学位論文要旨



No 213452
著者(漢字) 藤田,壮
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ツヨシ
標題(和) ヘドニック価格法を用いた環境価値特性の分析に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 213452
報告番号 乙13452
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13452号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨

 本研究では不動産価格を用いて環境価値を測定するヘドニック価格法(Hedonic Price Method)に注目して,これまでの環境経済学の理論的及び実証的蓄積をふまえて他の経済的技法と比較の上で,ヘドニック価格法による環境評価の有用性や技法を用いた環境評価の意義とその評価の限界性についてあらかじめ明らかする.さらに,ヘドニック価格法の理論をもとに,都市環境資源を評価するための実証研究の方針を構築した上で,公園緑地や,親水空間,自動車幹線道路沿道の環境劣化について実証分析を行うことによって,異なる環境価値の立地特性について明らかにするとともに,ヘドニック価格法の環境計画システムでの利用にむけての知見を得る.

 第2章では,これまでの経済学と環境経済学での「環境」の経済価値に関する議論を概観して,その経済的評価に対して行われてた幅広い議論をあきらかにするとともに,環境計画システム上で次の意義を確認した.すなわち,(1)社会的便益や社会的費用が社会的価値と一致しない場合でも,環境の貨幣評価値を社会的利得や損失として取り扱うことができることと,(2)社会的損失の発生を予防するための費用支出や,社会的損失が発生した段階でのその復元のための費用支出は,社会が求める環境水準や生活水準に大きく影響されることを考慮する必要があり,そのためには環境財やサービスの特性と経済学的技法による評価値の特性について十分配慮する必要がある,ことを示した.さらに,環境財やサービスのもたらす社会的費用や利得の価値は実際利用価値,オプション価値,存在価値から構成されること,これからの環境計画システムにおいては,実際利用価値とオプション価値について定量的に評価することが意義を持つことを環境評価の方針として得た.

 第3章では,先行研究から,環境財・サービスの便益と費用の評価技法についての体系化を行い,実用性の高い評価技法のいくつかについて比較することにより,ヘドニック価格法を含む潜在的市場価格利用法の技法の評価対象とする環境価値を明らかにした.さらに,トラベルコスト法,コンティンジェント価値法と比較検討を加えることによって,環境計画システムでヘドニック価格法を用いることについて次の長所と,その利用上の課題を得た.

 (1)実際利用価値だけでなくオプション価値の一部も一定の条件の下で評価が可能となる.(2)仮想的調査ではなく実際の社会における意思決定に起因する推定法であり,社会政策の根拠として説得力が高い.(3)地理情報システムに代表される非集計地域特性,立地データや地価情報のデータベースの整備にともない,個人に対するアンケートデータを必要とする他の技法と比較して,環境計画作成プロセス上での利用性が高くなる.(4)環境の社会的価値に対する一次近似として取り扱うことができるだけでなく,ヘドニック価格法で評価対象とする環境価値の特性を実証研究を通じてあきらかにすることにより,得られた評価値を計画システム上での有用な定量的データとして取り扱うことができる.(5)実証研究を通じて,ヘドニック価格法の評価対象とする環境便益と費用の特性をあきらかにして,環境計画システム上の意味について体系化することが必要.

 第4章ではヘドニック価格法の理論的基礎を示し,地価データを用いてヘドニック・アプローチによる環境評価を行うことの前提となるキャピタリゼーション仮説について明らかにした.その上で,実証的研究に関わる先行研究の体系的整理をふまえて,ヘドニック価格法を用いた実証的な環境評価分析についての指針を示し,環境評価モデルを構築した.

 第5章,第6章,第7章では阪神圏域を対象に,環境資源整備と環境質改善の経済的価値計測に関する実証的分析を行った.

 第5章では,ヘドニック価格法を用いて公園緑地の環境価値を測定するための課題を整理するとともに,神戸市須磨区,垂水区,西宮市を対象として,ヘドニック価格法により公園緑地のもたらす社会的便益を評価した.すなわち,公園緑地の機能を整理した上で,分析対象地価データを用いた予備的なヘドニック分析の結果を踏まえて,データのセグメント化や,対象とする環境資源の特性を考慮した環境変数を設定することにより,ヘドニック価格法を用いて公園緑地整備の社会的便益を明らかにすることができた.ヘドニック分析によって得られた公園緑地の社会的便益の特性については次のように整理できる.

