学位論文要旨



No 213451
著者(漢字) 松尾,吉高
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,ヨシタカ
標題(和) 生物脱リン法の最適運転方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213451
報告番号 乙13451
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13451号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 古米,弘明
内容要旨

 生物脱リン法は、従来の活性汚泥法のばっ気槽を嫌気状態(嫌気槽)と好気状態(好気槽)の部分に分割することにより、細胞内にリンを蓄積する能力の高い細菌を活性汚泥の優占生物種とする排水処理技術で、薬品を用いることなく都市下水などの排水からリンを除去できる方法として1976年に提案された。

 実際、このような方法により、リン除去が観察されることもあるが、易生物摂取性の有機物を含む排水の場合には、リン蓄積菌と嫌気状態下での有機物摂取を競合する細菌が出現し、結果として全くリン除去が行われなくなることが多い。このことは、生物脱リン法の適用性をせばめているばかりでなく、実験室に脱リン能力のある汚泥を維持することを困難にし、ひいては、この技術の基礎研究の進展を遅らせている原因にもなっている。本研究では、生物脱リン法の持つこの欠点を克服することを目的に、活性汚泥にリン蓄積菌を優占させ、良好なリン除去を安定化させるために必要な各種運転操作条件を検討した。なお、ここで、良好なリン除去とは、活性汚泥のリン含有率が8%(P/MLSS)以上で、なおかつリン除去が完全な状態を意味する。

 本研究では、図1に示される様な連続流式生物脱リン法実験装置の数系列にDOC濃度で約160mg/Lの有機物と15.5mg/Lのリンを含む合成排水を通水し、この装置の運転諸条件を変更しながら、その変更がリン除去にもたらす効果を検討した。対象とした装置・運転条件は、

 (1)嫌気槽の規模、(2)汚泥返送率、

 (3)反応液のpH、(4)好気槽の規模

 の四項目で、そのそれぞれについて、他の条件を同一にした状態で、対象とする条件項目の変数を変えた場合の影響を、流出水リン濃度、汚泥リン含有率、などを測定することによって調べた。

図1 実験装置の概略

 各項目別に検討した結果は次の通りである

(1)嫌気槽規模の影響:

 嫌気SRTとして0.9日と5.6日の場合を比較した。嫌気SRT0.9日の嫌気槽規模では、非リン蓄積菌が卓越してリン除去が行われなくなったが、5.6日では、良好なリン除去が安定化した。図2に示すように嫌気SRT0.9日の規模で悪化したリン除去も、嫌気SRTを5.6日に延長することによって改善された。最小限に必要な嫌気槽規模は求めていないが、嫌気槽規模が過小であると非リン蓄積菌が卓越することがわかった。

図2 リン除去に及ぼす嫌気槽規模の影響
(2)汚泥返送率の影響:

 三系列の装置の汚泥返送率を随時変更しながら、その影響を調べた結果を表1にまとめる。返送率80%以下の場合には、リン除去が悪化したが、返送率200%の場合には、良好なリン除去が安定して維持され、また、図3に示される様に、低汚泥返送率のために悪化したリン除去も200%の汚泥返送率にすることによって改善された。

表1 汚泥返送率とリン除去図3 リン除去に及ぼす汚泥返送率の影響
(3)反応液pHの影響:

 流入排水に異なるpH緩衝剤を添加して反応液pHを測定しながら、そのリン除去に及ぼす影響を調べた。嫌気槽流出液のpHが6.5以下になると、リン除去は悪化したが、そのpHを7.0以上に調整すると、リン除去は徐々に改善した。

図4 リン除去に及ぼす反応槽pHの影響

 回分実験で検討したところ、表2に示すように、弱酸性のpH域では、非リン蓄積菌が優占する低リン含有率の活性汚泥の嫌気的有機物(酢酸)摂取速度は、リン蓄積菌が優占する高リン含有率の活性汚泥のそれよりも大きいことがわかった。pHが、リン除去の安定化に影響するのは、嫌気的有機物摂取速度に対するpHの影響が両種細菌の間で異なるためであると考えられる。

表2 pHと嫌気基質除去速度
(4)好気槽規模の影響:

 上記三項で得られた結果をもとに、嫌気槽の規模を嫌気SRTで5日、汚泥返送率を400%に固定し、嫌気槽液のpHを6.5以上に維持して、好気槽規模を変えた運転を行ったところ、図5に示されるように、好気SRTとして1.6〜9.6日の規模範囲においていずれの好気槽規模においても、安定して良好なリン除去が達成された。好気槽規模が小さいほど汚泥のPHA含有量が高く、それに対応してリン除去速度も早かったが、好気槽規模が小さくても良好なリン除去が得られのはこのためと思われる。

図5 リン除去に及ぼす好気槽規模の影響

 以上の結果より、リン蓄積菌と非リン蓄積菌との競合を支配する因子は嫌気槽規模、汚泥返送率、反応液pHの三項目であり、好気槽規模はそのような競合を直接的に支配する因子ではないことがわかった。

