学位論文要旨



No 213454
著者(漢字) 鹿喰,善明
著者(英字)
著者(カナ) シシクイ,ヨシアキ
標題(和) 放送用テレビ信号の動き補償予測符号化の研究
標題(洋)
報告番号 213454
報告番号 乙13454
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13454号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 エレクトロニクス技術一般における「アナログからディジタルヘ」の大きな流れの中で、放送システムのディジタル化が各分野において急激に進展しており、「ディジタル放送」へ向けての研究開発も進められている。

 ディジタル伝送、ディジタル放送の開発において重要な位置を占めるのは高能率符号化技術である。画像信号の高能率符号化は古くから研究されており、動画像についてもテレビ電話を用途としたものをはじめとして研究、開発されてきた。しかし、近年まではハードウェア化が可能な手法には制約が強く、直交変換や動き補償予測などは理論検討あるいは計算機シミュレーションの域をでなかった。事実、動き補償予測が実験機として初めてハードウェア化されたのは10数年前にすぎない。しかし、LSI技術の発達により、これらの複雑な処理も充分実用として供する事が可能となってきた。また、近年の計算機やフレームメモリの急速な能力向上による、シミュレーション環境の向上により符号化の研究・開発の進展は加速させられている。

 本研究の目的は、このような状況をふまえ、より高能率な符号化技術の開発、そしてその要素技術を踏まえた符号化伝送システムの提供を行うこと、さらにはこれらの研究を通じて、ディジタル放送時代を迎えるにあたり、高能率符号化の観点から新放送システム構築の指針の提供を行うことである。

 本論文では、放送用テレビ信号の実用的かつ高効率な符号化方式の提案を行う。本研究においては基礎的な検討から応用まで扱うが、基本方針として、符号化対象信号の性質を充分吟味すること、および実用性に留意するため現時点でハードウェア化可能なものを考えることを想定している。符号化対象として、標準テレビ信号だけでなくハイビジョン信号も扱う。また、符号化手法としては、動画像符号化の重要な要素技術として広く知られている動き補償予測を用いることを基本とする。

 高能率符号化においては符号化対象信号の冗長性を削減することによって情報量の圧縮を行う以上、信号の性質を充分に知ることは当然のことである。実際これまでも画像信号の2次元的あるいは3次元的な性質をもとに符号化手法が提案されてきている。しかし、複雑な信号処理が導入され、符号化処理が多段化・ハイブリッド化してくると必ずしも古くから知られている性質だけでは充分ではなく、処理により変化した後の性質を知る必要がある。

 現在の世界のテレビシステムではインタレース走査が用いられており、それにより信号の性質は影響を受ける。さらに、通常のテレビ信号に不可避のものとして雑音がある。これらについて経験的に対処されてはいたが、かつてあまり重要視はされていなかった。しかし、符号化が高級化し圧縮率が高くなると、これらの要素は無視できなくなる。そこで、本論文では上述の各要素について充分な分析を行い、性質の同定を行う。その後、これをふまえて符号化処理の検討を行う。

 本論文は10章からなる。

 第1章では、本研究の背景とその目的、方針を述べ、本研究の位置づけを明らかにする。

 第2章では、本研究の基礎として、符号化の対象となる信号、符号化の現時点での目標、動画像符号化の基盤技術ならびに標準化の動向を概説する。併せて、放送用テレビ信号符号化の状況を述べた上で、検討すべき課題について述べる。

 第3章では、動き補償予測方式についてコストパフォーマンスを重視した検討を行う。従来は1フレーム前の信号を予測画像として用いるフレーム間動き補償を用いていたが、時間的に近い1フィールド前の信号を予測画像として用いるフィールド間動き補償の導入を前提に両動き補償予測方式の比較を理論的および実験的に行う。その結果、フィールド間動き補償の利点は多くあるが、水平方向のパンニングの場合、インタレースのため予測効率の著しい低下があることが明らかになる。そして、両方の動き補償を併用するハイブリッド予測ではフィールド間動き補償と水平方向1次元のフレーム間動き補償の組み合わせがコストパフォーマンス的に良いことを示す。