 (1)本研究で対象とした公園緑地については,公園面積は有意な説明変数とならないことから,その便益は一定水準を超えるとその規模によらない.これはある一定以上の規模をもつ公園緑地では,レクリエーション機能や環境改善機能の局地性は住民に支払い意思として認識されている一方で,その便益量は必ずしも公園緑地の面積に左右されないことを示す.

 (2)中規模公園に関してはレクリエーション機能と環境改善機能の局地性が確認できた一方で,大規模な公園緑地の便益は局地的に立地するのではなく,一体性を持つ地域エリア全体にとってその便益が享受されるとの結果を得た.

 第6章では,大阪湾岸エリアの住宅用地を対象に,親水環境整備の社会的便益の評価をおこなった.その際に,不動産サンプルの立地点に帰属する「立地点環境変数」を用いたヘドニック関数を推定するとともに,親水環境のサービスや環境質の変化を一体的に享受できるエリアの存在を仮定して,地区毎の環境特性を評価した「地区親水環境変数」を用いたヘドニック分析を合わせて試みた.その結果,親水環境整備のもたらす地区環境コモンとしての便益を評価する方法として,地区環境変数を用いたヘドニック分析が有用であることを明らかにした.すなわち,大阪湾岸部の臨海エリアを対象として,立地点環境変数と地区環境変数を用いたヘドニック分析によって,親水環境資源の整備にともなう立地点帰属便益と地区環境コモン便益を計測することができた.そして,ヘドニック・アプローチによる親水環境の分析での立地点環境変数,地区環境変数に関する結果の比較から得た親水環境資源の便益特性について次の知見を得た.

 (1)砂浜海岸を整備することにより,そのすぐ後背の地点に対しても便益をもたらすが,同時に,その便益は一体性のある地区内で広く享受される.(2)公園や広場などの親水拠点空間を整備することによって,後背地点に限定すれば便益が統計的に有意に発現しないが,親水拠点が整備される地区全体で見ると便益が生まれる.(3)護岸の親水性を高めるだけでは,後背に位置する住宅立地点での便益は増加せず,また,地区全体でも便益が生まれない.反対に,水際へのアクセスの障害物や産業施設による占有が,単独な環境要因として後背敷地や周辺地区に与える社会的不利益は観察されなかった.

 その結果,水際空間の整備については,護岸の親水化やアクセスの改善という線的な整備では社会的便益が増加することが期待できないことがあきらかになった.一方で,大規模な親水拠点の整備や砂浜海岸の整備などの面的な親水環境整備によって,地区環境コモンとしての社会的便益が生まれ,砂浜海岸の整備と親水拠点整備については,地区環境コモンとして地区全体に便益を与えることが認められた.親水環境整備の社会的便益は,その場所を訪れて直接利用することに起因するのではなく,むしろ存在を便益として市民が認める地域コモン的な特性を重視するべきとの結論を得る.

 第7章では,阪神圏域の大動脈として大量の自動車交通を受け入れてきた国道43号線沿道地域として,西宮市と尼崎市の沿道地域を対象にヘドニック価格法を用いて騒音や大気汚染などの環境劣化にともなう社会的費用を評価する.二段階推定法を用いて,自動車幹線道路近傍での環境の質の劣化に伴う社会的費用を,ヘドニック価格法を用いて定量評価することを試みた.騒音水準の推定値を用いてヘドニック価格変数を推定することによって,国道43号線の自動車交通による環境劣化が周辺地域に社会的費用をもたらしていることを明らかにした.得られた結論は次のように整理される.(1)対象地域における騒音レベルは,国道43号線での距離によって影響される.これは南北方向の幹線道路を含めて,地域内を通過する他の幹線道路への距離が有意な説明変数にならなかったことを考慮すると,この地域においては国道43号線による環境劣化の影響が顕著であることがわかる.(2)騒音推定式の説明力は十分に高いものとはならなかったが,騒音推定式の内挿値を用いたヘドニック価格関数は良好な結果を得て,自動車交通のもたらす環境劣化の費用を推定することが可能であることが明らかにできた.しかし,騒音推定式の結果を考慮すれば,費用の推定値を絶対値として取り扱うよりも,むしろ環境費用の立地特性を推定する等の相対的な比較に基づく検討に用いることに意義があるとも判断される.

 第8章ではヘドニック価格法を用いた実証分析の結果を総合化して,環境改善の便益の立地特性についての比較を行うとともに,改善による社会的便益の試算を行い,その結果について他の技法との比較の上で検討を加える.さらに,これまでの実証研究での検討をふまえて,環境計画に関わる環境改善事業に関する意思決定プロセスでヘドニック価格法を利用することの可能性についてあきらかにした.

