,店舗の売上げを最大化する問題を定式化してこれを解くことによって最適な立地点を求めた。売上げ最大化による最適施設配置問題を定式化するために,まず連続ネットワーク上において店舗売上げを推定する手法を述べた。店舗売上げを推定するにあたっては,代表的な店舗利用行動モデルであるハフモデルを用いている。ハフモデルを用いると,任意の地点の消費者が任意の地点の店舗を選択し利用する確率を記述できる。店舗の売上げは,所与の消費者需要分布と店舗選択利用確率の積として推定する。これまで,連続ネットワーク上において店舗売上げを推定する手法は研究が遅れていた。それは店舗売上げを解析的に推定する式を記述すること,さらにはその推定式を計算可能な形に展開することが難しいからである。この論文では,連続ネットワーク上で解析的に売上げを推定するために「ネットワーク距離座標空間」という新しい座標を用いた。これは,ネットワーク上の任意の地点から各店舗までの距離を軸とする座標空間である。この座標を用いることによって,連続ネットワーク上における店舗売上げの推定式を解析的に記述することができた。また,その推定法の計算量が実行可能であることも示した。さらに,連続ネットワーク上における店舗の最適配置問題を,店舗売上げの推定式を目的関数とする最大化問題として定式化した。この問題を解く際には,ネットワークの位相変化に伴う場合分けが必要であるが,ネットワーク距離座標空間で考えることによって一般的に解くことができた。

 今日,GIS(地理情報システム)の発展に伴って,私たちの日常生活をより現実に即した形でモデル化する要求が増している。連続ネットワーク上における店舗売上げ推定ならびにその最適配置はそうした要求に応えるものである。

 最後に第5章では,この論文の全体を通じて得られた知見をまとめ,残された課題として今後展開すべき研究の方向を示した。

審査要旨

 この論文では,都市施設システムの最適配置問題の中で近年重要性が増している,「階層構造を持つ施設システムの最適化」と「連続ネットワーク上の施設配置最適化」という二つの問題を数理的に解く新たな方法を開発することが目的とされている。

 階層構造を持つ施設システムとは,異なる種類の施設が有機的に結びついてサービスを提供する施設システムのことを指し,我々の日常生活に多く見られる。しかしながらこの施設システムを最適化する方法については研究が遅れていた。それは,階層構造を持つ施設システムの最適化問題が各階層の施設配置と施設数の二つを同時に最適化しなければならないという難しさを持っていたからである。これに対してこの論文では,階層構造に特有の制約条件を緩和して近似解を得るという独自の方法を考えることによって,従来の問題点を解決することに成功している。

 一方の連続ネットワーク上の施設配置問題とは,施設がネットワーク上の道路に沿った任意の地点に立地可能であり,かつ施設利用者が道路に沿って移動する場合の最適施設配置を求める問題である。この問題も解析的な難しさのため研究が遅れていたが,この論文では「ネットワーク距離座標」という新しい座標空間を導入することによって,従来からの問題点を解決することに成功している。近年の情報処理技術の進歩によって大容量情報を処理することができるようになった現在,この論文で提案されている方法を適用すれば,従来かなり粗いスケールで考えてきた問題をより詳細なスケールで考えていくことができ,その意味でこの論文の成果は応用性に富んでいる。

 この論文は5つの章から構成されている。第1章では,論文の構成,研究の目的と意義について述べられ,つづく第2章で,最適施設配置問題を数理的に解く研究の枠組みが述べられている。研究の枠組みの中で,この論文の主たる研究対象である階層構造を持つ施設システムの問題と連続ネットワーク上の施設の問題との位置づけが述べられている。

 第3章では,階層構造を持つ施設システムの最適化に関して,「包含階層構造を持つ施設システムの最適化」と「行政システムの階層構造が都市の人口集中度に与える影響の定性分析」という二つのテーマが述べられている。「包含階層構造」とは典型的な施設システムの階層構造のひとつであり,上位の施設がそれ以下の階層施設の提供するサービスをも供給するような施設システムの階層構造は包含階層構造である。この論文では,包含階層構造を持つ施設システムの最適配置問題を連続平面上で解くため,ボロノイ図を用いた施設利用圏の画定を行った上で,利用者が施設へアクセスする距離の平均を最小化する問題として定式化している。さらに各階層の最適な施設数を求めるために包含階層構造であるという制約を緩和することによって近似解を求める方法を提案し,その数値的検証を行うことによって提案された手法の有効性を述べている。一方,「行政システムの階層構造が都市の人口集中度に与える影響の定性分析」では,施設システムの最適化手法を都市階層システムの定性分析に応用し,現行の行政システムが一極集中を生じさせる可能性が強いこと,一極集中の是正には行政システムの階層数を増やすことが有効であるという結論が導き出されている。

 第4章では,連続ネットワーク上の最適施設配置問題の新たな解法が提案されており,売上げを推定する方法を示した上で売上げ最大化による最適施設配置問題を解く方法が述べられている。売上げを解析的に求めるために「ネットワーク距離座標空間」という新しい座標概念が用いられており,これによって売上げ最大化問題を定式化することを可能にしている。最適化問題を解くにあたっては,施設立地点を移動していくことによってネットワークの位相変化が生ずるが,これも場合分けを行うことによって解決され問題を解析的に解くことに成功している。

 最後に第5章では,この論文の全体を通じて得られた知見,残された課題として今後展開すべき研究の方向が示されている。

 以上から分かるように本論文は極めて斬新な方法を開発したもので,その成果は都市工学に大いに貢献するものであり,よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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