 第4章では、動き補償予測誤差信号の統計的性質の分析及びモデル化を行う。動き補償予測符号化では、動き補償予測誤差信号に対して何らかの空間的符号化を行う。従って、この予測誤差信号の統計的性質を把握し、適当なモデルを導くことは、空間的符号化の導出・設計・評価において重要である。そこで、従来画像信号モデルとして用いられている1次マルコフモデルをベースとして、カメラなどの入力系の性質、動き補償予測差分処理過程の伝達関数、インタレース折り返しの影響を各々考慮することにより、動き補償予測誤差信号の電カスペクトルモデルを導出する。併せて、モデルおよび導出過程から明らかになる誤差信号の性質を示す。

 第5章では、第4章で得られた結果を踏まえ、動き補償予測誤差信号に対する空間的符号化手法の検討を行う。高能率符号化においては、符号化対象の統計的あるいは局所的性質を捉え、それに合わせた処理を行い効率的な情報量削減を行う。動画像においては、局所的性質はその局所的な絵柄だけでなく、その部分の動きの形態にも依存する。そこで、理論的に得られる統計的性質ならびに実験的に得られる局所的な性質のばらつきを明らかにし、これを分析することにより、新たな適応符号化手法を提案する。

 第6章においてはディジタル時代を迎えて、将来のテレビシステムの基礎検討の一環としてインタレース走査をあらためて見直す。即ち、インタレース走査はアナログ伝送時代における古典的な帯域圧縮法として世界で用いられているが、高能率符号化を前提とすると折り返し成分の存在が符号化効率の低下を招くため、必ずしも有効であるとはいえない。そこで、第4章で得られたモデルをもとに、順次走査、インタレース走査の信号を各々符号化する場合について理論的なレート歪特性を求める。そして、低レートでの符号化を前提とすると順次走査信号をインタレースを用いずに符号化する方が画質の点で有利であることを示す。

 第7章では、インタレース信号の符号化処理法として近年用いられているフレームベース符号化法について検討する。かつては動画像における空間方向の処理単位としては、1フィールドの画像が用いられるのが一般的であった。近年、2フィールドの画像を単純に組み合わせて作られたフレーム画像を空間処理に用いるようになってきた。この処理法で符号化効率が向上することは、実験的には認められていたが、理論的には解析されていなかった。そこで、フレーム画像のスペクトル構造を動きの大きさをパラメータとして導出することにより、符号化効率の理論的導出を行う。そして、フレーム画像処理の優位性を明らかにするとともに、その符号化における留意点を示す。

 第8章はハイビジョンの高能率符号化において問題となる信号源雑音の扱いについて、ループフィルターの導入というアプローチを検討する。ハイビジョン放送システムの完成には、素材伝送装置の開発が望まれている。このような高忠実度伝送用途には、雑音除去を入力信号に対するノイズリダクションという形で行うのは望ましくない。そこで、ループフィルターの導入を検討する。ここでは、入力信号に含まれる画像信号成分と雑音成分を分析し、最適なフィルター特性を導出する。さらにフィルターの有効性および有効範囲の検証を行う。

 第9章は、前章までで得られた各種の知見のシステムへの応用例について述べる。各種システムはそれぞれ用途に応じて要求条件が異なる。ここでは大きく3種類の条件を想定し、それらに応じた符号化方式を述べる。

 第10章はむすびとして本研究のまとめおよび今後の課題について述べる。

審査要旨

 本論文は、「放送用テレビ信号の動き補償予測符号化の研究」と題し、ディジタル放送システムの実現へ向けて、その基幹技術となる放送用テレビ信号の高能率符号化について、インタレース走査信号の動き補償予測符号化を中心に基礎から応用にわたる研究成果をまとめたものであって、全体で10章からなる。

 第1章は「序論」であって、ディジタル放送システムにおける高能率符号化の重要性を述べて本論文の位置づけを明らかにするとともに、本論文の目的ならびに構成について述べている。

 第2章は「高能率符号化の基礎」と題し、本研究の基礎となる画像情報圧縮の諸方式を概観するとともに、符号化の対象となる信号の性質、符号化の現時点での目標などについて述べている。

