エレクトロニクス技術一般における「アナログからディジタルヘ」の大きな流れの中で、放送システムのディジタル化が各分野において急激に進展しており、「ディジタル放送」へ向けての研究開発も進められている。 ディジタル伝送、ディジタル放送の開発において重要な位置を占めるのは高能率符号化技術である。画像信号の高能率符号化は古くから研究されており、動画像についてもテレビ電話を用途としたものをはじめとして研究、開発されてきた。しかし、近年まではハードウェア化が可能な手法には制約が強く、直交変換や動き補償予測などは理論検討あるいは計算機シミュレーションの域をでなかった。事実、動き補償予測が実験機として初めてハードウェア化されたのは10数年前にすぎない。しかし、LSI技術の発達により、これらの複雑な処理も充分実用として供する事が可能となってきた。また、近年の計算機やフレームメモリの急速な能力向上による、シミュレーション環境の向上により符号化の研究・開発の進展は加速させられている。 本研究の目的は、このような状況をふまえ、より高能率な符号化技術の開発、そしてその要素技術を踏まえた符号化伝送システムの提供を行うこと、さらにはこれらの研究を通じて、ディジタル放送時代を迎えるにあたり、高能率符号化の観点から新放送システム構築の指針の提供を行うことである。 本論文では、放送用テレビ信号の実用的かつ高効率な符号化方式の提案を行う。本研究においては基礎的な検討から応用まで扱うが、基本方針として、符号化対象信号の性質を充分吟味すること、および実用性に留意するため現時点でハードウェア化可能なものを考えることを想定している。符号化対象として、標準テレビ信号だけでなくハイビジョン信号も扱う。また、符号化手法としては、動画像符号化の重要な要素技術として広く知られている動き補償予測を用いることを基本とする。 高能率符号化においては符号化対象信号の冗長性を削減することによって情報量の圧縮を行う以上、信号の性質を充分に知ることは当然のことである。実際これまでも画像信号の2次元的あるいは3次元的な性質をもとに符号化手法が提案されてきている。しかし、複雑な信号処理が導入され、符号化処理が多段化・ハイブリッド化してくると必ずしも古くから知られている性質だけでは充分ではなく、処理により変化した後の性質を知る必要がある。 現在の世界のテレビシステムではインタレース走査が用いられており、それにより信号の性質は影響を受ける。さらに、通常のテレビ信号に不可避のものとして雑音がある。これらについて経験的に対処されてはいたが、かつてあまり重要視はされていなかった。しかし、符号化が高級化し圧縮率が高くなると、これらの要素は無視できなくなる。そこで、本論文では上述の各要素について充分な分析を行い、性質の同定を行う。その後、これをふまえて符号化処理の検討を行う。 本論文は10章からなる。 第1章では、本研究の背景とその目的、方針を述べ、本研究の位置づけを明らかにする。 第2章では、本研究の基礎として、符号化の対象となる信号、符号化の現時点での目標、動画像符号化の基盤技術ならびに標準化の動向を概説する。併せて、放送用テレビ信号符号化の状況を述べた上で、検討すべき課題について述べる。 第3章では、動き補償予測方式についてコストパフォーマンスを重視した検討を行う。従来は1フレーム前の信号を予測画像として用いるフレーム間動き補償を用いていたが、時間的に近い1フィールド前の信号を予測画像として用いるフィールド間動き補償の導入を前提に両動き補償予測方式の比較を理論的および実験的に行う。その結果、フィールド間動き補償の利点は多くあるが、水平方向のパンニングの場合、インタレースのため予測効率の著しい低下があることが明らかになる。そして、両方の動き補償を併用するハイブリッド予測ではフィールド間動き補償と水平方向1次元のフレーム間動き補償の組み合わせがコストパフォーマンス的に良いことを示す。 第4章では、動き補償予測誤差信号の統計的性質の分析及びモデル化を行う。動き補償予測符号化では、動き補償予測誤差信号に対して何らかの空間的符号化を行う。従って、この予測誤差信号の統計的性質を把握し、適当なモデルを導くことは、空間的符号化の導出・設計・評価において重要である。そこで、従来画像信号モデルとして用いられている1次マルコフモデルをベースとして、カメラなどの入力系の性質、動き補償予測差分処理過程の伝達関数、インタレース折り返しの影響を各々考慮することにより、動き補償予測誤差信号の電カスペクトルモデルを導出する。併せて、モデルおよび導出過程から明らかになる誤差信号の性質を示す。 第5章では、第4章で得られた結果を踏まえ、動き補償予測誤差信号に対する空間的符号化手法の検討を行う。高能率符号化においては、符号化対象の統計的あるいは局所的性質を捉え、それに合わせた処理を行い効率的な情報量削減を行う。動画像においては、局所的性質はその局所的な絵柄だけでなく、その部分の動きの形態にも依存する。そこで、理論的に得られる統計的性質ならびに実験的に得られる局所的な性質のばらつきを明らかにし、これを分析することにより、新たな適応符号化手法を提案する。 第6章においてはディジタル時代を迎えて、将来のテレビシステムの基礎検討の一環としてインタレース走査をあらためて見直す。即ち、インタレース走査はアナログ伝送時代における古典的な帯域圧縮法として世界で用いられているが、高能率符号化を前提とすると折り返し成分の存在が符号化効率の低下を招くため、必ずしも有効であるとはいえない。そこで、第4章で得られたモデルをもとに、順次走査、インタレース走査の信号を各々符号化する場合について理論的なレート歪特性を求める。そして、低レートでの符号化を前提とすると順次走査信号をインタレースを用いずに符号化する方が画質の点で有利であることを示す。 第7章では、インタレース信号の符号化処理法として近年用いられているフレームベース符号化法について検討する。かつては動画像における空間方向の処理単位としては、1フィールドの画像が用いられるのが一般的であった。近年、2フィールドの画像を単純に組み合わせて作られたフレーム画像を空間処理に用いるようになってきた。この処理法で符号化効率が向上することは、実験的には認められていたが、理論的には解析されていなかった。そこで、フレーム画像のスペクトル構造を動きの大きさをパラメータとして導出することにより、符号化効率の理論的導出を行う。そして、フレーム画像処理の優位性を明らかにするとともに、その符号化における留意点を示す。 第8章はハイビジョンの高能率符号化において問題となる信号源雑音の扱いについて、ループフィルターの導入というアプローチを検討する。ハイビジョン放送システムの完成には、素材伝送装置の開発が望まれている。このような高忠実度伝送用途には、雑音除去を入力信号に対するノイズリダクションという形で行うのは望ましくない。そこで、ループフィルターの導入を検討する。ここでは、入力信号に含まれる画像信号成分と雑音成分を分析し、最適なフィルター特性を導出する。さらにフィルターの有効性および有効範囲の検証を行う。 第9章は、前章までで得られた各種の知見のシステムへの応用例について述べる。各種システムはそれぞれ用途に応じて要求条件が異なる。ここでは大きく3種類の条件を想定し、それらに応じた符号化方式を述べる。 第10章はむすびとして本研究のまとめおよび今後の課題について述べる。 |