 なお、本研究の最後に、主課題とは別の重要な問題である生物脱リン法で排出される余剰汚泥の焼却灰からのリン溶出について、実験的な検討を行った。焼却灰中のリンの溶出速度は、温度に強く依存し、高温以外ではポリリン酸として溶出することがわかった。しかし、焼却の際に汚泥に鉄塩を添加するとリン溶出は抑制されたので、たとえば、調質剤に鉄塩を用いる汚泥脱水法などを採用すれば、この問題は解決できると判断された。

 以上のような本研究成果を利用すれば、易生物摂取有機物を含む排水の処理にも生物脱リン法を有効に活用できると考えられる。

審査要旨

 現代の下水処理法の課題は窒素やリンの栄養塩の除去法の開発にある。嫌気好気法と呼ばれる活性汚泥法の変法を使った生物脱リン法は省資源、省エネルギー的手法として注目されながら、その安定性に欠ける点が問題といわれてきた。本論文は生物脱リン法の各種の運転条件がリン除去性能に及ぼす効果を実験的に調べ、その結果をまとめたものである。実験的な確認と理論的解析から、いくつかの具体的な操作条件を明らかにすることに成功している。

 本論文は、「生物脱リン法の最適運転方法に関する研究」と称し、「はじめに」と7章からなっている。

 まず「はじめに」においては、嫌気好気活性汚泥法による生物的リン除去プロセスの開発の経緯を整理し、生物脱リン法の実用レベルでの技術的完成度が不十分であることを述べ、本研究の必要性を明らかにするとともに論文の構成を示している。

 第1章は「研究の背景」である。現代の排水処理の中でのリン除去技術の開発の重要性を述べ、各種のリン除去法の比較を行っている。その中で、生物脱リン法の優位性を明らかにするとともに、その装置設計上の知見、運転方法に関する知見が不十分なままになっていることを明らかにしている。実用レベルでの安定な設計条件、運転条件を求めることの重要性を示し、本論文の目的について改めて整理している。

 第2章は「嫌気槽の規模がリン除去に与える影響」である。嫌気好気活性汚泥法における嫌気槽の絶対的大きさの持つ効果についていくつかの実験的検討を行っている。200日を越える実験を通して、安定な処理を得られる条件として、嫌気性槽での水理的滞在時間(HRT)を4.3時間程度と長く保つことが有効な方法であることが、再現性のあるデータとして示している。

 第3章は「汚泥返送率がリン除去に及ぼす影響」である。標準活性汚泥法の重要な操作因子である汚泥返送率が生物脱リン法においてどのように影響を与えることになるかを実験的に調べている。汚泥返送率を20,40,80,100,200%と変える実験をそれぞれ200〜365日の長期間運転を行い、安定になる条件として、200%の汚泥返送率では良好なリン除去が得られたが、40%以下ではリン除去の明瞭な悪化が認められたことを報告している。

 第4章は「反応液pHのリン除去に及ぼす影響」である。ここでは、反応槽とりわけ嫌気槽でのpH変化の影響を実験的に調べた結果を報告している。結果として、長期的には、嫌気槽pHが高い系においてリン除去は安定化し、嫌気槽pHが6.5以下になると、リン除去は極端に悪化したことを明らかにしている。

 第5章は「好気槽規模がリン除去に及ぼす影響」である。本章では、好気槽での水理的滞留時間(Ae-HRT)の影響を確認している。結果としては、Ae-HRTを1.1時間、1.8時間と短くした場合でも、良好かつ安定した除去特性を示したことを明らかにし、好気槽の規模はリン除去の安定性にはあまり大きな影響がないことを確認している。

 第6章は「生物脱リン法余剰汚泥焼却灰からのリン溶出」である。本章の研究においては、実験室の生物脱リン装置から排出される余剰汚泥を焼却した灰からのリン溶出特性を調べ、あわせて、その溶出抑制法と溶出液の凝集処理を実験的に検討した。その結果、次のような知見を得ている。(1)生物脱リン法余剰汚泥焼却灰からはリンが溶出し、その速度は、溶出水温が高いほど、また、焼却灰濃度が小さいほど速かった。(2)溶出液に含まれる非正リン酸性リンは凝集沈殿処理によって除去でき、とりわけ鉄塩による酸性凝集が効果的であった。

 第7章は「研究の総括と今後の課題」である。すでに各章で確認してきた生物脱リン法をより安定に運転するための条件を改めて整理し、提言的にまとめている。また今後の課題としては、生物脱リン汚泥の代謝メカニズムについての研究の必要性を具体的に示している。本論文においては代謝メカニズムについても詳細な実験を重ねており、特に高リン含有汚泥の持つ代謝メカニズムの特徴を明らかにしている点は今後の発展に大きく寄与するものと言える。

 以上のように本論文は、不安定性の高いことが問題とされてきた生物脱リン法の運転条件について、長時間にわたる実験的確認作業の結果として、具体的な改善方法を提示したものである。このことは排水からのリンを除去するという社会的課題に対して、生物脱リン法の安定な運転手法を提案することで解決策を示そうとするもので、その工学的意味は非常に大きなものがある。また生物的排水処理の技術の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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