 第3章は「フィールド間/フレーム間動き補償予測方式の比較」と題し、画像符号化の中心技術である動き補償方式について、インタレース走査信号の特徴を生かした手法の検討をおこなっている。すなわち、従来用いられていた1フレーム前の信号を予測関数として用いるフレーム間動き補償と、1フィールド前の信号を用いるフィールド間動き補償の両動き補償方式の比較を定性的・定量的におこない、その結果、フィールド間動き補償の利点は多くあり、特にハイビジョンへの応用では有益であること、しかし、水平方向のパニングの場合インタレースによる予測効率の著しい低下があることなどを指摘している。また、両方の動き補償を併用するハイブリッド予測では、フィールド間動き補償と水平方向1次元のフレーム間動き補償の組み合わせが、ハードウェア規模と予測効率の点から優れていることを示している。

 第4章は「動き補償予測誤差信号のモデル化」と題し、動き補償予測誤差信号の統計的性質の解析とモデル化をおこなった結果について述べている。すなわち、従来から画像信号のモデルとして用いられている1次マルコフモデルをベースとして、カメラなどの入力系の性質、動き補償予測差分処理過程の伝達関数、インタレース折り返しの影響をそれぞれ考慮することにより、動き補償予測誤差信号の電力スペクトルモデルを導出し、実測値と比較して、その有効性を確認している。また、このモデルの導出過程から、動き補償予測誤差信号は入力画像信号とはかなり異なった空間的性質をもつこと、インタレース走査の影響により水平と垂直で画素間相関がかなり異なり、垂直には相関がないことなどを示している。

 第5章は「動き補償予測誤差信号に適した符号化」と題し、第4章で得られた結果を踏まえ、動き補償予測誤差信号に対する空間的符号化手法の検討を行っている。動画像においては、局所的性質はその局所的な絵柄だけでなく、その部分の動きの形態にも依存する。そこで、理論的に得られる統計的性質ならびに実験的に得られる局所的な性質のばらつきを明らかにして、これを分析することにより、従来の信号変換処理が不適切であることを示すとともに新たな適応符号化方式を提案している。特に具体例として適応次元DCT符号化手法を提案し、従来手法に比べて同等以上のレートひずみ特性を保ちながら、従来手法にみられた画質劣化を防止する効果があることを示している。

 第6章は「インタレース走査信号と順次走査信号のレート歪特性の比較」と題し、将来のテレビ放送システムの基礎検討の一環として、インタレース走査を改めて再検討した結果について述べている。すなわち、インタレース走査はアナログ伝送時代における古典的な帯域圧縮法として世界で用いられているが、高能率符号化を前提とすると必ずしも有利であると言えない。そこで、第4章で得られたモデルをもとに、順次走査、インタレース走査の信号をそれぞれ符号化する場合について理論的なレートひずみ特性を求め、低レートでの符号化では、順次走査信号をインタレースを用いずに符号化する方が画質の点で有利であることを示している。

 第7章は「フィールドマージ信号のスペクトラム構造の導出と分析」と題し、近年用いられはじめたフレームベースの符号化の分析をおこなった結果を述べている。空間的な処理を適用する画像として、これまでの1フィールド画像ではなく、2フィールドを組み合わせた(フィールドマージ)フレーム信号を用いるようになってきたが、ここではまず、フィールドマージ信号のスペクトル構造を理論的に導出し、動きの大きさと関連づけながらその特徴を明らかにしている。その結果、フィールドベース符号化に対するフレームベース符号化の潜在的な優位性を示すとともに、フレームベース符号化における符号化効率向上への指針を示している。

 第8章は「ハイビジョン素材伝送用符号化におけるループフィルター」と題し、ハイビジョンの素材伝送のための符号化において、信号源雑音の影響を軽減するために、ループフィルタを導入することを検討し、その有効性を明らかにした結果を述べている。

 第9章は「符号化要素技術の応用例」と題し、前章までで得られた各種の知見を、実際のシステムへ応用した結果について紹介している。

 第10章は「結論」であり、本研究で得られた成果をまとめると共に、将来の展望について述べている。

 以上を要するに、本論文は、テレビジョン放送のディジタル化を目的として、テレビ信号の性質、入力系から符号化処理にいたる信号処理過程などを理論的に解析し、これをインタレース信号の動き補償予測符号化方式の設計に適用して、各種の新たな符号化方式を提案したもので、今後の電子情報通信工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって、著者は博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。

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