審査要旨

 よりよい生活環境・地域環境を求める社会的要請は益々大きくなっている。環境をよりよくしていくために環境改善事業が計画されているが、環境改善のもたらす社会的便益の評価をいかに進めるべきかは、環境計画立案上の課題となっている。本論文は、環境経済学の分野で注目されているヘドニック価格法を都市環境資源を評価する指標として利用していく際の問題点、具体的手法の提示を行っている。具体的には阪神圏域のいくつかの環境計画を事例的に示し、社会的意志決定プロセスへの応用手法を論じている。

 本論文は「ヘドニック価格法を用いた環境価値特性の分析に関する基礎的研究」と題し、8章よりなっている。

 第1章は「序章」である。研究の背景と目的、論文の構成を述べている。背景においては、環境基本法の成立及び環境基本計画の策定といった歴史的な流れの中で現代の環境計画が果たすべき役割が重要になってきたことを述べている。目的としては、ヘドニック価格法についての理論的検討、特徴の整理、環境評価への適用に当たっての問題点の整理、適用事例の解析と評価、適用手法の提示を行うことを挙げている。

 第2章は「環境価値研究と環境価値の特性」である。これまでの経済学や環境経済学での「環境」の経済価値に関する研究の流れを総括的にまとめ、環境計画を事業化していくための評価手法として、実際利用価値やオプション価値を評価する経済的技法の重要性を明らかにしている。

 第3章は「環境財・サービス評価技法の比較」である。経済的手法を用いた環境価値の評価手法のレビューを行い、ヘドニック価格法の相対的優位性を明らかにしている。ヘドニック価格法の利点の一つとして、地理情報システムに代表される非集計地域特性、立地データや地価情報のデータベースの整備に伴い、個人に対するアンケートデータを必要とする他の技法と比較して、環境計画作成プロセス上での利用性が高くなることを挙げている。

 第4章は「ヘドニック価格法の理論と環境評価モデル」である。ヘドニック価格法による環境評価モデルは、結局どのような説明変数を具体的に採用していくかによってその効用が決定される。環境質改善のための支払い意志額を決める変数として、環境資源の規模特性(大きさ)、環境資源の質特性、環境資源からの空間距離特性、環境資源との間の障害物の存在などの空間特性を規定する変数を採用すべきことを明らかにしている。

 第5章は「公園緑地の環境便益評価分析」である。公園緑地は都市内の重要な環境資源であるが、阪神間の3地区を選定し、具体的な環境価値の評価事例を示している。具体的には、公示地価のデータを用いて、解析を行い、5000m2以上の中・大規模な公園では公園面積そのものはもはや周辺地区に追加的な便益を与えるものではなく、より広いエリア全体にとっての便益が大きなものであることを明らかにしている。

 第6章は「親水空間整備の環境便益評価分析」である。大阪湾の臨海エリアにおけるウォーターフロント空間の親水環境資源としての評価を行っている。結果として、(1)水際空間の整備については、護岸の親水化やアクセスの改善という線的な整備では社会的便益が増加することが期待できないこと。(2)一方で、大規模な親水拠点の整備や砂浜海岸の整備などの面的な親水環境によっては、地区環境コモンとしての社会的便益が生まれること。を明るかにしている。

 第7章は「自動車交通による環境汚染の費用評価分析」である。国道43号線沿道地域における環境問題を扱い、交通公害問題の環境への影響を評価する事例を示している。自動車公害は、騒音、大気汚染、振動などが複合されて関与してくるので単純な結論とはならないが、それでもヘドニック価格関数を用いることにより、自動車交通のもたらす環境劣化の費用を推定することが可能となることを示している。

 第8章は「ヘドニック価格分析の環境計画システムへの展開」である。5,6,7章での事例解析の結果として、異なる環境財・サービスの価値について、ヘドニック分析手法の適用が有効であったことを述べ、これを環境計画施策を実施していく際の社会的システムへの応用への展望を示している。

 以上のように本論文は、今後の都市環境の整備を進める上での政策的判断の重要な指標となりうる環境価値を評価する手法について定量的な評価事例を示すことに成功している。このことは、環境計画の分野、環境計画システムの開発において大きな寄与をなすものと判断でき、都市環境工学分野の発展に貢献するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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