現代の下水処理法の課題は窒素やリンの栄養塩の除去法の開発にある。嫌気好気法と呼ばれる活性汚泥法の変法を使った生物脱リン法は省資源、省エネルギー的手法として注目されながら、その安定性に欠ける点が問題といわれてきた。本論文は生物脱リン法の各種の運転条件がリン除去性能に及ぼす効果を実験的に調べ、その結果をまとめたものである。実験的な確認と理論的解析から、いくつかの具体的な操作条件を明らかにすることに成功している。 本論文は、「生物脱リン法の最適運転方法に関する研究」と称し、「はじめに」と7章からなっている。 まず「はじめに」においては、嫌気好気活性汚泥法による生物的リン除去プロセスの開発の経緯を整理し、生物脱リン法の実用レベルでの技術的完成度が不十分であることを述べ、本研究の必要性を明らかにするとともに論文の構成を示している。 第1章は「研究の背景」である。現代の排水処理の中でのリン除去技術の開発の重要性を述べ、各種のリン除去法の比較を行っている。その中で、生物脱リン法の優位性を明らかにするとともに、その装置設計上の知見、運転方法に関する知見が不十分なままになっていることを明らかにしている。実用レベルでの安定な設計条件、運転条件を求めることの重要性を示し、本論文の目的について改めて整理している。 第2章は「嫌気槽の規模がリン除去に与える影響」である。嫌気好気活性汚泥法における嫌気槽の絶対的大きさの持つ効果についていくつかの実験的検討を行っている。200日を越える実験を通して、安定な処理を得られる条件として、嫌気性槽での水理的滞在時間(HRT)を4.3時間程度と長く保つことが有効な方法であることが、再現性のあるデータとして示している。 第3章は「汚泥返送率がリン除去に及ぼす影響」である。標準活性汚泥法の重要な操作因子である汚泥返送率が生物脱リン法においてどのように影響を与えることになるかを実験的に調べている。汚泥返送率を20,40,80,100,200%と変える実験をそれぞれ200〜365日の長期間運転を行い、安定になる条件として、200%の汚泥返送率では良好なリン除去が得られたが、40%以下ではリン除去の明瞭な悪化が認められたことを報告している。 第4章は「反応液pHのリン除去に及ぼす影響」である。ここでは、反応槽とりわけ嫌気槽でのpH変化の影響を実験的に調べた結果を報告している。結果として、長期的には、嫌気槽pHが高い系においてリン除去は安定化し、嫌気槽pHが6.5以下になると、リン除去は極端に悪化したことを明らかにしている。 第5章は「好気槽規模がリン除去に及ぼす影響」である。本章では、好気槽での水理的滞留時間(Ae-HRT)の影響を確認している。結果としては、Ae-HRTを1.1時間、1.8時間と短くした場合でも、良好かつ安定した除去特性を示したことを明らかにし、好気槽の規模はリン除去の安定性にはあまり大きな影響がないことを確認している。 第6章は「生物脱リン法余剰汚泥焼却灰からのリン溶出」である。本章の研究においては、実験室の生物脱リン装置から排出される余剰汚泥を焼却した灰からのリン溶出特性を調べ、あわせて、その溶出抑制法と溶出液の凝集処理を実験的に検討した。その結果、次のような知見を得ている。(1)生物脱リン法余剰汚泥焼却灰からはリンが溶出し、その速度は、溶出水温が高いほど、また、焼却灰濃度が小さいほど速かった。(2)溶出液に含まれる非正リン酸性リンは凝集沈殿処理によって除去でき、とりわけ鉄塩による酸性凝集が効果的であった。 第7章は「研究の総括と今後の課題」である。すでに各章で確認してきた生物脱リン法をより安定に運転するための条件を改めて整理し、提言的にまとめている。また今後の課題としては、生物脱リン汚泥の代謝メカニズムについての研究の必要性を具体的に示している。本論文においては代謝メカニズムについても詳細な実験を重ねており、特に高リン含有汚泥の持つ代謝メカニズムの特徴を明らかにしている点は今後の発展に大きく寄与するものと言える。 以上のように本論文は、不安定性の高いことが問題とされてきた生物脱リン法の運転条件について、長時間にわたる実験的確認作業の結果として、具体的な改善方法を提示したものである。このことは排水からのリンを除去するという社会的課題に対して、生物脱リン法の安定な運転手法を提案することで解決策を示そうとするもので、その工学的意味は非常に大きなものがある。また生物的排水処理の技術の発展に大きく寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |